そういえば俺は新人冒険者なんですが?
36
異世界生活6日目になった。
なんとも不思議なことに昨日は武蔵と大男の決闘を見た後の記憶がない。
気づいたら朝になっていたから、たぶん今日は6日目だと思う。
状況が全く飲み込めないので、部屋を出て近くにいたメイドさんに声をかけると今日が6日目で間違いないようだ。
しかし、どうにもメイドさんが青い顔をしているようだけど、気分でも悪いのかな?
これが赤い顔だったら俺に惚れちゃったのかも、なんて馬鹿な勘違いをしてしまいそうだが、青い顔だからそんなことにはならない。
いや、でも真っ青だ。
顔面蒼白ってのはこういうことを言うんだな。
心配になって声をかけるが、逆にメイドさんの方は俺のことを心配してくるのは何故だろう?
意味がわからなくて首をひねっていると、気を取り直したメイドさんに王様からの朝食後に話し合いの続きがしたいという伝言を伝えられた。
朝食という言葉を聞いて、そういえば随分腹が減っていると思いながら承諾した印の返事を伝えるようお願いし、ついでに朝食の方も大盛りにしてもらうようお願いする。
メイドさんの後ろ姿を見送ってから部屋に戻り、最低限の身だしなみを整える。
なぜか昨日は着替えもせずに寝てしまったらしく、ちょっとばかり匂いが気になる……臭っ!
え、なにこれくっさ!
服がめっちゃ臭い……
汗と泥の臭いだ。
これはやばいな。
「うわっ! よく見たらベッドも泥だらけだよ……」
ベッドは泥でぐちゃぐちゃになっており、すぐに選択が必要なレベルになっている。
一体全体なんでこんなことになっているのだろう?
ベッドの横に都合よく用意されていた服に着替えつつ首をひねる。
そういえば、シャツは変えたけど完全にこの世界の服に着替えるのは初めてだな……
そんなことを考えながら着替えを終えるとそのタイミングで朝食が届けられ、手早く食事を終えるとメイドさんの案内で会議室に向かう。
「昨日は済まなかったな」
「はい?」
部屋に入ってすぐ、開口一番に変なことを王様が言い出したので思わず聞き返してしまった。
済まなかったってなんのことだ?
「なにか問題ありましたっけ? 昨日は……あぁ、武蔵の力を信用してなかったことですか? 自分の目で見たら信用できたでしょう? それならいいです」
「いや……そうではなく……」
「そういえば、あの後って何かありましたっけ? なんか武蔵の決闘が終わったところまでは覚えてるんですけど、気づいたらベッドで泥と汗まみれで寝てたらしくて……あぁ、ベッドを汚しちゃいました。ごめんなさい」
王様はどうにも戸惑っているようだが、俺も俺で戸惑っている。
自分で自分の制御が全く効かないのだ。
昨日までは萎縮してきちんと話せなかったのに、苦手な王様相手でも普通に話せるだけでなく、どうにも早口で何かを王様に喋らせないようにしている気がする。
なんでだ?
アレ? アタマガ イタイ……
「陛下、これはあれです。初陣でひどい思いをした新兵によくある……」
「であるな……では、思い出さないよう配慮せねば……」
王様とメガネさんがなにか話してるけど、声が小さくてよく聞こえない。
なにか王様もメガネさんも生暖かい目でこちらを見ているような気がするけどなんでだろう?
