3話
3話です!
授業が終わると十分間の休み時間が与えられる、というのは全国共通だろう。そして今日、転校生に興味を持つのも全国共通なのだと香月は知ることになった。
世界史の授業が終わり、担当教師が退室すると同時にクラスメートの大半が津波のようにアリスの席に押し寄せた。
授業が終わった直後、つまり香月とアリスの机はひっついたままだ。
十代の若者達はあらゆる事象を色恋話へと持って行きたがる傾向がある。
そして転校生のアリスと、平凡な男子生徒(二百六十歳)の香月はそんな色恋話の渦中にいた。
「なんで机くっつけてるの⁉︎」
「これはアリスが教科書を忘れたからで……」
「アリス? さっき九条くんアリスって呼んでたよね⁉︎ 名前呼び⁉︎」
「これには深いわけが……」
「深いわけ⁉︎ それって二人は付き合ってるとか……?」
「違う違う、アリスとは二日前偶然」
「偶然出会ってたってわけ⁉︎ 九条くん……それはもう運命だよ!」
こういった感じである。かといって隣のアリスに助けを求めようとしても、アリスはアリスで忙しそうだ。
綺麗な白髪が珍しいのか、女子はリカちゃん人形のようにアリスを弄び、男子はお供物と称して菓子パンやらお菓子やらをアリスに貢いでいる。
確かにアリスは絵画に描かれている神様のように綺麗な美貌の持ち主だ。だが、クラスの大半の男子がお供物を片手に列を成している光景はなかなかに滑稽だった。
ちなみに今、アリスに席を奪われた香月の友人が、いつも決まって昼食に食べていた大好物の焼きそばパンをお供えしていた。
アリスはお供物に次々と手をつけ、今はメロンパンを両手に持ち、齧っているところだ。
その様子が雪うさぎのように愛らしい、とまたまたクラスメート達から歓声が挙げられるのだった。
結局香月への誘導尋問じみた質疑応答や、アリスへのお供物は放課後まで続き、帰る頃にはアリスの鞄は菓子パンやらお菓子やらでパンパンに膨れ上がっていた。
「それ、食べ切れるのか?」
「問題ありません。今夜の夕食にします」
パンパンに膨れ上がった鞄を、まるで精密機械のように大事そうに抱え、アリスは相変わらず機械のように無表情で歩いている。
アリスは転校初日だ、当然部活には入っていない。香月も部活には入っていないので一緒に下校していた。
「夕食って、アリスは一人暮らしなのか?」
「……はい。現在は一人で暮らしています」
年端も行かない高校生の一人暮らしは大変だろう、とお節介を焼きたくなってしまう心を自制して、香月は口をつぐむ。
アリスにしてみれば、香月は復讐相手であり憎むべき存在らしい。
今は休戦中だが、そんな相手からお節介を焼かれるなど鬱陶しい限りだろう。
「それで、本日はどのようなことをご教授していただけるのでしょうか?」
それは香月が初日に交わした約束だ。
『対ヴァンパイアの戦い方を教える』
我ながら大層な約束をしてしまったな、と自嘲気味に笑い、約束を果たすべく香月は口を開く。
「大前提として、アリスはまだヴァンパイアを殺せる段階に至っていない。どこで手に入れて、誰に教えを乞うたかは知らないが、その槍は本来の能力を発揮しきれていない」
そう、あの槍が本来の能力を発揮してさえいれば、あの心臓を貫かれたその瞬間に、アリスの言っていた通り香月の死は確定していたのだ。
「あれは母の形見です。私の母もヴァンパイアハンターだったので」
『形見』『だった』嫌な言葉だ、と香月は顔を顰めた。
英文を理解しようとすれば英単語の知識がいるように、ヴァンパイアを倒す方法を教えるにも前提知識が必要になる。
香月はアリス自身があの槍のことをどの程度理解しているか確かめるべく、一つ質問をすることにした。
「ところでアリスはその槍の素材を知っているか?」
アリスは困ったような顔をして、なんとか返答を捻り出そうとしている。
「素材というと、銀とか鉱石とか、そのような話でしょうか?」
