登録と帽子
タイトルと1、2話を少し改訂しています
当初はざまぁ系っぽく見せようとしていましたが、最初から主人公がバレバレ過ぎるため、ざまぁ追放系っぽくないようになっていますが大筋に変更はありません
「それでは、娘をお借りします」
旅立ちを見守る勇者の父親に、ファリスはそのオレンジの頭を下げた。
横で、ぺこりと帽子を取ったネズミ弟子も頭を下げる。
「立派になったら返してくれよなー!」
「はい。彼女が立派な勇者になれた時、私に教えられることを全て伝えた時、きっと
一回り……いえ、二回りほど大人になった娘をお返しします」
「ししょー、ニアはそんなにおっきくなれませんよ?」
「身長じゃなくて、心の話だからね
ああ、実際に出立するのは明日になると思うので、何かあったら呼んでください」
そうして、身長120cm前後の体どおりの小さな歩幅で付いてくる出来たばかりの弟子に合わせてゆっくりとした歩調でファリスが向かったのは……
この村にもある冒険者ギルドであった。
冒険者ギルドとは、冒険者の管理と依頼の整理及び仲介を行う巨大組織である。
そもそも、楽園の鐘に護られていない外は危険。だからこそ、外に出る冒険者はどの街にも必要であり、ギルドも何処にでもある。
寧ろ、鐘のある場に冒険者ギルドと共に村が作られると言っても良い。
それだけ深い歴史を持つ其所に、ファリスは金をかけていない鍵の掛からない木の扉を押して入る。
そのまま扉を抑えて弟子の少女を入れてやってから、後ろ手に扉を閉めた。
「剣聖」
この村のギルドが受け持つ冒険者はたった1組。村民の依頼もまた、基本的には彼等にやって貰う前提でされるものだ。
立派な受付カウンターなんてものは無く、中には座って話すための机と椅子が置いてある形。
「言っていた通り、弟子の登録に来ました」
その机の前の椅子の一つに腰掛けた二人しかいないこの村のギルド職員の男に、ファリスはそう笑いかけた。
「ああ、フェロニアちゃん?」
「はい。アルフェリカ王国なら兎も角、此処では冒険者以外は外出許可出ませんからね」
「んー、おにーさん心配だなー」
「魔物の襲撃を見て、ギルド本部に緊急通信を"しなかった"人が何を言うんですかね」
と、ファリスはその青年を茶化して言った。
そう。それが村に1パーティしか冒険者が居ないのにギルドが休業せず依頼の整理なんてやっている理由の一つ。
所属の冒険者では何ともならないような事態が起きた時、ギルド本部に救援を依頼する為。故に、仲介も何も知り合いしか居ないんだから直接依頼しろとなるようなこんな村でも依頼はしっかりギルドを通すのだ。
だが、鐘の範囲内に入り込む魔物という火急の用が起きた昨日、それを報告し救援を呼ぶべき彼は……のほほーんとお湯を啜っていた。
腑抜けとはいえ剣聖が居るんだから心配ないでしょ、と。
「鐘を破る魔物は私が居るから心配無いけれど、この娘が私と外に出るのは不安かい?」
「おねがいします!」
ファリスの横で、ネズミ少女は頭を下げた。
「んーまあ、そんな怪我とかは心配してないけどさー
若い娘減っちゃうなーって」
ちょっとの愚痴を残しつつ、でもまあ仕事だしなーと、犬耳の青年受付は席を立ち、一旦裏に消える。
そして、ニアが椅子に行儀良く座った頃に戻ってきた彼の手には、分厚いカードが下半分に張り付いた一枚の書類があった。
「はい、登録証。
此処に名前と年齢に種族、あと表向き呼ばれたい名前がある場合登録名ってのも書いて」
そして横に置くのは小さな針の付いた指台と一本のペン。
「そんでカードに血を垂らせばおっけーだから
登録名だけは何でも良いけど、他は嘘書いたらカード作れないから気を付けてなー」
目を輝かせて書面を見て……。
少女は耳をしゅん、とさせた。
「……ニア?」
「ししょー、たいへんです」
「どうしたの?」
「文字ってどう書くんでしょう?」
その言葉に、ファリスは気まずそうに頬を掻いた。
「ニア、知っているかい?」
「代わりに書いてくれるんですか?」
「……普通は文字の勉強なんかをする時間もずっと剣を振るってきたからね、語学力に期待しないでほしい。難しい文は読めないし書けないよ、私」
「ししょー!」
「会話は問題ないし、簡易な文なら読めるんだけどね。堅苦しい王家の文とかになるとお手上げさ」
「良くギルド登録出来たなアンタ……」
と、識字しているのであろう職員が呟いた。
「まあ、登録の際、文字は殿下に書いて貰ったからね。
それに、バカでも分かるように、冒険者としてのランクはデカデカとした1文字なんじゃないか」
一番上が特例のA+、普通の最高値がAで、B、C……と下がっていくランク。例え文字が読めなくても、ほぼ記号で上下がそれなりに分かりやすい。昔は金属の名前とか使おうとしていたそうだが、分かりにくいので何時しかこうなった。
「まあ、読めなくても良いけどさ……」
この世界において、識字率は4割ほどとそう高くもない。読めない人は読めないし、それで生きていける。
ぼやきつつ、ギルド職員は書類を引き寄せ、ペンを握る。
「名前はフェロニア、スミンテウス種で、歳は……?」
「13歳です」
「13……と。登録名は?」
「ししょー、とーろくめーってなんですか?」
と、小首を傾げる少女に、ファリスは優しく返す。
「登録名は、自分が冒険者として名乗りたい名前の事だよ。
例えば、良く自分で言ってるニアとかの愛称でも良いし、変な偽名でも良い。ディランはタイガー少年だったかな」
「ししょーは?」
「偽エルフ」
あの時はディランも私も若かった、とファリスは笑う。
「まあ、何時しかギルドから貰った剣聖の称号でしか呼ばれなくなって、その登録名は消したけどね。
大規模な街のギルドなんかだと、受付に呼ばれる時なんかに登録名が使われるよ。好きに決めて良い。どうせ、変えようと思ったら変えられるものだしね」
「しょーごー?」
「剣聖だとか、英雄だとか、そういう……自分がこう呼んで欲しいではなく人から呼ばれるようになった渾名の事。こっちは自分から選べるものじゃないから、気にしなくて良いよ」
少し悩むような素振りを見せて、小さな少女は耳と分かりにくい尻尾をピン!と立てた。
「きめました!
