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歴史上の偉人っていっても期待外れなんですが?

03

 全員がアビリティの確認を終え、これからどうするのかと思っていたら、自分たちが確認したアビリティはどのようなものなのか知りたいだろうと練兵場に案内された。

 練兵場とは簡単に言えば、グラウンドのようなものである。

 主に兵士や騎士の訓練に利用され、大規模な陣形の訓練にも使われるためその広さは学校などのグラウンドとは比べものにならない――と思っていたら、俺たちが案内されたのは個人単位での訓練に利用される第二練兵場らしい。

 俺がイメージした広い練兵場は第三練兵場で、用途によって分けられているそうだ。

 とは言え、第二練兵場もサッカーコート2面を悠々と並べられそうなぐらい広い。

 少なくとも内の高校のグラウンドよりは広いな……


「すげぇ……」


 誰かが呟いたのは、練兵場の広さに驚いたからではない。

 その証拠に呟いた誰かだけでなく、クラスメイトの半数以上が後ろを向いて視線を上に向けている。

 何事かと振り返ってみて、俺も言葉を失ってしまった。

 城だ。

 召喚された部屋からここに来るまでの廊下などを見て、ある程度予想していたとは言え、実際に西洋の城が目の前にそびえ立っていると改めて驚いてしまうのも無理はないだろう。

 東海デスティニーランド(TDL)のシャンデリア城をさらにスケールアップした感じとでも言えばいいのか、シャンデリア城みたいに作り物のような印象がある城とはまったく違う本物のお城である。


「左手には近衛騎士、右手には宮廷魔術師が並んでおります。自身のアビリティで聞きたいことがありましたらそれぞれの方へ向かってください。実際に使うのでしたら、奥に的が並んでおります」


 お姫様の言う通り、向かって左には鎧姿の騎士が並び、右にはローブを纏った見るからに魔法使いっぽい見た目の人間が並んでいる。

 先生役まで用意してくれるなんて至れり尽くせりだな。

 だけど、俺の場合は武器も魔法も使わないから、せっかく用意してくれた先生方もあまり役には立たないだろう。

 戦闘向けのアビリティだったらしい奴の半数ほどは、我先にと奥にある丸太みたいな的に向かい、残りの半数は先生役の騎士や魔法使いの方に歩き出す。

 ここに残ったのは戦闘には不向きなアビリティだった人かな?

 周りにいるクラスメイトたちと自分がどんなアビリティだったのかを話している。

 やはりと言うか、聞こえてくるアビリティの内容は裁縫や鍛冶と言った戦闘に不向きなアビリティばかりだ。


柳野やなぎのくんはどんなアビリティだったの?」


 奥へも先生の方へも移動しない俺に話しかけてきたのは、クラスのマドンナ(死語)だった河合かわい 伊子いこさんだった。

 可愛らしい見た目で、この世界に来るまではクラスで一番可愛い女子だったのは間違いなく、男子の大半が彼女に淡い恋心なんかを持っていた。

 俺は、自分が彼女みたいな可愛い子と並んで立つこと自体が烏滸がましいと思ってしまうタイプだったので、可愛いとは思いつつも付き合いたいだとか分不相応な思いは抱いていない。

 それでも学校で話しかけられた時などはどぎまぎとしてしまったものだが、今はぜんぜんそんな風にならなかった。

 どうにもお姫様と比べてしまい、お姫様を見た後だと彼女は普通の子にしか見えない。

 きっと他の男子も同じ感想を抱くだろう。


「俺は英雄召喚ってアビリティだったよ」

「英雄……召喚? なにそれ? どんなアビリティなの?」


 至って普通にそう言うと、河合さんはコテンと首を傾げた。

 その手の趣味に傾倒している俺でもすぐには理解できなかったのだから、ほとんどそれらの作品に触れたことのない彼女に理解できないのも無理はない。

 裁縫や鍛冶といった戦闘に向かないアビリティだけでなく、練兵場に来るまでに聞いた戦闘向けのアビリティも剣技やら風魔法なんていう名前だけで中身がわかるものが大半だった。

 それなのに英雄召喚という俺のアビリティは、その名前だけ聞いても、戦闘に向いているのかいないのかもわからないのだ。


「なんか、昔活躍した英雄をこの世界に召喚する能力なんだってさ」

「へぇ~、すごいすごい! そんなアビリティだったらお姫様のためにきっと活躍できるよね。どんなアビリティなのか見せてよ」

「あぁ。俺がこの世界を救うん……だ……っぅ」


 また強烈な違和感を感じたかと思えば、頭が割れるように痛む。

 あまりの痛みに思わず膝をつきそうになるが、そうなる前に痛みは消えた。


「どうしたの? 大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。昨日寝るのが遅かったせいで寝不足なのかな?」