「では、さっそく本題に入ろう」
「え、あ、はい……」
なんだか無理やり本題に入られてしまったけど、こちらがお願いする立場なのだから願ったり叶ったりだ。
「ミヤモトの実力はよくわかった。あれほどの実力であれば我が国が協力する対価として十分なものがある」
まぁそうでしょうね。
国が対応に苦慮するような魔物ですら簡単に倒せるほどの力があるのだ。
対価として十分なのは当然と言える。
「お前の願いを叶えよう。よって、次にすることはわかるな?」
「……わかりません」
「…………はぁ。詳しい条件を詰めねばならん」
「条件?」
「そこからか……いや、そちらの世界ではお前はまだ子ども扱いだったな。だが、それにしてもこれほどとは……よほど子どもに甘い世界なのだな」
あ、いえ……俺は比較的劣等生の部類なので、俺が基準だとこちらの世界はできない子しかいないみたいになっちゃうんで……
「お前の望みと我が国の望みを出し合い、どれを叶えるのか取捨選択するのだ。果実1つに金貨を払うほど馬鹿なことはないであろう?」
「あぁなるほど……」
武蔵はこの国の願いを全部叶えるのに、俺への協力は寝床の提供だけとかだとどう考えても釣り合わない。
逆もまた然りで、俺が願うことを全部叶えてもらうのに武蔵が何もしてくれなければ、この国が一方的に損をしてしまう。
……あれ? そういえば武蔵は?
「武蔵はいないんですか?」
「あ……いや……ミヤモトには我が国の兵を指導してもらっている。まだ取り決めもしていないというのにすまんな」
「え!? いや、それはいいんですけど……まず間違いなく武蔵の訓練ってかなりきついですよ? この国の兵士の皆さんを馬鹿にするつもりはないですけど、やめておいた方がいいんじゃないかと……」
「それができれば……」
「え?」
「いや、なんでもない。そのことはミヤモトからも聞いている。指導を受けるのは希望者のみで、一度倒れたら無理やり起こして続行させるようなことはないように伝えてある」
なんでもないって、何かおっしゃりませんでした?
まぁ、気にするなってことは俺に関係のないことなんだろう。
一度倒れたら無理やり起こされないんなら俺と違って大丈夫だろう……あれ?
ナニガ オレト チガウンダ?
アァ アタマガ イタイ……
「ヤナギノくん!?」
「待て! ヤナギノ! それ以上考えるな! 話し合いを続けるぞ!」
…………あぁ、なにか王様たちが慌てている。
あれ? 俺は一体何を考えていたんだ?
あぁ、そうだ。
話し合いの途中だったな。
武蔵は兵士たちに訓練をつけているというなら、ここにいないのも納得だ。
「すいません。ちょっとぼーっとしてたみたいです」
「う、うむ。戻ってこれたか」
「戻る?」
「こちらの話だ。構わんから話を続けよう」
「はい、わかりました」
またよくわからないことを言ったけど、王様はどうしてしまったのだろう……
いや、そんなことより話の続きだな。
「お前の目的は、仲間の救出と元の世界への帰還で間違いないな?」
「はい」
とりあえずその願いさえ叶えば問題はない。
ふざけたことをしてくれた屑姫たちには罰を与えてやりたいものだが、それはまぁ本物の武蔵に会うことができたので、特別に許してやるのも吝かではない。
「我々に求めるのは仲間の救出への協力と救出後、元の世界に帰るまでの援助でいいのだな?」
「まぁ、その都度困ったことがあったら協力してもらえると助かります。あと、元の世界に帰る方法を調べるのにも協力をお願いしたいです」
「む? 知らんのか?」
「はい?」
「召喚と送還の術式は対になっていて、召喚者ならば元の世界に返すことは難しくないのだ。これははるか昔に召喚された勇者が元の世界に帰ったという記録が残されているから間違いない」
あ、そうなの?
…………つまり、あの屑姫に俺たちが元の世界に帰る協力をさせないといけないってことか?
