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ハッピーエンドをつかまえて!  作者: 沢谷 暖日
私とリリィの最後の日。私とミリアの別れの日。
32/48

今が、幸せの一番上

 リリィにはリビングの方で待って貰っている。

 対する私はお着替え中だ。

 半袖のシャツから白色のワンピースへ。

 私が持ってる服で見栄えがいいのって、ほとんどがワンピースだ。

 けどけど。この白色のワンピースは中でも一番綺麗というか。

 そう。なんか天使が着ていそうな服なので、今回はこれを選択した。

 一昨日に着ていた服でも良いけど、まだ洗濯していないんだよね。

 明日にはちゃんと溜まった家事をしないと。


 思いながら、着替えも終わり、姿見の前で「よし」と頷く。

 財布も持ったしそのままリリィのところに──って思ったけど。

 私は引き出しのところに足を向けていた。

 それを開き、中にある物──ネックレスを取り出し、自身に取り付けた。

 少々派手なそれは、付けるがの恥ずかしい感じあるけど。

 付けたらリリィが喜んでくれるかなって、そう思い立って付けてみた。

 私は再び「よし!」と口に出す。


 リビングに行き、テーブルに頬杖を付いているリリィの前に立つ。

 下を向いていたリリィの顔が、私を向く。


「準備できたよー」

「ん。じゃあ行こっか」


 リリィは頬杖を取り外し、のっそりと己の体を持ち上げた。

 そのリリィの首にもネックレスが巻かれていた。

 見ていると、リリィも私のことを見てきて。

 少し驚いたように「あ!」と声をあげた。


「ミリア、ちゃんとネックレス付けてくれてる。ありがと」

「あ、うん! えへへ。せっかくリリィが選んでくれた物だからね」


「嬉しい」

「ど、どうもどうもー」


 ちょっと照れちゃう。

 頬をポリポリと掻きながら、顔を背けてしまう。

 けど、ネックレスを付けてきたのは正解だったらしい。

 数分前の私、よくやった!