「そうなの? 大丈夫なら良かったよ」

「心配してくれてありがとう。えっと……どんなアビリティか試すんだったよな」

「うん。見せて見せて」


 心配そうに俺の顔を覗き込んでいた河合さんだが、俺が問題ないことをアピールするとホッとした表情を浮かべ、俺がお礼を言うと笑顔を見せてくれた。

 本当にこの頭痛は何が原因なんだろう……

 とりあえず、心配してくれた河合さんも見たいって言ってるし、アビリティを試してみるか。

 使い方はここに移動するまでの間になんとなくだが理解できた。

 何の説明も受けていないのに時間経過で新しい知識が増えるのはなんだか奇妙な感じだが、使い方がわからないよりははるかにマシだ。

 召喚したい英雄に呼びかけるようにその名を呼べば、俺の前にその姿を現してくれるはずだ。

 しかし、問題は誰を呼ぶのかと言うことだろう。

 生憎と歴史が嫌いなので、英雄と言われてもピンとくる歴史上の人物に心当たりがない。

 ……そう言えば、召喚される前に受けていた授業はタイミング良く日本史だったな。

 ちょうど習っていた人物は……そう――


「板垣退助」


 名前を呼ぶと目の前に俺たちがこの世界に召喚された時のような紋様が地面に広がる。

 眩い光が溢れ出す。

 あまりの眩しさに光を遮るように額に手を当て、目を細めながら事の成り行きを見守っていると、光の中にゆっくりと黒い影が現れた。

 時間にしたら5秒か10秒か、それぐらいの時間が過ぎると光は徐々に収まっていく。

 完全に光が収まった時、その人物は俺たちの前に姿を現した。

 立派な髭を蓄えた老齢の男性、歴史の教科書に載っている姿そのままの板垣退助がそこにいた。

 けっこう歳はいっているようだが、背筋はピンとしていてなんとも強そうな佇まいをしている。


「おぉ……」

「板垣死すとも自由は死せず」


 思わず声を漏らした俺に、板垣退助――板垣さんはあの名言で答えた。

 正直、板垣退助なんてどんな逸話があるとか、どんなことをしたのかとかこの名言以外に全く知らないので、どんな事が出来るのかもわからない。

 ただ、俺のアビリティはたしかに歴史上の人物を召喚できることは証明された。


「すごい! 教科書で見たとおりなんだね」

「すげぇ……」

「でも、なんで板垣退助なんだ?」

「もっと強い人とかいるんじゃないのかしら?」

「いやいや、板垣退助だって幕末の偉人だろ? きっと強いんじゃないのか?」


 俺がアビリティを使うところを見ていたクラスメイトたちが思い思いの感想を述べる。

 言われてみれば、板垣退助よりも強い人とか普通にいそうだな……

 でも、俺は歴史が嫌いだからいきなり偉人を選べとか言われても誰が強いとか全然わからないんだ。


「これって柳野くんのアビリティなの?」

「すげぇじゃん柳野」

「歴史上の人物を呼べるアビリティなのか?」

「なんで板垣退助なんだ?」


 突然、練兵場の一角が光り出したことに気がついたのか、的を使う順番待ちをしていたクラスメイトたちも何事かとこちらへ戻ってきた。

 俺が召喚した板垣さんは、興味津々といった様子で囲まれても表情1つ変えないどころか、直立のまま微動だにしない。


「板垣退助と言えば、呑敵流小具足術皆伝の腕前らしいじゃないか。誰か試しに戦ってみたらどうだい?」


 委員長が委員長らしい博識を披露した。

 何たら流の免許皆伝ってことは、板垣さんは意外と強いのだろうか?

 強いんだったら、俺の選択は間違っていないことになる。


「小具足術ってなんだ?」

「短刀とか脇差しを使う武術か柔術の一種らしいよ」

「へぇ~」

「あ、じゃあ俺、戦ってみたい」


 委員長の説明にそう言って手を上げたのは、ボクシング部の片井かたい 拳次郎けんじろうくんだった。


「俺のアビリティって、全身を金属みたいに硬くできる硬化ってアビリティなんだよ。短刀とか柔術なら、硬くなった俺には効かないだろうし、実験相手にはちょうどいいだろ?」


 なんでも、硬化のアビリティで硬くなると剣技のアビリティを受けてもダメージはなく、アビリティではないが柔道部の桑田くわたくんが関節技をかけようとしても微動だにしなかったらしい。

