変わらなくてはならないんですが?
久しぶりに下書き版を元にして書けた。
でも、展開をなぞっているだけで、文章自体は9割方描き下ろしてます。
文章量も1.5倍超
34
話が決まってからは早かった。
何を話す暇もなく練兵場へと案内され、武蔵に真意を確認する時間さえない。
武蔵は、フールン王国と同じくサッカーコートが2面ほど収まりそうな広さの練兵場の中央へとつれて行かれ、俺は王様たちとともに練兵場が見渡せる塀の上に案内された。
王様と一緒にいた5人のうちの1人が軍部の偉い人だったらしく、武蔵とともに練兵場へ向かいそれまで訓練していた兵士たちの手を止めさせて中央を広く開けさせている。
野球場やサッカー場の観客席からグラウンドやピッチを見るくらいの距離があるので、輪郭こそはっきり全身を確認できるが、距離がありすぎるので表情はまったく読み取れない。
いったい武蔵はどんな表情をしているのだろうか?
侍学園では戦いに赴く武蔵は常に笑みを浮かべていた。
相手が自分の想像を超える何かをしてくれないかと期待に胸を膨らませてもいた。
戦う理由は様々で、成り行きであったり初めから敵意を向けられていることはあっても、武蔵が自分から力を示そうと戦いを挑んだことは一度もない。
そうだと言うのに今回は武蔵自ら力を示そうと戦う意志を見せたのだ。
俺には武蔵がいったいどんな表情を浮かべているのか想像もできなかった。
「さて……彼女は実際どれほど強いのかな?」
練兵場に立つ武蔵を見つめているといつの間にやら俺の隣に立っていたメガネさんが問いかけてきた。
エンペラーオーガという常人ではまったく歯が立たず、軍を動員してどうにか倒せるほどの化け物をたった1人で圧倒すると聞いても、実際の戦いぶりや強さは想像ができないのだろう。
「…………まず間違いなく一対一で勝てる人間はいないです。武蔵はフランシーヌさんをそれなりにやると表現していたので、フランシーヌさん50人分ぐらいだと思ってもらえれば……」
「三席殿の50倍……」
さんせきどの?
フランシーヌさんの二つ名とかそんなものだろうか?
だとしたらどういう字を書くんだろう……
山石とかか?
これだと土属性の魔法を使いそうだ。
「…………はぁ」
思わず溜息を零してしまった。
メガネさんだけでなく、練兵場を上から見下ろす王様たちも興味深げに練兵場の中央に立つ武蔵へ視線を向けている。
いや、彼らだけではない。
ここに向かう途中で合流した偉そうなデブやら、背の高いヒョロガリやらの一団も練兵場に目を向けている。
合流した時にメガネさんが耳打ちしてくれたが、彼らこそが武蔵の実力を疑問視し、俺に協力するべきではないと主張する人間の中心らしい。
「さて……あの小娘がどれほどの力を見せるというのかねぇ……」
「あのような華奢な体つきで戦えるとはとても思いませんな」
「然り然り」
なんとも嫌らしい笑みを浮かべながらそんなことを言っているデブ貴族に嫌悪感を覚えるが、それより気になるのはやはり武蔵の方だ。
戦う相手が決まったのか、武蔵を囲むようにできた輪の中から1人の男が姿を表す。
「なんだありゃ……」
男が担いでいる大斧を見て俺は思わず声を漏らしてしまった。
一言で言えば、デカい。
女性にしては高身長で170センチを超える武蔵と比べても頭1つ分は男の方が大きい。
そんな大男と比べても、持ちても含めれば斧の方がまず間違いなくデカい。
ハルバードなどのように持ち手が長く、先端の部分に斧がついているのならまだわかるが、持ち手と刃の長さはほぼ同じ、全長のちょうど真ん中ぐらいが持ち手と刃の境目になっている。
あの大男がしゃがんで刃を盾にすれば、すっぽりと姿を隠してしまえるぐらいに巨大な斧である。
現実にあのような巨大な武器を使えるのかと思えるほどの巨大な斧を持つあの男が武蔵の対戦相手なのだろ。
「相手は五席殿か……あのようなか弱い娘は見るも無残な姿になってしまうのではないか?」
「それは困りますなぁ。今夜は肉料理を食べようと思っているのですよ」
「然り然り」
またもデブ共が鬱陶しいが、黙って見ていろという文句を口に出したりしない――いや、できない。
お前たちの考えていることは間違っている、武蔵は強いのだと言ってやりたいが、実行する勇気が俺にはない。
うつむき、硬く手を握りしめながらこれから武蔵が自分で証明してくれる、それまでの我慢だと頭の中で自分に言い聞かせる。
「始まるようだね」
メガネさんの言葉で俺はうつむいていた顔を上げた。
その時がちょうど始まる瞬間だったようで、武蔵と大男の間に立つ審判役が高く掲げた手を振り下ろしたところだった。