    ※



 朝よりも外は暑く。街の活気のせいか、さらに暑く感じた。

 けれど手は繋いでいる。

 お互いの手汗で濡れていて結構気になるけど、リリィは特に気にしていなさそう。

 まぁ。私的にも、繋いでいる方が嬉しいからこれでいいんだけどね。


 最初は人の通りは少なかったのに、段々とそれは増えていった。

 やがて、店が出ているところに近くなると、もういっぱいいっぱいだった。

 だから余計に暑くなるし、ちょっとでもはぐれたらすぐに見失いそう。

 なぜお祭りを冬に実施しないのか。なぜなのか。

 私は前からこのお祭りには参加していたから大丈夫だけど、リリィは大丈夫かな。

 ふとそう思い、私は歩きながらリリィに問うてみた。


「リリィ、暑くない? 大丈夫そう?」


 言い終えて、リリィの顔を見ると、結構すまし顔だった。いつもの。

 だけど、すぐに笑った。今日は本当によく笑うなぁ。

 やっぱり可愛い。ドキッとさせられる。


「大丈夫。私、暑いの慣れてる」

「おぉ。それなら良かったー」


 声量を上げる。

 人のガヤガヤであまり声が通らないから。

 けど、リリィの声は大きくないのに、すんなりと私の耳に届く。

 好きな人だからなのかな。多分そうだろう。

 ずっとその顔を見ていたいけど、前を見ないと歩けないので。私は惜しみつつも、前を向いて歩く。

 けど、ちょいちょい横目でチラと彼女を見る。

 溜息が出そうな程に、いくら見ても可愛い。


 こんな風に。そういう感じで。

 リリィのことを想っていると、いつの間にか出店のある通りに出ていた。

 奥まで沢山のお店があって、やっぱり奥まで沢山の人がいる。

 いつも人通り少ないのに、みんなこういう時は凄いなって。

 まぁいいや。


「とりあえず何か食べよっかー。リリィは何食べたい? 色んなものあるよ」


 人の波に乗りながら、私はまた問うた。

 結構私のお腹は空いている。なんでも美味しく食べれそうなくらいには。


「何でも──。あ、お肉系食べたい」

「いいねー。私もそういうの食べたい」


 答えて。

 私は背伸びをし、キョロキョロと首を回す。

 人に押されながらも、私は見つけた。

 そこは串焼きのお肉が売っている店だった。

 少し離れた距離だけど、何だか見ているだけでいい香りがしてくる。


「リリィ。あそこのどう?」


 肩をポンポンと叩きながら、私は数メートル先のその店を指す。

 リリィも若干背伸びをし、それを見て、また笑顔で頷いた。


「よし。じゃあ、待ってて!」


 私はそう飛ばすと、早足で向かった。

 並ぶ人の量は少なく、結構早く串焼きを買えた。

 お祭り料金で少々値が張った二本のそれは、見た目よりも良い匂い。

 両手に持ち、私はリリィのところに向かおうと振り返り──。


「きゃっ」


 先の場所に向かおうとしたら、流れてくる人に肩がぶつかった。

 やばい。本当に人が多い。

 暑苦しいし。早く休める場所に行きたい。


 私は大事に串焼きを抱きながら、縫うように人の間を抜ける。

 なんとかさっき居た場所まで辿り着いたけど、リリィは見当たらない。


「……あれ?」


 人に流されたのかも知れない。物理的に。

 確かに、ずっと同じ場所に立ちっぱでいるわけにもいかないし。

 食べ物を買うことだけに集中しすぎて、そこのところ意識が向いてなかった。


 変な汗をかきながら、私は見回す。

 遠くには行ってないはずだから。

 そう理解しているはずなのに、不安が募る。

 一緒に買いに行けば良かったのかも。

 というか、普通そうだよね。

 さっき私だって、はぐれそうって思ってたのに。

 やっぱり私、バカすぎる。


 嫌だ。どこ。どこにいるの。

 暑さのせいか目も回ってきた。

 頭にもやがかかるような感覚がし始めてきた。その時だった。

 私の背中に誰かが、どん、とぶつかってきた。


「ご、ごめんなさい」


 謝る。だが、焦りのせいか後ろの人も見らずに。

 離れようと距離を置いたら。肩を掴まれ、背後の気配が私に寄る。

 困惑でおかしくなりそうだった。

 だけど──。


「……もう。焦りすぎ」


 リリィだった。


「え? リリィ?」


 バッと振り向いて、額に汗をかいているその人がいて。

 私はその優しい顔を見て、もうめっちゃ安堵した。


「あー! 良かった!」


 抱きつきたいところだったけど、両手が塞がっているせいでそれも出来ない。

