5話
5話です!!
(一度投稿したつもりだったのですが、どうやら不具合で投稿できてなかったみたいです……)
問三、登場人物の心情を三十文字以内で答えよ。
「私は彼のように三年間部活に勤しんだ経験はありませんし、そもそも大会で優勝したからといってなんだというのですか? せいぜい就職、もしくは進学で少しより有利になるくらいでしょう。ならば部活に時間を割くよりも学業に注力する方がよっぽど有意義に思えて仕方がありません」
問二、次の歴史上の人物に最もゆかりのあるエピソードを記号で答えよ。
「世界史は得意分野です。aのヨハネス・グーテンベルクは活版印刷技術の発明者です。印刷技術は羅針盤、火薬と合わせてルネサンス三大発明と言われていますね。常識です」
Question1、次の英単語の意味を答えよ。
「日本人はlakeとlikeの違いもわからないのですか? こんなもの、いちいち問われるほどのことではないでしょう。時間の無駄です」
あれからアリスの風邪は、一晩寝たら無事に治ったらしい。
本人曰く「心配しすぎです。ですが、あなたの作ってくれたお粥が回復につながったのは……おそらく事実です。ありがとうございます」とのことだった。
そしてアリスに勉強を教え始めて二日が経った。
要領はよく飲み込みも早いのだが、一つ教えるたびに三つほど憎まれ口が返ってくるため、他の友人に教えるよりも負担は三倍だ。
香月はくたびれた表情でため息を吐いた。
「コミュ英と世界史は申し分ないんだがな……。如何せん現国と数学が絶望的だ」
「先生みたいなことを言うのですね。せっかくの夕食時なのですから、そのようなつまらない話は控えてください」
香月がアリスに勉強を教えているのはあくまでも夕食を作るついでだ。
夕食前の数十分、鍋を煮込んでいる間、ご飯が炊けるまで、そして食べ終わってからアリスがバイトに出かけるまでの約二時間ほどが勉強時間だ。
アリスは餃子を飲み込みながら次の餃子にはしを伸ばす。大判の皮を九十枚使って作った焼き餃子の山は、すでに三分の二までに半壊していた。
香月がもっちゃもっちゃと餃子を咀嚼していると、アリスが不思議そうな表情で眺めている。珍しく箸を止めていたので、香月も不審に思って尋ねた。
「ど……どうかしたか?」
__口に合わなかったのか?
欲張って餃子にニンニクをいつもより多めに入れたのが失敗だったかもしれない、と香月内心焦っていた。
だが、どうやらそれは杞憂に終わったようで、アリスは本当にただの疑問を浮かべただけだった。
「いえ、ヴァンパイアのくせに……失礼、ヴァンパイアなのに餃子を食べるのですね。これにはニンニクの香りがします。ヴァンパイアにとってニンニクは天敵でしょう?」
「何世紀前の知識だよ……。餃子も食うしガーリックライスも食べる、アヒージョなんか大好物だ」
アリスのヴァンパイアに対する知識は、御伽噺や小説の中でのヴァンパイアのように時代錯誤なものばかりだ。
純銀でヴァンパイアを殺せると思っていたり、ニンニクが天敵だと思っていたり、流水が苦手だと思っていたり。
毎日洗い物をしているのは誰だと思っているのか、と香月は今日も食べ終わった食器を片付ける。
「なあアリス、その間違った知識のソースは誰なんだ? 本とかインターネットとかか?」
香月が生まれた頃、二百六十年前はもちろん、その先二百年ほど経ってもインターネットなど一般人が触れるものではなかった。だが、昨今はスマホやノートパソコンなどの普及によりインターネットは身近なものになった。
感慨深いものを感じて香月はそっと目を閉じた。
間違いなく時代は変わっている。それが良い方向にか悪い方向にかはわからないが、少なくともヴァンパイアにとっては生きやすい時代になった。
アリスは顎に手を当てて考えるように目を閉じると、自分のスマホを操作して一枚の写真を画面に映し出しす。
それを香月に見えるように差し出した。
「私の師匠です。師匠はヴァンパイアハンターで、よく師匠の仕事を物陰から見学していました」
写真に写っているのは……なんと天使のような微笑を浮かべてピースを作るアリスと、黒装束を纏ったよわい三十ほどの女性だ。
こちらの女性もアリスと互角なほどに美しい、いわゆる美魔女というやつだろう。
長い黒髪にコバルトブルーの瞳。
おおよそアリスとは真逆の容姿をしている。一つ共通している点といえば、色素を吸い取られたような白い肌くらいのものだ。
アリスのピースを作っていない方の手には、アカツキとおぼしき銀嶺の柄が握られており、黒髪の女性の右手には銀嶺の大太刀が、左手には銀嶺の小太刀が握られていた。
「この人がアリスの師匠か、手に持っているのは__」
__銀嶺シリーズ、クロガネとシロガネだ。
「師匠もアカツキと同じような刀を持っていました。ですが銀嶺シリーズの能力については教えてくれなかったのです。とは言っても師匠は『見て学べ』派の人でしたので、しょうがないですね」
