悲劇は訪れるんですが?
人が死ぬシーンがあるので、苦手な方は後書きをお読みください。
3行でこの話を説明しています。
短め
46
慎重に歩みを進めたために行きよりも時間がかかったが、後少しで森を出る。
木々が開けているのが先の方に見える所まで来た時、俺たちはソレに気がついた。
かすかに揺れる大地と響き渡る魔物の咆哮。
慌てて後ろを確認するがリングもデンさんも異常を見つけられなかったようなので、異常があるのは森を出た先にあるということだろう。
俺たちは手振りだけで意思疎通を図り、姿勢を低くして藪に隠れながら慎重に森の一番外に近い場所へ移動する。
「クソッタレがぁっ!」
俺たちが森の外を視界に映したまさにその時、デスフラー教官が目の前に立ちふさがる巨大な魔物に乾坤一擲の特攻を仕掛けた。
しかし、巨大な魔物は大きく飛び出た腹を斬られてもまったく意に介した様子はなく、それどころか振り上げた金棒を地面に叩きつけるようにデスフラー教官を押しつぶした。
距離があるので音こそ聞こえなかったが、水面に石を投げ込んだ時に水がハネるように真っ赤な血液が地面から小さく飛び散るのが見えた。
頭から金棒を喰らっていたので、どう考えても生存は絶望的だろう。
驚くほど冷静に俺はそう考えていた。
すぐそこで人が死んだというのにまるで現実感がない。
巨大な魔物――エンペラーオーガほど大きくはないが、それでも10メートルはあろうかという巨体。
つい先程戦ったオークと同じくピンク色の肌はオーク以上に肉が膨らみ、顔は豚を二周りほど厳つくした感じとでも言えばいいのだろうか?
どう見てもオークの上位種だ。
それも1つ2つ上ではない。
オークキング。
間違いなくあれはそう呼ばれる魔物だろう。
オークキングはたった今デスフラー教官を圧殺した血の滴る金棒をゆっくりと持ち上げ、スンスンと鼻を鳴らした。
何をしているのかと思っていながら藪に隠れながらオークキングの様子を窺っていると、ギョロリとでも音がしそうな勢いで顔がこちらに向けられる。
「っ!」
オークキングの視線がこちらに向けられた瞬間、ゾワリと全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
アレには勝てない。
一合打ち合うどころか、目の前で対峙せずとも格の違いを悟ってしまった。
俺たちは藪で身を隠しているので見えないはずなのにオークキングはずんずんと地面を揺らしながらこちらに歩いてくる。
人間にも僅かに残されているらしい野生の本能が逃げろと大声で訴えかけてくるが、体はまったく反応してくれない。
下手に動いて見つかりたくないと考える臆病な理性が体を押さえつけているのか、それとも単純に恐れで体が硬直してしまっているのか、いずれにしろ俺の体は動こうとしない。
俺だけではなくデンさんもリングもフィアも誰一人立ち上がることすらせずに動きを止めていた。
このままではまずい。
明らかにオークキングは俺たちの存在に気づいているのだからこのまま怯えて動かないでいるわけにはいかない。
しかし、俺の体は同じく格上のエンペラーオーガからは逃げ出せたのが嘘のようにまったく動いてくれない。
どこかの人造人間に乗る少年のような言葉を心の中で叫びながらもまったく動かない体に焦れていると驚くことに立ち上がる姿が視界の隅に映る。
経験が豊富なデンさんか、はたまた普段は勝ち気なリングなのかと思ったら最初に硬直が解けたのは意外なことにフィアだった。
しかし、それは少しも嬉しくない結果につながってしまう。
「い、イヤァァァッ!」
立ち上がったフィアは恐怖に負け、悲鳴を上げながら逃げ出してしまったのだ。
最も簡単に距離を取れる後ろ――森の中へ逃げようとしなかったのは、この世界で生まれ育った人間としての本能なのだろう。
藪から飛び出し、振り向ことなく走るフィアを責めるつもりはない。
デンさんを除いた俺たち3人は、つい先日はじめての実戦を経験したばかりの新人冒険者なのだ。
