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ハッピーエンドをつかまえて!  作者: 沢谷 暖日
あと、二日

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28/48

リリィは私を犯したい?

 家に帰り着く頃には、太陽は暗い赤になっていた。

 時計を見れば、もう七時を回っていた。

 庭園にいたのが何時からかは分からないけど、二時間くらいはいたのだと思うと、かなりあそこで時間を使ってしまったらしい。

 それほど沢山の時間を、リリィとのキスに費やしてしまったのだと思うと、少しびっくりした。けど、本当に少しだけだった。


 晩御飯はと言うと、あまりお腹は空いていなかったので食べなかった。

 それもそのはず、お昼にリリィの作ってくれたご飯をたらふく食べたからね。

 未だ私は満たされたままだった。

 早いけど、今日はもう寝ることにした。

 明日は朝から墓参りに行かないといけないから。

 と言っても、行くのは朝の十一時頃。

 今日起きたのがすっごく遅かったので、保険的な感じで早く寝ることにした。

 明日のその時間はリリィと関われないけれど。母さんの事も大事だから。

 そういえば、父さんも多分行くんだよね? 昨日のあの感じからすると。

 あの感じで墓参り行きませんーとか言われたら、今以上に幻滅できる自信がある。


 そんなこんなで、私は風呂に入り、ベッドに潜った。

 リリィは隣にいない。お風呂の最中だ。

 そう。今日は私の方が先にお風呂を頂いた。


 天井を見上げながら、私は今日のことについて振り返る。


 今日は、あっという間な一日だった。

 だけど。沢山の思い出ができた。

 ネックレスも買ったし、いろんなところも回れたし。(たった三箇所)

 あ、ちなみにネックレスは箱の中に閉まって大切に保管している。

 楽しかった。すっごく、楽しかった。嬉しかった。

 だけど、そう思う度に。悲しい実感をしてしまう。

 今だけを見ようって決めたのに、それは最初から不可能だったのかもしれない。


 ──明日で、最後。


 どうしても、その思考が邪魔をする。

 最後だからこそ、今を大事にしようって決めたはずなのに。

 なんでだろう。やっぱり、別れは悲しいよ。

 さよならの理由を教えて欲しいのに、教えてくれないし。

 理由は『私の悲しむ顔を見たくないから』で。

 実際その通りだって昨日は納得もした。

 だから。それで良いのかな、とは思う。

 思うんだけど、やっぱり気になるじゃん。

 キスするくらいの好きな相手と、どうしても離れないといけないって。

 それほどまでに絶大な、抗えないほどの理由を。

 気になる。気になる……けど。

 教えて欲しいと懇願しても。リリィは教えてくれないのだろう。

 最終的には、やはり。この結論だった。


「……はぁ」


 色々な物が詰まってる様な、重たい溜息が吐き出る。


 やっぱり。悲しむなんて、ダメなのかな?

 だって、一瞬だ。

 何もかも一瞬だ。

 出会いも、楽しい日々も、別れも。

 だから悲しむのは、あまり良い時間の使い方とは言えない。

 未来はすぐにやってきて、いつの間にか過去になる。

 いや、やってくるのは、未来では無く現在なのかな。

 未来は不確実だから。確実なのは、過去と現在。それのみだから。

 私が未来にできることは、良い未来を願うことだけ。

 というか、帰り道でそんなことを考えてたっけ。

 未来が上手くいくようにって。


 閑話休題。

 少し哲学ぽくなって逸れたので話を本来の道に戻すと。

 一瞬に過ぎる時間は、取り返しが聞くものでもなんでもなくて。

 だからこそ、大切にしないといけない。心の奥底からそう思う。

 なのに。不確実な未来を考えちゃって、悲しんでいる。

 それっておかしいこと? 悲しむのはだめ?

