新たなる力なんですが?
同じサブタイの話があるのは仕様です。
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絶対に勝てない相手との戦いに挑む。
数多の物語でも描かれている胸が熱くなる展開だが、まさか自分がそれを経験するとは思っても見なかった。
仲間が逃げる時間をかせぐため、世界を救うために逃げるわけにはいかないから、そんな理由で絶対的な強者に挑む物語のキャラクターたちと違い、偶然遭遇した強敵とただ生き残るためだけに戦わざるを得ないというのは何とも情けない話である。
しかし、十中八九とは言わず十中十で死から逃れられないだろう状況にありながら、俺は非常に落ち着いていた。
死を覚悟したわけではない。
死ぬだろうとは思っているが、死にたくないから抵抗するのだ。
先程例に上げた物語で言うなら、俺は必死の抵抗も虚しく無残に殺されてしまうやられ役だろう。
それがわかっているのに少しも死への恐怖を感じることもなく、凪いだ水面のように穏やかで心乱されることがない。
死への恐怖を克服することで格上相手に善戦どころか勝ってしまう例も物語ならありえる話だが、生憎とオークキングとの力量差はそんな程度で覆せるものではないので、勝つことなど出来はしないだろう。
それを理解していながらも――無駄だと知りつつ抵抗をする。
「三点式でいくぞ」
リングもなんとか冷静さを取り戻したようなので、指示の通り俺とデンさんはリングをその場に残してオークキングを挟み込むように移動する。
俺とデンさんが三角形の底辺を結ぶ点で、オークキングは底辺のちょうど真ん中に来る形だ。
意味もなくその形を作ったわけではなく、講習で習った1人では勝てない1体の獲物を3人で狩る場合の常套手段である。
前衛の俺かデンさんが先制攻撃を仕掛けて獲物の注意を惹きつける。
そうすることで背後にいるもう1人が獲物の不意をついてダメージを負わせるわけだ。
傷を負えば獲物の注意は背後と前方に分散されるので、リスクを減らしつつ攻撃を仕掛けることができる。
3人目はサポートなり止めの一撃なりが仕事になるのだが、今回はリングなので牽制などのサポートになるだろう。
相手がオークキングほどの格上でなければこれも有効な手段だったのだろうが、今回ばかりは相手が悪すぎる。
デスフラー教官の攻撃を受けてもまったく意に介すことがないのだから、背後から斬りかかったところで注意を分散させるほどのダメージを負わせることなど出来はしない。
仮に分散できたとしても、オークキングが持つ地獄の鬼が持っていそうなトゲ付きの金棒を振り回されれば散漫な攻撃であろうとも喰らえば甚大な被害を被るのは想像に難くない。
なにせ、オークキングの巨体に見合った巨大な質量兵器のようなものなのだ。
こちらの攻撃力は不足し、防御力もオークキングの力を考えれば紙としか言えない。
フィアの前に回り込んだ速さも相当なものだ。
身体的なスペックでは勝ち目は皆無だろう。
高位の魔物が相手になると多くの場合、身体能力で人間が不利になることは珍しくない。
それを補うのが魔物にはなく人間が持つ知恵というやつなのだが、この状況を好転させられるような妙案は思いつかない。
そもそも俺たちとオークキングの差は、どうにか小細工で覆せるような差ではないのだ。
力で負け、策もない。
その状況で圧倒的な力を持つ相手を倒すためには数という暴力で攻めるしかないのだろうが、たったの3人では暴力と言えるほどの数にはならないだろう。
「さて……どうするか…………」
オークキングは俺達の動きを観察するように見ているだけで動く様子はない。
自分が俺たちよりも圧倒的に強いことを理解しているのだろう。
強者の余裕ってやつだ。
なんとかその驕りがもたらしてくれた時間で、足元をすくってやるような作戦を思いつきたいところだが、勝てる要素が1つもないのだから投げ出したくなってしまう。
無理ゲーだよ無理ゲー。
最初のボスがいきなりラスボスとか最初の村から出たらいきなり最終マップのモブが出るぐらいありえない。
力は敵わず、知恵も及ばないし、数もない。
何をどうしたら勝てるというんだ。
この世界にはアビリティなんていうものがあるわけだが、そのアビリティでもこの状況は覆しようがない。
リングのアビリティはスカウト、斥候で必要になる能力は大半が使えるが、短剣や弓を使う際に補助があるだけで戦闘系のアビリティではないため、戦闘能力という点では高いとは言えない。
デンさんは剣士のアビリティで、戦闘系のアビリティだがオーク相手なら十分な力はあってもオークキングが相手では決定打にはなりえない。
俺に至っては英雄召喚なんて言う使い勝手の悪いアビリティだ。
武蔵はたしかに強いが、この場にいないのだからどうしようもないし、板垣さんは戦闘能力が低すぎる。
板垣さんなら無限に召喚できるだろうけど、同時に召喚できるのは5…………人?