「お、おぉっ!?」
「なにが……」
「然り然り?」
「むぅ……」
「これは……」
デブたちだけでなく、王様やメガネさんたちも全員が驚くと同時に戸惑うような表情を浮かべた。
それも当然だろう。
戦いは始まった。
しかし、武蔵はまったく動いていない。
それどころか、武蔵に向かって駆け出した大男が一歩踏み出すのと同時に前へ倒れたのだ。
何が起きたのかまったくわからない。
いや、実に簡単なことなので、何が起きたのかはよくわかる。
駆け出そうとした大男が転けた、それだけのことだ。
大斧の重さに負けたのか、何かに躓いたのかはわからないが、一見するとそうだとしか思えない。
そうとしか思えないのだが、俺にはよく分かる。
何をしたのかはまったく見えなかったが結果を見た限り、大男の足を武蔵が払ったのだろう。
動いたようには見えないが、目にも留まらぬ速さで大男の足を払い、元の位置に戻る。
武蔵にとっては赤子の手をひねるよりも簡単なことだ。
達人と呼ばれる人間であろうとも武蔵の剣閃を見ることは敵わず、動きを目で追うことすらできないだろう。
この場にいる誰も、武蔵が何をしたのかわかる人間はいない。
それこそ、分かる可能性があるのは今まさに立ち上がって武蔵に何やら叫んでいる大男ぐらいであろう。
けっこうな距離があるので何を言っているのかはわからないが、なんとなく文句を言っているように感じられる。
「……仕切り直すようだな」
「……相手が運良く転んで得た勝利など意味はないですからな」
「……然り然り」
自分たちが応援している大男のほうが圧勝すると思っていたデブたちは、大男が自分で転けただけだと思っているようだが、先程までの勢いが弱まっていた。
それはそうだろう。
仮に大男が倒れたのは武蔵の手によるものではないとしても、一対一の決闘で転けるなんて恥ずかしすぎる。
ざまぁ見ろと内心でせせら笑いながら今度はどうするつもりなのかと武蔵を見る。
「ミヤモトはなにか手にしたようだな」
「遠くて見えませんな……あれは……棒?」
「それにしても随分短いようだが……」
王様たちも武蔵が手にしているものに気がついたようだ。
おおかた、あの大男が剣で相手をするには未熟すぎると判断したのだろう。
未熟者と戦う時に武蔵が手にするものといえば、簪だ。
普段は本来の用途とは違うが烏丸の鞘に飾られており、髪型を変えるときに使われることもある。
そんなファッションアイテムである簪だが、武蔵が手にすればそれも立派な剣なのだ。
未熟すぎて烏丸を使うには及ばない相手には手加減するためにアレを使う。
侍学園で何度もあった話だ。
しかし、相手からしてみれば舐められているとしか思えないのだろう。
表情が全く見えない距離だと言うのに、大男が激高しているのがよくわかる。
「始まるようだ」
「おぉ!」
「むぅ……」
今度は先程のように一瞬で勝負をつけず、一見すると戦いが成立しているように見える。
大男がひたすらに斧を振り、武蔵はそれを紙一重で避けるの繰り返しだ。
大男の斧は俺でも遠くから見ればその動きは目で追うことが可能であり、武蔵の動きもそれに倣ってよくわかる。
「ふははは、防戦一方ではないか」
「ふん、見てくれは良くとも十二騎士に勝てるわけがありませんな」
「然り然り」
5秒、10秒と大男の攻撃が続き、武蔵は一向に反撃しようとしない。
デブたちは先程までの消沈ぶりが嘘のように大喜びしている。
大男の攻撃が30秒近く続き、ひときわ大きく振られた大斧から逃れるように武蔵が距離を取る。
大男に見せ場も作ってやったのだからこれで終わりだろう。
あとは武蔵が誰でも見えるようわかりやすく大男を倒すだけだ。
そう思っていたのだが、武蔵は動こうとはしなかった。
避けるのに疲れたなんてことはありえない。
そうだと言うのになぜ武蔵は反撃しようとしないのか。
俺がそう疑問に思っていると大男が距離を詰め、攻撃が再開された。
「ふふふ、あの女が倒れるのも時間の問題か。だから言ったのだ、エンペラーオーガをたった1人で倒せる人間などいるはずがない」
「陛下たちは信じているようですが、あの女のアビリティで洗脳されているのかもしれませんな」
「然り然り」
「いやいや、体を使っているかもしれんぞ?」
「それはありえますな。陛下たちを溺れさせるとは、ぜひ私も味わってみたいものだ」
「然り然り」
武蔵なら相手に攻撃させることなく簪1本で制することなど容易いことだ。
それでもあえてこの戦いを見ている王様たちに、自分の力をわからせるために常人でも理解できる動きをしているのはわかっている。
