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雨が降って地が固まったんですが?

44

 初めて城に呼ばれたときのことを思い出して馬車での移動は気が進まなかったが、こうして乗っていると馬車での移動も悪くない。

 日本の車と比べれば揺れはひどいが、それでもこうして乗り続けていても尻が痛くなるようなこともなく快適とまでは言えないまでも普通の旅ができている。

 実のところ、初めて乗ったあの馬車は親バカの王様が俺に嫌がらせするために質の悪い馬車を使わせたんじゃないかと思う。

 一国の王が王女を救い出した人間への対応としてどうなのかとは思うが、あの時の態度を思えばか間違いってことはないはずだ。


「…………ふぅ」


 馬車に揺られながら森へ向かう途中、他愛もない話に興じてはいたが2時間も過ぎれば無言の時間ってのも1度や2度のことではない。

 なにか喋って間をもたせたほうがいいのだろうかとも思うが、気の利いた会話ができる質ではないので口を開くのもためらってしまう。

 思わず自らの性分にため息をこぼすと不意に立ち上がったデンさんがずんずんと歩いてきて俺の隣に腰掛けた。

 広いとは言えない荷台だが、4人で乗っても十分余裕があるためそれなりの距離をとって座っていたというのに突然移動してきたデンさんの意図がわからず緊張してしまう。


「お前の後見は王家なんだな」

「…………えぇ、まぁ」


 とうとうこの話題になってしまったか。

 ここまではどこそこにうまいパンを売る店があるとか、武器屋のここはサービスが悪いなどと本当に他愛のない話ばかりだったが、皆が気になっているのはわかっていた。

 マナー的には悪いことだが、ほとんど冗談みたいな言い方だったとはいえデスフラー教官からお墨付きをもらったのだから聞かれる可能性はあると覚悟もしていたけど、その相手がデンさんなのは予想していなかった。

 本命はリング、対抗でフィア、デンさんは大穴だ。

 しかも、その大穴はありえないと思えるぐらいに可能性の低い大穴だったので、表情に出さないよう努力はするけど内心ではひどく驚いてしまう。

 なにせ、デンさんから話を振ってくる事自体これが初めてなのだ。

 話しかければ最低限の返事はするものの、俺たちと馴れ合うつもりはないとでも言わんばかりにおざなりだったり短い言葉しか発さない。

 そう、まるで俺たちとの間に壁を作るかのようだったデンさんが、好奇心を満たすためだけに相手を詮索するとは思っても見なかったのだ。

 リングも予想外だったろうが、自分も聞きたかったことをデンさんが聞こうとしているので、フィアとの会話を急いで終わらせ耳をそばだてているのが少し離れていてもよく分かる。


「王家はドッカーノのことをどう考えているんだ?」

「はい?」


 完全に予想外のことを聞かれて話が理解できない。

 ドッカーノって誰? いや、どこ? か?

 人名なのか地名なのかすら分からない。

 どうにもデンさんは怒っているようなのでそれを聞くことも難しそうだ。


「国が見捨てたドッカーノだ!」


 叫ぶようにそう言ってデンさんは興奮した様子で立ち上がる。

 あまりに突然のことに目を白黒させていると胸ぐらをつかまれて俺まで無理やり立たされた。


「いや……あの……」

「どうなんだ!」


 ぎりぎりと胸ぐらをつかむ手に力を込めて、デンさんはグッと顔を寄せて怒鳴った。


「しりま、知りませんよ!」


 俺はデンさんの手を振り払って距離をとる。

 叫ぶように否定するとデンさんも自分が興奮していることに気がついたのか、それとも俺の答えに脱力してしまったのか崩れ落ちるようにドカリと腰を下ろした。


「…………すまん」

「い、いえ……」


 心底申し訳ないと思っているのだろう。

 デンさんの声に力はない。


「俺は……たまたま数日前に理由があってこの国に保護されたようなものです。そのドッカーノがなんなのかすらわからないので、王家がどう考えているかとかわかりません」

「…………そうか」


 自分の行いを悔いているのだろう、改めて俺が説明するとデンさんは力なく頷いた。


「あの……言いたくないなら構わないですけど、そのドッカーノがどうかしたんですか?」


 過去を問うのはマナー違反だとわかっているが、胸倉掴まれて怒鳴られたのだ。

 理由を尋ねる権利ぐらいあるだろう。


「ドッカーノは王国南西部にある村だった」

「だった?」


 あれ? これってもしかして軽々しく聞いちゃいけないぐらい重い話なんじゃないのか?

 後悔してもデンさんは話し出しているのでもう遅い。


「俺はそこで衛兵として働いていた。平和な村だったよ。のどかで、村人同士の仲もよくってな」


 やめて、やめてマジで。

 どう考えてもさっきの怒り様とかこれから悲劇が訪れるの確定してるじゃないですか。


「ある日のことだ。近くの森でゴブリンやコボルトの数が急に増え始めた。日に日にその数を増やしていくのは目に見えて明らかだったから領主に対策を求めた。だが、領主は何も行動しようとはせず、仕方無しに俺は国に助けを求めたが国も何もしてはくれなかった」

「…………」

「案の定数を増やしたゴブリンとコボルトは村を襲った。ゴブリンなコボルトでも上位種を含めて100を超えれば村の防衛戦力では抵抗もできなかった。俺はなんとか救えるだけの人間を救い、なんとか近くの街まで逃げたがほとんどの仲間や村人は殺されるか攫われていったよ」


 重い……重いよ……

 予想してた以上のことではなかったが、物語で見ているだけなのと実際にそれを経験した人の話をリアルに聞くのでは重さが段違いだ。

 一介の高校生にそんな話はしないでほしい。

 デンさんの経験したことに比べれば、異世界に召喚されただけで実害がない……ないか?

