第107話 マリーの接吻の件
「──────もし─────もし………」
──────声をかけられながら体を揺さぶられる。
──────う~ん、意識はなんかはっきりしてきたけど、目が開かない。
返事をしようとしたけど、なんか呂律が回らなくて呻き声しか出せない。
────さっきから体を揺さぶられながら、もしもし、もしもしと言うから、俺の美声で兎と亀の歌を聞かせてやろうと思ったのに。
あ、でもそんなことすると俺の歌声でJA◯RACから請求書が来るかもだから歌わないでおいてやろう。
ああ、でも本当に瞼が重い。
モノマネの人みたいに瞼にセロテープでも貼られてるんではなかろうか。
もしかすると瞼だけでなく鼻まで上向きになるようにセロテープを張り付けられているのかもしれない。
────顔の皮膚になんか妙につっぱり感がある。
────俺が動けないのを良いことに(?)しばらく体を揺さぶられていたが、俺が反応しないからか、そのうちに声もしなくなり辺りは静かになった。
─────それから十数分経っただろうか。
少し意識が飛んでいたかもしれない。
─────バシャッ!
「──────がはぁ!!」
───いきなり冷水をぶっかけられた。
俺は飛び起きて叫んだ。
「─────殺す気かぁ~!!」
げほげほと気管に入った水のせいでむせまくった。
「────お気づきになりましたわね」
────目の前に色白の美少女。
手には小さなブリキのバケツ。
「────仰向けで寝ている人間に水ぶっかける奴がどこにいるんだよ………」
「あら、それならここにいますわ」
「"ここにいますわ"じゃねぇよ、昔から寝ている人を起こすには美女のキスって相場が決まってんだろ………」
「キスならマリーがいっぱいしましたわ。」
「え?」
もしかして僕ちんの"ファーストちゅー"が記憶に無いうちに奪われちゃったの!?
思わず唇に手をやる。
「────愛犬のマリーがあなた達を見つけたんですよ?」
美少女の脇に控えていた白黒まだら模様の大きな犬が名前に反応して吠える。
あら、犬ならノーカウント。
────顔のつっぱり感はもしかして顔を舐められまくったから?
今から考えたら静かになった後も近くになにか気配は有ったかもしれない。
その気配の主はこのマリーと言う犬だったのかもしれない。
「────そ、そう言えば俺の他にもう一人いなかったか?」
「一緒に倒れていたもう一人の女性は、早くに目が覚めらたので屋敷で休んでもらっています」
───そうか………良かった。
「────余程あなたがご心配だったのか、なかなかあなたの傍からお離れにならなかったのですが、私が半ば強引に屋敷に連れていきました。この辺は野犬も出ますゆえ………」
──────あ、俺はそんな危なっかしいとこにポツンと放置されてたわけね。
「───でもご安心あそばせ。マリーがあなたの傍におりましたから。野犬もマリーを恐れて近づきません。でも、あまり人には懐かないマリーが珍しくあなたから離れなかったのは不思議ですわ………」
マリーがまた反応して吠えた。
「────そうか、ありがとうな。」
俺はマリーを撫でようと手を伸ばしたがマリーはヒラリと俺の手をかわして距離をとる。
────マリー、お前はツンデレか!?
「────もう立てますか?私の細腕では殿方を運ぶことは出来ませんでしたから、私には水をかける位しか出来ませんでしたので………お召し物を汚してしまいましたから、乾くまでの間屋敷で休息を取られては?お連れ様も屋敷でお待ちになられておりますし………」
「ああ、ありがとうございます。よっこらせ………うん、立てそうです」
俺は落ち着きを払ったこの色白美少女と犬のマリーに案内されて、ゆっくりとついて行った。
─────そう言えば霧が晴れている。
はっとして後ろを振り返ったが、ルバーブジュースを飲んだ時に目の前にあった湖も、座っていたベンチもそこには無く、そこには畑だけが広がっていた。
未舗装の坂道をしばらく歩くと突然立派な垣根に囲まれた大きな洋館が現れた。
「────どうぞこちらへ。本宅ではございませんので大したおもてなしも出来ませんが………」
─────あ、これはあれだ、連続殺人とか起こる洋館だ。
探偵とかが嵐やら何やらで閉じ込められたりする奴だ!
────ミーハーな俺は不謹慎にもそんなことを考えていた。
────これからここで実際に様々な事件が起こるとも知らずに。