だからこそ、武蔵は相手に攻撃させて防戦一方のように見えるのだ。
それが俺にはわかる。
だが、デブたちは武蔵の力を知らないからそれがわからない。
ここから武蔵が反撃すればすぐにデブたちも現実を知ることになる。
だから、俺が言い訳するようにデブたちの言葉を否定する必要などないのだ。
なのに武蔵は反撃しようとしない。
それを反撃できないのだと思い込んでいるデブたちは、調子に乗って口を開けば武蔵を馬鹿にするようなことばかり言っている。
「なんでだよ……」
大男の攻撃を避けている武蔵を見ながらそうつぶやく。
メガネさんがなにか言ったのかと不思議そうにこちらを見るが、すぐに視線を戦いの方へと戻した。
王様たちはこの戦いを見ても何も言わない。
反撃しないことを反撃できないと思っているのか、攻撃をひたすら避け続け傷一つ負っていないことを理解できているのかもわからない。
たとえ王様たちがどんな判断をしたところで、俺は構わない。
安全性の工場やみんなを助けた後のことを考えればあった方がいいとは思っても、この国の協力が絶対に必要だとは思わないからだ。
だけど、だけど……俺には何もできない。
爪が食い込んで血が出るほどに硬く手を握りしめ、ジッと大男の攻撃を避け続けている武蔵を見つめる。
俺が武蔵を見つめ続けていると大男の攻撃を避けた武蔵がこちら見た気がした。
武蔵と目があったような気がするけど錯覚だ。
武蔵の視力ならこちらも十分見えるだろうが、俺を見る理由がない。
だから、錯覚だ。
そう自分に言い聞かせていると不意に昨夜の言葉を思い出した。
『――私はあなたの剣よ。うまく使いなさい』
あぁ、そうだ。
仮初とはいえ、一時的なこととはいえ、俺は武蔵の主なのだ。
武蔵という最強の剣の主なのだ。
だから、だから――俺もその剣に見合った主にならないといけない。
俺は一度空を見上げ、大きく深呼吸をするとデブたちを睨みながら前に出た。
「ん? どうした小僧」
「フールンの犬がそのような目で我らを見るとは生意気だな」
「然り然り」
武蔵がこんなことを望むとは思わない。
武蔵ならこんな連中は取るに足らない人間だと無視して終わりだろう。
事実、耳の良い武蔵ならここからの声だって十分に聞こえているはずだが、さっさと勝負を終わらせていない。
きっと反撃しないのは武蔵なりの考えがあるんだと思う。
だけど、俺は我慢ができない。
こいつらが許せない。
武蔵は、俺の剣は最強なんだ。
何も知らないからと馬鹿にする言葉は許せない。
「取り消せ」
「なに?」
「武蔵を馬鹿にするような言葉を取り消せ!」
俺の言葉にデブたちは目を丸くし、次いで大きく口を開けて笑い出した。
何を馬鹿な、と。
事実を口にしているだけだ、と。
そう言ってさらに武蔵を侮辱する。
自分の思いを口にするのが、怖いと思った。
だが、武蔵の主のこの俺がこんな連中の言葉で怖気づいちゃいけない。
俺は自らを奮い立たせ、大きく手を振って武蔵たちを指し示しながら口を開けた。
「武蔵は、俺の剣は最強の剣だ。お前らなんぞに侮辱されるほど弱くない! 見てみろ! 武蔵がただの一太刀でも浴びたのか? 彼女がほんの一筋の傷でも負っているか? あれだけ攻撃しておきながらまったく当てられないとは、あんたたちが褒めちぎる男は大した腕前だなぁ!」
戦いが始まって1分や2分ではきかない時が過ぎている。
それでもまったく攻撃が当てられていないことを指摘され、デブたちは苦い顔をする。
「ふ、ふん! あの女は反撃の1つもできないではないか!」
「避けるのばかりが上手くとも戦いに勝つことなど出来はしないぞ」
「然り! 然り!」
なんとか俺の言葉を否定しようとデブたちが捲し立てるが、こんな言葉で怯んではいけない。
「やれ、武蔵! お前の力を見せつけてやれ!」
俺は練兵場に向かってそう叫んだ。
直後、武蔵は大斧を簪で受け止めるように逸し、体勢を崩した大男の足を払った。
前のめりに倒れた大男の背中に足で踏みつけるとその首元に簪の先を触れさせる。
誰の目でも追うことができる速さだが、一切途切れることなくそれまでの展開が嘘のようにあっという間に勝負を決してしまった。
呆然とするデブたちを鼻で笑い、ジッと武蔵の方を見ているとなんだか武蔵が慈しむような――伊織に向けるような表情を浮かべた気がした。
ここから武蔵の表情なんてわかるはずがない。
これもきっと俺の勘違いだ。
下書き版だとこの後武蔵視点でしたが、今回はなしにするかもしれません。
さて、続きはどうしよう……