「………………あれ?」
ゲームではないのだから、ステータス画面なんてものがあるわけでもない。
そのため、自分の能力であろうとも目で見てどんな事ができるのか説明を確認することなどできはしない。
それでも、初めて英雄召喚を使ったときのように意識を向ければどんな風に使うのか、どんなことができるのかというのは直感的に理解できる。
そして、意識を向けたことで驚くべきことに俺にはソレができるのだと理解した。
「デンさん! リング! 一瞬でいい、時間を稼げ!」
叫んだ瞬間、俺が何かを思いついたのだと理解した2人は即座に行動へ映した。
デンさんがオークキングの横から飛ぶ斬撃を放ち、リングが同時に3本の矢を放つ。
2人の攻撃はオークキングにとって大した脅威ではないだろう。
それこそ喰らったところで瞬時に回復できる程度のダメージしか与えられない。
だが、当たったところで痛くないものが飛んでくるとわかっていても反射的にそちらへ意識を向けてしまうのは生き物として当然の反応である。
オークキングの意識が俺から外れた。
それを理解した瞬間、俺は叫んだ。
「板垣退助×100!」
周囲を埋め尽くすように英雄召喚が発動したことを示す紋様が地面に広がる。
その数は実に100。
つい先日までは同時召喚できるのは5人だったので、信じられないほどの進歩である。
しかもこれだけの数を同時に召喚しても召喚スピードは1秒に満たない。
「召喚続行! 突撃ぃっ!」
板垣さんなら無限に召喚できるぐらい魔力の消費が少ない。
それは100人同時に召喚しても変わらなかった。
おそらく板垣さんを召喚するのに消費する魔力量と回復する魔力量を比較した際、板垣さん100人分の消費量より回復量のほうが多いからだろう。
召喚された100人の板垣さんは俺の指示通りオークキングへと突撃していく。
普通の人間と比較しても防御力が紙としか言えない板垣さんは、当然のごとくオークキングの金棒一振りによっていとも容易く吹っ飛ばされる。
宙を舞いながら光になっていく板垣さんの数は10人ほど、ただの一撃で10人の板垣さんが減ってしまう。
しかし、残された90人の板垣さんは前進を止めない。
二振り目でさらに10人が、三度振られればまたも10人ほどが宙を舞う。
ただの一振りで大人10人を高々と宙に吹っ飛ばすオークキングの力は本当に恐ろしい。
だが、どれだけの板垣さんが光になっても残された板垣さんたちは確実に距離を詰めていく。
とうとう十回金棒が振られ、最初に召喚した板垣さんは全員が光になってしまった。
オークキングは恐ろしい経験をしたことだろう。
なにせ、同じ顔をした人間100人が一斉に自分に向かって走ってくるのだ。
しかも金棒で吹っ飛ばしてもまったく恐れずに近づくことをやめない。
俺がオークキングの立場だったら間違いなく恐怖する。
だがしかし、恐怖はそこで終わりではないのだ。
顔を上げたオークキングはもっと恐ろしい光景を目にしたことだろう。
視界を埋め尽くすほどの板垣さんの大群だ。
その数はすでに1万を超えている。
「と つ げ きぃ!」
俺の号令に従って板垣さんが津波のごとくオークキングに襲いかかる。
一度に10人が倒される?
だったらそれを遥かに超える数で襲いかかればいいのだ。
そう、戦いは数だよ兄貴ぃっ!
これぞゴブリンを蹂躙した板垣タイダルウェーブをも超える新たなる力、圧倒的な数の暴力によって敵を蹂躙するこれこそが――
「ハイパァァァァ板垣タイダルウェェェェィッッッブ!!!」
1万を超えてもなお板垣さんの召喚は止まらない。
どれだけ吹っ飛ばされようが板垣さんの津波が途切れることはない。
止めてはいけない。
少しでも攻め手を緩めてしまえば負ける。
普通に考えれば1体の魔物相手に1万人で挑めば勝てそうなものだが、板垣さんが1万人いてもオークキングに勝てるとは思えない。
確実にやつを倒すためには億ぐらいの単位で召喚しなければならないのではないだろうか?
