4話 ぼっち陰キャと高野 由紀
先ほどまで胸の中で暴れていた高野を抱えたまま、龍弥は1時間前まで自身がいた1年A組の教室を目指し、非常階段を駆け上がっていた.
下の方からは、目に砂が入った先輩の怒声と階段を上がり始めた足音が聞こえてきたが、未だに目の砂がとりきれていないのか、その足音はそんなに速いものではなかったので、余裕を持って龍弥は駆け上がっていった.
そして、ついに教室についた龍弥は抱えたままの高野を教室の隅である龍弥の椅子に座らせ、だんだんと大きくなりつつある足音を聞き、急いでいろんな仕掛けの準備を始めた.
足音が大きくなり始めたのと同時に龍弥は準備を終え、緊張した様子でその足音の正体の登場を待った.
そして、
「テメェ、よくもやってくれたな!俺にこれだけのことをしておいて、まさかただで帰られるとは思っていないだろうな!」
「まさか、ただで帰るはずがないでしょう.今から、好きな子に告白して、振られてそのこに手を出し泣かせた女々しいクズに制裁を与えないといけませんから.」
「生意気な口を聞くんじゃねぇ!俺が告白した時点でそいつは既に俺のものなんだよ!俺に手に入れられないものはねぇ.だからそいつももう俺のものだ!」
「全く、どういった生き方をしてくれば、そんな考えになるですかねぇ.人をもの扱いなんて、とても普通の人の考えることじゃない」
「うるせぇ!テメェこそ無関係のくせにでしゃばってくるんじゃねぇよ!このボッチ陰キャが」
「別にぼっちも陰キャも認めているからいいですが、それでも振られて相手を泣かすようなクズよりはマシじゃないですか?」
「テメェはもう絶対に許さねぇ!親父に言って二人揃って、高校生活は終了させるがその前に、今ここでお前をボコボコにしてやるよ!」
「別に許してもらおうなんて思ってませんよ.それよりも先輩、ボコボコなんて可愛い言葉使うんですねwww」
「テメェ!殺す.」
そう言って、先輩は殴りかかってきた.その瞬間、龍弥は口角をあげ、その殴ろうとしてくる拳を見ていた.
やがて、龍弥の近くに先輩が迫り、拳が近づいてきたと思った瞬間、先輩が足を滑らせ大きく体制を崩し、「なぁっ」と声を上げながら、倒れ込んだ.
龍弥はその瞬間に、先輩の後ろに回り込み、よくドラマで刑事が犯人を組み伏せる動きを参考に、腕を後ろに締め付け組み伏せた.
「頭に血が昇って下に撒いたワックスに気がつかないなんてとんだ間抜けですね.」
そんなことを言いながらも、龍弥は内心ほっとしていた.
正面から戦ってもおそらく勝てないであろう、先輩に対して龍弥が立てた作戦は簡単なものであった.
まず、先輩と戦う姿勢を見せた上で、わざとこけて油断を誘う.そして、その時に両手いっぱいに砂を掴み、近づいてくる先輩の目を目掛けて、投げつける.そして、高野を連れて逃げるのだが、仮にも相手は運動部の先輩である.手を引っ張って逃げてもおそらく追いつかれるため、高野には申し訳ないが、お姫様抱っこをさせてもらった.そして教室に逃げ込み、ゴールデンウィーク中にワックスをかけたらしく、そのままになっていた教室においてあった、ワックスを少し拝借し、龍弥の周りに撒いていたのである.
幸いなことに教室に居残っていた生徒はおらず、龍弥は先輩を挑発し、周りを見れなくし、ワックスに気づかれないように気を使っていたのである.
「それで、先輩こういう状況ですが、どうします?」
「テメェ、ふざけんじゃねぇぞ!こんなことしててただで済むと思ってんのか!」
「そう言うと思いまして...」
そう言って、龍弥は制服のポケットに手を入れ、そこからスマホを取り出し、とある音声を先輩に聞かせた.
「これは...」
その音声は、先ほどまでの会話の内容であった.
「早い話、先輩がしそうなことは全て対策済みだったわけですよ.さて、この音声どうしましょうか.
俺たちの高校生活を終わらせようとしてきたんだから、こっちは先輩を社会的に終わらせてやりましょうか.