剣聖の弟子、にします!」
その言葉に、そこまでしなくてもなぁ、とファリスは苦笑した。
野営するにはそれなりの準備というものが要る。ファリス一人ならばそこまで気にすることはなく、先代の勇者は何処でも寝られるのが特技だと嵐の只中の船の貨物室の木箱の上で熟睡するくらい頓着しなかったが……。
それをそのまま幼い弟子に当て嵌めてはいけない。ファリスは明日の朝出発する事にして、この村最後の一泊をギルドで過ごそうとギルド併設の酒場に来ていた。
といっても、ファリス自身酒はてんで駄目。故郷では酒は18からとされていたが、18になった日に一口舐めてギブアップした。
なので弟子に合わせたのではなく、個人の好みとしての果実ジュースで乾杯し、頼んだ料理を見る。
献立としては全てオススメ。村の中でも栽培できて収穫が早いので供給が間に合う茸や豆を使ったものが多く、一番の御馳走になるのは数日前に猫耳冒険者が駆ってきたという大猪の足肉の煮込み。
外食産業もほぼ無いこの村では唯一の酒が呑める場所だからかがやがやとした店内で、好奇の目で見られながらもファリスはまずメインの肉を切り分けて一口。
口内に広がったのは、臭みをハーブで消そうとして消しきれずに果実のソースでごまかした味。
「ところでニア。帽子を被ったり被らなかったりしてるけど、どうしたのかな?」
好きに食べて良いよ、と普通に椅子に座っては耳の下までしか机の上に出ないがゆえに木箱の上に椅子を乗せて貰っている弟子に嫌いではないがそこまで美味とは言えない味の肉を取り分けながら、ファリスはかねてからの疑問をふと口にする。
「……帽子ですか?」
小首を傾げる少女の頭に洒落た帽子はない。
そもそも、人類にとって己の種族を示す意匠は大体の場合誇るものである。何もない人間とは違うんだという証明にもなるのだから。
その為、帽子は人間以外はそう使わないのだ。そんな帽子を被ったり被らなかったりはやはり気になるところ。
「そう。あの子の前でだけ被るから気になってね。好きな子の前でお洒落したい……にしては、彼が居ない時はすぐに外すのが不思議なんだ」
お洒落のつもりなら、彼が見てる見てないで取るものではないだろう。見てないと外すならお洒落だなんて実は思ってないとしか思えない。
「好きじゃないです」
「聞いたよ。けれども、好きじゃないとなると、それはそれで分からなくてね。
どうしてなのかな?」
その疑問に、小さな口でチーズを乗せた堅焼きの端を小さく齧りながら、少女は呟きを返した。
「これ、フードを被った流れの冒険者さんがくれたんです
『君の勇気になりますように』って」
「ああ。そっか、耳を隠せば、あの子から噛まれたりしないから」
人類の本能は耳や羽根といった人種特徴にかなりの部分を依存する。例えばネズ耳を隠せばネコやイタチの、ネズミを補食する生物の意匠を持つ人種から本能的に苛めたいとは思われなくなるという感じ。
頭に揺れる耳が、なにかを刺激するのだろうと言われている。
「そうか、君だったのか……」
と、染々とファリスは返した。
「ししょー?」
「ニア、その帽子をくれた人を知ってるかな?」
「えっと……あっ!」
少女は、何かに気が付いたように顔を上げる
「あれ、ししょーだったんですか!?」
「惜しいけど違うよ。私は単純に『耳を隠すならば人間の間で使われている帽子というものが良い』ってアドバイスしただけ。
補足しておくと、ルネ殿下が、耳を隠せば本能的な苛めの容貌は抑え目になるって事を教えてくれたね」
「じゃあ、ゆーしゃさま?」
「これからは君が勇者だから、"前"だけどね。
そう、殿下が解決を見つけ、私がものを選び、勇者が贈った帽子。大事にしてやってね」