トラブルに巻き込まれたんですが?
現在時刻は21:56。
チキンレースをしてる気分だ……
ギリだけど、今日も間に合いましたよ。
20
「無理」
「え~」
断れるとは思っていなかったのか、俺が言葉少なに断るとキューティは不満げな声を上げた。
いや、当然のことだろう。
金額は魅力的だがあまりにも怪しすぎる。
普通に考えて、こんなお願いを引き受ける間抜けなんてどこにもいないんじゃなかろうか?
「もう橋の下で寝るのはやだよぉ……ね、お願い助けて?」
俺に言おうとはしていないのか、前半は小声で呟いていたが、ばっちり聞こえました。
寝床が橋の下って、家がないのか?
それにしては服が汚れている様子はない。
ホームレスなら、こんな身綺麗でいられないだろう。
そもそも、一晩泊めただけで大銀貨を10枚も払えるような金があるなら、それこそ自分で宿に泊まればいい。
「一晩で大銀貨10枚も払えるなら、自分で宿を取ればいいだろ? どう考えても怪しすぎる」
「……実は私、家出中なの。宿帳に名前を書いたら追手見つかっちゃうわ」
俺が思ったことをそのまま伝えるとキューティの返答は思いも寄らないものだった。
家出してるなら身綺麗なのは納得できるけど、追手って……
普通は探してる家族とか、身内の名前を言うもんじゃないのか?
それを追手という表現をするとは、なかなかに複雑な事情があるのかもしれない。
それに家出して見つかりたくないのなら、自分で宿を取れないのも納得できる。
なぜなら、この世界の宿では宿泊時に身分証の提示が義務づけられている。
ならば、なぜこの世界に戸籍などがない俺と武蔵が宿を取れているのかという話だ。
俺と武蔵の場合はギルドの登録証がある。
本来なら俺たちの登録証は、見習い期間なので身分証としての機能はないはずだが、宿自体がギルドと提携しているため見習いでも登録さえしてあれば問題なく宿泊できるのだ。
まぁ、それは置いておくとして、自分の名前を知られずに宿に泊まるには、誰かが取った部屋にこっそりと入れてもらうなんて方法ぐらいしかない。
「俺、男なんだけど?」
泊めてもらいたい理由は納得できても、俺を選ぶ理由には納得できない。
ギルドは男社会というわけではなく、普通に女性の冒険者もいる。
今日俺がギルドで見ただけでも、それなりに鍛えている様子だった武蔵に腕を斬られた男やスキンヘッドも越えるマッスルな女性や、見るからに家計の足しにって感じのお母さんもいるようだった。
冒険者と言うだけで尊敬したまなざしを向けるキューティであれば、そんな女性冒険者にも金髪さんと同じく可愛がってくれている相手ぐらいいるだろう。
それなのに何故俺なのか。
キューティの見た目はどちらかというと小悪魔系や遊んでいるようなタイプではなく、清楚というか普通に可愛い感じだ。
男の部屋に泊めてもらうとか、貞操観念どうなってるんだ?
それともこれもこの世界では当たり前のこととでも言うのかねぇ……
「友達とかのとこに泊めてもらう方がいいだろ」
「友達の家は遠いから……それに、ヨータは同じ部屋に泊まっても手を出せないヘタれ童○でしょ?」
「ど、ど、ど、童○ちゃうわ!」
え? なに? なんでいきなりディスられたの?
今日会ったばかりで、仕事中と合わせても1時間も話していない相手にヘタれ認定とか人を見る目がありすぎじゃありませんか?
いや、あの俺は童○じゃないんですけどね……
えぇ……恋人いない歴イコール人生ですけど、はい。
うん。
まぁ、女の子相手には見栄を張らせて欲しい。
せめて、見栄ぐらいはって思う男は俺だけじゃないだろう?
「…………はぁ」
正直話の全てを信じられるわけじゃないけど、キューティが街中の依頼ばかりを受けるような冒険者でも本気で尊敬しているのは溝掃除の最中に話した時にわかっている。
彼女にもなにか、今日合ったばかりの俺に頼らないといけないような事情があるのだろう。
俺の部屋に泊めるってのは精神衛生上あまりよろしくないが、幸いにも俺には武蔵という女性の連れがいる。
俺の人を見る目がなくて、彼女が俺を騙しとんでもない悪意を持っていたとしても、事情を話すことすら必要とせずに武蔵が一目見て看破してくれるはずだ。
そんなわけで、とりあえずは武蔵に相談しよう。
「俺の連れに女の人がいるから、泊めてもらえないか話はしてみるよ」
「ホントに!? ありがとう!」
キューティの顔にパッと笑顔の花が咲く。
事情があるかもしれないが、この笑顔を見ただけでは、裏があるとはとても思えないような笑顔だ。
本当にこれで騙されていたら俺は人間不信になる自信がある。
俺はキューティを伴って宿へ向かって歩き出した。
「ヨータはどこに泊まってるの?」
「眠る蜥蜴亭ってとこ」
「あ、そこなんだ? だったら、こっちを通れば近道だよ」
聞かれたことに素直に答えるとさすがは地元民と言うべきか、名前を聞いただけでどこにあるのかがわかったようだ。
そこまでの近道を知っているらしい。
しかし、どうにも指さす先は薄暗い路地のようで二の足を踏んでしまう。
「暗いけどスラムにもつながってないし、お店の裏口とかがあるような通りだから安全だよ」
俺がなにを気にしているのか察したキューティがそう言って苦笑する。
さすがに女の子が知っている道なのだから、そんな危ない道なわけないか。
もしも何かあった時には、俺が助けてくれるなんて考えているわけもないのだろう。
「……わかったよ」
俺が渋々頷くとキューティは何が嬉しいのか喜々として路地に入っていった。
1つため息を零してから、俺も続いて路地に入る。
たしかに店の裏口などが並ぶ裏通りなのだろう。
山積みにされた木箱が所狭しと並び、唯でさえ細い路地は人一人通るのがやっとの状態になっている。
これって、火事でも起きたらヤバいんじゃないのか?
