夏場のゾンビ
ゾンビの存在が社会的に認められ、人々の間で定着してから、もう何年にもなる。我が国にも、高齢化社会の次にゾンビ化社会が訪れた。
今や、日本人の4人に1人はゾンビだそうだ。
道理で、街を歩いていても、コンビニで買い物をしても、ゾンビをしょっちゅう見かけるはずだ。
先日も電車に乗っていると、体がぼろぼろに崩れたゾンビの二人組が乗り込んで来た。
優先座席に座っていた老夫婦が席をゆずる。
老人や怪我人よりゾンビを優先するのは、暗黙の了解になっていた。
何しろ、既に死んでいるのだから。
「いやあ、すみませんね」
ゾンビの一人が老夫婦にお礼を述べる。
「このところどうです?」
ゾンビ同士が世間話を始めた。
「今年は暑い日が続きますね」
「そうなんです。おかげで腐敗が進んで、体がいうことを聞かなくなってきました」
「確かに、夏場は足が速いですな」
生きている人間には想像もつかないような悩みがあるようだ。
二人の席の窓からは真夏の日差しが直撃し、肉体から湯気が立ち上っている。
「夜も暑くて、なかなか眠れんのですわ」
言いながら、二人ともコックリコックリと居眠りを始めた。
ゴトッ!
突然、大きな音がして、二人の頭が胴体から離れて床に落ちた。
席をゆずった老夫婦が一つずつ頭を拾い上げる。
「すみませんね。首の上に乗っけてもらえますか?」
片方のゾンビが言う。
夫婦はおっかなびっくりゾンビの頭を乗せた。
「あ、私は右側です」
「こっち、右ですけど」
「いや、向かって右じゃなくて、右隣に座ってる方です」
ぼくも手伝って、左右のゾンビの頭を取り替える。
電車が駅に停車し、ブレーキの勢いでまた首が取れそうになったが、今度はゾンビたちが自分で押さえてことなきを得た。
二人のゾンビと、老夫婦とぼくは同じ駅で降りた。
「夏場のゾンビは足が速いもので、首が腐ってとれちゃったようです。本当に、ありがとうございました」
駅に降りてからも、二人のゾンビは、ぼくと老夫婦にお礼を言った。
礼儀正しいゾンビだ。
「お気になさらないでください、困った時はお互い様ですよ」
おじいさんが答える。
「夏場はゾンビさんも足が速いんですね。お刺身みたい」
おばあさんは上品に笑った。
ゾンビを毛嫌いする人間もいるのだが、この二人はそんな偏見を持っていないようだ。
「私達の首が取れた時、お二人が気持悪がらずに、すぐに拾ってつけてくださったので、こうしてきちんと歩けるようになりました。感謝してます」
「いいんですよ、いずれは我々もゾンビになるんですから」
確かに、高齢化社会からゾンビ化社会へと移行した今、誰もがいつかは歳を取り、死に、ゾンビになることは避けられない。
「じゃ、私達はこちらですので」
老夫婦は踏み切りの方に曲がり立ち止まる。
「では、我々はここで失礼します」
「夏場のゾンビさん、お気をつけてくださいね」
おばあさんが丁寧に言った。
「ありがとうございます。お二人も熱中症にお気をつけて」
ゾンビ達も礼儀正しく答える。
老夫婦が踏み切りを渡り、ゾンビたちは商店街の方へと歩き始めた。
ぼくも夫婦と同じ方向だったので、踏切を渡る。
おじいさんとぼくが渡りきった時、背後でドサッと音がした。
振り返ると、おばあさんがつまづいたらしく、線路の上に倒れて手を突いている。
遮断機が降り、警報機が鳴り出した。
危ない!
慌てて踏切に飛び込もうとすると…
二つの黒い影が、それより早く線路に飛び出し、おばあさんを助け出してくれた。
さっきのゾンビ達だ。
「ありがとうございました。でも、ゾンビさんにしては機敏な動きでびっくりしました」
おじいさんが礼を言う。
「ええ、夏場のゾンビは足が速いんです」