説明書を読まない派にありがちな失敗なんですが?
04
召喚された姿を見て、この場の時が止まったかのようだった。
誰もが唖然として口を開くことができず、練兵場の一角をただただ沈黙が支配する。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………宮本……武蔵……だな」
「………………あぁ……武蔵だ」
光が収まった時に現れたのは、宮本武蔵だった。
宮本武蔵を召喚しようとしたのだから当然のことではあるが、この宮本武蔵はどう見ても歴史上の人物には見えない。
教科書なんかに載っている浮世絵の姿をそのまま肉付けしたような姿は、先ほど召喚した板垣さんとはいろんな意味で一線を画している。
なんと言えばいいのだろうか……
格好は着物姿で左右の手には大小を持っている。
だが、何というか……その……そう、全体的に出来の悪い着ぐるみのようなのだ。
「ま、待て! 見た目はアレだけど強いかもしれないじゃないか!」
「そ、そうよね。見た目はアレだけど……」
「お、おう。見た目はアレだけど、試しもしないで使えないって言うのは間違ってるよな」
俺が悪いわけじゃないけど、そんなに見た目のことを突っ込まないでくれ。
いや……俺が悪いのか?
だけど、ここにいるクラスメイトだって教科書に写真が掲載されている板垣さんと違って、浮世絵以外の宮本武蔵の姿を知っている人間はいないのだ。
見た目がアレなのは、俺のせいかもしれないけど、俺だから悪いわけじゃない。
俺以外だって結果は同じだったはずだ。
「片井、またやるか?」
「え!? いや……宮本武蔵は怖いな……牙刃で甲冑斬ったりしてたし、アビリティで防げなかったら怖すぎる」
「あれって漫画だろ?」
「でもさぁ、そんなことができると思えるような記録が多いって事だろ?」
「嫌がってるのに無理矢理やらせるワケにはいかないだろ。さて、それならどうする?」
「的を斬ればいいんじゃないの?」
「あ、それもそうだな。お~い、ちょっとそこの的だけど、1ヵ所使わせてくんない?」
宮本武蔵の実力をその目にしようと集まっていた人間が揃ってぞろぞろと的のある奥へと移動する。
事の成り行きを知らずに的でアビリティを試していた連中も、手を止めて何事かとこちらを見て、武蔵の姿を目にしてギョッとしている。
召喚した時から見ていた奴に話を聞き、武蔵の何を納得したのかはわからないが、なんとも生暖かい視線を俺に向けるのは辞めてくれ。
「よし、それじゃあやれ柳野!」
「頑張って柳野くん!」
「お前の力を見せてみろ柳野!」
「男を見せてよね柳野くん!」
「やるのも頑張るのも武蔵だけどな!」
「頑張って武蔵!」
「負けるな武蔵!」
「負けるって誰に?」
「柳生?」
「吉岡?」
「宝蔵院?」
「宍戸?」
「有馬だろ」
「なんで宍戸とか有馬が出て佐々木巌流が出ないんだ!?」
「て言うか、武蔵が戦った相手はここにいないんだから、違うだろ?」
「柳野のくびきから解き放たれるんだ武蔵!」
「そんなことになって暴れ出したらどうするのよ!」
「あ、たしかに……」
「お前らいい加減にしろよ……とりあえず、柳野やってくれ」
「あ、あぁ……やれ、武蔵!」
俺が指示を出すと武蔵はのろのろとした足取りでゆっくりと的に向かって歩き出した。
ゆらゆらと身体を揺らしながら歩く姿は、これこそが達人の動きなのかと思わせるもので、なんとも言えない期待感のようなものが持てる。
的の前に立った武蔵は、その両手に持った大小の刀を構えたかと思えば、左右から挟み込むように刀を振るった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………折れたな」
「…………ああ、折れた」
刀は木製の的を斬ること適わず、甲高い音を上げて半ばから折れて宙を舞っていた。
くるくると回転した刃は、トスリと軽い音を立てて地面に刺さる。
踏み固められた地面に刺さるのに、丸太には切れ込みすら入れられないってどういうことですかね?
「おい! どうなんってんだ!?」
「使えねぇぞ武蔵!」
「役立たずだぞ武蔵!」
「金返せ!」
「そうだ、金返せ!」
「返せって……お金なんていつ払ったのよ」
「期待に対する謝罪と賠償を要求する!」
「そうだ、賠償だ!」
「売笑!」
「おい誰だ!? なんかニュアンス違うぞ!?」
「攻撃力皆無じゃねぇか!」
「板垣退助と同じじゃねぇか!」
「おい、ちょっと片井! また小突いてみろよ」
「あ、あぁ……」
喧々囂々となるクラスメイトに促され、ブーイングを浴びせられる武蔵に片井くんが近づいてく。
念のためにアビリティを発動した片井くんは、先ほど板垣さんにやったのと同じように軽く拳を当てた。
「ぐはぁっ!!!」
片井くんの拳を受けた武蔵は、人間とはこうも簡単に空を飛べるのかと感嘆してしまうほど見事な放物線を描いて宙を舞った。
あまりにも見事に宙を舞うものだから一瞬呆けてしまったが、俺は慌てて武蔵に駆け寄る。
倒れている武蔵は、板垣さんと同じようにぶるぶると震える手を真っ直ぐと空に向かって伸ばしていく。
「こ……小次郎…………敗れた……り……」
折れでも知っているあの名言を口にして、武蔵は力尽きたのかパタリと地面に手を落とし、光の粒子となって消えていく。
いや、負けたのはお前だ。とか、なんで板垣さんも武蔵も名言を口にしてから消えるんだ!? とか言いたいことは山ほどあるが、最早その姿が消えてしまった武蔵にツッコミを入れることは適わない。
そもそも、板垣さんも武蔵も俺の指示には従ってたけど、意思疎通してないな……
名言以外は何も口にしてないし、まともに会話ってできるんだろうか?
