表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/48

森の中で

 私は走った。逃げた。

 リリィという、私の心を乱す存在から。

 後ろから、別にリリィは追ってきていないけれど。

 それでも私は走り続けた。

 止まったら、余計なことを考えそうで怖かったから。


 気付いたら、街の門を抜けていた。

 門番の人に声をかけられたのに、それすらも無視した。


 朝。私が街に帰るために通った、舗装された土の道。

 朝。私が中身の無い魔法を放った草原。

 朝。ベリーを採集した森の中。


 駆け抜けて。

 ずっと走り続けて。

 けど、自分の体が限界を訴えかけて、私は遂に足を止めた。

 下は土だというのに、迷わずそこにへたり込み。近くの木にもたれかかる。


「……はぁはぁ」


 荒すぎる息。

 この心臓の動悸は、先のことが継続しているのか。

 疲れが由来するものなのか分からない。

 けれど──。


「何、やってんの。私……」


 リリィのことよりも、疲れが頭を支配し始めて。

 私はようやく、少しだけ冷静になれた。


「……はぁ。やっちゃったな……」


 本当にやってしまった。

 私、本当に変なやつ。

 ここに来るまで何人か街の人とすれ違ったけど、絶対おかしく思われたよね。


 というか、どこだここ。

 朝、ベリーを採集したとこの近くっていうのは分かるけど……。

 土地勘はあるつもりだが、ここまで暗いと、どうも正確には分からない。

 目が慣れてくるのを待つしか無いかな。幸い、月光は明るい。


「……はぁ」


 呼吸も落ち着いてきたところで、再度深々とした溜息を吐く。


「戻りたくないな……」


 と言っても、絶対戻らないといけないんだけど。

 私はリリィのところから逃げてしまったわけで。

 あの場面でそういう行動を取るというのは、確実に意味が出る。


 あー。本当にどうしよう。

 一時の感情で、こんなことをするべきではなかったのかもしれない。

 でも。あの場面で、逃げずにずっといたらって思うと……。

 こうしたのは正解なのかもしれないと思えてしまう。


 そう思い返すと……また。さっきみたいに身体が火照っていく。


 まぁ、一人だから。

 どんなにまた顔が赤くなっても。

 動悸が早鐘の如く鳴っていても。

 それを見られることは、決してない。

 それなら目を逸らさずに、このことに向き合ってみるのもアリかもしれないけど。

 多分、結局。出る答えは、もう決まっている。

 だって。もう、あれは……。好きってことじゃん。

 好きってことなんだろうけど。さ。

 色々と、その結論に行き着く過程の中でおかしなところが散々ある。

 だから、私の頭がそれを否定しているのであって。

 一番の理由は、私がそうなるのが早いから。

 一日で人に好意を抱くだなんて。しかも同い歳の女の子に。

 今まで人に恋愛的な感情を持ったことが無い私が。

 こんなに一瞬で、好きになるって。

 それは、本当におかしなことで。

 だから。認めたく無いんだ。


「…………」


 ……どうしようか。

 目は若干慣れてきたから、帰れなくも無さそうではあるが。

 リリィにどんな顔を見せればいいのやら……。

 だって、向こうは。私の身体の変化に全部気づいているからさ。

 絶対、意識がリリィに向いているってバレてるわけで。


 あ。でも。


 あーいう。なんか凄いドキドキする様なことをしてきたってことは。

 多分、好きな人()の心を惹きたいからっていう想いがあってのことで。

 私は、まんまとそのリリィに策にハマってしまった、と。

 そういう解釈もできるとするなら、むしろリリィは喜んでくれていそうだけれども。

 だって私は、リリィの好きな人なのだから。

 ここで顔を合わせにいって、嫌がられるということはまず有り得ないと思う。

 私が、勝手に嫌がって。それで、こんな思考をぐるぐると回して。

 結局、ここまでのこと全部、私の身勝手で進んでいること、なのかな。


 ……どうせ、帰らないといけないのなら。帰ろうか。

 ……けどな。やっぱり嫌だな。


 偶の身勝手くらい。別に、いっか。

