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錆び付いた歯車

あの日から、一ヶ月の月日が流れた。

 ファリスは、未だに港の村……何時しか村民に村とだけ呼ばれ続け名前の分からなくなってしまったその村に滞在していた。

 

 朝起きて借りているギルドのベッドを出、鐘の広場の噴水を一日中見上げ。

 そして、日が暮れ星空が広がると眠りに戻る。

 ただ、それだけを繰り返す生活。生きているのかと、自問自答するような……なにもしない人生。

 手を伸ばせど、群青の聖剣はファリスに応えることは無い。かの聖剣が待つ次代の勇者はファリスではない誰かである。

 そして、ファリスが追いかけた勇者等は……もう、居ない。

 これ以上走る意味も、何処にもない。何かが切れたファリスは、ただずっと、そうしていた。

 何をするでもなく、何かする気もなく。

 

 アルフェリカ王国では、魔王が討伐された祝祭があるのだという。

 勇者ディラン、そして勇者と共にずっと戦ってきた……ファリスと並ぶ勇者の盟友たるルネ。かの二人を輩したかの王国が主導して、英雄達の戦いを讃えるのだという。

 其処には、魔王軍の四天王と戦った者達等、勇者パーティ以外も参列し、勇者達の死を悼み魔王討伐を祝う。

 そう、誰一人、帰っては来なかった。恐らくは、聖剣による勇者直々の自爆特攻だと。 

 其処に、ファリスも一応勇者パーティに居た時期があるのだから出るかと言われ……それも、聞き流す。

 行く気力が湧かなかったのだ。

 

 ファリスの持つ生活費は決して多くはない。数ヵ月で尽きるだろう。

 魔王討伐祭に顔を出せば、褒賞は貰えるはずだ。だが、そんなものもうファリスには要らなかった。

 もう、何もする気が起きなかった。

 

 今日も、彫像のようにじっと聖剣を見上げるファリスに、村の子供達が群がる。

 面白がって色々変なものをぶつけられるが、どうでもよかった。


 ただ、もう、朽ち果てたかった。

 

 ぶつけられたゴミを、やけに背の低い少女だけが拭ってくれたが、別に拭われなくても気にしなかった。

 そうして、ずっと死人のように、朽ち果てるまでこうして過ごす気だった。

 

 今日も、ファリスは魔王が消えて瘴気が薄まり明るくなった空の下で、ずっと聖剣を眺めていた。

 腰の剣は何時しか子供の誰かが面白半分に持ち出して返ってきていなかったが、それも気にはならなかった。

 剣聖にとっては思い出の武器で。もう、ファリスには必要ないものだったから。

 

 だが、その日は……何も起きない、何時もとは違った。

 リィン……と響く、涼しげで、けれども不安になる鈴の音。

 何度となく、ファリスが聞いた音。

 楽園の鐘……神が人類に与えた瘴気を遮断する守護の鐘の力を魔物が打ち砕かんとした時に鳴り響く音だ。

 何者かが、魔王軍に属する一部の魔物だけが与えられるというその秘術でもって、安全なはずの村に侵入しようとしている。

 

 ……それでもファリスは動かず、じっと聖剣を見ていた。

 この手にもう剣はなく。そもそも、剣を振るう理由も無くなっていたから。

 

 恐らく、現れるのは魔王軍の残党……その中でも力をそれなりに持つ者だろう。

 だが、そんなこと、ファリスには知ったことではなかった。

 動かなければ殺される。それで良いと思っていた。

 

 ファリスはずっと剣を振るってきた。それは、弟分で勇者たるディランの為だった。

 人間なんかより偉い虎人種でありながら、両親を喪ったファリスと仲良くしてくれた勇者ディラン。彼に兄貴と呼ばれて。彼に恥じない何かでありたくて。

 だが、彼は最後の最後でファリスを要らないと言い、そして一人勝手に死んだ。

 もう、ファリスに戦う意味なんて、思い浮かばなくて。

 この世界には、数万年は生きるが故に基本的に時間感覚が緩くて危機感の薄いエルフの中でたった1人だけ何故か真面目に魔王軍と戦ってくれるようになったファリスの姉弟子を始め、何人もの英雄が居る。ファリスなんて、居なくたって良い。

 この村にもある冒険者ギルドから話が伝わり、そのうち誰かが、侵入してきた魔物を倒す。

 村に火が周り始めても、ゴミを投げる悪戯の主犯格の少年の怒号と魔法詠唱が聞こえてきても、ずっとファリスは壊れた心で聖剣を眺め続けていた。

 