 …………まぁ、今の所死人が出たわけでもない俺たちなんかは全然マシな方だと思える。


「増え始めた直後なら十分に対応ができたんだ。冒険者に依頼せずともゴブリンやコボルト程度なら領主か国が少数の隊を派遣するだけでドッカーノは無事だった」


 相手がドラゴンだとかオーガの群れみたいに強力な魔物だったならまだ諦めがついただろう。

 ゴブリンやコボルトなら魔物との戦いが本業ではない兵士でも十分に余裕を持って対処できる程度の強さだ。

 助かったはずなのに自分たちの村が襲われたのだから悲しみもひとしおだろう。

 デンさんは領主や国を恨んでいるに違いない。

 恨んでいる人間が後見している俺に怒りをぶつけたくなる気持ちもわかる。


「王都に来てドッカーノのことを改めて訴え出たが、ドッカーノ以外には被害を受けた村もなくドッカーノ以外で魔物が増えたという報告もない。国はそう言って俺の訴えを退けた。だが、たしかにどっかーのは魔物に襲われ滅びたんだ」


 …………それはまたおかしな話だ。

 デンさんの言葉は間違いないだろうし、村の跡地に人をやれば村がなくなったことは簡単にわかるはず。

 他に被害を受けた村がないとか、魔物が増えた報告がないとしても、実際に村がなくなっている以上はなんらかの被害を受けたと考えるのが当然だろう。

 それが魔物なのか盗賊なのかはわからないかもしれないが、訴えを退ける理由にはならないと思う。

 むしろ、原因がわからなければ近くの村の警備を強化したり、原因の究明をする必要があるし、村がなくなっているのだから被害者に何らかの補填をするなどいくらでもやることはあるはずだ。

 それなのに国は訴えを退け、何もしようとはしていない。

 これは明らかにおかしいことだ。


「俺は国に何らかの思惑があると思っている。ゴブリンやコボルトが縄張り争いもせず、協力して人間の村を襲うのはおかしい。ドッカーノ以外を襲わなかったこともな」

「たしかにそうですね……」

「俺は何らかの手段で、人間が手を引いていると考えている」


 なるほど。

 だから少しでも情報を集めようとして、国がやっている何かを知っているかもしれない俺を問い詰めようとしたわけだ。

 講習の座学で習ったが、ゴブリンとコボルトが協力するとは思えない。

 ゴブリンキングがゴブリンを従えるのはわかるが、それはあくまでもゴブリン系の魔物だけで別種族のコボルトを支配する力はない。

 一応、魔物は別種の魔物とは基本的に敵対する性質があるそうなので、ゴブリンとコボルトが一緒になって村をおそうというのはおかしな話なのだ。

 まったく別の魔物が徒党を組んで村を襲ったのなら、なんらかの異常事態という可能性もなくはないが、むしろ人間が何らかの手段で誘導したと考えるほうが自然だろう。

 

「だから俺は冒険者になった。高ランクの冒険者になれば国も俺の発言を無視できなくなる。無駄かもしれないがな……」


 国が無視できないレベルともなれば3級ぐらいにはならないといけないんじゃないのか?

 ブレマスさんのように若くしてトントン拍子に高ランクまで駆け上がっていく例もなくはないが、講習で習った一般的な話なら20年はかかるだろう。

 しかも、それはあくまで才能ある人間に限られる。

 普通の冒険者なら引退するまでに4級へ行ければマシな方なのだ。

 3級まで行ける人間は稀で、人によっては人外とも言うような実力を持っているからこそ国もその発言を無視できなくなる。

 詳しい年齢は知らないが、デンさんは40くらいだろう。

 体は鍛えられているし、俺やフィア、リングのような普通の冒険者よりスタートは有利になるかもしれないが、年齢を考えると3級に至るのは難しい――いや、不可能だと言っていい。


「話してくれてありがとうございます」

「いや……話して俺も気が楽になった気がする。少し思い詰めすぎてたのかもな……お前にも悪いことをした」

「いえ、事情を聞いたらそこまで酷いことされたとも思えませんよ。胸ぐら掴まれただけですしね」


 俺の言葉にデンさんはほんの少しだけ晴れやかな表情になった気がする。

 しかし、デンさんは口を閉じてしまい何とも気まずい沈黙が訪れる。

 さてどうしたものかと考えていると不意にリングが立ち上がり、ズンズンとこちらに寄って来た。


「ごめん、デンさん。聞こえちゃった」

「…………構わん。隠していたわけでもない」

「でも、さ……フェアじゃないと思うのよ」


 フェア?

 リングは何を言っているのだろう。

 俺が首を傾げているとリングはフィアを呼び、荷台で4人が車座になる。

 それからはそれぞれがどうして冒険者になったのか、何をしたいのかという話題になった。

 リングの言うフェアじゃないっていうのは、自分たちだけデンさんが冒険者になった理由を知ったことだったんだな。

 アビリティが魔法ということ以外に取り柄がなく、家業を継げなかったフィア。

 村の狩人にもなれたが、本人は否定するもののフィア1人では不安だからと一緒に冒険者になろうとしたリング。

 皆が皆それぞれの理由で冒険者になり、これからの人生を歩んでいこうとしている。

 俺が冒険者になった理由なんて3人に比べたら恥ずかしくなってしまうほどくだらないものだが、俺もどうして冒険者になったのかを説明した。

 初心者講習が始まってからギスギスとした空気だったわけじゃない。

 だが、最後の講習を前にして俺たちはようやく打ち解けて、仲間意識ってやつが芽生えたんじゃないかと思う。

 そのことが非常に嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。

 馬車が目的地に到着するまで、先程のような沈黙が訪れることはなく俺たちは様々な話題で盛り上がるのだった。


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