「またかよ……」
「宮本武蔵でもダメなのね」
「他って誰がいる?」
「源義経なんてどう?」
「あれって、個人で強いってより指揮官だろ?」
「でも良いじゃない! 紅顔の美少年でしょ!?」
「それと絡み合うのは片井くんか男山くんね」
「おい、ちょっと黙れ腐女子!」
「あれだあれ、新撰組! 沖田宗司とか土方歳三!」
「だったら、人斬り半蔵!」
「それ人斬り以蔵と人斬り半次郎混ざってるだろ……」
「ダメだダメだ! どうせなら本多平八郎忠勝だ!」
「それなら立花宗茂でもよくないか?」
「もっとワールドワイドに行こうぜ? どうせならジャンヌ・ダルクとかさ。美少女だろ?」
「ちょっと男子ぃ~、真面目にやってよねぇ」
「うるせぇ腐女子が!」
「知ってる? 何十キロもある鎧を着て戦場に出てたジャンヌ・ダルクって、ゴリラみたいだったんだってよ?」
「辞めろ! そんなリアルは知りたくない!」
「どうせワールドワイドに行くなら、呂布とかの方がいいんじゃないか?」
みんな歴史大好きだね……
俺はもう新撰組の沖田宗司ぐらいしかわかんなかったよ。
いや……義経なら知ってるな。
あれだろ? 主君を守るために戦って、立ったまま死んだんだろ?
実際に召喚を行う俺のことは放置され、クラスメイトたちは次に誰を召喚するのかと侃々諤々の議論を続けている。
まぁ、俺は歴史上の人物なんてぜんぜんわからないから、アイディアを出してもらえるのは素直にありがたい。
「よし、柳野。次は、塚原卜伝だ」
誰ですか?
いや、もう途中から完全に誰だかもわからない名前ばかりで、話をほとんど聞いてなかったけど、そんな名前出てきました?
塚原……そう言えば、体操選手にそんな名前の人がいたような気がするけど、まさかその人じゃないよな?
でも、誰だか聞ける雰囲気でもないし、やってみるしかないか……
「ふぅ……つかはらぼくで――ん?」
「どうした?」
「おい、武蔵の時みたいに光らないぞ?」
「失敗したのか?」
皆が指摘する通り、板垣さんや武蔵の時のように紋様が地面に広がることはない。
いや、それも当然だ。
なにせ、俺は板垣さんと武蔵という2人をすでに召喚してしまっている。
「柳野、どうしたんだ?」
「いや、今の俺だと2人しか召喚できないみたいだ……」
「え!? それって1日2人までってことか? それともただの魔力切れ?」
魔力切れというわけではない。
倦怠感や疲れも感じないし、先ほどから視界にチラチラと入ってくる調子に乗って魔法を使いすぎて地面に座り込んでいる彼らとは違う。
それよりももっと根本的な問題だ。
これはまずいかもしれない。
「いや、俺が召喚できるのは2人だけだ。板垣さんと武蔵の2人を召喚したから、今後もこの2人しか召喚できない……」
俺の言葉で何事かと騒いでいた全員が口を閉じた。
重苦しい沈黙が辺りに広がる。
そりゃそうだよな……
どう考えてもあの2人では戦力にならない。
ただの実験だったつもりが、登録制で2人登録したらそれで終了なんて誰が想像しただろうか?
「どうなさいました?」
「あ……お姫様……」
アビリティを使うことで盛り上がっていた俺たちが急に静かになったことを訝しんだのか、お姫様がこちらにやって来た。
どうしよう……
俺の能力がまったく使い物にならなくなってしまったなんて事をどうやって伝えれば良いんだ?
せっかく当りを引いたのに……
この国の……いや、お姫様のために戦えると思ったのに……
「そう言えば、先ほど書記官から報告がありましたが、英雄召喚のアビリティを手に入れた方がいらっしゃるようですね? あのアビリティは、召喚する英雄の詳しい知識を持っていればいるほどに英雄の力が増します。過去の勇者は、その力で万夫不当の英傑を召喚していたと記録がありますので、此度の勇者にも期待しているのですが、どなたが英雄召喚のアビリティを持っているのでしょうか?」
あ、なるほど……
お姫様の言葉で、板垣さんや武蔵の力が微妙な原因がはっきりした。
詳しい知識があればあるほど強くなると言うことは、その逆に何も知らなければ知らないほど弱くなると言うことだろう。
なんてこった……
誰を召喚しても俺が詳しく知っているような歴史上の英雄なんていないけれど、だからと言って選択を誤ったことに間違いはない。
せっかくお姫様の役に立てるはずだったというのに、俺はとんでもない過ちを犯してしまった。
期待に目を輝かせるお姫様にどうやって本当のことを伝えるのか、それを考えるだけで俺はとてつもない後悔に苛まれるのだった。