 かと言ってアビリティを使うと動けなくなるなんてことはなく、自分の意志で動こうとすれば何の抵抗もなく普通に動けるらしい。

 近接格闘であるボクシングが得意な片井くんには、自分の技術が活かせる非常に有効なアビリティを手に入れたようだ。


「よっしゃ! ばっちこい!」

「よし……行け! 板垣退助!」


 片井くんが硬化を発動したので、準備は整った。

 俺の指示に従って駆け出した板垣さんは片井くんをその手が届く範囲に入れると貫手を喉元めがけて突き出した。

 鈍い音が辺りに響く。


「っな!?」


 誰かが驚きの声を上げる。

 それも仕方のないことだろう。

 まさか、まさかの結果だ。

 突き出された板垣さんの手がプラ~ンとしている。

 あれってもしかして、手首の関節が外れてるんじゃないだろうか?

 普通に痛そうだが、板垣さんは顔色を変えることなく反対の手で片井くんの顔に拳を叩き付ける。

 今度は指の骨が折れたようだった。

 それでも愚直に板垣さんは片井くんに襲いかかるが、片井くんの方はまったくダメージを受けた様子がない。


「てい」

「ぐはぁぁぁっ!!!」


 自身の攻撃で自らが傷ついても何一つ反応しなかったというのに、付き合いきれないとばかりに軽い調子で突き出された片井くんの拳をただの一度受けただけでその場に崩れ落ちた。


「い、板垣さぁぁぁっん!」

「い、板垣死すとも……自由は……死せ……ず」


 俺が慌てて駆け寄ると、倒れ伏した板垣さんはブルブルと震える手を空に向かって伸ばしてあの名言を口にするとパタリと手が地面に落ちて力尽きた。

 動かなくなった板垣さんは、光の粒子となって空へと昇っていく。

 なんて、なんてこった……


「なんか……弱くねぇ?」

「弱いよな?」

「お前もそう思った?」


 消えていく板垣さんを他所に見物していたクラスメイトたちはヒソヒソとそんなことを話している。


「なぁ片井! どうなの?」

「いや……アビリティ使っても衝撃は感じるけど……さっきのあれは何て言うか……ぜんぜん?」


 片井くんの感想を総合したところ、攻撃力は子どものだだっ子パンチ並で、防御力に至ってはそんな弱い攻撃の衝撃で骨が外れたり折れたりするほどの紙装甲だという結論に至った。

 これはもうあれだ。

 雑魚としか言えない。


「柳野のアビリティが悪いのか?」

「あれじゃないの? 板垣退助なんて選んだのが悪かったんじゃない?」

「まぁ、歴史上の偉人って言っても強いから有名になったわけじゃなくて、自由民権運動の主導者だから有名になったんだろ?」

「そうだな。柳野のアビリティが悪いって結論出すには他のデータも必要だろ」

「だな。だったら誰でも知ってる強い奴と比べてみよう」

「強いのって誰がいる?」

「やっぱあれだろ? 宮本武蔵」

「あぁ。あれな。二天一流?」

「あれだあれ、ヴァガボンド」

「よし、柳野! 次は宮本武蔵召喚してみてくれ」


 宮本武蔵ってムサたんのこと――じゃないよな。

 俺としては、宮本武蔵と言えば『侍学園サムライハイスクール』に登場したムサたんのことだけど、みんなが言ってるのは別人だよな?

 歴史上の人物の宮本武蔵って言うと……そう言えば、刀二本持ったおっさんの浮世絵みたいなのを見たことがあるような気がする。

 たしか……そう、さっき話にも出てたけど二一流だったな。

 剣豪の巌流二点一流の宮本武蔵ってやつだ。

 板垣さんの汚名を返上するためにもまじめにやらないと……

 俺は一度深呼吸して宮本武蔵のイメージを固めると手を前に出してその名を呼んだ。


「宮本武蔵」


 板垣さんの時と同じように俺の呼び声に呼応して光り輝く紋様が地面に描かれる。


「すごいな……」


 板垣さんの時とは比べものにならないほど身体の中にある何かを持って行かれた感じがして、紋様を見ながら俺は思わずそう呟いた。

 そう考えるとなんとなく紋様の光も板垣さんの時より力強い気がする。

 持って行かれた何かが魔力なのだろう。

 みんなが――俺ですらその名前を知っている剣豪なのだから、すごい剣豪なのは間違いない。

 強さという点では板垣退助は大したことないだろうし、きっと強さに応じて消費する魔力も増えるのだろう。

 これだけごっそりと魔力を持っていったのだから、宮本武蔵の強さには相当期待ができそうだ。


 そして、光が収まるとそいつは姿を現した。


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