 もう少し、こうしていよう。


 しかし、ずっとこうして地べたにへたり込んでいるのも、汚い感じがある。

 恐らくもう。私のワンピースは土まみれ。

 このまま座ったままでも、洗濯することには変わりないとは思う。が。


「…………」


 こんな暗いところにいるのも怖いので、ちょっと開けた場所に移動しようかな。

 今日の朝、魔法スッカスカのを放った場所にでも。


 そう決めて、私は「よいしょっと」と、その場をゆっくりと立ち上がった。

 お尻に触れてみると、圧倒的に土だった。きたねー。

 ……しょうがない、とりあえず歩こう──って。


「……あれ」


 視界は開けてきたとは言ったが。

 いやもう。ここどこ? 本当にどこ?

 ……まぁ、歩かないことには始まらないか、と。

 とりあえず、私はその場を動く。


 テキトーに動いても良くないとは思うけど、この森も大した広さではない。

 多分、もう少し歩けば舗装された道に出ると思う。

 というか、私、結構奥まで走ってきていたんだな。

 明日には筋肉痛になっていそうで、ちょっと不安。

 だけど、今はリリィとのこれからの方に不安があるので、それはさして気にならなかった。


 歩く。

 地面に落ちた小枝を踏む度に、それが割れる音が森に響く。

 ちょっとだけ、それが耳にうるさかった。


 歩いてから数分が経過した。

 そろそろ道に出てもいいんじゃないか。

 と、そう思った時、私はあるものを見つけた。


「あ……これ」


 見つけたものとは。

 この辺りにベリーの採集に来たとき、お祈りを捧げた小さな女神像だった。

 身元不明の女神像。本当に、誰がこんなところに作ったのかも分からない。

 添えてあげたリンゴはもう無くなっていた。けど、気にすることでもない。

 これで助かった。大方の道は分かりそうだ。

 ホッと胸を撫で下ろす気持ちになりながら、あたりをグルグルと見回した。


「えーっと。ここにこれがあるってことは、私が帰るべき方向は──。……?」


 と、そんな風に見回していると、私の視界に違和感が飛び込んできた。


 ────光?


 女神像の少し奥。

 木々に隠れた向こう側から、少量の輝きが映った。


 なんだろう?

 好奇心に突き動かされて迷わずにそこに向かってみた。

 ガサガサと、草木を掻き分けながら。


 辿り着いたその場所は、ポツンとした大きくも小さくもない池だった。

 月明かりに水面が照らされ、鏡となって森を照らしていたらしい。

 その光景は、なんというか。とても神秘的だ。

 ……こんな場所に池があるなんて、知らなかった。

 あの女神像も見たことなかったし、これも割と最近作られたものなのかな。


 ……せっかく綺麗だし、心の整理がつくまでここにいようかな。


 そう思い、服が汚れる事を忘れて、またその場に座ろうとした。

 その時だった。


 ──ガサガサ。


 どこかで、草木の揺れる音がした。

 後ろからではない。少なくとも、前の方からだ。

 それに、この音は動物が動くような。そんな音だ。

 リリィがこんなところまで迎えに来たとか? かな?

 ……それはないか。私の場所なんて分かるわけないだろうし。

 何かの野生動物だろう。


 そう思い、その音に耳を傾けていると。

 そのガサガサという音は、どんどん音量を上げていった。

 気配がこちらに近づいてきているのが分かる。


 やがてそれは姿を現した。

 リスだった。

 だが、普通のリスよりも何倍も大きい。

 可愛らしい顔。しかし、剥き出しの牙がその可愛さを掻き消していた。

 そいつの毛皮は、ところどころ。赤黒い。


 ──やばい。


 私の本能がそれを察した。


 これはヤバい。

 先までのリリィについての葛藤が全て吹っ飛ぶくらいにはヤバい。

 こいつは、魔物だ。しかし、余りにも季節外れだ。

 だが、今は起きている現実に直面しないと。


 さて……と。

 私は、クルリと踵を返し、


「さよならリスさん!」


 その場を勢いよく駆け出した。

 向かう場所は、街の方角。

 ……体力的に、これ大丈夫?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