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心臓に悪いフェイントはやめて欲しいんですが?

08

「はは…………ははは」


 召喚された宮本武蔵の姿を見て思わず笑ってしまった。

 そりゃそうだ。

 もしかしたら物語の主人公のように、この絶体絶命の状況で自分の能力が覚醒するかもなんて淡い期待を抱く方が間違っている。

 物語でもない現実で、命の危機に瀕したからと都合良く能力が覚醒するなんてあるわけがない。

 光が収まって姿を現したのは、浮世絵がそのまま人の形を成したような不細工な着ぐるみみたいな宮本武蔵だった。

 きっと魔力の消費量が多く感じたのは、走り続けて疲れていたからだろう。

 だけど、それでももしかしたらと思ってしまう俺はおかしいだろうか?

 直前まで武蔵――ムサたんのことを考えていて、思わずその名前を呼んだら召喚が始まった。

 しかもそれが、魔力の消費量も増えて行われているともなれば、同姓同名のムサたんが召喚されるかもしれないと期待するのは間違っているだろうか?

 答えはこれだ。

 現実を受け止めたせいか、なおさら疲れが増したようにも感じられる。

 

「武蔵……俺を守ってくれ」


 やけくそになろうとも――いや、やけくそになったからこそ無駄だと知りつつ武蔵にそう指示を出す。

 こうなれば、武蔵が突撃している間に板垣さんを出来る限り量産するしかない。

 それでも勝てる可能性は0だから、最後には俺も特攻することになるだろう。

 こんなことになると分かっていたら、1人で森になんて来なかった。

 それこそ強くなるための特訓などと考えたりせずに城で特別訓練とやらを受けていただろう。

 そう考えたところで後の祭りだ。

 無駄な後悔を辞め、板垣さんを召喚しようとした時になって気づいた。

 武蔵が動こうとしていない。

 今までは指示を出せばすぐにそれを実行していた。

 板垣さんは森でゴブリンの相手をする時も、先ほど時間稼ぎを命じた時も間髪入れずに俺の指示を実行したはずだ。

 森では武蔵を召喚していないが、練兵場で初めて召喚した時は問題なく行動していたはずである。

 だが、武蔵は俺を見たかと思えば、オーガに視線をやり、再度俺を見るばかりで動こうとはしない。

 おいおい……まさか、こんな時にバグでも発生したのか?

 そもそも、英雄召喚で召喚した奴にバグなんて発生するもんなのか?

 武蔵が動こうとしなかったのは時間にすれば1、2秒のことだ。

 だが、その僅かな時間すら惜しい状況では非常にやきもきしてしまう。

 いったいどうすればいいのかと悩み、とりあえず板垣さんを召喚してしまおうかと考えたところでようやく武蔵は一つ頷いて動き出した。

 一歩、二歩と進む度に練兵場の時と同じく上体を左右にゆらゆらと揺らし、見た目だけは達人のような動きでオーガとの距離を詰める。

 …………あれ?

 なにかおかしい。

 俺はオーガに歩み寄る武蔵の姿を見て強烈な違和感を感じた。

 城でたびたび感じていた違和感とはまた違って武蔵の何かがおかしいと感じ、板垣さんを召喚するのも忘れて武蔵を注視した。

 見た目は何も変わっていない。

 相も変わらず不出来な着ぐるみみたいで、動きも相変わらず達人風の歩き方だ。

 パッと見た感じ、外見上では何もおかしな点はない。

 それでも何かがおかしい。

 何だ?

 何にこんな違和感を感じているんだ?

