初心者講習が始まるんですが?
久しぶりに下書き版を清書版にした意味のある回。
もともと2話だった話を合併させました。
とはいえ、合併させた上で1500文字くらい加筆。
39
異世界生活7日目になった。
これで一週間だ。
授業の最中に異世界へと来ることになったので、路地井先生という証人もいることだし元の世界では相当な騒ぎになっていることだろう。
まぁ、元の世界に帰る方法はわかっているし、武蔵という最強の力が味方についていることからそんなに悲観することはないが、両親に心配をかけていることを思えば少しばかり心が痛む。
もしかしたら保護者総出でビラ配りとかをしているのだろうか?
俺たちは異世界に来ているので、苦労ばかりで成果はないだろうが、悲しまないでほしい。
絶対に帰る。
決意を新たに俺は講習室の扉を開けた。
そう、今日は冒険者の初心者講習初日である。
初対面の人と話すのが苦手なので若干芋を引いてしまっていたが、こんなことで怖気づいている場合ではない――のだが、俺の決意は無駄になってしまった。
講習室には誰もいない。
あれ? と思いもう一度部屋を見回すが、学校の教室のように机が並べられている室内には誰かが隠れているような様子もない。
一瞬まさかと思ったが、部屋は3回確認したので間違えたということはないだろう。
俺は、せっかくの決意が無駄になったことに少しばかり拍子抜けしながら手近な席についた。
講習が始まるまであと15分ほどだ。
これから講習が始まるまでの間に他の受講者も来るだろうから、緊張の時間が続いてしまうと考えて少しばかり憂鬱になる。
「…………はぁ」
正直、先に誰かがいてくれたほうが良かったと思わず溜息がこぼれてしまう。
そうすれば、どんな人がくるのか、上手くやれるのかと緊張しながら待っていることもなかったのだ。
意外なことだが、王都でも初心者講習を受ける人間がいる。
なんというか、王都のギルドなんて言われると物語的には中盤に差し掛かって以降に訪れる場所であり、ある程度以上経験を積んだ冒険者だけが集まっている初心者お断りとでも言うようなイメージだったが、現実にはそんなわけではない。
そもそもの話、王都は人口が多い。
人口が多いということは、そこで生活する人間が多いということであり人の営みがある場所にはその結果の1つである子どもも生まれる。
生まれた子どもは成長すれば仕事に就くわけだが、多くの場合は親の仕事を引き継ぐのだが、少子化が進んでいる日本と違い、この世界では子どもが1人や2人などという家庭は少なく、5人6人は当たり前、都市部ですら多いところでは10人なんてのも珍しくない。
農村部などに行けば、20人まで行けばようやく多いと言われるほどになるらしい。
それだけ子どもが多ければ、全員が親の仕事を継げるわけもないという話だ。
仕事を継げなかった子どもは他の仕事に就くわけだが、その中でも冒険者はけっこうな人気職らしい。
新規登録者が増えるのは農繁期が終わる頃――地球で言うところの10月11月くらいがシーズンらしいのだが、それ以外の月でも様々な理由から新規の登録者が途切れることはない。
今回も、講習室を確認する時に受付さんから話を聞いたところ、俺以外にも3人が受講するという話だった。
そういう話なんだけど……来ないな。
時計を見るとあと5分で講習の開始時刻になるのだが、俺以外の受講予定者は誰一人として現れる気配がない。
学校の教室みたいな部屋に1人でるのはけっこう寂しいものがある。
なんだか決意して講習室に入ったのをスカされたことよりも精神的に辛くなってきた。
人付き合いが得意ではないが、せっかく同期になるのだから講義が始まる前にコミュニケーションを取ろうと思っていたのだ。
だと言うのに40人ほどが入れそうな講義室にただ1人、ぽつんと席に付きながら時計を眺めている。
あと1分で時間だ。
元々の人数が少ないとはいえ、ここまで誰も来ないと俺の入った部屋が間違っているんじゃないかと不安に駆られるが、3回も確認したのに間違っているとは思えない。
「来ない……」
とうとう時間になったが、結局誰も扉を開けることはなかった。
さらに1分、2分と時が過ぎ、10分が過ぎようとしても同期の人間どころか指導する講師すら来る様子がないのはどういうことだ?
