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異世界に召喚されちゃったんですが?

本日2話目

01

 眩しいほどの光が収まると周囲の景色が一変していた。

 タイル張りの床と蛍光灯で照らされる見慣れた学校の教室から、篝火で煌々と照らされながらもどこか薄暗い石造りの建物に変わっているが、そんなことはどうでもいい・・・・・・

 周りのクラスメイトたちも自分の身体が徐々に消えていく恐怖から解放され、しっかりと自分の身体がそこに存在することに安堵している。

 俺だってそれは同じだ。

 足先から徐々に自分の身体が消えていくなんて恐怖体験は二度としたくない。

 マジで怖かった。


「…………ふぅ」


 誰かが安堵したようにため息を吐いた。

 それを合図にしたように、自分の身体が五体無事に存在する一頻ひとしきりの感動を終え、俺たち土湖鹿野高校1年4組の面々はこの時になってようやく自分たちの置かれた状況の不可思議さに不安を覚え始めた。

 ここはいったいどこなのか、先ほどのあれはいったい何が起きていたのか。

 誰も答えを知りようがなく、徐々にざわめきが大きくなっていく。

 叫ぶように状況説明を求める声を上げる者もいる中、冷静に状況判断しようとしているのは我らが1年4組の委員長、 胤梢いんちょうくんだった。


「みんな! とりあえず落ち着こう。慌てたって何にもならないよ」


 声を張り上げた委員長の言葉で、怯えた様子ながらもヒステリックに叫ぶようなマネをする人間は大分減り、多少の落ち着きを取り戻した。

 しかし、皆に認められる委員長とて他の皆と同じ15才の少年である。

 あまりにも常識離れした状況に置かれて混乱する40人もの人間を全員落ち着かせるにはカリスマ性も貫禄も圧倒的に足りていない。

 事実、半数以上の生徒は口こそ閉じたものの不安な表情はまったく晴れず、興奮冷めやらずに叫び続けている者もいる。

 俺は、そんな叫んでいる奴らを見て、なんてバカなことをしているのかと思った。

 委員長の言う通り、慌てたって何にもならない。

 叫んだところで、皆が同じ状況なのだから答えを知っている人間だっていないのだ。

 そんな状況で無駄に叫んだりして体力を消費するのは利口とは言えない。

 とは言え、バカなことをしているとは思うが、黙らない彼らの言い分もわからないわけではない。

 落ち着いたところで、蛍光灯に照らされた明るい教室から、こんな篝火だけが唯一の光源の薄暗い石造りの部屋に突如移動するなんて摩訶不思議な状況を俺たちみたいなただの高校生に解明できるわけがないからだ。

 これはクラスメイトをまとめるのは難しそうだな。

 歴史の路地井じじい先生では、覇気もないよぼよぼの老人だから大人の威厳ってやつで生徒をまとめることも出来ないだろう。

 ……って、路地井先生いなくね?

 周囲を見回してみても路地井先生の姿はどこにもない。

 ザッと確認した範囲ではクラスメイトでいなくなった人間はいないようだが、同じ教室にいた路地井先生の姿だけがこの場にない。

 念のためにいなくなった人間が他にもいないか再度きっちり確認しようとしたところで、ギギギと大きな音を立てて部屋の一角にある壁――いや、薄暗くて壁と区別がつかなかった扉が開かれた。

 けっこうな大きさの音がしたため、叫んでいたやつもこの時ばかりはさすがに黙り、全員の視線が揃って扉の方へと向けられる。

 いったい扉の向こうには誰がいるのか、何があるのかと誰もが緊張し固唾を呑んで注視する中、扉の向こうから現れたのは頭を下げたお姫様の姿だった。

 そう、お姫様だ。

 完全に扉が開かれたところで上げられた顔を見たら、彼女をそう表現する他になかった。

 純白の煌びやかなドレスに身を包み、肩下まで伸びる金色の髪にはキラリと光る銀色のティアラが載っている。

 こう言っては女子から袋だたきにされそうだが、クラスメイトの誰よりも美しいその容姿に男子一同が揃って頬を染めてしまうほどの美貌だ。


「我らの声に応えていただき感謝いたします勇者様……方」


 鈴の鳴る声ってのはこんな声を言うのだろうと思えるほど耳心地良い声でお姫様はそう言った。

 しかし、向こうも状況把握が出来ていないのか?

