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7話

7話です!!!!

「ここは……?」


 香月が目を開けると、そこには知らない天井があった。夜空でもなく、浴室でもなく、そこは香月が泊まるはずの部屋だった。


「目覚めましたか、不埒者」


 声がする方へ寝返りを打つと、香月の顔の三十センチ先にアリスの顔があった。


「ヒッ!」


 香月が声を上げたのは、アリスと自分の間、つまり香月の鼻先にアカツキがあったからだ。危うく鼻が削がれていた現状に抗議の意味を込めてアリスを睨む。


 たとえ鼻が削がれていたところで、数分経てば再生するのだが、刃物というのは本能的に危険なものだと捉えている。


「これですか? 護身用です。どこぞの変態除き魔に襲われればいつでも対処できるように」


 香月は上体だけ起こし、部屋を見渡した。


 襖の前には香月とアリスの荷物が置かれ、木製の長く足の短いテーブルの上にはご馳走の残骸が残っていた。


「強姦魔の分はもったいなかったので私が食べておきました」


 黒く浅い鍋はすき焼き用の物だろう。夏なのにすき焼きとは、ずいぶん季節外れだ。


 だが、夏に好んでラーメンを食べる人種もいるのだ、そこまで驚きはしなかった。


 口を開くごとに重くなっていく自分の罪状を弁明するよりも先に、香月は疑問を口にする。


「なんで俺とアリスの荷物が一緒の部屋にあるんだ?」

「二人ともこの部屋に泊まるからです」

「なんで?」

「部屋の空きが他にないからです」

「そっかぁ……」

「早く服を着てください、露出狂」

「俺裸だったの⁉︎」


 香月は体を触って確かめる。掛け布団がかけられていたため気が付かなかったが、確かに裸だった。


 アリスに明後日の方向を向いて貰い、自分の荷物から着替えを引っ張り出す。


 最初から泊まりを想定していたため、何セットかある服の一番薄手のものをパジャマがわりにした。


 香月はその間にも、なぜ自分が気を失っていたのかを必死に思い出そうとする。


 しかし、かろうじて覚えていることといえば、アリスの昔話を聞いたこと、女湯に侵入したこと、アリスに殴り飛ばされたことだけだ。


 後者は頭に覚えているというよりも体が覚えていた。


 ヒリヒリと痛む右頬をさすりながら、順を追って整理していく。


__お湯が気持ちよくて、アリスの家族のことを聞いて、その後……。

__悲鳴だ。


「アリス! あの時何があったんだ⁉︎」


__思い出した。俺はアリスの悲鳴を聞いて女湯に飛び込んだんだ。


「覗きです。それもあなたのような卑猥で邪な視線ではなく、もっとこう……狡猾な値踏みするような視線を感じました」


 それが事実ならば、すでに香月達はヴァンパイアにマークされていると考えた方が自然だ。


 しかし、再び香月の脳みそが疑問を提示する。


「なぜヴァンパイアたちは俺たち二人が敵だって気づいたんだ? 運転手の言葉を借りれば俺たちは駆け落ちのカップルにしか見えないはずだろ?」

「カップルかどうかはさておき、その点は私も不思議に思っています。英国のヴァンパイアなら協会の制服を見て気がつくかもしれませんが、ここは五千マイルも離れた日本です。この土地のヴァンパイアが知っているとは思えません」


 アリスが思案に耽り、香月が一つの可能性を提示しようとした時、廊下に何者かの気配を感じとった。


「誰だ!」


 咄嗟にアリスを庇うように背に回し、香月は叫んだ。


 ススっと音もなく襖を開けたのは、出迎えてくれたこの旅館の女将だった。


「御休憩中のところすみません。お食事を下げさせていただきたく参りました」


 女将はそう言うと、忍者のようなすり足でテーブルに近寄り、食器類を片付けていく。


 食器は二人分だ。女将の手だけでは一回で運べないだろう、と香月は手伝うよう申し出て女将と一緒に食器を盆に乗せて運んで行った。


「あの女将……」


 女将の異様な気配の無さ、これまでの好待遇、その異変に真っ先に気がついたのは香月ではなくアリスだった。


 香月は女将の後ろを歩きながら、一部屋ずつ灯りが漏れているのを確認しながら進んだ。


 どうやら空き部屋がないというのは事実のようで、空きがあれば部屋を分けてもらおうと考えていた香月の企は水の泡となった。


「ここまでで充分です。これより先は従業員以外立ち入らせない決まりでして、わざわざありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」


 香月が部屋に戻ると、アリスはテーブルの上に置かれていたお茶菓子に手をつけ、緑茶を啜っていた。


「アリス、ヴァンパイアが襲ってくるとしたら明日だ、今は寝ておけ。ヴァンパイア退治は明日の日中にしよう。日の高いうちはヴァンパイアは弱体化する」

「それは、あなたもなのでは?」

「俺はあくまでついて来ただけだ。同族狩りはあんまり気分がいいもんでもないし、戦うのはアリスだろう」


 香月はアリスが寝静まってからも一睡もすることはなかった。


 アリスに少しでも長旅の疲れや過去の悲惨な経験を話した事による疲労をとってもらいたくて、咄嗟についた嘘の責任を取るべく、自ら見張りとなったのだ。


 香月がアリスについた嘘は二つ。


 一つ目はヴァンパイアが襲ってくるタイミング。


 間違いなく一番可能性が高いのは二人が寝静まったこのタイミングだと断言できた。


 二つ目は、


「同族狩りがどうした、三人殺したところで何も感じねぇよ」


 香月の自嘲気味の笑みが、小さなオレンジの光に照らされ浮かび上がった。

読んでくださりありがとうございました!

(感想、ブックマーク、評価お待ちしています……!!)

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