 武蔵を初めて見たオーガはそんな俺の内心など知りもせず、新たに現れた獲物が自分から近づいてくるのに反応して手にした木を大きく振り上げた。

 俺が逃げようとしないからか、武蔵を板垣さんのように蹴り飛ばすようなマネはせず、振り上げた木を力の限り武蔵に向かって振り下ろす。

 大地が揺れたと感じたのは誇張でも何でもない事実だ。

 人間を丸ごと叩き潰せる質量を人間をサッカーボールのように蹴り飛ばせる筋力で振り下ろしたのだからそれも当然だろう。

 俺が違和感を感じていたことなど関係なく、武蔵は押しつぶされる。

 押しつぶされた武蔵は、あの言葉を口にすることなく光の粒子となって消えるだろう。

 そう思っていたのだが、驚くべき事に武蔵は手に持ったで振り下ろされた木を受け止めていた。


「あ……れ?」


 剣、そう剣だ。

 ようやく違和感の正体がはっきりした。

 練兵場で召喚した武蔵は教科書なんかで目にしたことがある肖像画と同じで大小の刀を手にしていたはずだ。

 しかし、今の武蔵が手にしているのは刀ではない。

 片刃ではあるものの刀というには刀身が広く、現実の武器というよりはデザインを重視した虚構フィクションの武器といった見た目をしている。

 俺は……俺はあの剣を知っている。

 そう、あれは宮本武蔵の――侍学園に登場するムサたんの愛刀【双黒刃そうこくじん烏丸からすまる】だ。

 でも、なんで武蔵があの剣を持っているんだ?

 歴史上実在した宮本武蔵が実はあの剣を使っていたなんて事はまさかないだろう。

 少なくとも練兵場で召喚した時は普通の大小を手にしていたのだから、英雄召喚のアビリティが実際の歴史を参照して訂正したなんてことはありえない。


「ゴアアァァァァッ!」


 俺の思考はオーガの咆哮によって遮られた。

 渾身の力を込めて振り下ろした木が受け止められたのが許せないのか、オーガは咆哮して何度も木を振り上げては武蔵に向かって叩き付けるのを繰り返す。

 怒濤の連撃ラッシュだが、武蔵は何度も襲い来る衝撃にも微動だにしない。

 板垣さんだったら一撃で光になるだろうし、俺なんかも一瞬でミンチにされてしまうような攻撃の連続なのだが、武蔵は手に持つ剣を交差して唯々衝撃を受け止め続けている。

 ズガンズガンとオーガが木を振り下ろす度に衝撃音が響き、少し離れている俺の腹にも振動が来るのを感じるが、武蔵は押し潰されることもなくオーガの攻撃を受け止めている。


「なんだ……あれ?」


 俺は武蔵の異変に気づいて呟いた。

 オーガが木を振り下ろす度に武蔵の身体に罅が入っている。

 衝撃を受ける度にパラリパラリと固まった絵の具が剥がれ落ち、欠片が地面に落ちていく。

 小さな罅が衝撃で徐々に大きくなり、顔が、腕が、足が、衣服に至るまで罅が伸びる。


「ガァァァッ!」


 いつまで経っても武蔵を倒せないことに苛立っているのか、一際大きく振り上げた木をオーガが振り下ろした時、罅は全身に広がり、まるで卵が割れるように全てが崩れ落ちた。


「あ……れは……」


 割れた向こうから現れたのは俺のよく知る姿だった。

 燃えるような深紅の髪をツインテールにし、黒を基調としたホットパンツとベアミドリフから露出した白い肌は、月光を受けて陶器のように輝いている。

 公式設定で173センチと女性にしては高めの身長、モデルのようにスラッとした手足、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる体つきというヨの男性の理想が詰まった彼女こそ――


「ムサ……たん?」


 漫画からアニメ、映画、ゲームにもなった侍学園という作品においてダントツで人気ナンバーワンにして作中最強。

 神すらも斬って捨てた宮本武蔵の姿がそこにあった。

 何が何だか分からない。

 なぜ歴史上の人物を召喚するはずの俺のアビリティで彼女が召喚できてしまったのか。

 そもそも最初は浮世絵のような見た目だったはずだ。

 それがどうして、中から彼女が現れるというのか。

 誰に聞くことも出来ず、答えの出しようがない疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。

 俺は夢でも見ているのだろうか?