なんか、帰る方法を探すより難易度上がった気が……しないな。
いくらでも方法は思いつくし、最悪の場合は英雄召喚でどんな情報も聞き出せる拷問の達人を召喚する事もできる。
まぁ、これは最悪の手段だけど……
いくらあの屑姫が相手でも、笑いすぎて失禁する様を見たいとは思わない。
ん? よく考えたら、この方法はわざわざ召喚しなくても、屑姫を捕まえれば自分たちでできそうだ。
それでも無理だったらプロを召喚すればいい。
「話を続けても構わんか?」
「あ、はい。すいません」
俺が考え込んでいたようなので、待ってくれていた王様に頭を下げる。
悪いことしてしまったな。
「我々が求めるのは、フールンと戦争になった場合の協力と強力な魔物が出現した際の協力だな。こちらも新たな問題があった場合は都度交渉したいと考えている」
「問題ないと思います」
「うむ。ただし、覚悟もしておけ。お前の仲間を救出する前に開戦した場合、我が国はお前の仲間であろうとも敵として対応する。フールンに召喚された勇者は戦場で捕らえたとしても即座に自害するため、開戦するまでが救出のタイムリミットだ」
マジかよ……
たしかに精神操作されていた時の状態なら、敵に捕まったら自害するかもしれない。
そうだとすれば、戦争が始まったら戦場で助けるなんてマネは難しいだろう。
都合よくクラスメイトが武蔵の前に来てくれれば武蔵に精神操作を解除してもらえばいいが、そう都合よくことが運ぶという保証はない。
できることなら、戦争になる前に助け出したほうがいい。
「………………どれぐらい時間があるんでしょうか?」
「ふむ……予想するのは難しいな。我々もフールンに密偵を送ってはいるが、今までは勇者召喚の情報をつかめたのは勇者が召喚されてからしばらく経ってからだ。さすがのフールンとて城の警備は厳しいのだ」
なるほど。
俺のように召喚されてすぐに脱走するような人間はなかなかいないのだろう。
情報を入手しても召喚されたのがいつなのかはわからないので、必然的に召喚されてからどれくらいで戦争になるのかってのは判断が難しくなる。
「情報を得てから開戦するまでは長くて二月だ。早ければ一週間ほどで攻めてきたこともある」
訓練を初めたばかりなので、そんなにすぐ攻めてくるとは考えづらい。
さすがに一週間で戦争になるってことはないだろう。
情報を入手できたタイミングも毎回違うことを考えれば、今回は相当早く召喚されたことがわかった方だろう。
ならば、二月ほどは余裕があると考えられる。
まぁ、救出するのにも手間取ることもありえるから、一月程度で救出することを考えるべきかな?
俺の考えをそのまま王様に伝えると王様も頷いている。
「そうであろうな。どのように救出するか考える必要もある。それぐらいが妥当であろうよ」
「ですよね……」
「では、救出は一月後を目処に実行するよう計画しよう」
王様は後ろに控えていた文官っぽいローブ姿の男性に渡された紙になにやらさらさらと筆を走らせる。
書き終えた紙を文官さんが俺の方に運んでくる。
「今の内容を書面に認めた。確認したらお前も署名せよ」
渡された2枚の紙には先程話した内容と一月後に救出を実行できるように協力するということが書かれている。
おかしな感じに言葉を変えられたところもないし、キューティを助けた俺を王様も騙すつもりはないだろう。
俺も書類にサインすると1枚を回収して文官さんは王様の方に持っていく。
「うむ。これでいいだろう。さて、ヤナギノよ」
「はい」
「救出計画を立てるにも時は必要だろう。我が国もフールンへの密偵を増やして情報を集めている。情報が集まるまでお前も訓練をしてはどうだ?」
「え?」
クンレン? アレ? アタマガ……
「待て待て待て。ミヤモトの訓練ではない。お前はギルドに登録しているのだろう?」
「……えぇ、まぁ」
「ギルドでは冒険者のために様々な講習を行っている。幸いにも明日から新人向けの訓練講習が行われるのだ。冒険者としての心得や魔物との戦い方を座学や実戦で学ぶいい機会だぞ?」
「あぁ……なるほど。そんなのがあるんですね」
「うむ。ミヤモトは兵への訓練で忙しく、情報を集めるまで時間がある。その時間を利用してお前もアビリティを強化するためにも訓練を受けるべきだ」
「あぁ……まぁ、そうですね。せっかくだから。行ってみようかな?」
なんか、俺が前向きな返事をすると王様たちが心底ホッとしたように見えるけどどうしたんだろう?
まぁそれはいい。
進展もあったことだし、少しぐらいの寄り道は構わないだろう。
訓練すれば、誘拐された時みたいな状況でも多少はマシになるだろうし。
この選択がどんな未来に続いているのかも知らずに俺は呑気にそう決めてしまったのだった。
王様が訓練を勧めたのは、武蔵との間に密約があったからだったりします。