 ──分からない。

 悲しむのが正解とも言えない。

 悲しまなくて、リリィとの時間に費やすのが正しいとも言い切れない。

 だって。どうしても、悲しいって思ってしまうから。


 ダメだな。私。

 一人でいるせいかも知れない。

 私の思考は、矛盾している気がする。

 悲しみたくない。でも、悲しんでしまう。

 リリィとの時間を大切にしたい。なのに悲しんでしまう。

 だけど、悲しむのが間違いではないと、私はそう思ってるんだ。

 ……って、めちゃくちゃに矛盾しているじゃん。


 ……考えるの、やめようか。

 明日の朝には、きっと頭もスッキリしているのだろう。

 そう信じて、私は毛布を深く被った。


 数分経過した。

 眠れそうにない。

 部屋の灯りが点いてるからだろう。

 リリィが部屋にきたら、消して貰おう。

 そう思考して、もう少しだけ後の事だった。


 ──ガチャ。


 ドアノブが回され、ドアが開く音。

 その音に引っ張られるように、私は毛布から少しだけ顔を出した。

 濡れネズミの様に、髪をぐしゃぐしゃにしたリリィがいて。

 でも、パジャマは普通に着ていて。

 髪からポタポタと、パジャマに水が滴っているのが分かる。

 なんだか、いつもと違った美しさがある。濡れた美人ってかっこ可愛い。

 そんなリリィは、こちらに歩みを寄せてきていた。


 リリィの顔を見ると、少しだけ心が安定した心地になる。

 やっぱり一人でいると、余計なことばっかり考えてしまう。

 リリィがいれば、リリィを見るだけ良いから。


「髪、もうちょっと拭いたら?」


 微笑みながら、リリィに投げる。

 だが、リリィは表情一つ変えない。


「……?」


 私の隣まできたかと思えば、


「わっ──!」


 私と重なるように、その身体を合わせてきた。

 顔までも重なりそうになっていたので、少しだけ避けた。

 毛布を緩衝材としなければ、完全に抱き合ってるって感じの構図だ。

 リリィの頭がちょうど真横で触れていて、冷めた湯の感触が肌にする。


「ど、どうしたの?」


 驚いた。

 けど、リリィの驚く行動なんていっぱい見てきたし、その驚きも一瞬で。

 少し動悸が落ち着いたところで、私は問うた。


「……私、湯船に揺られながら、いろいろ考えていて」


 布団に吸収されたリリィ声はかなり小さくなっていた。

 とても不安な何かが、その言葉の中には詰まっていて。

 続く言葉も同じように。


「……悲しいの。ミリアとの別れが。……昨日よりも、その想いが凄く強くなってる」

「……うん」


 リリィも、私と似たようなことを考えていたらしい。

 私と同じように一人になると、そういうこと考えちゃうのかな。


「だから、今日はずっとくっ付いて寝ようかな」

「昨日もだいぶくっ付いてましたけどね⁉︎」


 昨日みたいに悲しい話の流れに行くかと思ってたから、思わず大きな声で突っ込んでしまった。

 リリィはクスッと笑いながら、倒していた身体を起こした。


「大きな声出さないで」

「す。すみません」


 謝ると、リリィは一旦ベッドから降り、私の横に滑り込むように侵入してきた。

 ピトと、私の身体に密着してくる。

 今度はほっぺたに、濡れた髪の毛が触れる。


「ミリア、こっち向いて」


 なんだか、いつもそんなこと言われてる気がする。


「……りょーかい」


 言われた通り、身体を左に傾ける。

 リリィもまた、私の方に身体を向けてきていた。


「キスするの?」

「それは後で」


「いや、後でするんかい」

「うん。……えと、今はね」


 言うと、リリィは私をぎゅっと抱きしめてきた。

 密着していた身体が、さらに密着度を増す。


「こうさせて」


 私もなんとなしに抱き返しながら、同時に問いを返す。


「このまま寝る感じ?」

「うん」


「思った以上に、くっ付いて寝るんだ」

「その方がいいじゃん」


「……まぁね」

「うん」


 『まぁね』っていう、ちょっと恥ずかしい返しをしたけど、実際その通りだ。

 こうやってくっ付いていると、嫌なことも考えることができなくなる。

 明日の終わりまで、ずっとこうするのもアリだなって。

 もちろん墓参りには行くから、その後で。ずっと。

 ……まぁ。明日は祭りという楽しいことがあるから。

 それをリリィと楽しむ方が、いいのかな。

 なんて。考えていると、呼吸音が耳に届く。


「ミリアって、凄く優しい」


 耳に囁く、リリィの声だ。

 耳元が震えて、それが全身に伝わりちょっとビクってなる。

 にしてもその内容が内容で、顔が赤くなってしまった。

 いや、優しいってことは昨日に何回か言われたけどね。

 なんというか、とーっても気持ちの篭もった言い方だったから。


「私、優しい?」

「うん。とても。……その優しさに触れる度に、好きってなる」


「……ん」

「うん。……あ、耳赤くなってる」


 リリィは私の恥ずかしがってる様子を、クスクスと笑いながら指摘してくる。


「からかわないでよ! これは耳赤くなる!」

「ごめんね。……でも、本当に、優しいの」


「ありがとうありがとう! はい! 今日は寝よう!」

「……うん。分かった」


 あっさりと私の大声に頷いたリリィは、私から離れて、灯りを消しにいった。