 泣きそうな顔になっているであろう私を、今度は苦笑いで見てくる。


「すぐそこにいたよ」

「気付かなかった……。もう絶対に離れないようにする」


「え、えぇ? ……いや、うん。離れないでね」

「うん。凄く離れない」


「す、凄く? うん、まぁ。……うん」


 リリィは照れ臭そうに、俯きがちに、はにかんだ。



    ※



 その後私たちは、人混みから外れ。というか、通りから離れ。

 昨日座った雑貨屋横のベンチに腰を降ろして、二人で仲良く串焼きを食べた。

 すごーく美味しかった。

 手が空いたので、さっきやり損ねた安堵のハグをリリィにしてみた。

 リリィは嬉しそうに抱き返してくれた。


 そしてまた、色々な店を回った。

 ひんやりした食べ物を食べたり、甘いお菓子を食べたり。

 めっちゃ食べて、めっちゃお腹が膨れちゃった。


 時間は過ぎる。

 どんどん過ぎる。

 私の財布の中身がどんどん減っていく。

 それはこの際、別にいいんだけどね。


 楽しくて、沢山笑った。

 そんな風に笑う度。時間が無くなっていくのを実感して。

 リリィとの時間が少なくなっているのが、凄く分かる。

 非現実なものに感じていたそれが、一気に現実味を帯びる。

 私の笑顔が歪んでいく。悲しくて、辛くて。

 でも。だからこそ、大事にしないといけない。

 お祭りが終わった後も時間はあると思う。

 こんな悲しい思考をするのは、その時だけでいい。

 前にそう決めたじゃん。

 うん。そうだ。そうしないと。

 こんなに笑ってくれているリリィに失礼だ。


 現在の時刻は、空の焼け具合から察せられるに、恐らく十八時ごろ。

 懐中時計は家に置いてきたのか持ってきていなかった。

 今から中央広場で、女神への感謝の集いがある。

 女神像が中央広場にあるので、そこへ集まることとなっている。

 別に私自身、女神に感謝することなんてないけど。

 お腹いっぱいだし、することも特にないので私たちはそこに向かった。


「はぁー。楽しかったねー」


 ようやく落ち着けたかもしれない。

 広場の端っこで、私たちはしゃがんで隣り合っていた。


「うん。私も。ここまでノンストップで疲れちゃったよ」

「疲れたねー。感謝の集いが終わって、その後の花火でお祭りは終了だよ」


「そっか」

「うん。……あ。花火って見たことある? 爆発の魔法に光の魔法を込めて、空に打ち上げて発散させるやつ! リリィでもできそう」


「知ってるよ。でも、私には出来ない。……爆発の魔法は、初級魔法しか使えない私には扱える代物じゃない」

「とか言って! 今までの初級の魔法。特に火の魔法とか、初級の威力じゃないよねー」


「……んー。そうかも。……けど、初級より上は本当に使えないよ」

「そっか。そこまで言うなら本当に使えなさそう」


「……うん。そうだよ」


 言いながら、悲しそうに俯くリリィ。

 あまり触れられるのが好ましくない話題だったのかもしれない。

 無神経な自分を恥入り、私はしゃがんだ状態でペコリと頭を下げた。


「ごめん。踏み込みすぎた」


 リリィは顔を上げ、焦るように笑みを浮かべた。


「いやいや。全然嫌じゃない。というか、前もこんなやり取りあった」

「あれ! そうだっけ⁉︎」


 全く覚えてなかった。

 もっと無神経すぎる自分を、深く反省した。


 それからしばらく雑談をしていたら。

 途端に人のざわめきが落ち着いた。

 何かが始まるらしい。

 そう思った矢先に、広場の中央の方から、


「地の女神、クレス・スチュワートに感謝を!」


 神官の女声が、鳴り響いた。

 けど、しゃがんでいる私たちには、何も見えていなかった。

 見たいとも思わないからいいんだけど。


 その声を聞いて、どうでもいいことを思い出した。

 この世界には神様が沢山いるって本で見たことがある。

 確か、地の女神にも沢山いて、このクレスっていう女神はその中の一人。

 地の女神のファミリーネームがスチュワートという名前らしい。

 女神の家族って、文章として起こしてみると本当に訳わかんないし、一人っていう単位が正しいのかも分からないけども。

 他にも火の女神やら、水の女神やら、風の女神やら。

 運命の女神っていうのも耳にしたことがある。

 それほどまでに、女神は沢山のものに宿っているらしい。


 あと、この女神の像の周りは、かなり厳重に囲われている。

 いつもは見えない様になってるんだけど、今日はお祭りだからこんな感じだ。