 明らかに顔を上げて見た俺たちの姿が複数あることに驚いて、なんとかそれを悟らせまいと慌てて「方」って言葉を付け足したように見える。

 だけど、勇者……勇者か。

 これでも世間一般で言うところのオタクなんて呼ばれ方をする人間の1人である俺は、それなりにその手のサブカルチャーには詳しいと自負している。

 何の取り柄もない男子学生が、ある日突然異世界に勇者として召喚されて、魔王を倒してお姫様と結ばれる――なんて話は人気ジャンルの一角として様々な話が古今作られている。

 男子中学生なのに○○○でパートナーを強くする能力を得て異世界に来ちゃったんですが? や 放課後ブレイバー などアニメ化した作品だけでも両手で数え切れないほどの数が存在する。

 それらのほとんどは深夜帯に放送され、一般に広くその名前を知られているとは言い難いが、それでもアニメにして利益が出せると判断される程度には人気が出て、なおかつ面白いと思える内容だとの証明であろう。

 そんな異世界召喚系とも呼ばれる状況に俺たち・・は置かれているわけだ。

 しかし、そうすると問題は召喚されたのが「俺」ではなく「俺たち」なところだろう。

 物語ならば、召喚された勇者は1人で、その世界の人間を仲間にして魔王を倒すという展開が普通だ。

 しかし、俺たちは一クラスの生徒が丸ごと召喚されてしまっているので、物語と比べれば状況がおかしい。

 仮に俺たちの置かれた状況を物語にするとしたら、魔王を倒した後でお姫様は誰と結ばれるというのだろうか?

 お姫様とクラスの男子全員で逆ハーですか?

 一妻多夫?

 それなら女子はどうするっていうんですか?

 ここには来てないけど王子様でもいるんですか?

 王子様のハーレムですか?

 それだと主人公は俺たちじゃなくて、王子様ですよね?

 そもそも、学生が異世界に召喚されて勇者になるって話は物語フィクションだから面白いのであって、自分がその勇者になるなんてのは御免被りたい。

 現実リアル物語ファンタジーは違うんだ。

 本当に死ぬかもしれない危険が伴うのに、命がけの大冒険なんて恐ろしすぎて経験したいと思う方がどうかしている。


「お前が犯人か!?」

「ここはどこよ!」

「俺たちをどうするつもりだ!?」

「何が目的なの!?」


 事情を知っているらしいだろう上に見るからに儚げでか弱いお姫様は格好の非難をぶつける的だ。

 お姫様が現れるまで叫び続けていた奴だけでなく、委員長のおかげで一応の落ち着きを取り戻した連中までもが一斉に叫びだした。

 可哀想にも思えるが、俺たちの置かれた状況で、この状況を説明できそうな人間が現れたのだから、無理はないことだろう。

 しかし、いくら不安だからと言って相手が答える間もないくらい一斉に言ったら相手だってどうしようもないことが皆はわからないのだろうか?


「みんな、落ち着けよ!」


 一斉に叫ぶこの状況をどうすればいいのだろうか? と考えることしかできなかった俺とは違い、見事に皆の注目を集めたのは、委員長――ではなく、クラスカースト上位でリア充筆頭の池照いけてる ひとしくんだった。

 普段のクラスで非常に大きな発言力を持っている彼の言葉は、この非常事態においても力を持っているようだ。

 クラスメイトたちはお姫様を責め立てるのを一旦辞め、池照くんに視線を集めた。


「みんなが一斉に話したら向こうだって答えられないだろ? 順番に話を聞こう。いいですか?」


 ゆっくりとした足取りでお姫様を守るように池照くんはクラスメイトとお姫様の間に移動して、そう言った。

 クラスメイトたちを落ち着かせるように声をかけつつ、最後の一言は振り返ってお姫様にも問い欠けている。

 まぁ、お姫様の意見も聞かずにこちらだけで決められはしないだろう。

 なにせ、答えるのはお姫様だ。

 お姫様の協力なくしては順番に話を聞くことなど出来るわけがない。

 お姫様には池照くんが自分の勇者に見えているのかな?