 「あ、ありがとう」と声を飛ばしたら、リリィは「いいよ」と軽く手を振った。

 部屋が一瞬で暗くなり、前も見えなくなる。

 リリィは私の横に舞い戻って、同じような体勢でまた抱き着いてきた。


「今日はこれで寝る。いい?」

「いいよ」


 私もあっさりと頷く。


「あ。でも、寝る前に」


 そう言ってきて。

 再びリリィは距離を置くと。

 その直後に、キスをしてきた。

 ちゅって音が聞こえて、すぐに唇は離れる。離れて、すぐに私にくっ付く。

 今日いっぱいしたキスだけど、ベッドでするってだけで、色々と違う。

 違わないのは、慣れないという点だけ。ずっと、恥ずかしい。

 けれどリリィは至って冷静で、次にはぽそりとこう零した。


「このまま犯したい」


 ギリギリ耳に届いた声。

 その言葉は昨日も聞いた言葉だと理解し、聞き返す。


「あ、それ、朝言ってきたやつ」

「……聞こえた?」


 一拍置いて、少し魔の抜けたリリィの声がした。

 リリィ自身は私の耳に届ける気が無かったらしい。

 確かに、とても小さな声だったと思う。


「こんな近くだもん。うっすらだけど聞こえたよ」

「……あー。じゃあ、聞かなかったことにして」


「えー。なんでー? ……あ、そうだ。意味くらい教えてくれてもいいんじゃない?」

「引かれそうだから。やだ」


 んー。引かれそう……って。

 この流れで言った事だと考えると、ニュアンス的になんとなーく分かった気がする?

 いや、分かんない。分かんない。


「教えて! 引かないから!」

「んー」


 溜息一つ。

 「分かった」と一言。

 「引かないで」と加えてきた。


「……えっとね。……ミリアのことをめちゃくちゃにしたい。みたいな、そんな意味だよ。……はい引かれた」

「引いてないから!」


 どうして、こう。

 引かれると思い込んでいるのかな。

 ……私が、リリィのことを好きって伝えてないから。か。そりゃそうだ。

 犯すっていう言葉の意味的に、私に言いたくないのも分かる気がする。

 めちゃくちゃにって、まぁ、めちゃくちゃにしたいってことだろうけど。

 めちゃくちゃっていうのは、そう。めちゃくちゃっていうことで。

 ……うん。言葉が放つ雰囲気は理解できる。

 リリィの顔は見れないけれど、身体の熱が凄く伝わってきているから。


「じゃあどう思ったの? 今の聞いて」


 リリィは少しだけ嬉しそうに声を上擦らせながら、私に問うた。


「え、いやー。なんというか。引かないし、別にしてもいいし。それよりも、昨日の朝? いきなりそんなことを言ってきた事の方が──」

「え、していいの? 犯していいの?」


 私が言いかけていると、リリィは驚いたように挟まってきた。


「うん。いいよ? リリィだし」

「……そっか」


 されること言ったならなんだろう。

 めちゃくちゃにキスしてきたり──とか、そんなことなんだろうけど。

 リリィに対して抵抗をするのは、なんだか今更な感じがあるような気がして。


「どうぞ」


 言いながら、私はリリィを強く抱きしめてみた。


「……え。本当にいいの?」

「うん」


「……なんか、ミリア。やっぱり変わったよ」

「そりゃ。変わるでしょうよ」


「……そっか。じゃあ、失礼する」


 その言葉に、お互い身体の束縛を解く。

 密着部分に空気が触れ、少しだけそれがひんやりとした。

 何をされるのかよく分かっていなかったので、私は目を瞑る。

 私の唇にリリィの感触が触れて、離れる。

 そして──。


「…………」


 ──あれ? 続きが来ない。

 もっとキスしてくると思ったんだけど。


 目をうっすら開ける。

 リリィは目の前で、私に微笑んでいた。


「今日はこれで終わり」

「え、なんで?」


 一文字目に落胆の様子が篭っていたかなと思い、問いの言葉は少し明るくした。

 だけど、本当になんで?


「もっとしたかった?」

「なるほど、私に意地悪する作戦か! さぁ、今日は寝ましょう!」


「うん。続きは、明日の夜ね」

「……う、ん」


 明日の夜は別れがある。

 そんなことを言おうとしたけど、飲み込んだ。

 言ったら、お互いに嫌だよね。


「……」


 布団が動く音と共に、リリィは私を抱いてくる。

 朝には布団が汗まみれになってそう。

 なんて思いながら、いつものように私も腕を回す。


「おやすみ、ミリア」

「……リリィ、おやすみなさい」


 私は無意識に、その言葉に想いを込めた。

 これがきっと『おやすみ』を言う最後だから。


「リリィ、おやすみ」


 何だかその事実が惜しく思えて、私はもう一回おやすみを伝えた。


「おやすみ。ミリア、大好きだよ」

「……ありがと」


 私も『好き』って言えば良かったのかもしれない。

 それに気付いた時には、リリィは細い寝息を立てていた。

 リリィの乾いてきた髪になんと無しに手櫛を通してみる。

 起きないことを確認して、私は耳元で囁いた。


「……好き、だよ。私も」


 臆病なその声に、リリィの返事は無かった。

 明日は、真っ向に伝えられたらいいなって。そう思う。

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