 なんでも女神像の周りは、若干の魔力が流れており近付けない様にしているらしい。

 それが本当のことなのかは不明瞭だけど。

 女神像って、人工物だよね? 人が作り出したものなのに、なんでそこまで。

 って思っちゃうけど、そう思うのは野暮というものなのかな。

 ……本当にどうでもいいことだ。

 神官の言う事を聞くのがめんどくさいからって、つまんないこと考えちゃった。


 そうしている内に、神官の言葉は終わっていた。

 今から三十分後に花火が幾つか打ち上げられる旨を伝えていた。

 人々は散り始めて、人の行き来が落ち着いたところで私たちも立ち上がった。


「なんだか退屈な話だったね。私、女神とか信用してないからなー。助けられたとか全くないし!」


 母さんのことだって、そうだ。

 三年前の、この日だから。


「……へー。そう」

「リリィも退屈そうだ」


「そうかも」

「そうだよー」


 うんうんと首を縦に振り、私は話題の転換のため手をポンと叩く。


「……えっと、それでどうしよっか。花火ってほんとに綺麗だから、見やすいところがいいんだけど。昨日の展望台はもう人でいっぱいだろうし」

「見やすいところ……。なら、家の屋根の上とかは?」


「確かに見やすそう。けど、私の家ハシゴとか無いよ?」

「大丈夫、私に任せて」


 リリィはどこか自身たっぷりに胸を叩く。

 何か良い策でもあるのだろう。

 リリィはなんでもできる人なので。


「あーうん。分かった、任せるよ」


 言われるがままにリリィに託し。

 今度はリリィが私の手を引っ張る形で私たちは家に向かった。

 道中では沢山の人々が場所取りに苦戦している様子が見えた。


 門をくぐり、庭へ。

 赤く染まった庭をしばらく歩き。

 最終的に、家の壁から少し離れたところに落ち着いた。


 私は、家の頂上を見上げる。

 私の家は二階建てだ。

 そこまではハシゴを使ったとしても、まだ遠い距離かもしれない。


 澄ました様子のリリィはクルリと振り返り私を見ると。


「ミリア。おんぶするから、私の背中に引っ付いて」

「え! なんで!」


「いいから。はい」


 私の問いをスルーしたリリィは、少しだけ腰を下げた。

 また言われるがままに私はその背中に抱きつく様にして、おぶってもらった。

 リリィの手が後ろに伸び、私を囲う。

 「よいしょ」と、場所を整えるように身体を跳ねさせて。


「手、離さないでね」


 その回されていたリリィの手が、ゆっくりと取り外される。

 私は重くないか心配しつつ、リリィに更に密着しようと手に力を込めた。

 外されたリリィの手は、本来の位置に戻るわけでもなく。

 広げられ、その掌を地面に向けていた。

 呼吸音が僅かに聞こえ、最後に深く息を吸う音がしっかりと聞こえる。

 今から起こるのは──魔法だ。


「──『ウィンド』」


 落ち着いた声。

 ウィンド。風の魔法。

 次のリリィの行動まで少し間があった。

 魔力を込めているのだと簡単に分かった。

 そして──。


「いくよ」


 平坦だが力のある声。

 準備が整ったらしい。

 私はリリィのすることを察し、回す手に再度力を込めた。

 風の魔法ということは、恐らくそういうことだ。


 リリィは「じゃあ、あと五秒後に」と。

 言われ、私は心の中で数字を数える。


 4。


 3。


 2。


 1。


 ゼロを数えると同時に凄まじい風が吹き荒れ──浮遊感。

 リリィの身体と共に空に舞い上がる。

 遠ざかる地面。身体を触る疾風。

 自分の身体も風に持ち上げられているのか、軽い。

 瞬き一つもできない内に、私たちは家の屋根に着地していた。


「やば……。家の窓、割れそう」


 直ぐに過ぎ去った早すぎる先の出来事に、私の口から漏れるのは無意識な感想。

 意識が数秒も経たない内に私の頭に戻り、屋根に足をつく。

 少しだけ傾斜があって怖いけど、形は平たいので注意してれば落ちそうには無い。

 それにしても、これが初級の魔法の威力……。

 これ程のものが、そんな程度の低いものとは思えない。

 私も極めれば、初級でもこんなに凄いことができるのかな。

 ……いや、出来ないよね。これ。


 と、真理に辿り着いてしまった私は、思考の中から視界を広げる。

 目の前にある、街の景色と夕日を見た。

 今まで見たことない街の景色がそこにはある。

 展望台で見る景色とは違う。こっちの方が、なんだか好きかも。