香月は肯定も否定もしなかった。
__教えてくれなかった? 教えれなかったのではなく?
「そういえば、一昨日師匠にニッポンに来て初めて連絡しました。新しいヴァンパイアの情報を聞ければと思いまして。あなたのことも少しだけですけど話しました」
アリスの声音は弾んでいるようだった。
いつもの機械音声のような平坦なトーンではなく、クリスマスが待ち遠しい子供のように、実に嬉しそうに話している。
「そうか、なんて話したんだ?」
「優秀な召使いを確保しました、と」
「誰が介護用猫型ロボットだッ⁉︎」
「どら焼きをご所望ですか?」
「俺はこしあん以外認めないぞ!」
「しかし私が目的を果たしたら、遠くに行ってしまうのですよね……」
「そりゃ未来に帰るってことか? それとも俺が天国に行くってことか?」
「閻魔様によろしくとお伝えください」
「地獄かよ……」
話が逸れてしまった。
アリスが師匠とやらにコンタクトを取った理由は、たしか新たなヴァンパイアの情報を求めたからだ。
それを香月に伝えたのは、早くヴァンパイアを殺すための、銀嶺シリーズの使い方を教えろ、と催促しているのか。それとも、まだ復讐を諦めていないと示すためのか、香月にはどちらでも良いことだった。
「それで、何か成果はあったのか?」
「もちろんです。ヴァンパイアが三人、〇〇県で目撃情報があったと。これから現地調査に向かいます」
〇〇県といえば車で一時間はかかるし、電車で行こうにもすでに終電まで三十分をきっている。
それに……
「だめだ。行かせられない」
__こんな未熟者を、ヴァンパイアの元になど行かせられない。
ヴァンパイアはお人好しばかりではない。それこそ小説や伝承を再現したような化け物だ。誰彼構わず血を吸い殺人を犯す化け物だ。
今のアリスを向かわせても、命を落とすことは明白だった。
だから、香月は新たな提案をする。
「あなたに私の復讐を止める権利など__」
「無駄死にするだけだ。そんな死地にお前を一人で行かせるわけにはいかない。行きたくばこの俺を倒してから征くが良い! ……なんて言うつもりはない。その代わり俺も連れて行け」
「拒否します」
「交通費はどうする? この無駄なやり取りのおかげでもう終電には間に合わないぞ。タクシーを使えば一万円はかかる」
「そこはドコデモド__」
「誰が介護用猫型ロボットだッ⁉︎」
そのネタまだ引きずっていたのか、という香月の呆れ顔を無視してアリスは反論する。
ムキになっているようで、アリスにしては珍しく感情を表に出した物言いだった。
「せっかく師匠が授けてくれた目撃情報です。この復讐の機会を逃すわけには行きません。ですが、あなたが私のアッシーになると言うのでしたら、慈悲深い私に犬や猿キジのように忠順にお供することを許可します」
香月は『アッシー』という半世紀前の死語に顔を顰めつつも、次の瞬間には吹き出した。
アリスは香月が思っているよりも、香月のことを信用しているのかもしれない。
香月は餃子を一つ口に放り込み、食べ終わった食器を下げてアリスに告げる。
「じゃあ十分後迎えにくる」
急いで自宅に戻った香月は、必要最低限の旅支度を始めた。
現地調査、旅館といえば今夜はそこに泊まることになるだろう。
着替えを適当に見繕い、ついでに参考書や教科書も入れておく。
時間があったらアリスに勉強を教えてやろう。
そして最後に、とある液体の入った小瓶を冷蔵庫から引っ張り出す。
腰に巻きつけたホルスターのようなものに小瓶をはめ込むと、香月は一度、寝室の角にある隠し扉から地下室へと降りた。
零下三十度。
血も凍るように室温調整された地下室には、四方の壁にガンラックが備わっている。
ガンラックといっても、掛けられているのは全て近接武器だ。
銀嶺シリーズが九つと、金剛の輝きを放っている打刀が一つ。
香月は一つ一つに視線をやった。
