猫耳と因縁
そして翌日、予定通りに昼。
「まずは、貸していただき有り難う御座いました」
ファリスは、やる気もなく朽ち果てる気で全財産で前払いしていたお金の残りを違約金として2割削られつつ回収し、その金で冒険者ギルドが共通で販売している戦闘をあまり行わない冒険者向けのそれなりに丈夫ではあるが鎧ではないので動きやすい胴着のような服に着替えていた。
そして、手にした借り物の服は洗い、乾いてはいないので干した形のまま差し出す。
「あ、どうも……わざわざ洗って戴いて」
と、一礼しネズミ耳の男は恐縮そうにその服を受け取った。
「洗わなくてよかったんじゃないですか、ししょー?
剣聖さまの着た服って……」
「ニア。誰々の服って付加価値が付くのは、変態相手にだけだよ
君も、自分の着た服がそのまま変な人に売られたりしたら嫌だろう?」
今日は帽子を被らず、昨日のワンピースのような服に比べてちょっと着飾った様子の少女勇者に、ファリスは優しく諭す。
「あ、そうです!」
「それで、改めて私に返事を聞かせて欲しい。
どうか、この私に……一応は剣聖と周囲から呼ばれている自負があるこのファリスに、貴方の大事な娘を勇者として預けては戴けないでしょうか?」
「その事なんですが……剣聖さま。ちょっとお聞きしても?」
「そこを否として、貴方の娘を誘拐する気はないよ」
「では、剣聖さま。
貴方は人間で、俺やニアはスミンテウス種」
と、これみよがしにネズ耳を揺らして男は言う。
それに触発されたのか、ファリスの横で少女勇者も今日は最初から晒している耳をぴこぴこと動かした。
「確かに私は人間だね。それを否定する要素はないけれど、それが何か?」
「俺等スミンテウス種は短命種って呼ばれちゃいるが、それでも俺は100年、ニアは180年は生きる。けど、剣聖さまは……あと50年くらいしか生きられないんだろ?」
少し違うね、とファリスは心の中で呟くが、それを口に出さずに次の言葉を待った。
「剣聖さま。貴方が強くても、立派でも、貴方は娘を置いて先に死ぬ。まだまだ娘が60と若い頃に」
その言葉にファリスはそうだねと頷く。
「俺自身が言うのも何なんだが……スミンテウスってのは愛情深い種族だ。
ニアの為にって思ったけどよ、今もあいつを忘れられねぇ。新しい恋も家族も作ろうなんて思えねぇ。
俺は、ニアの親として、ニアにそんな心の傷を負わせられねぇ」
真剣な瞳で、ネズ耳の男は少し自分より背の高いファリスを見上げた。
「剣聖さま。貴方は恩人だからあまり何かを言いたくはねぇが……
プロポーズみたいな発言だが、それが家の娘を嫁にとか考えての発言なら今すぐに止めて欲しい」
「……これでも私は、7年間エルフの元で修業していてね。
魔王?精々2000年くらいで居なくなるでしょ?とのんびりした彼等との生活で、それなりに寿命の差というものを分かっているつもりだよ」
一息ついて、ファリスは続ける。
「それに、私の寿命、命は約10年。……あって15年、短ければ7年くらいで尽きるだろう。まだ、この子が20代の幼い頃までしか、私は生きていないだろうね。
だから、私にそんな気は欠片もないよ。
これはただ、私の我儘さ。命と引き換えに世界の皆に『今日より平和な明日』を残した勇者ディランのように、私にも誰かに何かより良い明日に繋がるものを残してやりたいという、ね」
それに、と場を和ませるように最後まで置いておいたことをファリスは告げる。
「さっきの言葉は大体が勇者が私に言ったことそのままでね。
それがプロポーズになるなら、私は同性だった勇者ディランと結婚しなくちゃいけなかったことになってしまうよ」
肩を竦めて、ファリスは茶化した。
「あと、10ねん……?」
「人間の身で、悠久を生きるエルフならではの御技を、それも付け焼き刃で振るってきたんだ。
その無謀の代償としては、まだ10年も生きられるなら破格の安さだよ」
そう、ファリスは微笑んだ。
「そんな形なので『娘さんを私に下さい』というような意図は全く」
その言葉に嘘はない。
男は、ゆっくりと頷いて
「剣聖さま。では……」
「待て!」
と、横から響いたその声に、ファリスも、ネズミ父娘も振り返る。
猫の耳と尻尾をピンと立てて威嚇する、幼い少年の姿が其処にはあった。
「リガルくん!?」
「ニアを何処へ連れていく気だ、この人拐い!」
言葉で噛みついてくるリガルと呼ばれた少年。
その彼を見て、ファリスは……さてはこいつ、ニアの事好きだな?と当たりを付けていた。
「話を聞いてたかな、私はファリス。一応……一ヶ月ほど前の昔は勇者ディランの仲間をやっていた者だ。
その縁で、次代の勇者であるこの子を預かりにきただけで、決して怪しいものではない」
「あ!?生ゴミ野郎が本当に剣聖なのか怪しいもんだ!
実は全部やらせで、魔物の仲間かもしんねーだろ!」
酷い言われように、ファリスはでもまああの時の自分はそう言われても仕方ないな、とひとりごちる。
「リガルくん、ししょーはそんな!」
「良いよ、ニア。
そこの子が疑うのも分かるさ。何たって私は、彼に幾度と無く生ゴミ野郎って呼ばれて、何も仕返して来なかった半死人だからね」
そうして、ファリスは少年を見る。
「さて。といっても彼女自身の希望は叶えたいし、親の許可も得た。
君に納得して貰う必要も本来は無いわけだけど、私としてもあまり後ろめたいことはする気にはなれないからね
どうすれば君は納得するか、聞かせてくれるかな?」
「決闘だ!」
ふしゃーっ!と。生きた生ゴミであった頃のファリスから拝借したオリハルコンの剣を重そうに構え、まるで猫のように威嚇しながら少年リガルは吠えた。威圧感は無いので、鳴いたの方が正しいかもしれない。
……勝てると思ってるんだろうか、彼は。
いや、勝つのではなく実力を見極めたいのかもしれないと考え、ファリスは一つ首肯した。
「わかった。受けて立つよ」
猫耳少年ことリガル君ですが、この先弟子の勇者との旅に付いてくるべきでしょうか?
付いてくる場合、ネズミ勇者は彼と恋愛する非ヒロイン枠になる……かもしれません。結局下ルートに行くかもしれません
付いてこない場合は『ぽっと出の剣聖に幼馴染の鼠耳勇者を寝取られた猫耳魔術師の俺は復讐と奪還を決意する~自分も寝てない?虐めてた俺の自業自得?寝てから言え?今更言い訳されてももう遅い~』ルートが確定します