 心なしか頬が赤くなっているようにも見える。

 イケメンは何しても絵になるから羨ましい限りだ。


「はい。皆様をお呼びしたのはわたくしどもです。質問には出来うる限りお答えいたします」


 お姫様は真摯な表情でそう言って池照くんに頷いた。

 どうやら協力的なようで助かった。

 お姫様の言葉を聞いて、クラスメイトたちもなんとか多少の落ち着きを取り戻したようだ。


「じゃあ、質問がある人は手を上げてくれ」


 池照くんの言葉に、ほとんど全員が一斉に手を挙げた。

 そりゃそうだ。

 聞きたいことは山ほどあって、全員が自分の知りたいことを聞きたいんだからみんな手を上げるよな。

 誰もが自分から聞かせてくれと表情で物語っている中、池照くんが指名したのは自身と特に親しくクラスカーストで上位に入る柔道部の男山おとこやま たけしくんだった。


「ここはどこで、アンタは誰だ? 俺たちをどうしたんだ?」


 最初の質問にして、全員が最も知りたいであろうことの核心を突く質問だった。

 大半のクラスメイトが男山くんの質問を聞いて、我が意を得たりとばかりに頷いている。


「順番にお答えいたします。この世界は皆様のいた世界とは異なる世界【ラグヘンズ】です。ここはその世界でもフールン王国の王城となります。わたくしは、フールン王国第二王女のビチア・バズレー・フールンと申します」


 お姫様は自己紹介も兼ねてそう言うと一旦言葉を句切って頭を下げた。

 カーテシ―ってやつだ。

 だけど、あれって確か跪くのと同じ意味なんじゃなかったか?

 お姫様が跪くなんておかしくないか?


「この世界は今危機に瀕しております。恐るべき魔族の手によって世界は滅びる寸前なのです。わたくしたちも必死の抵抗を続けておりますが、隣国のジャスティ王国は魔族の手先となり我が国を攻め、魔族の先鋒である魔物たちの攻撃により人類を守護する我が国もこのままでは倒れてしまうでしょう。ですが、このまま座して死を待つわけには参りません。なんとか状況を打破するために王家の秘儀とされていた勇者召喚の儀を行い、魔族を滅する力を持った者――勇者である皆様をこの世界にお呼びいたしました」


 俺の疑問を他所にお姫様は悲壮感たっぷりに状況を説明した。

 その説明のおかげで新しい疑問まで出てしまったな。

 しかし、勇者召喚の儀式か……

 物語ならばありきたりな話だけども、こんなに大勢が召喚されるなんて事があるのか?

 物語と現実は違うものだとは言え、お姫様も最初は俺たちが複数いることに戸惑っている様子だった。

 まぁしかし、秘儀とされていたなら、長年行われず記録も伝承とかって形だったんだろうし、予想と違うってこともありえるのだろう。

 一番問題となるのは、俺たちがこの話を聞いてどう行動するのか、だ。

 物語で召喚された勇者様なら、二つ返事で了承するか最初は渋りつつ消極的だが最終的には問題を解決する決意を固めるかのどちらかが主流だ。

 しかし、それはあくまでも物語フィクションの話である。

 物語を進めるために、物語をより面白くするために作者が決めた行動をなぞっている主人公だからこそ、どんな危険なことにも正面から立ち向かうのだ。

 では、現実としてそんな状況に置かれた俺たち1年4組の面々はどうなのかと言うと、そんなことできるわけがないだの、誘拐がどうのとか、戦いなんて危険なことはしたくないと誰もが叫んでいる。


「えっと……ビチア様……で、いいんでしょうか?」

「はい。どうぞビチアとお呼びください」


 皆が無理だと叫ぶ中、池照くんがお姫様におずおずと話しかけた。


「じゃあ、ビチア。僕たちは普通の学生で、世界を滅ぼそうとするような危険な相手と戦う力なんて持っていないんだ。悪いけど、力にはなれないと思う」


 クラスメイトの様子を見てそれはわかっているのだろう。

 お姫様も黙ってその言葉に頷いた。

 しかし、お姫様の表情には落胆などの色はない。

 お姫様が口を開こうとしたところで、池照くんはだけど、とさらに続けた。


「力はないけど、僕はこの世界のために戦いたい。助けを求めているあなたのために!」


 池照くんの言葉においおい……と思わず呆れてしまった。

 自分で戦う力はないって言ったいながら、戦う力を求めている人間にどんな協力が出来ると言うのか。

 まぁ、勝手にクラス全員で協力しますとか言い出さないのは評価できるけど――大したもんだ。

 そうだよな。

 助けを求めてるんだから、俺たちはビチア様を助けるべきだ。

 この身を犠牲にしてでも――ん? あれ?

 なんか違和感があるな。

 なんだ?

 何が、と具体的なことは言えないが、言いようのない何かが違和感となって引っかかる。

 この違和感の正体は何なのかと首をひねっていると、お姫様が口を開いた。


「あなた様の言葉を嬉しく思います。ですが、ご安心ください。皆様は勇者召喚の儀式を経たことで、魔族と戦うための力を手に入れております」


 異世界に召喚された時に力を手に入れているのか。

 これもまた物語ではよくある展開だ。

 さてはて……俺はいったいどんな力を手に入れたんだ?

 期待に胸が膨らむな。


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