追放、そして……
(小説家になろうには)初投稿です
「ファリス。君を、このパーティから追放する」
18歳の勇者ディラン……群青の聖剣に選ばれた少年が、静かにそう言った。
「待ってくれ、ディラン!」
寝耳に水の言葉に、ファリスは声を荒げる。
ファリスは、ディランの幼馴染である。一つ上で、兄貴分で。
彼が聖剣に選ばれた勇者として旅立つことになって以来7年。力不足を感じて、彼が勇者として旅立つと聞いて巣立った剣の道の修業の場で再度修業に明け暮れた3年の月日を除いて、彼はずっとこのパーティでやってきたのだ。
そんな彼にとって、このタイミングでのその勧告は、到底受け入れられるようなものではなかった。
「なあ、可笑しいだろディラン!今がどんなタイミングだと……」
「魔王ディエス・イレの城に近いタイミングだよ、ファリス」
兄貴、兄貴とずっとファリスの事を呼んできた少年は、静かに返す。
「そうだろう!可笑しい!こんな時に」
魔王の城は目前、なら何でだとファリスは必死に訴える。
「いえ、こんな時だからですよ、ファリス」
横から声をかけてきたのは、金の髪の鮮やかな青年、ルネ。21歳の月歯種、ウサギの亜人だ。
柔らかく長い双耳を揺らし、青年は話に割り込んだ。
「ルネ殿下、殿下からもお願いします。明らかに今、私が追放される謂れは……」
「今だからこそですよ、ファリス。貴方は必要ありません」
「王子殿下!貴方まで!」
金髪の青年は、ディランとファリス……聖剣に選ばれた勇者とその兄貴分として王都に連れてこられた二人の始めての仲間であり、故郷の国の第一王子である。
その実力と、王子でありながらも民を守るために勇者と共に戦うことを決めた高潔な意志は、ファリスもこの7年で良く知っていた。実際に婚約者を失いつつも、共に戦い続けた王子の居る国に産まれたことを、誇りにすら思っていた。
そんな彼からすらそう言われ、ファリスは愕然とした。
「王子殿下!」
「端的に言いましょう。これから先、魔王との戦いにおいて貴方は邪魔なんですよ、ファリス」
「私が、足手まといだと言うのですか、殿下!」
「そう、足手まといだよ、ファリス」
「ディラン!」
昔は兄貴!と慕ってくれていた勇者の言葉に、ファリスは奥歯を噛み締める。
「ファリス、君に出来ることは何?」
「剣が使える!」
「うん。人間最強の剣聖、だっけ?」
一年前は巨龍に挑んだことで得たその称号を凄いと言ってくれた少年勇者は、つまらなさそうに、平坦にその言葉を口にする。
「ああ、そうだ!自分ではそこまで自惚れきれなくても!
私の剣は、決して無力ではない。足手まといだなんて、そんな事は……」
このパーティから抜けたくない。このタイミングで、去りたくない。
その一心で、ファリスは訴える。
「人間ごときの中では一番強いってだけじゃん。そんなことを誇って何になるの?」
だが、何処までも冷たく、聖剣に選ばれた証である一対の群青の翼をはためかせ、頭の上に生えた大きな虎の耳を伏せて、勇者は吐き捨てた。
……その通りだ
ファリスは内心で毒づく。ファリス自身分かっていた。人間最強の剣聖。そんな称号が……決して最強という意味ではない事を。
何故ならば、ファリスは……ほぼ同時期に剣の道に入門した無邪気で世間知らずで子供っぽいエルフの姉弟子に、合計7年もあってただの一度も、1本取るどころか剣を当てる事すら出来なかったのだから。
決して、人類と呼ばれる中で人間は優秀な種ではない。
寧ろ悠久を生き神にも等しいとされるエルフ種は別格としても、短命種ですら200年は生きる人類に分類される中では精々70年しか生きられない、その名の通り人とゴミの間、ヒトモドキとされるほど存在そのものの格が低いとされることすらある。
それでもだ。自分より余程強力な力を持つディランの兄貴分として、5歳で彼と出会ってからの14年、ファリスはずっと恥ずかしくないように努力をしてきたつもりだった。
……だのに。
「……それは酷いと思います」
そう言ってくれたのは、半年前から共に戦っている妖精種の少女。半透明な蝶のような羽根を持ち、回復の魔法を得意とする仲間だ。
「ユーグレナ」
「ディラン様。ファリスさんは確かに……弱っちい人間かもしれません。でも、いきなり追い出すなんて酷いです」
「ユーグレナ。君は……知らないかもしれないけどね
勇者の聖剣が加護を与えられる仲間は、4人が限度なんだよ」
だから仕方ないとばかりに、その虎の尻尾を揺らして、少年勇者は告げる。
