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剣聖、家庭訪問する

「剣聖ファリス、貴方になんて事を……」


 家の中に招かれるや生きて帰れた時用に返り血を流すために予めかなり熱めに湧かされていた湯曹に通され、上がると水を出され、ファリスは男に思い切り頭を下げられた。

 

 「いや、すまないがそう謝られても困る。今までの私は、どう考えても剣聖というよりも、生きた生ゴミの方が相応しい名前だったろう」


 一月以上ぶりに体を洗い、ゴミ臭と実際に付着していた不純物を洗い流したファリスは、男の好意でこれをと渡されたちょっと窮屈な着替えに袖を通してそう返した。

 

 「しかし、剣聖ファリス。貴方に命を救われた身で」


 ネズ耳の男は、机に頭を擦り付けながら言った。

 決してその背は高くない。13歳の娘が居る冒険者家業を長年やって鍛えられていた男としては、一番大きいだろう服が19歳のファリスにとってかなりキツいサイズというのはかなり小柄だ。

 といっても、全体的に背が低く幼く見られがちな種とされるネズミ耳のスミンテウス種にしては、重ねた年が髭を蓄えさせたその男は大きい方なのだがを

 娘のフェロニアは、120cm無いくらいの身長で、早熟な人種であるから此処からあまり伸びることも無い。育って身長130cm前後。

 

 「……それを言うなら、私は貴方の娘に心を救われた。人々を護りたかった大事な気持ちを思い出させて貰った。

 なら、これでおあいこという事で顔を上げて欲しい」


 ファリスは、実際にあの日の私はただの生ゴミだったのだから、と茶化すように言った。


 「……それで、少年の方の保護者は?」

 「彼は俺と違って怪我してねぇからってんで、冒険者稼業を続けてる。

 今日は……森林に採取に出掛けてんだ」


 今頃村に向かってる筈だという男の言葉に、成程とファリスは頷く。

 そして、席を立つと、通された居間の硬いソファーで寝かされている少年へと歩みを進めた。

 

 「ししょー?どうしたんですか?」

 「剣聖様、こいつも悪気はあったかもしんねぇが、剣聖様だと知らずにやった事。

 許してやっちゃくれねぇか?」

 「いや、生きた生ゴミに生ゴミをぶつけた事は別に良いんだ

 けどね、一つ思い出したことがあって、ね」


 ファリスは少年のもとへ辿り着くと屈んで腰のベルトに触れる。そこに吊り下げられているのは、少年の家の鍵。

 そして、その横にあるのは紐で吊り下げられた緑のギルド証。持ち主の魔力を関知して光を放つ機能によって個人の証明ともなる身分証である。

 

 「……私にはもうどうでも良いものだと思っていたから気にしてなかったけれども、彼に身分証持ってかれたままでね」


 5日前の事を思い出しながら、ファリスは身分証を掌で転がした。


 「Dランク?剣聖様にしちゃ低くねぇか?」


 と、マジマジと分厚いカード状のギルド証に大きく刻まれたランクを見て、ニアの父が意外そうに呟いた


 「俺が二人で組んでた頃、Dランクだった。

 剣聖様と同ランクってのも変な気がするんだが……」


 困惑するネズミ耳が横に倒れる。


 「私がやってきた事は勇者パーティでの事が大半だ。

 当然聖剣の加護も受けていたし、ディランやルネ殿下とも協力して戦った。

 勇者パーティとしてなした事は山のようにあるし、それ基準ならば私は一応冒険者ギルドでもトップクラスではあるけれども、私個人の功績には数えられないものだからね」


 そんな耳を観察して、ファリスは自分でも少しだけ納得していない説明を口にした。

 

 「それにしても剣聖様は何でこんな村に?