そんな疑問が新たに浮かんだところで、ようやく扉が開かれた。
「こんな日に寝坊するなんてホント勘弁してよ! アタシまで遅刻しちゃったじゃない!」
「ごめぇんリンちゃん」
時間も過ぎているし入ってくるのは講師だろうと思ったが、中学生ぐらいの女の子2人がそんなかしましいやり取りをしながら入ってきた。
ショートカットでツリ目の女の子は、お下げ髪でタレ目の女の子にぷりぷりと怒っている。
どう考えてもあの2人が講師ってことはないだろう。
ギルドで女性の冒険者は何人か見かけたけれど、男に比べれば圧倒的に少数だ。
そんな数少ない女性冒険者――それも年下ぐらいの子が同期になるとは思わなかった。
「あ~、あなたも初心者講習を受けるんですかぁ?」
「え? あ、はい」
ショートの子に怒られている最中だと言うのに椅子に座る俺を見つけたお下げの子が歩み寄ってくる。
なんというか、おっとりとした喋り方をする子だな……
「今日から1週間よろしくお願いしますねぇ」
「う、うん。よろしく」
微妙に語尾を伸ばした独特の喋り方でそう言ったお下げの子が右手を伸ばしてきたので、内心では軽く戸惑いつつ手を握る。
そんな俺たちのやり取りを睨むような目つきで見ていたショートの子もズンズンとこちらへ歩み寄ってきた――って、近い。近いよ。
ズイッと顔を寄せ、もう少し距離が縮まればキスしてしまいそうな位置にショートの子の顔が迫る。
「あんたいくつ?」
「え!? じゅ、16」
「ふぅ~ん」
俺が答えると一歩下がり、今度は上から下まで品定めでもするようにジックリと観察される。
いや、それだけ?
なんか言ってよ。
なんで俺は歳を聞かれたの?
「教官ってば、まだ来てないの? 遅くない? ほんと、男って時間にルーズよねぇ」
「あ、あぁ……そうだね」
お前が言うなという言葉が喉まで出かかったが、部屋に入ってくる時のやり取りを見た限り、この子はお下げの子の巻き添えで遅刻してしまったようなので、資格がないとは言い切れない。
だがしかし、自分も遅刻したのは事実だし、明らかに自分たちよりも前に来ていた俺が遅刻していないのだからその意見を口にするのはどうかと思う。
少なくとも俺は15分前に来ていたのだ。
それに講師が男だと決まっているわけではない。
まぁ、講師も依頼を受けた現役冒険者だという話だし、割合から考えてまず間違いなく男だろうけど……
ショートの子がぶーぶーと不満を漏らす横で少しげんなりしていると、またしても扉が開かれた。
入ってきたのは少しばかり年を食った――40代くらいの男が1人。
今度こそ講師役の冒険者だろう。
革鎧を身に着け、鍛え抜かれた厳つい体が見て取れる。
モミアゲとの境なく伸び、口の周りを囲うように整えられたカストロ髭がなんともダンディな雰囲気を醸し出している。
さすがは講師役だ。
威厳があって、歴戦の戦士感が半端じゃない。
「教官! 今日から1週間よろしくお願いしますね!」
扉が開かれるまで口にしていた不満はどこへやら。
ショートの子は勢いよく席から立ち上がると一目散にカストロ髭さんの前まで駆けていき、元気よくハキハキと言って頭を下げた。
これが女子の演技ってやつなのか……
これは世の男が騙されるのも無理はない。
俺がカストロ髭さんの立場だったら、この子は元気とやる気があって大変よろしい。と、コロッと騙されることだろう。
フィクションなんかでは裏表のある女の子も珍しくないけど、実物を見たのは初めてだ。
正直引いてしまうけど、それと同時にすごいとも思う。
女の子は天然の役者だとはよく言ったものだ。
「…………俺も受講者だ」
「え゛!?」
カストロ髭さんの言葉に講習室の時が止まった。
ショートの子なんか、一瞬で演技していた仮面が剥がされて女子にあるまじき声を発している。
もしかしたら老け顔なだけで、意外と若いのかもしれない――などと一瞬考えたけど、カストロ髭さんの顔はどう考えても老け顔なんてレベルの話ではない。
目尻の小じわや肌のハリなど、どう考えても40代以上だ。
そんな男が自分たちと同じく、新人向けの講習を受けるなどと誰が考えるというのか。
「ほ、ホントに?」
「………………あぁ」
信じられないのがありありと分かる表情で、わなわなと震えながらショートの子が問いかけるとカストロ髭さんは言葉少なに頷いて答えた。
カストロ髭さんは肯定しているけど、ショートの子はそれでも信じられない様子だ。
その気持は俺もよく分かる。
お茶目心から出た講師の冗談だと思ったほうがよほど自然だ。
そう思うんだけど、どうやらカストロ髭さんの言葉は真実らしい。
なぜかって?
