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冒険者ギルドと港の村

「はは、は……」


 演技であった、筈だった。

 全ては、黒翼の青年エスカを、終末論者を、魔王と共に葬り去る為の。

 だが……ファリスにとってはそうでも、勇者にとってあれは……良い機会だったのだろう。元から、ファリスが二度撃てば死ぬ技を撃つ想定の計画。そんなもの、きっと……

 兄貴と呼ぶ相手に、させたくなかったのだ。

 

 道行く人々が、不思議そうに振り返る。

 此処はグランフェリカ。エルフが住む聖地にも近く、魔王の手が、瘴気があまり届かぬアルフェリカ王国の首都である。

 道行く人々も、多くの都市に良く居る剣呑な雰囲気の冒険者や兵士ではなく、商人といったちょっと平和な者達が多い。

 

 魔王降臨以後100年で、活発化した瘴気により、魔物が多く出現するようになり多くの経済活動は死滅した。ファリスがさっきまでいた果ての村もそうだが、瘴気を弾き人類の生活圏を護る楽園の鐘の影響が及ばない範囲は、瘴気が蔓延し魔物が跳梁跋扈する危険地帯だ。

 そんな場所を通る人間はそうは居ない。多くの村は、街は、一つの鐘に護られたその集落の中に閉じ籠り外との交流をほぼ絶ち、多くの国家はその枠組みを崩壊させ幾多の街に分裂した。

 

 その点、此処アルフェリカ王国は、今も国家という枠組みが魔王以前からしっかりと残り、国内での人の往来が、経済活動が残されている希少な平和な国なのである。

 

 「……行かないと」


 ファリスがその足でまず向かったのは、冒険者ギルド。国家に直接雇われたのではなく、個人の自由意思と自己責任で瘴気の溢れる街の外で活動する勇気ある者達を管理する場所である。

 

 カラン、と霊木製の扉を開くと、飛び込んでくるのは幅広く5卓取られた受付。勇者パーティとして多くの地を巡ってきたが、5卓も受付カウンターがある冒険者ギルドなんて、ファリスは他に見たことがない。

 他は大体1~2卓で、受付も二人交代制くらいで済む数しか冒険者が居ない場所は多いのだ。

 

 その受付は、昼過ぎのある程度暇な今は3つ開いていて。

 二つには、先客が既に受付している。

 いや、片方は……仕事を受けるというよりはナンパ目的にも見えるチャラい男だが、そんな彼でも冒険者という命に関わる危険な職業の身分証を貰っている以上は、立派な人物なのだろう。

 

 そう考えながら、ファリスは空いた卓へと向かう。

 三人の受付の中では一番老齢の男性が受付ているソコは、ファリスが旅立った頃から、ちょっと人気が無かった。

 その事を思い出しつつ、ファリスは自前の冒険者ギルド証を取り出す。

 

 それは、国家ではなく世界を巡るために与えられた勇者パーティとしての証。魔法技術による遠距離通信等によりこんな時代でも横に繋がりのある、国よりも大きな団体と言えるだろう冒険者ギルド全体に通じる最高位の身分証。

 

 それを突き出し、ファリスは横の2人の若いケモミミの受付嬢に比べ、半分以下の年齢しか生きていないのに一番老けている人間の男に声をかけた。


 「叔父さん」

 「ファリス」

 「転送を頼みたい。魔物の魔法でパーティとはぐれさせられてしまった」


 冒険者ギルドには、転送魔法の用意がある。ルネが使ったような人類一人で何処からでも相手を縁深い地へと扱うものではなく、予め用意してある魔方陣から魔方陣へと飛ばすものだが。

 それと通信魔法が、冒険者ギルド同士の横の繋がりを維持している。

 といっても、飛ばせる量も多くはない。緊急時に使うもので、本来は使用にはそれなりの許可が必要だ

 だが、それらを無視して最優先で使わせられるだけの権利、それがこの勇者パーティであるという身分だ

 聖剣の加護のある勇者にしか魔王は倒せないとされているからこそ、彼等をサポートする為にギルドに色々要求できるのだ。

 

 この身分証を没収されなかったのは不幸中の幸いだ。果ての村のギルドの魔法陣に転送して貰えば、すぐに勇者達に追い付ける。

 そう思って、ファリスは嘘八百を並べて着いてきてくれの言葉を待った。

 

 しかし、返ってきたのは彼にとって予想外の言葉であった。


 「それは出来ない」

 「勇者パーティの言葉が!聞けないというのか!」


 らしくなく、ファリスは声を荒げる。

 急がなければならない。ファリスを外したのは恐らく二人で決めた話。モタモタしていれば、勇者達は……元々の勝算であったファリスの命と引き換えの切り札無しで魔王に挑む。

 だが、そもそも誰かが命を捨てる技くらい使わなければ魔王に刃が届かないと判断したのは勇者ディラン本人だ。ファリスが行かなければ、誰かが代わりに命を張る。

 しかし怯むこと無く、50歳くらいの男は頷いた。


 「お前、勇者パーティじゃなくなったんだろ?」

 「何、だって?」

 「昨日、全冒険者ギルドに対して、勇者ディラン直々にお前を追放するという通達があった」

 「なっ……」

 

 そこまでするのか、ディラン!