 少年の悲鳴に、一度だけファリスは振り返る

 けれど、心は軋みをあげても。動く気力は起きなかった。

 

 ……ファリスの前に、大きな影が差す。

 見る気も無かったファリスの目に飛び込んできたのは、大きな4本の腕を持つ3m級の巨人。一つ一つの腕の太さが、ファリスの胴ほどもあるその魔物の腕の一本には、半ばから砕けた魔法の杖を握り、額から血を流してぐったりする主犯格の少年の姿。

 ……どうでも良い。動き出そうとする歯車が空回りする心で、ファリスは思う。

 

 魔物が何かをわめいている。

 興味もないファリスの耳を全ての言葉が素通りしていく。一瞬だけ少年を見るも、ファリスの眼はここ一ヶ月のように聖剣へと戻り……

 

 その視線が、突如光と共に飛んで来る聖剣を追う。

 それは、ファリスの横を抜け……ゴミを投げる少年に小言を言いながら、何度もゴミを掃除していた少女の手元に収まった。

 

 ……彼女が、次代の勇者。

 少しだけ、ファリスの心に波が起きる。

 けれども、その波は直ぐに静まり……ぼんやりと眼は少女の動きを追うものに戻る。

 

 勇者がどうだとか、四天王がどうだとか、運が良いだとか、ファリスにはもう関係の無い事を魔物が喚き立てる。

 少女は少年を離して!と手の中に収まった聖剣を振るうも……きっと、剣なんて持ったことのない素人なのだろう。あまりにもなっていない振り方で、その手から聖剣はすっぽ抜ける。

 

 幾ら聖剣の勇者だろうが、所詮は使い方も知らないド素人。

 ファリスの目の前で、あっさりと少女は魔物にあしらわれ、痛めつけられる。

 

 ……逃げれば良いのに。

 ファリスは、ふとそう思った。

 勝ち目がないのは明らかで。命惜しさに逃げたとして、誰も少女を責めないだろう。

 だというのに。魔物に掴まれた左腕を痛々しく腫れさせて。涙を浮かべながらも、新米勇者の少女は、重さに震える腕で聖剣を握り、魔物に立ち向かおうとする。

 

 ……どうして?

 その答えを、ファリスは当の昔に知っている気がしていた。

 

 「分からねぇなぁ……」


 嘲るような魔物の声。


 「何で戦う?何で、勝ち目のない事をする?」


 にいっとつり上がる魔物の裂けた口。歯並びの悪いそこから、二股の舌が見え隠れする。


 「リガル君を、かえして!」

 「……はっ!」


 魔物の腕が振るわれる。

 腕の動きによって生じた風に、為す術なく少女勇者は吹き飛ばされ、噴水に尻餅をついた。

 濡れて眼を覆うように貼り付いた薄青い髪をかき上げて、それでも少女は立ち上がろうとして。

 

 「こんどは私が、リガル君を……みんなを、まもるの!まもらなきゃ!だめ!」


 『俺が、兄貴を、皆を護る!』


 ……不意に、思い出す言葉。ファリスがあの日聞いた、勇者の言葉。

 

 「……ディ、ラン……」


 ほぼ一ヶ月ぶりに、ファリスの喉が震える。

 服のあちこちが破れミニスカートが引き裂かれて下着を晒し、恥ずかしい格好になりながら、それでも必死に少年を救おうとする少女勇者に、不意に虎人種の少年の姿が重なった。

 

 ああ、何で忘れていたのだろう、とファリスは自問する。

 ディランの為に剣を学んだ。それは嘘ではない。

 けれども。違った。単純にディランの為なんかじゃない。皆を護るという彼の言葉に共感したから。そんな彼を……いや彼と同じように、皆を助けたいと思ったから。

 両親を喪った自分のような子供を見たくなかったから。そんな子供が産まれない世界を、作りたかったから。

 ファリスは剣を取った、その筈だ。

 

 例え、その彼がファリスを突き放し、勝手にファリスの手の届かないところで皆を救って死ぬことで、一人だけ『命と引き換えに世界を救った勇者』として勝ち逃げしても。

 ファリスのやるべき事は、最初から一度たりとも変わってなんかいなかったのだ。

 

 眼の焦点が合う。萎えた足に、握れなくなった手に、気力が湧いてくる。

 心の歯車が、再び咬み合わさって回りはじめる。


 「ま、お前は此処で逃がさないから!どうでもいいんだがなぁっ!」


 魔物が、漸く止めを刺すべく動き出し。


 閃光が走った。

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