表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/48

お互いに、今を見つめたい

 脱衣所へと向かって、汚れた服を洗濯かごに放り込んだりして。

 部屋の隅に置いてある密閉された箱の中から、火の魔法石を取り出す。

 湯気が立ち込める、風呂場へと足を踏み入れ湯船にそれを投げ入れた。

 魔法石の溶ける音が聞こえ始め、それは熱気となりこちらまで伝わってくる。

 石鹸で汚れた体と髪を念入りにゴシゴシし、熱い湯でそれを洗い流した。

 歩き、湯船に手を突っ込みパシャパシャして湯加減を確認。


「……まぁ。……うん」


 ちょっと熱いくらいだった。

 ゆっくりと片足を入れ、やがて肩の下まで身体を湯に沈めた。


「はぁーーーー」


 今日一日の疲れが、溜息として一気に放出される。

 凄く忙しい一日だったと、改めて認識する。

 いや。本当に、忙しかった。

 やっと。ゆっくりできた感じ。お風呂最高。


 ……でも、明日からも忙しくなりそうだ。

 そう思うけど、不思議と嫌な気持ちは無かった。今日のことも。

 楽しかったんだなって思う。死にかけたことは本当に怖かったけど!

 このことに関しては、リリィがいてくれてよかった。何度でもそう思える。

 ……ちょい気まずい感じになっちゃったけどね。

 まぁ。成るように成るだろう、と思っておく。

 とりあえずは、今までと変わらない感じで接することに心がける。

 無理かもだけど。……頑張る。

 私が、この気まずい感じは修正しないといけないから。

 ……キスのことも、私がリリィにかけた恥ずい言葉も。

 私がした事なんだから、逃げちゃダメだもんね。


 お風呂に入ったお陰か、頭がすっきりして良さげな結論に辿り着く。

 やはりお風呂最高。そして頑張れ私。


 ……あ、そうだ。リリィといえば。

 ここに来る前に言っていた『後で話したいことがある』って。なんだろう。

 何だか凄く意味深な感じだったけど……。

 ……分からないな。何を言おうとしているのか。

 何を言われても大丈夫なように、一応心の準備だけはしておこう。


「──うっ」


 不意に頭が揺れる。

 ちょっと浸かりすぎたかな。

 と、私は湯船から身体を現した。


 というか、これ。さっきまでリリィが浸かっていたお風呂なんだよね。

 勿論だけど全裸で──って、別にその姿を妄想しているわけではない。断じて。


 お風呂最高。

 思いながら、私は風呂を上がり。

 リリィが待つ私の部屋へと、緊張を抱きつつも向かう。



    ※



 ……だが。


「ごめん。さっきのことだけど。やっぱり……なんでもない」


 ベッドに腰をかけていたリリィは、私の顔を見るなり開口一番にそう言ってきた。

 思ってもいなかったリリィのその発言に、私の反応は二拍ほど遅れる。


「え! なんで!」


 驚き口調でそう言うと。

 リリィは少しだけ申し訳なさそうにしながら答えた。


「なんででも。……なんか、これを言うのは良くないなって」

「気になるのですけれども」


「……言わない。私、ミリアと楽しく過ごすって決めてる。……こんなこと言ったら、楽しく過ごせるかも分からない気がしてきたから……」

「そう言われると尚更気になる」


「……言わない。言わないったら言わない」


 強情だ。

 けど。楽しく過ごせるか分からないって、かなりヤバめなことに感じる。

 それ程までのことって……。


「……えっと、『結婚して?』みたいな、そんなお願い?」

「…………」


「あ、違いますよね。そうですよね」

「いや。……確かに、そのお願いはアリだと思う」


 不意打ちを喰らわされる。


「……そう、ですか」

「ミリアが受け入れてくれたらの話だけどね」


 リリィはそう微笑みながら付け足した。

 思えば、リリィには。私が風呂に入る前に見せてきた恥ずかしがる様子はもう無い。

 そんな状態になる暇もないくらい、リリィが言おうとしていたことの重み?

