復活の剣聖
今回は勇者ちゃん寄りの目線の三人称です
魔物の一撃は、聖剣に……勇者に選ばれたばかりで。剣を持ったこともない、なんで自分が選ばれたのかも自分ですら分からない13歳の少女を。フェロニアを。間違いなくぺしゃんこに叩き潰す筈だった。
けれども、衝撃はなく。
「え……?」
きゅっと瞑った大きな眼を、少女は見開く。
腐った生ゴミをぶつけられても、泥団子を投げられても。何をされても、動くことはしなかった……ほぼ死んでいるようだった、不思議な外から来た名前も知らない青年。
其処に居るだけで、空気が暗くなっているような気すらした、生きているだけのゾンビみたいだった彼が、しっかりとした生きた存在として其処に立っていた。
その空の手を、剣を握るように握り締めて。
「……ん?何だ、てめぇ?」
「……返して貰うぞ」
青年が、静かに呟く。
一拍遅れて、魔物の四本の腕が一斉に破裂した。
「ぬがぁぁっ!」
今度は、フェロニアにも見えた。
瞬時、揺らめく青い闘気の剣が青年の掌の中に産まれ、それが振るわれたのだ。
青年の耳は丸く特徴のないもの。決して、エルフの尖り耳ではない。けれども、そんな事が出来るのは、エルフ種以外には知らなくて。
呆然と、唖然と。フェロニアはただ、青年を見守る。
「何だ、何だてめぇ!?この四天王に!」
喚く魔物。
その体がむくむくと膨れ上がっていく。腕は4本で、異様に太くて。けれども、人間に近い姿をしていた魔物が、猫耳の少年を巻き込んで本性を現していく。
「「「「「ゴガァァァッ!」」」」」
そして、5つの頭が一斉に吠える。
魔物は、5頭を持つ巨亀へと姿を変えていた。
「どうだよぉ!これでも」
「……そこか」
言い終わる前の一閃。
5つある頭のうちの一つが、不意に上下に分割され……瞬時に、血飛沫に変わる。
無数の返り血を無造作に浴びながら、名も知らぬ青年は巨亀に背を向け、フェロニアへ向けて歩みを進めてくる。
その腕には、意識の無い少年を抱えて。
「次代の勇者、彼と離れてな」
「え?けどっ!」
どう使って良いのか分からない聖剣を手に、フェロニアは思う。
勇者なのに、にげちゃいけないって。
「君が今やるべきことは何?」
青年は、魔物を気にも止めずに、フェロニアに問う
フェロニア自身の1.5倍近くはある身長で、静かに見下ろしてくる。
「でも、ゆーしゃは」
「彼を護ることが、勇者の仕事。
あんな雑魚、私に……お兄さんに任せておきな」
「誰が、雑魚だぁぁっ!」
吠える巨亀。
青年に潰された頭が蠢き、何事もなかったかのように復活する。
「ひっ!」
その光景に、フェロニアは思わず、横たえられた少年を置いて一歩後ろに下がってしまう。
けれど、そこで踏み止まろうとして……
大丈夫、と。青年が此方を見て微笑むのを見た。
「てめぇがどれだけ頭を潰そうがなぁ!オレは倒せねぇ」
「……そうか」
興味無さげな青年の返し。
「てめぇに!この四天王サラタン様は倒せねえんだよぉぉっ!」
吠える頭以外、4つの亀の口に炎が溢れ出す。
それは、きっと村の全てを焼き尽くす炎。
フェロニアは、手の中の聖剣を握り締める。お願い、私達を護ってと、ただ祈る。
けれど、そんな祈りは届かない。届く必要すらない。
「四天王?お前がか?」
呆けたように聞き返す青年だけは、とらえどころの無い空気を醸し出していて。
「王我剣・震雷」
青年の姿が消えた。
刹那の後、轟く轟音と、降り注ぐ閃光。
巨亀の甲羅が粉々に砕け……衝撃で天を向いた4つの頭から、虚しく空だけを焼く炎が打ち上げられる。
「あ、がっ……」
「首が生えてこようが何だろうが。甲羅を喪えば亀は死ぬだろう。
四天王?バカを言うな。弱すぎる。
本物の四天王は、お前の20倍は強い」
降り注ぐ雷鳴をもって甲羅を砕いた当人は、冷たくその魔物に背を向けて……
「な、何者だ……てめぇ……」
「私か?私はファリス。人間最強の剣聖と呼ばれた、何も護れなかった男だよ」
青年の背後で、支えきれなくなった魔物の5つの頭が、重なるように甲羅の残骸の上に崩れ落ちた。
「大丈夫だった?」
そんな魔物の最期を、最初から反撃される筈もないと分かっていたかのように振り返ることすらせず、青年……剣聖ファリスは手の中の闘気の剣を消し去り、フェロニアへと近付いてくる。
「剣聖……さま?」
フェロニアだって、その名前は、その異名は聞いたことがある。
人間最強の剣聖。龍を退けし英雄。闘気の剣聖。勇者の盟友。
幾多の名で呼ばれるその英雄を、4年前に海に魚を取りに出たこの港の村の唯一の冒険者達に向けて襲いくる大きな海獸を、蒼く輝く闘気の剣で一刀の元に斬り伏せて救ったという彼を、知らない筈がない。
彼がいなければ、フェロニアの父は、そしてリガルの兄は、海獸に食われ帰らぬ人となっていただろうから。
何度となく、当時15歳だったという人間だというのにそら恐ろしい強さだったという救世主の話をあの時の海獸に襲われた怪我を機に引退した聞かされて、フェロニアは育ってきたのだから。
「剣聖、か。私はそんな立派な存在じゃないさ。
姉弟子に勝ったことも無い。けれども、人は私をそう呼ぶ事も多い」
何処か困ったように、青年は笑う。
「あの、ごめんなさい。リガル君たち、剣聖さまだってしらなくて、ひどいこと」
「良いさ。さっきまでの私は、とても剣聖とも英雄とも呼べない、死に損ないだった。
君の勇気が、私に大事なことを思い出させてくれたんだ」
優しく微笑む青年。
それに触発されるように、フェロニアは思わず声を出していた。
「あ、あの!私!フェロニアっていいます!13歳です!」
「私はファリス。19歳で……剣聖なんてやっている。ちょっと前は、いたって過去形だったけどね」
「え、えっと、それで、あのっ!私、何でか勇者になっちゃったみたいで!」
「そうだね。実力じゃなくて、聖剣が選ぶのが勇者だ」
「でも私っ、まえの勇者さまみたいなこと、なんにもできなくて!」
何が言いたいのか、フェロニア自身要領が掴めない
けれども脳裏に焼き付いた、少年を救い魔物を一刀で打ち倒した青年の姿に懸命に言葉を紡ぐ。
「剣聖さまっ!でも、私!勇者にならなきゃいけなくて!」
「……その気持ちがあれば、君は何時かディランみたいな勇者になれるよ
あの勇者だって、最初から完全無欠みたいな奴だった訳じゃないし、最期まで完全じゃなかった」
それは、何処か寂しそうな言葉。フェロニアには、どうして勇者と共に戦っていると言われていた剣聖が、一人でああしていたのか見当も付かなくて。
「だから、えっと!あのっ!剣聖さま、前の勇者さまみたいに頑張れるように……
私を、きたえてくださいっ!りっぱな勇者にしてくださいっ!」