 娘達を助けてくださった……ろう事は分かるんですが」

 「……私は、勇者パーティと離れている間に魔王との決戦が起きそうでね、急いで戻らないとと思っていたんだ。

 だから、こうして魔王城を目指してちょうど良い港がある此処に辿り着いた……のは良くても、そこでもう戦いが終わった証拠を見つけてしまってね。

 全てが虚しくなって、あんな半死人やってしまっていた訳さ」

 「で、魔物を見て、家の娘を助ける気になって下さった?」


 その男の言葉に、ファリスは首を横に振り、ニアを呼ぶ。

 とてとてと小走りに駆け寄ってきた少女。


 「そろそろ良いよ、ニア」

 「はいっ!おねがいっ!」


 元気良く少女が手を前に突き出す。

 小さな湿った風が渦を巻き、その気になれば何時でも呼べるし隠せる伝説の聖剣の姿を取った。

  

 「こ、これは……聖剣!?」


 娘の手の中を信じられないような目で見るネズミ男。

 ファリスは、それに対してその通りと気軽に返した。

 

 「その通り。一ヶ月前から噴水に突き刺さっていた群青の聖剣(ティルナノーグ)

 「ニア、お前……。魔物が来たら逃げてろって何度も言ったろ」

 「でもっ、無視なんてやだ!」

 「聖剣に選ばれた少女が、必死に魔物に一人で立ち向かおうとしていた。

 その時の言葉が、ディランが昔言ってた言葉にとても似ていてね」

 「ニア、ゆーしゃさまに似てたの?」


 小さく顔を綻ばせ、ネズミの耳をお洒落な帽子で隠した少女は無邪気に喜ぶ。

 

 そんな少女に向けて、ファリスは優しく声をかけた。


 「ニア。似てるじゃないよ。

 これからは、君がその勇者様なんだから」


 そして、小さく微笑み、水を煽る。


 「でも、ディランを思い出したのは確かだよ。勇者ってのは、誰かを護ろうって気持ちが強いものなのかな」

 

 そうして、水で一息ついて、ファリスは漸く本題を切り出した。


 「このように、彼女は新たに聖剣に選ばれた勇者になった。それは分かってくれたと思います」

 「は、はぁ……」

 「そこで、狡い言い方をしますが、剣聖ファリスとして一つお願いしたい。

 貴方の娘を、どうか私に勇者として育てさせて戴きたい。きっと大事な娘だという事は分かりますが、どうか私に預けては戴けないでしょうか」


 普段はどんな時でも自然体になる姿勢を正し、しっかりと相手を見て。ファリスは重々しくその言葉を告げた。

 

 「し、しかし……」


 ネズ耳の男は耳を伏せ、難色を示す。

 やはりそうだろう、とファリスは内心で納得した。見た限り彼は妻を失い、男手一つで一人娘を育ててきたのだろう。

 居間に飾られた古い家族の絵。亡き人を偲ぶ為の手入れされた家置きの小型祭壇には、今日も小さな白い花が備えられている。それを見れば、家族関係は外様のファリスにも推測が出来る。

 そんな父親が、娘は勇者になったから旅に出させろと言われてはいそうですかなんて安請け合い出来る筈もない。

 

 「ですが剣聖様」

 「当然私が保障できる限りの安全は保障します」


 当然の反論を口にしようとする男に、ファリスは静かに言った。


 「それに、これは彼女たっての希望。私は、フェロニアが立派な勇者になる為に、私に師事したいと言うのでなければ、このような事を言う気もありません」

 「おとーさん、おねがい!

 ニアも、ゆーしゃさまやおかーさんみたいに、何かできる人になりたいの!」

 「私から言えるのは、彼女は……あの勇者ディランを見いだした剣が、新たに選んだ勇者だという事だけです。

 私は、フェロニアにはディランのような立派な勇者になれる素質はあると思います。どうか、貴方の娘を、その夢を信じてあげて欲しい」


 それだけ言って、ファリスは席を立つ。

  

 「ですが、最後は家族の問題。私はそこにまでは首を突っ込めません。

 明日の昼、またお伺いします。その時に、答えを聞かせてください。

 湯と服、それに水、有り難う御座いました」


 一礼し、ファリスは二家族の暮らす小さな家を出た。

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