 内心で、ファリスは叫ぶ。

 けれども、動揺を見せるわけにはいかない。あくまでも何かの間違いだろう?とばかり、ファリスはとぼけたふりをする。

 

 「待ってくれないか。私は」

 「群青の勇者ディラン、ルネ・アルフェリカ殿下、両名直々の通信が昨日あった。間違いの筈はない」


 このレストランは材料持ち込みだから買ってきてくれない?と言われた時か!と、ファリスは唇を噛み締める。

 

 「だから、その勇者パーティのギルド証は没収だ」


 先回りされて全ギルドに通達されていては仕方がない。思い出はあるものだが、もう使えない。

 勇者当人が、直々にファリスが追いかけてくる方法を潰そうとしたのだから。

 ファリスは大人しく、特別に他の人のと違って赤いギルド証を今年50になる叔父に手渡し、代わりに普通の緑のギルド証を受け取る。

 

 「ならば叔父さん。普通の冒険者ファリスとして、転送をお願いします。

 私の今までのギルドに記載のある活動からして、恐らくBランク、転送魔法使用要請の権利はある筈」


 そんなファリスの言葉に、男は首を振った。


 「ファリス。お前の活動は全て勇者パーティとして行ってきたものだ。聖剣の加護ありきで、勇者パーティの活動として計算されている。

 聖剣無しの単なる冒険者ファリスとしての実績は何もない。実績の無い相手は、どんな人でもDランクが上限だ。

 Dランクに、転送を要請する権利はない」

 

 やだー、あの人勇者に見捨てられたんだってー

 ぷっ!人間ごときが勇者パーティだなんて思い上がってたからだろ。

 元から、よわっちぃ人間なんだから不釣り合いだって思ってたのよー

 

 そんな、事情も知らずに横で世間話をしている受付と男冒険者の話がファリスの耳に届く。

 ファリスは、冒険者ギルドを飛び出した。

 

 その足で向かうのは街の外壁。鐘によって護られた範囲から街民が出て魔物に殺されぬよう、外敵ではなく無謀な内部の馬鹿を止めるために作られている、鐘の護りが届く境の壁。

 冒険者だ!と身分証を振りかざし、衛兵に門を開いて貰うや、ファリスは外へと飛び出す。

 一歩街を出たファリスを待つのは、まだ夕方になっていないというのに瘴気で薄暗い淀んだ空気で満ちる外の世界。

 だが、常時夜のようにも思える果ての村等に比べれば、瘴気は薄く、魔物も弱く、街道だって冒険者に整備され、冒険者と共にならば馬車だって通れるくらいには安全だ。

 100年でかつて道だった、くらいの街道の残骸を見てきたファリスにとって、故郷は平和だったと良く理解できた、全世界がこうなってほしいと思った懐かしい風景。

 

 だが、懐かしむ暇はない。

 ふざけるなよと、あの大嘘つき勇者を、ファリスはぶん殴らないといけない。

 

 整備された街道を、ただ、駆ける。

 瘴気に慣れたファリスの体は、全力で地を駆ける

 人間にしては馬鹿げた速さで。けれども、駿足で知られる種から見れば遅い速度で、港を目指して、ファリスはひたすらに街道を駆ける。

 最中に見える魔物は、無視しても問題なさそうならば無視して。冒険者が苦戦していたならば足を止めずに辻斬って。

 昼でも夜でも、疲れが貯まった後に街を見掛けたら、冒険者としての身分で街に入り、魔王に、魔物に怯える100年で外との交流が絶たれ宿は衰退した街ゆえに、ギルドのベッドを借りて泥のように眠り。

 目覚めたら、また駆け出す。

 

 それを繰り返し、1週間半。

 ファリスは漸く、大陸の果て、港の村に辿り着いた

 此処から船に乗るか空を飛ぶかして海を渡れば、勇者達と共に挑もうとした魔王城のある島国へと辿り着ける。

 ファリスは此処までは来れたことに安堵し、ふと空を見上げて……

 

 見覚えの無い、光を見た。

 空に、無数の光があった。


 「っ!魔物か!」


 空を覆い尽くす数の魔物の姿か、そう思って、ファリスは空を睨み付ける。

 しかし、どれだけ目を凝らしても、空の光は生物には見えなくて。

 

 「星……」


 100年前、魔王がこの世界に現れるまでは夜空に見えたという、産まれてこのかた……実は生物だった紅の流星以外では一度も見たことのないソレの名を、ファリスはぽつりと呟いた。


 「瘴気が、弱まっている……?」


 魔王の放つ瘴気を増幅させる力によって、ここ100年、空はずっとくぐもっていた。

 だから、星なんて100歳以上しか見たことがない、若者は知らないものになっていた。

 それが、見えるということは……


 「ディラン達が、魔王を倒したのか……?」


 自分を最後の最後に除け者にして。

 悔しさはある。何でだと訴えたい気持ちも。

 

 だが、ファリスにとっては、魔王が倒されたならそれはそれで喜ばしいことで。

 ふと星空から目線を下ろしたファリスの目に、それは飛び込んできた。

 

 村の中心、楽園の鐘が安置された広場の噴水に突き刺さった、一本の剣。

 清浄な空気を纏う群青色の剣、群青の聖剣ティルナノーグ。

 聖剣は勇者を選ぶ。勇者の手元を離れることはない。この剣が此処にある理由はたった一つだ。

 元々その聖剣を持っていた勇者が、もう居なくなった。だから、新たなる勇者を求めて、選んだ者の近くに姿を見せた。

 

 ……勇者ディランは、もう居ない。

 ファリスが文句を言うべき相手は魔王と共にこの世を去ったのだと、彼の聖剣は言葉以上に雄弁に語っていた。

 

 「……は、はは……冗談、だよ、な?」


 心の奥で何かが壊れる音を……ファリスは聞いた気がした。


 「……それは、私の役目だと……言っていただろう、ディランッ……」


 ファリスが、正常な頭で最後に考えられたのはそんなことだった。

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