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6話

6話です!

 地面に埋め込まれた淡いオレンジ色の光に導かれて、香月とアリスは石畳の上を歩く。


 日本庭園のような庭には池があり、水面に映る半月と季節外れの蛍の灯火が幻想的で、まるで別世界に放り込まれたような錯覚を覚えた。


「では、後ほど」


 当たり前だがアリスとは廊下で別れて、それぞれが別の部屋に入った。


 といっても壁一枚隔たれただけで、アリスの足音や衣ずれの音は先ほどとあまり変わらず香月に届いた。


 扉の向こうには誰一人いない。まさに自分だけの空間が広がっていて、香月は年甲斐もなく高揚する心に従い、鼻歌まじりに頬を緩ませる。


「あれ? 俺は何してるんだろう……」


 温泉である。


 △△△△旅館は温泉マニアには有名で、名の知れた名泉らしい。


 二人を出迎えた女将に予定よりも到着が遅れたことを話すと、「それは大変でしたねぇ。そうだ、温泉でゆっくりしていってください。お疲れでしょうし、軽食をこちらで用意させてもらいます」と温泉に案内されたのだ。


 至れり尽くせりの好待遇に縮こまる香月には目もくれず、アリスはフンッと鼻を鳴らし目を輝かせていた。


 おそらく軽食というワードに食いついたのだろう。


 アリスと数日ともに過ごしてわかったことがある。


 アリスは大食漢なのだ。


 学校でも男子からのお供物を喰らい、夕食でも香月が作る料理を余すことなく平げる。そして夕食を作り終え、また翌日夕食を作りに来ると必ず放置されているコンビニ弁当の殻や菓子パンの袋は、たぶんバイト先のコンビニで廃棄となった商品を持ち帰って、夜食や朝食として食しているのだろう。


 底なしの胃袋の持ち主だ。


 そんなことを考えながら、香月は湯船に口元まで浸かる。


 四十度のやや温めの温泉は、三時間ほど助手席に座りっぱなしだった腰を包むように癒してくれる。


__噂に違わぬ名泉だ。


 すると香月が背を向けている方から、ザブンとお湯に浸かる音が聞こえた。


 覗き見防止の高さ四メートルほどの塀の向こうでは今頃アリスが湯船につかって蕩けているのだろう。


「~♪ ーー~ーーー♪」


 壁の向こうから風鈴のような鼻歌が聞こえる。それはまるで子守唄のようで、どこか懐かしさを覚えるメロディーだった。


「ご機嫌だな、アリス」

「~♪ __油断していました。そちらからもこちらの声が聞こえるのですね。ついうっかりくつろいでしまいました」

「子守唄か?」

「……はい。亡くなった母がよく歌ってくれました」


 アリスの母は、アリスによるとヴァンパイアハンターであり前のアカツキの所有者だ。


「なあ、もしかして__」

「あなたが言わんとしていることはおおよそ予測できます。良い機会なので話しておきます。私がどうして復讐にこの身を捧げるようになったのか」


 アリスは、「ニッポンには裸の付き合い」という言葉がありますし、と言って語り始める。


 自分が如何にして復讐の鬼になったのかを、ヴァンパイアハンターになったのかを。


「始まりは私の六歳の誕生日でした。大きなイチゴのケーキと大好物のビーフストロガノフがテーブルに並び、父と母、そして私で幸せな時間を共有していました。両親が食後の紅茶を飲み始めた頃、誰かが訪ねてきたのです。屈強な兵士のような男……いや、ヴァンパイアでした」


 香月は息を呑んで続きに耳を傾ける。


 負の結末が確定している物語の顛末を聞き届けるために。


「出迎えに玄関へ向かったはずの父は帰って来ませんでした。そして花瓶でも倒れたような音が聞こえて、母が様子を見に行きました。そして母も、帰ってはきませんでした。私ががおそるおそる玄関へ足を運ぶと、胸から血を流した両親と血の口紅をつけたヴァンパイアが立っていました。私は叫び声もあげられずにヴァンパイアと両親とを交互に見ていました」

「……」

「そしてヴァンパイア言ったのです。『またどこかで会いましょうね……』と、私は激昂しました。体に血流が迸り、思い切り殴りつけました。しかしヴァンパイアは急に怯えるような目で私を見つめてきました。その目が許せなかったのです。私の大事なものを奪っておきながら、なぜそのような目をするのかと、ヴァンパイアが立ち去った後でもその時の激情は私の胸で燻っています。それが私の復讐の火種となり、ヴァンパイアハンターを志すきっかけとなりました」

「師匠とは、その時に?」

「いえ、半年ほど経った後です。師匠は母の同僚だったらしく、ヴァンパイアハンターを志す私に稽古をつけてくれました。私の槍術は師匠に習ったものです」

「アリスの父親はヴァンパイアハンターじゃなかったのか?」

「……? はい。父は自営業だったはずです。具体的には分かりませんが」


 香月は目を閉じる。


__アリスの話の矛盾点といい、銀嶺シリーズといい……もしかしてアリスの師匠は……。


「私の復讐など、二百六十年生きているあなたにとっては蟻のようにちっぽけなものなのでしょう。しかし私は止まるつもりはありません。必ずこの手でヴァンパイアを根絶やしにします」

「アリス、お前の家族は__」


 香月がアリスに何かを伝えようとした時、甲高い叫び声がそれを遮った。


「アリス! どうした? 何があった⁉︎」


__まさか、ヴァンパイアか?


 しかし考えてみれば、敵にとっては絶好の機会だ。


 アリスも香月も武器の類は一切身につけていない。入浴中に襲われることなど想定していなかった。


 年甲斐にもなくはしゃいでしまったツケが、早くも帰ってきたのだ。


「アリス! 大丈夫なのか⁉︎」


 返事がない。


 香月は跳躍して、男湯と女湯を仕切る塀の上に着地し、アリスの姿を探した。


「なんだ、無事なら無事だと……」


 アリスはすぐに見つかった。湯船に頭まで沈め、白い髪が水面に菊の花のように円を描いている。


 だが様子がおかしい。


 香月は女湯に飛び込み、アリスの肩を掴んで引っ張り上げる。


 茹で蛸のように真っ赤な顔をしたアリスは、顔面にまとわりついた水滴を手で払うと、どこかを凝視している。


 ここは温泉だ。お湯にタオルを浸けるのはマナー違反だ。


 故に、香月は何も纏っていない。


 この一件で唯一救いだったのが、アリスがバスタオルを体に巻いていたことだ。


 文化圏の違いか、アリスは温泉に浸かる際は必ずこうするらしい。


 だが、間違いなく自分のソレとアリスをご対面させてしまった。


 アリスは二百六十歳の香月とは違い、性に対してうぶな十五歳だ。


 当然というか、予定調和というか、お約束というか、香月が殴り飛ばされるのはもはや必然だった。


 香月は水面を水切りのように跳ね、縁に激突した直後気を失い、消沈した。

読んでくださりありがとうございます!

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