どうやっても勝ち目がない強大な魔物を前にして恐怖に負けてしまうのも無理はない。
だが、だからといってフィアの行動が正しいとは思わない。
仲間を置いて逃げるなんて最低だ、という意味ではない。
十中八九オークキングは俺たちの存在に気づいていただろうが、それでも悲鳴を上げながら逃げ出すなど見つけてくれと言っているようなものなのだ。
森から出て、障害物のない平原を走って魔物から逃げられるはずもない。
「あ……あぁ……」
フィアが藪から飛び出してすぐにその巨体からは想像もつかない速度で駆け出したオークキングは、いとも容易くフィアの前に回り込んだ。
恐怖で混乱しているフィアは方向転換することもなくオークキングが目の前に現れた恐怖に足を止め、怯えた表情で一歩、二歩と後ずさる。
体が震えてまともに動けないのだろう。
なにもない場所でかかとが地面につっかかり、フィアは尻餅をついてしまった。
それでも目の前の恐怖から逃げようとずりずりと尻を地面に擦りながら少しずつ後ろに下がっていく。
しかし、それも無駄な努力だとあざ笑うようにオークキングは片手で持った金棒を高々と振り上げた。
「…………お、お母さ――――」
今際の言葉すら最後まで発することを許さず、オークキングは無慈悲に金棒を振り下ろす。
デスフラー教官のときと同じく、平原に赤い花が咲いた。
「ふぃ、フィアァァッ!」
悲鳴のようなリングの絶叫。
彼女の幼馴染で俺たちの仲間だったフィアは、短い人生をあまりにもあっさりと終わらせられてしまったのだ。
幼馴染の死が悲しいのか、オークキングに激高したのか、立ち上がって飛び出そうとするリングだが、寸でのところでデンさんが肩を掴んで押し止める。
「待て、無駄死にするな」
デンさんはリングを抑えながらそう言って、立ち上がると腰に佩いた剣を抜く。
無駄だとはわかっていても抵抗を諦めるつもりはないらしい。
ようやく少しは体が動くようになったので、俺も立ち上がって剣を抜いた。
「これはキツいですよね……」
「…………だな」
状況は最悪だ。
6級冒険者のデスフラー教官すらあっさりと殺してしまう化け物が相手なのだ。
教官が最後に斬りつけた腹の傷もすでに回復しているようで、オークキングの状態は万全である。
普通のオークが相手なら5体が相手でもなんとかなったが、オークキングは普通のオークとは格が違いすぎる。
どうやっても勝てるとは思えなかった。
戦うのが悪手だとすれば、次なる手段は助けを求めるか逃げるかのどちらかだろう。
しかし、近くに助けを求められるような相手はおらず、逃げようにも馬車の荷台部分は残されているもののデスフラー教官の相棒、ニサンワゴーデスルーの姿はない。
おそらくは教官やフィアと同じくあの金棒にてやられてしまったのだろう。
そうなれば自分の足で逃げる他にないわけだが、それができるとは思えなかった。
フィアの足は俺たちの中で一番遅かったが、だからといってフィア以外ならオークキングから逃げられたかといえば答えは否である。
オークキングの速さを見てしまえば、走って逃げられるとはとても思えない。
よしんば速度的には逃げられるとしても、王都までは馬車で半日の距離があるのだ。
そこまで体力が持つはずもない。
勝てる見込みがなく、助けを求めることもできない。
それに加えて逃げられないともなれば八方塞がりである。
フィアを仕留めたことで再びこちらに向かってくるオークキングを見るが、やはり本能が逃げろと訴えるばかりで勝てるビジョンがまったく浮かばない。
緊張で乾いた唇を舐めながら剣を握る手に力を込める。
これはさすがに死んだかな?
この話の要約
『オークキングが現れた。
デスフラーとフィアが金棒で殺された。
勝てるとは思えないけど立ち向かうしかないと決意した』
デスフラー=デスフラッグ=死亡フラグ
ニサンワゴーデスルー=2、3話後DEATHる=2、3話後に死ぬ
デスフラーは死亡フラグを立てる間もなく死亡するという……