 それは大きいものだったのかも知れない。

 ……対する私は、まだ恥ずかしい気持ちを捨てきれてないけど。

 リリィがこんな様子なら、私が照れるのも何だか馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 思えてくるだけで、照れるなって言われてもそれは不可能ですごめんなさい。


「ねぇ。ミリア」

「は、はい! 何でしょうか?」


「話したいことあるから、近くに寄って」

「え、えぇ⁉︎ ここでも話せるよ?」


「距離あるの、何だか嫌だから」

「……言われてみれば」


 私が部屋のドアの前。

 リリィがベッドの上。

 凄く距離があるって訳でもないけど、なんか気になる距離感ではある。

 無意識に肩に力を入れながら、リリィの横に向かい、腰を掛け、彼女を見る。

 その視線に引き付けられたかのようにリリィも私を見てくる。

 リリィの口は、直ぐに開かれた。


「ミリア。私のこと、好き?」


 放たれた唐突なその言葉。

 朝とは打って変わりズシンと心に響く。

 キスしちゃった後だから、かな。

 顔が更に熱を上げていくのが、しっかりと伝わってくる。

 もう定番になりつつある顔の熱上げ芸。もうやだ。


「答えてね」


 リリィは言いながら、私の両頬を両手で押さえてきた。

 街の中でもされたけど、リリィの手のひらは今度はひんやりと冷たかった。

 リリィは私から聞き出したいことがある時、決まってこうするらしい。

 本人はこんなことをして恥ずかしくないのだろうか。

 こんなに真っ直ぐと私のことを刺してきて。


 痛い。視線が痛い。

 その痛みを緩和させようと、私は眼球を移動させる。

 けれど、視界のどこかには必ずリリィが映り込み私の心を掻き混ぜる。

 この私を押さえ込む手法は、一番私に効果的なのかも知れない。

 リリィのことしか意識できなくなるから。


「……え、っと。その……」


 私はもう。言うことを固めていた。

 しかし、それを深く考えることはしなかった。

 頭がぐっちゃぐちゃになりそうだったから。

 そしていざ、言葉にしようとすると難しい。

 と言うよりも、それは不可能に近かった。


「やっぱり答えられない?」


 優しくかけられたその言葉に、私はただ頷くことしか出来ない。

 それに。その聞き方は、なんかズルい。

 何がって言われても、よく分からない。

 私の弱部を責められる様な、嫌悪とも違う何かを抱いてしまう。みたいな。


「……大丈夫。気持ちの整理もミリアには必要だろうから」


 『あなたが私のことを好きと、理解している』とでも言いたげだった。

 ……というか。もう完璧に表情にそれが出ちゃってるんだと思う。

 ひんやりとした感触だったリリィの手が、私の体温に近付いてきているし。


「返答は、明日か。明後日か。……別にくれなくたっていい」


 リリィは両手を私の顎に滑らせた後に、私から取り外した。

 明日か明後日しか選択肢を提示してくれない事に、ズキリと心が痛んだ。


「あ、あのさ。本当に、明後日までしか居られないの?」


 私は閉ざされていた唇を開き、悲しげに言う。

 最初は、その未来を、嫌なものだと感じつつも受け入れていたのに。

 リリィに深入りすればするにつれて、嫌なものだと感じた後の進展が無い。

 つまり。リリィとの別れが、非現実的な物に思えてならない。


「ごめん。……明後日までしか居られないの。だから、思い出を沢山つくろ」

「……そっか。えっと、理由を聞いてもいい? 明後日までしかここに居られない理由を」


「……。ミリアがお風呂に行く前に『話したいことがある』って私、言ったじゃん。それの内容が、明後日にミリアとお別れしてしまう、その理由なの」

「…………」


 リリィが言った『これを言うと、これから楽しく過ごせるか分からない』という、その意味が、何となく腑に落ちた気がした。

 お別れの話をして、嫌な雰囲気にさせたくなかったんだなと。


「……ごめん、ミリア。これは、やっぱり言えない。幸せなあなたの顔が傷付いてしまうのを、見たく無いから」

「……そっか」


 少し自意識過剰なこと言ってるなって思ったけど、図星だった。