「またヴァンパイアと戦うことになった。アリスっていう小娘も一緒なんだが、なかなか筋がいいやつでな。もう槍の扱いなんか俺より上だ」
その声は、深い眠りについている彼彼女らには届かない。
「それに、あの二人の子孫だった。守ってやんないとな」
香月は後ろ髪を引かれる思いで地下室を後にする。
香月が地下室に降りたのは、決意を固めるためだった。
同族狩り……懐かしい響だ、と香月は自重の笑みを浮かべて拳を握った。
アリスの住むアパートまで行くと、アリスの部屋はすでに消灯していた。
そして姿は見えないが、獣道のような通り道をズルズル這うような音が聞こえて香月が声を掛ける。
「タクシーはさっき呼んだから、あと五分もすれば来るだろう。__って大荷物だな」
月明かりを浴びて姿を表したアリスは、普段よりも二回りほどシルエットが大きくなっている。
アカツキが入っているであろう、黒い筒のようなケースを背負い、その上から登山用のバックパックのように大きく膨れ上がったリュックサックを背負っている。
服装も先ほどとは異なり、写真で見たアリスの師匠が纏っていた黒装束と同じものだ。
「その服装はヴァンパイアハンターの制服みたいなものなのか?」
「はい。英国ヴァンパイアハンター協会の正式な戦闘服兼制服です」
聞いたこともない組織名だ。
昔からヴァンパイアに対抗すべく、人間たちが専用の組織を作ることは珍しくなかった。
日本でいえば、幕末に名を馳せた新撰組がそうだし、西洋といえば十字軍なんかがその役割を担っているはずだったが……。
どうやら時代錯誤なのは、香月もアリスも同じだったらしい。
影になっていて気がつかなかったが、アリスのシルクのような白い髪が、今はブリティッシュ柄のリボンで一つに束ねられている。
赤青白の菱形があしらわれた、やや大きめの、大袈裟なリボンだ。
アリスが歩くたびにその端が尻尾のように揺れ、弧を描く。
「イギリス出身だったのか?」
アリスは肯定も否定もせず、曖昧な表情を浮かばせるだけだった。
香月は背後からハイビームを浴び、手を翳しながら振り返る。
どうやらタクシーが到着したようだ。
香月が助手席に乗り込み、アリスは後部座席に座らせる。
本来なら正確な行き先を知っていてナビができるアリスが助手席に座った方が都合が良いのだが、運転手が男性だったため香月が助手席に座った。
香月がシートベルトを締めている間に、アリスは目的地を告げる。
「〇〇県、□□市の△△△△という旅館までお願いします」
高速に乗って一時間の道のりのはずだったが、突如渋滞が発生した。
どうやら乗用車同士の衝突事故が起こったらしい。
黒煙が登るのを遠巻きに香月たちは眺めていた。
「あちゃー。これじゃあ二、三時間は動けないかもねぇ」
運転手が額の汗を拭いながら時計を見る。
香月も釣られて見ると十一時を過ぎたあたりだった。
香月が別のルートでなんとか進めないか、と運転手に提言しようとした時、後部座席からの鈴のような声で遮られた。
「問題ありません。△△△△旅館はチェックインを二時まで待ってくださるようなので」
そんなバカな話があるか? と香月は疑問に思うも、アリスが言うのだから仕方がない。
よっぽどお客様ファーストな旅館なのだろう。
「おぉ、それはよかった。ところでお嬢ちゃんたちは……聞いてもいいもんか?」
運転手は困ったように薄くなった頭頂部を撫でる。そして、自分が作り出した沈黙が苦しかったのか、おそるおそる口を開いた。
「駆け落ちだったりする? いやね、君たちの前にも一組同じ旅館まで連れて行ったばかりなのよ。で、どうなの?」
アリスは顔色ひとつ変えず、機械のように答える。
「いえ、そちらの男はアッシーです」
即答だった。
香月も運転手も、豆鉄砲を喰らった鳩のように固まった。
その後、気まずい空気の中、△△△△旅館に到着したのは午前一時半のことだった。
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