第11話 はじめての名乗りの件
「まず、ここの医療エリアだが、機密を守るため最深部にある。医療エリアは海抜30メートルの地中に作られているが、ここへ来るには一度海抜-40メートルまで降りて、そこからエレベーターで上がってこなければいけない」
………高低差が70メートルもあるのか。
「緊急性がある医療エリアがそんな不便な所で大丈夫なのか?」
「その辺は心配ない。死んでいても大丈夫なのだから、急ぐ必要はない」
俺の疑問に答えるときに、おっさんがニヤリと白い歯を見せて笑う。
………なんだよ、この爽やか変質者め。
お前なんかそのカツラ被ってる間は、どんなに爽やかさを演出しようが俺の中では変質者だ。
でも医療エリアが物凄く厳重に管理されている重要施設だと言うことはわかった。
おっさん個人の事はさっきからディスっているが、医療エリアの事はリスペクトすることにしよう。
「この医療エリアで不便なのは、自動販売機のコーラが350円もすることさ。高尾山の茶屋よりは安いがね!」
ハハハ、とまたもや爽やかに笑う変質者。
(もうおっさんとも呼んでやらない事に決めた)
自分ではウィットに富んだネタでも披露したつもりでいるようだ。
───医療エリアと高尾山をバカにするな、この変質者め。
「ここの滑り棒を見てほしい」
通路脇にあの消防署によくある滑り棒が6本あった。
あ、あの緊急出動の時に消防士が使う奴か!
二階から一階に消防士が滑って降りてくのをテレビで見たことあるぞ。
「おお、カッコいいなー!」
ちょっとあれ、憧れてたんだ。
「────やってみるかい?」
「え?いいの?」
「あぁ、これは君達の為の滑り棒だからね。なにせ、君達が緊急出動の際に使うために設置してあるのだからね!」
「使い方を教えようか。まずここを両手で持って」
「────こうか??」
俺は滑り棒にしがみついた。
「────ちなみに、それは物凄く滑る様に作ってあるから気を付けてね。気を抜くと70メートル下までほぼ自由落下でノンストップだから、使う時は変身して………」
そこでおっさんと目が合う。
「あ」
『あ』じゃねーよ!
その時すでに、俺は完全に滑り棒に身体を委ねていたんだぞ。
「────ちょ、それを早く言え!!」
………ってか、もう遅かった。
「す……滑る!!」
一気に景色が上に流れた。
「───や、やべぇ、短期間に2度も死にたくねぇ!」
必死に減速するように手と足でしがみついた。
このままじゃ、また確実にあの手術台で目覚める事になる。
───走馬灯が見えるまでは諦めねぇぞ!!
必死にしがみついた結果、半分位で一度止まることができた。
「ブルー、凄いですねー!滑り棒で止まった人初めて見ましたよ~!」
おっさんが床の穴からこちらを覗いて、呑気に声をかけてきた。
「おい!なんとかしてくれ!!」
「なんとかしろと言われても、私もこればっかりは~」
────腕も足もプルプルする。
でも、少しでも力を緩めたら、もう途中で止まることなく一気に落ちて、床に激突してしまうだろう。
「あ~一つ手がありますね~」
おっさんが間延びした声でゆっくり話しかけてくる。
わざとやってるんじゃないか!?
………こっちは命がかかってんだぞ!
「ベルトに名乗りの音声登録して変身したらきっと大丈夫ですよ~」
「………無理だ!ベルトのボタンには手を伸ばせない!」
「名乗りの登録は音声だけで行けますし、登録時に変身も勝手にしますよ~」
「………どうやったら登録出来るんだ!?」
「え~と、私がとりあえずベルトのパスワードをここから音声入力しますから、その後お好きな名乗り音声を15秒以内に登録してくださ~い」
「ブルーベルト名乗り登録音声解除!」
『パスワードを入力下さい』
おっさんの声に反応してベルトから音声が出る。
「それじゃぁ、これからパスワード解除しますね~」
「────は、早くしてくれ」
「 L・O・V・E・0・4・0・1」
『パスワード解除しました。ピーの後に続けて名乗り登録をしてください。ピ──』
「────変質者!ぶっ飛ばす!!」
『名乗りコール "変質者、ぶっ飛ばす" 登録完了しました。続けて変身テスト実施します』
ベルトから音声と同時に光が放たれ、無事俺はブルーに変身した。
………俺はきっとこの瞬間を、変身する度に思い出すだろう。
────あの床の穴からこちらを覗いて、ニヤリと白い歯を見せてサムアップしてる変質者の顔と共に。