「通りに近いところはこの状態だけど、少し入れば以外と広くなってるところもあるんだよ」
そんな細い道もキューティはすいすいと歩き、振り返りながらそんな説明をしてくる。
その言葉通り、50メートルも歩かないうちに木箱の山は数を減らし、建物同士の隙間が上手い具合にちょっとした広場を形成している場所に出た。
「ね?」
広場の中央でクルリと回ってこちらに振り返ったキューティは、何故か自慢げに言った。
何を自慢したいのか謎だ。
しかしこの広場、それほど広くはないけれど、薄暗さも相俟って不良みたいな連中がたむろしていそうな場所だ。
絡まれたりしたらあの道を戻らなければならないのだから大変だな。
そんなことを思いながら、今通ってきた道を振り返ると俺たちに続いてこの路地に入ってきたらしい人影があった。
「あれ?」
木箱の影になってよく見えないが、あの見るからに怪しい格好はさっきのローブ2人組か?
いや、微妙に身長が違う気がするな……
いやいや、重要なのはそこじゃない。
さっきのローブ2人組は路地に入って、何をしていた?
詳細を確認できたわけじゃないけど、ぺったんこだった袋が路地を出た時には人一人を入れたみたいに膨らんでいたはずだ。
…………え?
もしかしてハメられた?
慌てて振り返るとキューティはキョトンとした顔をしている。
「どうしたの?」
「なぁ、キューティ。あの2人は知り合いだったりするか?」
「2人? 誰もいないけど?」
首を傾げながら俺越しに通りの方を確認するが、キューティは何を言っているのかわからないとでも言いたげに言った。
いやいや、たしかに木箱が邪魔になるけど、ほぼ真っ直ぐの道なのだからまったく姿が見えなくなるなんてことはない。
実際、俺がもう一度振り返ると2人組の姿はそこにある。
「いやいや、あの2人だよ? ローブすっぽりかぶっていかにも怪しげな格好した2人組」
「だから、そんな人いないよ?」
ばんなそかな……
あの2人が見えないなんてありえない。
俺の目がイカれたのか、キューティの目がイカれているのか。
もしかしたら、あの2人は幽霊なんて可能性もある。
そうでないとしたら……俺をこんな薄暗い路地裏に連れてきたのは誰だ?
俺とは真逆のことを言っているこのキューティがあいつらとグルだとしたら……
これもしかして、本当にヤバいんじゃないのか?
「さ、おかしなこと言ってないで行こう。ここを抜けたら宿はもうすぐだよ」
キューティは入ってきたのとは反対方向の建物の隙間に入っていこうとする。
あれ?
ここで足止めとかしないの?
もしかしてあの2人が人さらいで、キューティとグルだって言うのは俺の勘違いか?
出て行こうとするってことは、そう言うことなんだな。
はは、いくら見るからに怪しい2人組だって、何もしていないのに見た目だけで犯罪者扱いするのは間違ってるか。
異世界に来たことでちょっと過剰に警戒しすぎなのかな?
………………いやいやいや。
待て待て待て。
それじゃあ、キューティにあの2人が見えていないことの説明がつかないだろう。
俺は慌てて2人組のいる方を振り返ると案の定2人組はこちらに向かって走り出していた。
「キューティ、走れ!」
「え?」
慌てて叫ぶがもう遅い。
路地に入ってからここまでが50メートルもないのだから、すでに半分以上こちらに近づいていた2人組との距離はほとんどない。
俺が叫んだ時には既に2人組は広場に入って1人はその場で立ち止まり、もう1人が反対側の出口をふさぐ。
閉じ込められた。
「もう、さっきからヨータ、変だよ?」
俺の叫びに反応できなかったキューティは、驚いて足を止めていたが呆れたようにそう言って再び歩き出す。
いやいや、だからそっちは大きい方が道をふさいでるんだって……
道をふさいでいるローブ(大)がまるでいないかのように歩いていたキューティは、広場から路地に入ると言うところで当然のごとくローブ(大)にぶつかった。
「あれ?」
ぶつかってもまだ彼女はローブ(大)の姿が――いや、そこに誰かがいると言うことすら認識できていないのだろう。
自分はいったい何にぶつかったのかと不思議そうに首を傾げている。
「貴様、我らが見えているのか?」
「え!?」
いつの間にかすぐ後ろに立っていたローブ(小)に突然話しかけられた。
俺は驚きながら振り返ろうとしたが、蛇のように首に手を回され口元に何かを当てられ振り返ることは出来ない。
いったい、なにが……
考える暇もなく俺の意識は急速に闇へと落ちていった。