 夕焼けに照らされた街模様は、どこか懐かしくてノスタルジーすら覚える。


「ねぇねぇ」


 隣の、同じく景色を眺めているリリィに、私は話しかけた。

 呆気に取られすぎて。というか、景色に魅了されて会話することも忘れていた。

 私の声に耳をピクリと反応させた彼女は、眩しそうに目を細めながらこっちを向く。


「綺麗だね。リリィ」

「……私が綺麗?」


「あ、えっと。景色のつもり。……でも、リリィは。ずっと綺麗だよ」

「……それは、ありがとう」


 リリィは優しく微笑む。

 つられて私も笑う。

 凄く温かいものを感じていた。

 可愛くて、一途なリリィを想う。

 何か不思議と涙が出てきそうになるのは何故だろう。

 感情が溢れてくる。

 どんな感情かと聞かれても難しい。

 強いていうなら、愛情なのかもしれない。

 私はその溢れる愛情を、言葉にしてリリィに伝えた。


「リリィと、一緒にいられてよかった。本当に、幸せな三日間だったよ」

「……んー。もう終わりみたいな言い方しないで」


「ごめん。そういうことを言いたいんじゃなくてね」

「うん」


「私ね。リリィと出会って気付いたんだ。……出会う前の私って、かなり落ち込んでいたんだなって。母さんが亡くなったのを境目にしてかな。自分ではそれに気が付かなくてさ。でもリリィと、色々なこと──魔法を教えてもらったり、デートしたりして、それが幸せってことなんだって実感したの。同時に、それまでの私って暗く生きてたんだなって分かった」

「……ミリアは今、幸せってこと? 私はミリアを幸せにしたってこと?」


「うん。少なくとも今の私は、凄く幸せ。幸せの一番上」

「ふふ。何それ」


「幸せってこと! リリィ、本当にありがとう!」

「……どういたしまして? ……あ、けど。私もお礼を言わないといけない。私も、こんなに幸せな日は今までで初めてだった。また、明日からも頑張れそうって思った」


「そっか。お互いに幸せ。だね!」

「うん。幸せ」


 お互い、ずっと笑っていた。

 そして私は、今しかないと思った。

 今が絶好のタイミングだと。

 何って。好きって伝える、そのタイミングだ。

 夕日はもう地平線の向こうに沈み、お互いの顔も少し暗くて見えづらい。

 だから。好きって言った私の崩れた顔を見られることは無くて。

 だから。今が一番いいと思った。


 それを意識した途端に、心臓の動悸が恐ろしいくらいに速度を上げた。

 この動悸を収める一番の方法。それは、きっと想いを伝えること。

 そもそも私の想いはリリィに見破られている。


 私は、動悸を少しでも抑えようと深く呼吸を行う。

 足踏みはしない。

 私は待機しているその言葉を絞り出す。


「私──」


 言ったその瞬間。

 私の視界の左端で、美しい白い光の塊が(はじ)けていた。

 私に焦点を合わせていたリリィの目は、そっちを向いた。

 ──花火が始まっていた。

 だからって、今更言葉を止めることはできなかった。


「──好き、だよ」


 だが同時だった。

 私が想いを伝えたのと、爆発の音が響いたのは。


 その言葉は、遅れて届いた爆発の音に紛れ込んだ。

 照らされたリリィの顔は、何も、ピクリとも反応していなかった。

 目の前の花火に、心を奪われているようであった。


 それから続く爆発音は、途切れることを知らなかった。

 ここでまた好きって言ったって、きっとリリィの耳には届かないのだろう。

 そう思って、私は仕方なく花火に向き直る。

 空のあちこちに咲いているそれは、直ぐに儚く散っていて。

 本当に美しい。


「……いいか。今はこれで」


 今はもう。花火を楽しもう。

 リリィが隣にいる。それだけで私は満足できる。

 想いは届かなくとも。絶好のタイミングを逃していても。

 今は、これだけでいいと思える。


 未来は誰にも分からない。

 きっとまた、絶好のタイミングはやってくる。

 やってくるって信じてる。

 信じないと、涙が溢れてしまいそう。


 だから私は、未来に縋る。

 未来は誰にも分からないからこそ、不安な時の私の拠り所。

 良い未来を期待することで、ちょっとだけ明るくなれる。

 それは、リリィに出会ってから実感したことだ。


 つまり。

 リリィがいなくなれば、私の拠り所は未来だけになる。

 それって凄く悲しいことだと思ってしまうのは私だけ?

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