「でも、今4人じゃないですか
魔王に挑むってその時に、一人減らすなんて可笑しいです」
この95歳の少女はディランが好きで、共に戦うことを決めた。だからこそ、勇者が死ぬ可能性が増えるような行動が理解できなくて、そう言っているのだろう。決してファリスを案じての言葉ではない。
それでも、今はたった一人の味方で。それが、ファリスには有り難かった
「それが、違ったら?」
だけれども、どこまでも冷酷に、冷静に、大きな耳を伏せたまま動かすこともなく。虎人である少年勇者は語る。
「紹介しましょう、ユーグレナ
彼が、かの魔王を倒すためにずっと勇者を待っていた、私達の新たな仲間です」
その言葉と共に、大きな羽音を立てて、黒翼の青年がファリスの前に降り立つ。
「エスカだ。剣と魔法が使える
そこの人間なんかよりも何倍も」
冷たい瞳で、人間への嘲りと共に。黒翼種の青年エスカは、簡単に己を明らかにする。
……何倍もというのは嘘だろう、とファリスは思う
ファリスとて、人間の中ではかなり上の力はある。彼我の実力差がてんで分からないほどの愚鈍ではない。
立ち居振る舞い、姿の端々に現れる隙やそれをカバーする動きから見て取れるその存在からして……剣の腕は限界まで高く見積もって、ファリスより少し下だろう。
剣の腕でのみ戦ったら、青年にはその背の翼がある事を加味しても、負ける気はファリスにはさらさら無い。
いや、きっと勝てるだろう。
だが、ファリスは剣士だ。魔法戦士ではない。
剣皇と呼び畏れられたエルフに師事し、エルフ独特の剣術を学んできた。それは、神鳴を轟かせ、大地を砕き、伝説の巨龍の喉元にすら貫くエルフの御技。
本来であれば300年は体験入門として基礎を叩き込まれる筈の中、歴史上稀に見る超天才の姉弟子に引っ付いて、たった累計7年ぽっちで基礎から奥義の一部まで習わせて貰った付け焼き刃の修業の果てに得た力だ。
天真爛漫な姉弟子とは違い、それで全てを修められる天才なんかでは当然なかったファリスに使える技は流派全体から見れば極一部。それでも、かの技を習ったことは彼の誇りである。
そこまでの絶技を、恐らくは青年は持たない、とファリスには見える
……だが、だ。ファリスに使えるのはその剣技と、後は貰い物の聖剣の加護による力だけだ。
たった7年の修業、そして4年の実戦。
その中で、ファリスは愚直に剣を振るい続けた。魔法なんてものを使って戦えるような技は今更習っても小手先の技にしかならないとして磨いてこなかったし、そんな余裕もなかった。
聖剣の加護で使える特殊な魔法、《神聖魔法》だって、パーティの中では一番使い方が下手だ。
戦闘中に咄嗟に使うなんてもってのほか、いわば剣の腕は立つが、それ以外は何も出来ないのがファリスである。
その点、青年エスカは自己申告によれば魔法戦士だ
きっと、神聖魔法だって使いこなし、パーティの支援も可能だろう。魔法と剣を平行して使ってきたのであれば、長けていないと可笑しいのだから。
「エルフ剣術は兎も角さ?他に何も出来ない奴は要らないわけ。
剣術100点他0点より、剣も魔法も70点の方が、魔王戦では役に立つの。
それにさ」
少年勇者は、苛立つように左腰に吊り下げた群青の聖剣を揺らす
「何だっけ?王我剣……えーっと」
「王我剣・轟威火鎚」
「そう、あのドラゴン相手に撃った奥義、これから魔王相手にもう一回撃てるわけ?」
その言葉に、ファリスはただ、首をすくめた
1年前に再び勇者パーティと合流する切っ掛けとなった、聖地への巨龍襲撃。
そこで、ファリスは王我の型の最終奥義と呼ばれるかの技を放ち、勇者達と聖地のエルフ達を救い、パーティに帰還したのだが……
「ディラン。あの時に言った筈だ。
二度と、私は轟威火鎚は撃てないはずだって」
そもそもが、悠久を生きるエルフが数千年かけて編み出した最終奥義
人間の手で撃ったソレは、二度と同じ一撃が放てないだけの深い傷をファリスに残していた
二度撃てば死ぬ。これは、人の使う技じゃない。エルフの天才にのみ許された技だ。
それが、何千年振りかに受けたのだろう血を流す程の傷を負って慌てて飛び去っていく龍を眺めていたファリスに、自分は奥義の理論は学べても結局使えるようにならなかったという剣の師が残した警告である。
「使えたら、切り札として残しても良かったのですが」
「使える!使ってみせる!あの力が、必要なら!」
「万が一撃てても死ぬんでしょ?