質問の甲斐があり、香月はアリスが『何も分かっていない』ことがわかった。
新しい知識を吸収するのが若人の務め、ならば知識を授けてやるのが香月のような長生きしている老人の務めだ。
「いいや、あれの素材はヴァンパイアだ。ちょうど二百年前に完成した銀嶺シリーズで、名はアカツキ。わかりやすく言えばとてつもなく貴重な武器だってことだ」
非常にざっくりとした説明だったが、述べた情報の中で香月がアリスに覚えて欲しいのは『アカツキ』という、その槍の名前だけだ。
今のアリスには、この槍の正体とか、作られた理由とか、誰が作ったかとかは説明しても意味を成さないと判断して、余計な箇所は省いて伝える。
「なぜ、あなたがそんなことを知っているのですか?」
「二百六十歳なめんな」
アリスの問いをはぐらかすようにして、香月は続ける。
「銀嶺シリーズにはヴァンパイアの能力が備わってるんだよ。吸血、それが本来その武器が果たすべき役割だ。ヴァンパイアは血を吸い血で戦い血で生きる。つまりヴァンパイアを殺すには、そいつの血を一滴残らず吸い尽くしてやればいい」
「この槍……アカツキが作られたのが二百年前だとして、それまでの人間はどのようにヴァンパイアに対抗してたのですか?」
もっともな疑問だ。
多くの伝承にあるように、銀の弾丸で心臓を撃ち抜いたり、杭を心臓に打ちつけたり、日の光で灰になるヴァンパイアなど一握り、ヴァンパイアに成りきれていない未熟者くらいのものだ。
故に、人間は銀嶺シリーズが作られるまで、ヴァンパイアに本当の意味で対抗し得る術を持ち合わせていなかったのだ。
しかし人間は、少なくとも香月の周りの人間たちは平和な日々を過ごしていた。
「対抗なんかせずとも良かったんだ。当時のヴァンパイアたちは誰彼構わずに吸血したりしなかったし、人間を殺したりしなかった。大半の奴が人間と友好関係を結び、血をもらう代わりに対価を支払っていた」
「それがアカツキが作られたことと関係するのでしょうか? 例えば、その関係が崩れたのが二百年前ということですか?」
「銀嶺シリーズの開発に三年かかったから、正確に言えば二百三年前だな」
アリスは納得できないといった様子で、有名な石像のように顎に手を当てて思案に耽っている。それもそのはずだ。まだ十数年しか生きていないアリスにとって、百年前二百年前といった話はまるで現実味がないのだから。
アリスからしてみれば、香月の話は桃太郎や三匹の子豚と同じジャンルに違いない。
「あなたの話を聞けば聞くほど謎が深まります。最後に一つ、いいですか?」
香月は首肯で答える。
「アカツキの素材となったヴァンパイアは、なぜ同族を狩るような武器の素材になったのでしょうか?」
「ヴァンパイア、同族から同族と人間を守るため。そんなお人好しなヴァンパイアがいたんだよ、昔は……」
どこか懐かしむような口調の香月。
そんな香月とは裏腹に、アリスはヴァンパイアが人間を守ることなどフィクション以外にありえない、とでも言いたげな顔をしていた。
だが実際にいたのだから仕方ない、と香月は嘆息する。
「まあそんなわけだ。今日の授業はここまで。アリス、最後に俺からもひとついいか?」
「……はい」
「その槍と、アカツキとなるべく一緒にいてやってくれ。そいつ、実は寂しがり屋だから」
「そうですか……はい、心に留めておきます」
香月は目先に行きつけのスーパーの看板を見つけ、昨夜と同じ三叉路でアリスと別れた。
香月は振り返り、その胸に罪悪感を抱いてアリスの背中を見つめる。
もちろんアリスに話したことは全て事実だ。しかし全てを話したわけではない。
「アカツキの在処はわかった。あと二つ、いや一つか」
香月はひとりごちて、再びスーパーに向かって歩き出した。
夕焼けの逆光を浴びて、香月の顔に影を落とした。
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