教官って腕章をつけた人がカストロ髭さんの後ろから入ってきたからだ。
「おう! 遅くなって悪いな」
口では悪いと言いつつもまったく悪びれた様子はない。
年の頃は20歳ぐらいだろうか、どう考えてもカストロ髭さんのほうが強そうだし教官っぽく見える。
「ひぃ、ふのみぃ……よし、全員いるな。俺が今日から1週間お前たちの面倒をみることになったデスフラーだ。6級冒険者で嫁さん募集中。あ、お前らみたいなガキは趣味じゃないから俺に惚れるなよ?」
教官――デスフラーはショートの子とお下げの子を見ながらそう言って笑った。
さっきお下げの子を責めていた様子を考えれば、今のデスフラーの言葉にもショートの子は噛み付くなり媚びを売るなりの反応を返しそうなものだが、まったく反応する様子はない。
それもそうだろう。
未だにカストロ髭ショックから立ち直っていないのだ。
俺だってデスフラーの言葉は半分ぐらいしか頭に入っていない。
「とりあえずお前たちはこれから1週間チームを組んでもらう。てなわけで、最初は自己紹介から行くぞ」
そう言ってデスフラーはお下げの子を指名した。
はいぃとのんびりした返事をして立ち上がったお下げの子だが、彼女は俺やショートの子のようにカストロ髭さんのことで衝撃を受けていないのだろうか?
なんだかほんわかしていてそれらしい様子は全く見られない。
「フィアですぅ。運動は得意じゃないですがぁ、水魔法のアビリティがありますぅ。不束者ですがぁ、今日からよろしくお願いしますぅ」
…………結婚でもするのだろうか?
不束者ですが~って言われると嫁入りみたいだと思ってしまうのは俺だけじゃないだろう。
おっとりとしたお下げの子――フィアはペコリと頭を下げて席に座り直した。
「ん? おい、どうしたんだ? 次はお前だぞ? 続けろよ」
カストロ髭ショックから立ち直りきれていないらしいショートの子は、うつむきながらブツブツとなにやら呟いていたが、デスフラーに言われてようやく意識が回復したのか、慌てた様子で顔を上げた。
「あ、はい! すいませんでした教官! えっと……リングよ。アビリティは汎用のスカウトだから、斥候なら任せてちょうだい。一応、そこのお馬鹿とは幼馴染だけど、だからってアタシにこの子の面倒を押し付けようとしたりしないでね」
「えぇ~、リンちゃんひどいよぉ」
私面倒なんてかけてないもん、とフィアは頬をふくらませる。
そんなフィアを無視してショートの子――リングは席に座り直し、続いてカストロ髭さんが立ち上がる。
「デンだ」
カストロ髭さん――デンさんは名前だけ名乗って席に座ってしまった。
え? それだけ?
まぁ、見るからに前衛で戦士とかそういう系の役回りだってのは見ただけでわかるけど、一言ぐらいあってもいいんじゃないのか?
リングなんかは、明らかになんでそんな年になって冒険者になったんだよって空気を出してるのにそれも無視ですか?
正直なところ俺も気にはなる。
しかし、数多の物語を目にした俺にはちょっとした心当たりがあるのだ。
そう、彼はギルドから派遣された隠れ審査員なのだ。
他の初心者講習受講者に混ざり、教官とは別の視点から俺たちを評価する役目があるに違いない。
まぁ、どう考えても不自然さが際立って溶け込めてはいないけど、それすらもカモフラージュなのかもしれない。
まぁいい。
次は俺の番だ。
「柳野 葉太です。アビリティは諸事情によって使い道が微妙な英雄召喚です。よろしくお願いします」
俺がそう言って頭を下げるとデンさんを除いた3人が揃って驚きの声を上げた。
デンさんも声こそ出していないが、驚きに目を丸くしている。
古の勇者が持っていたアビリティらしいので、やはり有名なのだろう。
俺の場合は、武蔵を召喚できたからよかったが、そうじゃなかったら超微妙なアビリティになってただろうけど……
「どんな英雄を召喚できるんですかぁ?」
「いや……あの……諸事情がありまして、名前だけしか知らないような英雄しか召喚できないんです」
古の勇者に憧れているのかもしれないワクワクとした様子で質問するフィアに申し訳なさすぎて敬語で返してしまう。
しかし、俺が何を言いたいのかはわからないらしい。
疑問符を浮かべるように首を傾げている。
「それだとなにか問題でもあるのか?」
「えぇ……あの……英雄召喚ってのは、その英雄について詳しければ詳しいほど元の英雄に近い能力を持った英雄が召喚できるわけで……名前しか知らないと姿形は似ていても……あの……」
俺の言葉で、皆が揃って微妙と言った意味を理解したようだ。
彼らも俺が召喚できる板垣さんが使い物にならないことを理解できたのだろう。
実際、名前と名言1つしか知らない板垣さんの能力は、元々の差があるとはいえ武蔵とは比較にもならない。
「よし、まぁうん。自己紹介は終わりだ。さっそく講義を始めるぞ」
デスフラーさんが場の空気を無理やり変えるように講義を始めた。
講義が始まるギリギリまでリングが冷めた目でこちらを見ていたが、なんというか申し訳ないような、俺のせいではないと弁解したいような気分になる。
うん。
まぁ、あれだ。
これから3人目を召喚できるようになって、この評価を挽回できるように頑張ろう。