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2話

2話になります!

 九条香月の高校生活を一文字で表すのなら、間違いなく『凡』だ。


 平凡の『凡』、凡人の『凡』まさに小説の書き出しにありがちな普通の高校生である。


 それなりに友達がいて、成績は平均よりやや上で、運動は中の下。


 しかし、これらは全て虚構である。


 全て香月の努力の上で成り立っているということだ。


 ヴァンパイアの瞳には催眠効果があり、無意識に異性からの好意を寄せてしまうので、その気になれば学校中の女子を手籠にすることもできる。


 高校生をかれこれ八十回ほど繰り返している香月にとって、期末テストで満点を取ることなど簡単にできてしまう。


 ヴァンパイアの身体能力は人間のはるか上を征く。五十メートルを三秒で走り切ることだってできるし、ハンドボール投げは百メートル以上飛ばすことができる。


 香月はそれらを必死に抑えて、普通の生徒に擬態して生活しているのだ。


 なぜそんな面倒くさいことをしているか、それは香月がヴァンパイアだからだ。


 現代のヴァンパイアという存在は、かつて一人のヴァンパイアが起こした、とある事件を皮切りに始まった凄惨な出来事の印象が根深く残っており、人間からは危険視されている。


 九条香月の正体がヴァンパイアだと知られれば、おそらく厄介ごとは免れないだろう。


 この平凡を失わないために、決して平凡を抜け出さない。凡人であり続ける。それが九条香月の処世術とも言える生き方だった。


 そして今日、九月一日。


「紅葉アリスです。職業は(ヴァンパイア)ハンター。よろしくお願いします」


 今まで必死に積み上げてきた努力の城が崩れ落ちる音がした。


 色素を吸い取られたような白い肌と、シルクのように白い髪。鮮血のように紅色に染まった瞳。


 担任に連れられてショートホームルームで紹介された転校生、紅葉アリスは紛れもなくヴァンパイアハンターの少女だった。


 唖然とした面持ちで少女……アリスを見つめていた香月に、アリスはハンドサインを送る。 香月にサバゲーやダイビングで用いられるハンドサインの心得などはないが、この場に居合わせた誰にでも理解できる簡単なハンドサインだった。


 中指を突き立てたアリスは、相変わらず機械のような無表情で告げる。


「__いつか、あなたを殺します」


 突然の殺害予告に、クラスメートたちが一斉に息を呑んだ。


 そして当然のように、殺害予告を受けた香月は注目を浴びることになる。


 さらに、自己紹介を終えたアリスは香月の元まで歩み寄ると、突如九十度方向転換して、香月の隣の席の友人を見下ろした。


「すみません。席を代わって頂けませんか?」


 友人はあまりにも威圧的なアリスの態度に「ヒッ」と怯えた声を出した。


 しかし、すぐに拳を握りしめて反論する。


「こ、ここは一番後ろの席だし、窓からも二番目に近い席だから気に入ってる……だから代われない。それに君の席はあっちだろ?」


 友人が震える指で刺す席は、香月と真反対の廊下側の一番後ろの席。席の価値としてはあちらの方が高いことは明白だったが、それでもアリスは譲らなかった。


 アリスは復讐相手を観察するために、最も適した席を所望しているのだ。


 アリスの鮮血のような紅色に染まった瞳に力が入る。それは普通の高校生が耐え得る恐怖の許容量を余裕で飛び越えた。


 とうとう下を向いて、渋々席替えの準備を始める友人に、香月は同情の念こそ送れども、アリスの暴挙を見過ごすしかなかった。


 あの状況で立ち上がれば、香月は間違いなくクラスメートたちから注目を浴びることになるとがわかっていたからだ。


「これからよろしくお願いします」


 アリスがペコリと頭を下げる。あくまで感情の籠っていない、機械的な挨拶だ。


「ああ、よろしくな」


 香月は言うと窓の外へ視線を投げた。


 学校ではコイツと関わらないようにしようと、そう心に決めたのだった。


 とはいいつつも、学校生活を送る上で特定の誰かと関わらないことは不可能に等しい。それも隣の席になった相手とは、必然的に関わることが多くなる。


 小テストの丸つけやコミュニケーション英語の会話実践などがその例としてあげられる。


 そして、これに特殊な条件が加わると爆発的にその機会は増える。


 転校生だ。例えば今香月が置かれている状況など、その最たる例だろう。


「香月さん、教科書を見せてくれませんか?」


 一時限目の世界史が始まった途端、アリスは教師にバレないように小声でそう言ってきた。 


 机の上にはノートや下敷き、ペンケースなどは置かれているが、肝心な教科書は見当たらない。


 それもそのはずだ。アリスがこの学校に通うことを決めたのはつい二日前のこと、香月が路上で講釈を長々と垂れていた時なのだから。


 制服はなんとかなったようだが、教科書は専門の書店から取り寄せなければいけなかったらしく間に合わなかった、と香月は後で知った。


「なあお嬢ちゃん……」

「アリス」

「お、お嬢ちゃん?」

「アリス。そうお呼びください。第一同級生なのですから『お嬢ちゃん』呼びは不適切です」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。


 香月は教師が黒板にカッカと、チョークで文字を書く軽快な音に混ぜて咳払いをした。


「アリス、一つ教えてやる。これはヴァンパイアとは全く関係のないことなんだが『教科書を見せてくれ』って頼むときは、頼む前に机を移動させたりしないんだぞ。これじゃあ『教科書を見せろ』って脅迫みたいじゃねーか」

「そのつもりです」

「そのつもりだったの⁉︎」


 香月は渋々アリスと自分の机の間に教科書を広げる。


 自然と肩と肩が触れ合いそうになり、香月は握り拳一つ分ほど尻を左にずらした。


「香月さん」


 ふいに呼びかけられ、香月はビクッとしてアリスの方を見やる。すると音もなくアリスは香月の耳元まで唇を近づけ、吐息がかかるほどの距離まで迫っていた。


「ど、どうしたんだ?」

「ありがとうございます」


 アリスはそれだけ告げると黒板の方へ向いてしまった。


 香月はポカンと口を開けたまま固まってしまう。アリスの口から感謝の言葉が出てくるなど全くもって予想外だったからだ。


 どこか機械じみた少女、というのがここ三日間でアリスから感じ取った印象だ。それを破壊せしめるほど、アリスの『ありがとうございます』という一言に香月は驚いてしまっていたのだ。

読んでくださりありがとうございます!

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