 お別れの話なんてされたら、きっと悲しんじゃう。

 ぶっちゃけ今もかなり悲しんでる。

 胸が苦しくて、締め付けられるように痛い。

 確実なお別れの未来があるって、分かってしまったから。

 リリィとこれからも一緒にいることを望んでいても、それは叶わないと分かったから。

 明後日は確実にやってくる。お別れの時は確実にやってくる。

 時間を操れる魔法でもあれば良いのにって。思ってしまう。

 けれど、神様でも無いんだから。そんなことは出来るわけもなく。

 今も、その日に向かって時間は進んでいる。止まることを知らずに。


「……リリィ。明後日の、いつまで? リリィがここに居られるのは」

「…………それは。陽が沈むまで──いや、日を(また)ぐ少し前くらいまで、かな」


 と言うことは、明後日のギリギリまで。

 ……四十八時間ほど。


「短い、ね」

「ほんとにね。私も、もっと居たい。ミリアと一緒に」


「でも。無理なんだよね」

「うん」


「……今日は、もう寝よっか」

「うん」


 リリィが頷いた事を確認して、私は部屋の灯りを消そうと立ち上がった。

 天井から吊るされたその灯りに対し、私は蓋を被して消してあげた。

 当たり前だが、部屋は真っ暗になり、感覚的にベッドの元へと向かう。

 今更感あるけど、リリィのお布団は用意できなかった。

 というよりも、なぜか最初から一緒に寝るものだと思い込んでいた。

 まぁ。いいか。リリィの様子を見る限り、同じ考えだったのだろうから。


「リリィ、ちょっと奥に詰めて貰って大丈夫?」


 私は半身をベッドに滑り込ませ、少し狭さを感じ、そう伝える。

 リリィはモゾモゾと、その身体を動かしてスペースをあけてくれた。


「ありがと」


 だが。リリィは反応をくれない。私に背中を向けて寝ていた。

 やはりというべきか、リリィもお別れするのが嫌なんだよね。

 (むし)ろリリィの方が、断然私よりも悲しい気持ちを多く持っているのだろう。

 私にはるばる会いに来て、けど直ぐにお別れをするのだから。

 だけど──。


「リリィ」


 悲しい想いをするのは、別れ際だけでいい。

 今だけを見たい。今ある幸せを存分に味わいたい。

 お互いに、お互いだけを見ていたい。


「私、今ね。凄く幸せだよ。ありがとう、リリィ」


 だから私はリリィの背中にそう言った。


「……私もよ」


 言いながら、リリィはこちらに寝返った。

 顔が合う。

 やっぱり恥ずかしさは拭え無いけど、目は逸らさなかった。

 リリィの熱い息が、私に吹く。逆もまた同様に。

 (しばら)く互いの吐息交換が続き。

 リリィが痺れを切らしたかのように、私の頬に手を添えてきた。


「ミリア。……良い?」


 リリィの小声。

 意味は聞き返さず、ただ「いいよ」と答えた。

 すかさず、私の唇にリリィが唇を重ねてきた。

 暖かくて柔らかいその唇の感触。

 二度目だけど、凄く新鮮だった。


「──んっ」


 声が漏れる。私の声だった。

 呼吸のために開かれた口に、狙いを定めて別の感触が侵入してくる。

 それがリリィの舌だと気付いて、戸惑い、ただ委ねた。

 リリィの唾液が流れ、私の唾液と混同し、それをゴクリと飲み込む。


 こうしたことを、私は後悔なんてしない。

 恥ずかしがりはすると思うけど。

 朝になったら、また悶々(もんもん)としちゃうかもだけど。

 けれど後悔は、万一にも有り得ない。


 私は思っていた。

 一日で人を好きになるのはおかしいって。

 だけど、その考え自体がおかしかった。

 一日で好きになるなって、誰が決めたのか。

 私が勝手におかしいって、そう思い込んでいた。

 私を否定していたのは、結局は私だったのだ。

 それに気付けて良かったと思う。

 それに気付かせてくれて、ありがとうって思う。

 私は、想う。リリィを想う。

 心の中でしか言えないのは臆病だと思う。自己中だと思う。

 でも、お別れする前には絶対伝えるから、許してね。


 ──リリィが好き。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