」
「そんなことできるわけないだろうが.」
と、震えた声で龍弥に言った.しかし、
「できますよ.かっこ悪いので使いたくなかったのですが.しょうがないですね.高校生活を1ヶ月で終わらせるわけにもいきませんですし.先輩、綾瀬 涼子 って言うニュースキャスターをご存知ですか?」
「ああ、そんなの誰でも知っているだろ.それがなんだって言うんだよ」
「その人、実はうちの母親なんですよねぇ」
綾瀬 涼子 現代の人でその名を知らないものがいないであろう大人気ニュースキャスター.今では、地方に移動し、龍弥の地元で活動している.しかし、その本名は、辻 涼子であり、龍弥の母親である.涼子は龍弥の父親である 辻 隆 と結婚し、龍弥と妹の静を産んだのを機に、隆の地元に引っ越し、地方のニュースキャスターとして、現役で活動しているのである.当然、いろんなところにコネをもち、今回のことを全国ニュースで流すことなど雑作もないことであった.
「また、そんなことを言っても、俺は当事者ではないので、当事者に先輩の賞罰を決めてもらいましょう.」
そう言って、高野の方を向き、
「高野、こいつにどうしてもらいたい?」
『私は...』
『今後、私と龍弥くんに関わらないで欲しいです.それと私たちの前に現れないでください.」
(なぜ俺も?それに『龍弥くん』?)
と不思議に思いながら、未だ龍弥の下で拘束している先輩に視線を戻し、
「と言うことですが、先輩.どうしますか?」
「わ、わかった.お前らに金輪際関わらない、姿も見せない、だから全国ニュースはやめてくれ」
「そう言いますがね、先輩.証拠がないんですよね.そこのところはどうしましょうか.」
と、悩みそして、「そうだ.」といい、近くにある自身の机から、ハサミを取り出し、
「ち、ちょっと待て、それで何をするつもりだ」
「そんな警戒しないでくださいよ.ちょっと先輩を反省させようと前髪を切るだけですから.」
「なんだと!やめろ、やめてくれ」
「そんなの知りませんよ.」
そう言って先輩の前髪を軽く掴み、切った.
その結果、ワックスをつけた爽やかな髪型が、世に言うオカッパの髪型になってしまっていた.
「オカッパの髪型ってする人によっては、可愛い髪型ですけど、先輩絶望的に似合いませんね.」
と、笑いを堪えながら先輩に言った.
「このクズがーー二度とお前らなんかに関わるかーー」
そう言って、上に乗っている龍弥をどかし、教室から出ていった.
そして、二人きりになった2人は互いに向き合った.
お互い何から話すべきかと悩んでいたが、やがて、
「ごめんな.醜いところを見せて.いかにあいつがクズであっても、髪を切るまでやるべきではなかった.
どうやら、俺もクズらしいわ.」
そう言って、落ちた髪の毛を片付けようと掃除だなにほうきとちりとりをとりに行こうとした時、急に制服の裾を掴まれた.
『そんなことない!君は泣いている私を見過ごせず、戦っても勝ち目がない相手に立ち向かってくれた.
そして、勝って今後の心配事もなくしてくれた.それは、誰にでもできることじゃないよ!それに、君の立ち向かう後ろ姿、とってもかっこよかったよ.』
面と向かって、自身のことを褒めてもらえた経験が少ない龍弥は、とても恥ずかしくなり下を見たまま、俯いてしまった.
しばらく時間がたち、龍弥の落ち着きが戻り、そして龍弥が口を開いた、
「君は俺が、クズじゃないって言ってくれるのか?」
『うん、そうだよ.君はやり方はどうであれ、私を救ってくれた.それは普通の人にできることではないよ.
そして、他人を思い、あんなまで怒れる人がクズなはずがない.それだったら、ほとんどの人がクズみたいな人になっちゃうよ.』
『私は、あなたに救われました.小さい頃から、私にとって恐怖の対象でしかなかった男性に対して、初めて愛おしいと思える人が現れました.』
きっと、高野ほどの美人にもなると、これまでいろんな人から交際を求められてきたのだろう.また、下卑た視線に晒され続けてきたのだろう.その気持ちを理解してやることはできないが、彼女に男性がみんな揃って、そうじゃないと知ってもらえただけでも頑張った価値があったと自身の今回の行動に賞賛を送ろうとしよう.
『それに私、初めてだったんだよ、お姫様抱っこ.すご〜くはずかしかったんだから、責任とってよね!!』
「えっ」
(急に俺は何を言われているんだ.そういえば、愛おしいってさっき...)
と、テンパリ始めていると、高野が何かを決意したようにこちらを向き、
『あなたの告白を受け入れます.今後とも末長くおねがいします.』
そうして、俺の誤った告白から俺にベタ惚れな人生初の彼女が誕生した.
....お母さん、お父さん、静、
本日、俺に彼女ができました.
2回も原稿が消えてしまい描き直しましたが、ついに彼女誕生まで、たどり着けました‼︎
今後は2人のイチャイチャの様子を楽しんでいただけると幸いです.
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