 それとも、目前に迫った死を受け入れられずに脳が幻覚を見せているのかもしれない。

 しかし、これが現実だというのなら問題は全て問題ではなくなる。

 なにせ俺は、彼女のことなら並のオタクとは比較にならないレベルで知っている。

 作中で描かれたエピソードとプロフィールの内容は当然暗記し、キャラクターブックの情報や作者個人のホームページに描かれた裏情報に、作中では描かれなかった活躍の設定まで全部網羅している。

 彼女に関する知識量で俺に勝てるのはそれこそ作者ぐらいのものだ。

 下手したら、作者ですら忘れているような細かい設定まで暗記しているので、作者にも勝っているかもしれない。

 俺の知識量があれば、英雄召喚の特性である知識量によって変化する能力の再現率は作中と同等に近い能力を再現することだろう。

 それはつまり、彼女であれば――神すらも斬り捨てたムサたんであれば、ただデカくて力が強いオーガなど雑魚もいいところだ。


「ガ……アァァァ……」


 ムサたんがその姿を現してからは瞬きすら忘れて彼女の一挙手一投足を見つめ続けていたはずだが、気づいたらオーガは胸から血を吹き出して崩れ落ちていた。

 よそ見もせずにジッと見ていたはずが、何をしたのかすらも分からない。

 一瞬。

 そう、一瞬の出来事である。

 あの死を覚悟するしかなかったほどに絶望的な力の差があったオーガが、一瞬にして倒されてしまった。


「すげぇ……」


 思わず口をついたその言葉は、あまりにも月並みで面白みの欠片もないものだが、これ以上ほどまでに俺の内心を完璧に表した言葉はない

 斬り捨てた相手には興味などないと言わんばかりに、オーガへ背を向けたムサたんは剣を振って血を払う。

 その動作の一つ取ってもこれ以上ないほど絵になる光景だった。

 背後には噴水のように血を吹き出すオーガがいるというのに、ムサたんには血の一滴すら降りかかることはない。

 あぁ、今俺の目の前にあのムサたんがいる。

 彼女は――彼女こそが俺の知る限り最強の英雄だ。

 この気持ちをなんと言えばいいのだろうか?

 感動とかそんな陳腐な言葉では言い表せない、狂喜とか、歓喜とかそれでもまだまだ足りない。

 この感情の渦をどうやれば表現出来ると言うのか。

 少なくとも上手く表現できる術を俺は持ち合わせていない。

 ゆっくりとこちらに歩いてくるムサたんの姿に感極まって、足下がまだ覚束ないのに彼女の下へと駆け出していた。

 彼女が――あのムサたんがいるのならばこんなところでちまちまとアビリティの特訓をする必要なんてない。

 特訓の理由は、今の俺ではお姫様の役に立てないから急いで3人目を召喚できるようにすることだったのだ。

 だが、ムサたんさえいれば3人目を召喚する必要などまったくない。

 ムサたんさえいれば、俺はお姫様の役に立てる。


「やった……やった!」


 ズキリと痛む頭痛を無視して、心に渦巻く感情のままムサたんをこの手で抱きしめる。

 これで全てが上手くいく。

 お姫様を助けて、この世界を救える。

 一番お姫様の役に立てるのはこの俺だ。

 俺は役立たずじゃない。

 最強の力――ムサたんを俺は手に入れたんだ。

 これで俺が最強だ。


「あなた……」

「へ?」


 あれ?

 いま、何か仰いました?

 もしかして、名言しか話せない板垣さんや浮世絵版武蔵と違って会話が出来るのでしょうか?

 え?

 あれ?

 それだと、これってもしかしたらかなりヤバいんじゃないか?

 俺は何をした?

 いや、何をしている?

 ムサたんに抱きついているな。

 侍学園で主人公いおり以外には触れられることも嫌っているムサたんを抱きしめている。

 柔らかい。

 良い匂いがする。


「気持ち悪いわね」


 これは完全に自分の意志を持っていらっしゃいますね。

 半目というかジト目で頭半分くらい背の低い俺を見下ろすムサたんは、いつの間にやら振り上げていた剣を勢いよく振り下ろした。


 あ、こりゃ死んだわ。


本作のメインヒロイン登場回

そしてさようなら主人公

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