そんな命惜しさに出し惜しみされる可能性の高い、そもそも撃てるか不確定の切り札なんて、無いのと同じ
君はこの先必要ない」
勇者の言葉に、ファリスは一人、黙り込む。
命惜しさに出し惜しみされるかもしれない。その言葉に、その言葉の真意に、もう、反論は無意味だと感じて。
何を言おうが、彼等は、共に戦ってきた王子と勇者は、ファリスを追放するという決定事項を変える気など無いと分かってしまったから。
と、こんな感じだろうか。
怒りに歪めたように見せた顔の下で、ファリスは冷静に分析する。
そう。ここでの全ては演技である。勇者と剣聖と、そして王子。旅立った当初から時折用事で離れたりしつつも共に戦ってきた三人で示し合わせたやらせなのだ。
全ては、エスカと名乗った黒翼の青年を謀殺する為の。
彼は魔王に大事なものを奪われ復讐を誓った者ではない。魔王と勇者の戦いを使い、太古に封印された邪神を甦らせて世界を滅ぼそうとする終末論者である。
その事を、かつての勇者の記憶から知った勇者は、策を立てたのだ。
即ち、計画に必要な筈の魔王が倒されかけて焦った彼が、かつての勇者のお陰で正体がバレているとも知らずに寄ってきたところを迎え入れ、逃げられない魔王戦で後顧の憂いを断つ。
「分かった。私はパーティを抜ける
それで、良いんだろう?」
この場に居たくなくて。
というようにファリスは踵を返すと、魔王の城近く、聖剣と同じく神の力によって安全地帯として護られた人類最前の拠点たる果ての村を出ようと歩き出して……
「いけませんね、貴方は」
その歩みは、金髪の王子によって止められる。
「分かるでしょう?元加護対象が近くに居ると、力が混線して本来の加護がかけられません。
勝手に付いてきて、魔王討伐に手を貸した等と言えないように送還します」
「待ってくれ、そこまではしなくて良いだろう!?」
良いよ、勝手に付いていくだけだから。
王子の推察通りの行動をしようとしていたファリスは、焦りと共に叫ぶ……ように見せる。
これも作戦だ。実際には離れて勝手に付いていく事は、勇者も了承済みだ。そして、魔王戦にまでエスカが付いてきたちょうど良いタイミングで……駆けつけたファリスが撃てないとさっき嘘を二人で付いた最後の切り札を切り、魔王の纏う最強のバリアと、生かしておいたら邪神復活だーとまた暗躍するだろう危険をファリスの命懸けの一刀で断つ。
そういう算段なのである。
「いえ、問答無用です」
「あと、この剣も返して貰うよ」
少年勇者が、腕を青年王子に掴まれたファリスの腰の剣を、鞘ごと外す。
「待て、それは私が師範等から預かった……」
「勇者パーティに託された剣、でしょ?
新しい仲間に使って貰うから」
勇者ディランは、その剣を黒翼の青年に投げ渡す。
「待て、ディラン……頼む、」
憐れっぽくそれっぽい言葉を紡ぐ最中。
予想外な転移の光が、ファリスの眼を焼いて。
「ああそうです。何もないと可哀想ですから、これをあげましょう
これを渡して私の家族から小金でもせびることです」
「待ってくれ!」
魔王城……小国の城を押し潰すようにある日突然現れたかの城の在処とは海を隔てた大陸の内陸部。故郷たるアルフェリカ王国首都、王都グランフェリカの往来に、その声は虚しく響いた。