ただまぁ、1億だろうが1兆だろうが召喚してやるよ。
板垣さんならいくらでも召喚できるのだ。
「ふはははっ! フィアの敵だ、板垣さんの津波に飲まれるがいい!」
声高く笑ってみたが、目の前の光景は……なんというかヒドいことになっている。
板垣さんの津波はオークキングを押し込み、どれだけの板垣さんが吹っ飛ばされようとそれ以上の板垣さんが前に進む。
前後左右を囲まれたオークキングは四方八方から襲いくる板垣さんの津波に飲み込まれてしまった。
先頭の板垣さんがオークキングを殴り、蹴り、後から来た板垣さんは攻撃している板垣さんを無視して前進する。
味方のはずだが自分以外の一切を無視して攻撃を仕掛けようとする板垣さんたちが群がって、酷い状況だ。
特に酷いのは、後ろから押されて倒れた板垣さんを踏み台にして後から来た板垣さんが上に登っているところだろう。
それがどういう結果をもたらすかといえば、同士討ちで味方の板垣さんが光になってしまうということだ。
だが、それだけでもない。
光になった板垣さんはすぐに消えてしまうわけではないのだ。
それはつまり、上に乗った板垣さんは少し高い位置に行くということである。
それが1つや2つのことならば大したことではないが、1万を超えてなお増殖中の板垣さんがいるのだから至るところで同じ状況になっている。
最終的には階段のようになり、最上部の板垣さんは10メートル近いオークキングよりも高い位置まで登っているという何とも目を疑う光景が出来上がっていた。
それだけなら珍プレーの類で終わってしまう話だが、板垣タワー(仮)は前進する。
これにより前後左右だけでなく、上からもオークキングに襲いかかる形ができあがった。
もはや俺のところからはオークキングの姿が見えない。
不気味に蠢く板垣さんの球がそこにあるだけだ。
しかも、その球の中で光になっていく板垣さんの光が漏れ出てくる板垣さんの塊は、控えめに言って気持ち悪い。
「…………なんなのこれ……」
死んでしまうかもしれない戦場だというのにあまりにもあんまりな光景を前にして、呆れた表情のリングとデンさんが板垣さんをかき分けてやってきた。
普通に考えて信じがたいというか理解できない光景なので、リングの感想もわからなくはない。
「ハイパー板垣タイダルウェーブだ」
「だからそれがなにかって言ってんのよ!」
「しょうがねぇだろ!? 思いついちゃったんだから!」
「意味分かんないんだけどぉ!?」
説明しろと言われても、板垣タイダルウェーブの進化形がハイパー板垣タイダルウェーブになるのは自明の理なので説明できるはずがない。
ギャーギャーと文句を言うリングをテキトーに受け流しているとデンさんが警戒を強めた。
何事かとデンさんの視線を追うと板垣さんの球が崩れていくところだった。
「なっ!?」
何があった!?
リングとやり取りしている間も板垣さんの召喚は止めていない。
板垣さんに囲まれたオークキングはまともに反撃できる状況ではなかったので、同士討ちしていることを差し引いても板垣さんが急に減るわけがない。
まさかオークキングが魔法的な力で自分の周りの板垣さんを吹っ飛ばしたのか?
しかし、それにしては板垣さんの崩れ方が小さい。
というか、板垣さんたちが動きを止めて自然と崩れたようにも見える。
「……………………あれ?」
完全に板垣さんの山が崩れた後に残されたのはピクリとも動かなくなったオークキングだ。
板垣さんという支えがなくなったオークキングは崩れるように倒れる。
これは……まさか……
最大限警戒しながらも板垣さんの召喚を止め、俺自身はゆっくりと慎重にオークキングに近づいていく。
手に持った剣を伸ばせばオークキングに触れられるほど近づいてもオークキングはまったく動かない。
ツンツンとオークキングの頭を剣の先で突いてみるが、それでもオークキングは少しも動かなかった。
年には念をと一歩踏み込んで、頭に剣を突き刺してみても動く気配すら感じられない。
「……………………うん」
完 全 勝 利 !!!
前半と後半の温度差……
ちなみに、オークが死んだのは蜂球のような状態になったからだとお考えください。