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いきなり職務質問されることになったんですが?

12

 朝日が昇った。

 ラグヘンズという異世界に来てから2日目の朝である。

 どこの世界であろうとも朝日って奴は綺麗なものであるのは変わらないらしい。


「おぇ……うぉぇぇぇっ!」


 綺麗な朝日の下、四つん這いになった俺はまたも嘔吐していた。

 吐き気がヤバいです。

 さすがに武蔵が精神操作を壊した時よりはマシだけど、だからと言って吐くのが辛いことに変わりはない。


「軟弱ね」

「おえぇぇぇぇぇぇっ」


 嘔吐く俺の背をさすりながら呆れたように言う武藏の言葉に返事も出来ない。

 そもそもこの強烈な吐き気の原因のくせに何を言うのか。

 嫌みを返す余裕すらなく、森で吐いたばかりのせいで空っぽの胃にさらなる負担をかける。


「だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょ」


 心配そうに問いかけてきた門番さんに武蔵はケロリとした顔で答えた。

 少しは責任を感じて欲しいね、まったく……


「それで、ここはずいぶん大きな壁に囲まれているけれど、どこなのかしら?」

「どこって……ジャスティ王国の王都だぞ? 知らないで来たのか?」


 武蔵の質問に門番さんは呆れた様子で答えた。

 ジャスティ王国ってのは聞き覚えがあるな……

 そうだ。

 あの屑姫が魔族の手先になったとか言っていた国だ。

 吐き気が多少マシになったので、胃液に濡れた口元を拭いながら立ち上がる。

 魔族の手先とか言うわりにずいぶんとまぁ平和そうじゃないか。

 門番さんだって見るからに素朴な雰囲気のやさしそうな男だぞ?

 不審者を警戒する門番がそれでいいのかは別だが……


「武蔵、お前なぁ……」


 そんなことよりもまず、王都の前で嘔吐するなんて門番さんだってビックリの原因になった武蔵への責任追及が先だ。

 野を越え谷越え、山越えてやってきたジャスティ王国の王都だが、俺とクラスメイトたちが召喚されたフールン王国からわずか数時間で到着できるほど近所ではない。

 それをこうして隣町どころか隣国の王都にまでやってこれたのは、何を隠そう武蔵のせいおかげだ。

 最初は普通に歩いていた。

 森を抜け、しばらく歩いていたら道を見つけることも出来た。

 それから道なりに歩き続けていたわけだが、空が白んできても隣町なんて影も形も見えてこない。

 そこで武蔵は、何を考えたのだかいきなり俺を担ぎ上げ、抵抗する間もなく走り出しやがったのだ。

 まぁ、それだけなら問題はなかった。

 走っている最中に首ががっくんがっくんなって、ちょっとむち打ちみたいに首が痛んだけど、そこまで酷くはなかった。

 オリンピック選手なんぞでは比べものにならない――文字通り漫画の登場人物の身体能力を誇る武蔵が走るのだ。

 お荷物おれを抱えていたとしても、すぐに隣の町が見えてきた。

 そこで終わればよかったのだが、なぜだか知らないが武蔵はその町を無視して走り続けたのだ。

 スピードだけでなく、川や丘をジャンプで越えるせいで武蔵が跳ぶ度に上下運動が加わり、どんどん俺の気分は悪くなっていく。

 武蔵の背中にゲロをぶちまけなかったのを褒めて欲しいね。

 と言うか、嘔吐いている俺の背中を撫でる優しさがあるのなら、なんで移動にはあそこまで容赦なかったのかと問い詰めたい。


「何か文句でもあるのかしら?」

「………………ありません」


 睨まれたら何も言えないよ……

 そりゃ、出来るだけフールン王国の王都からは離れたいとは言ったのは俺だよ。

 だけどな?

 俺や夜の内に隣の町に移動して、情報を集めるのと同時にオーガの魔石を換金して移動資金にするとか考えていたわけですよ。

 それがまさか、いきなりこれ以上移動する必要がないくらい遠くまで来られるとは思わないじゃないか。

 有無も言う暇すらなくいきなり担がれるとか誰が予想するんだよ。

 国境越えるなんて予想できる方がおかしいって……


「大丈夫なのか?」

「えぇ……まぁ、なんとか……」


 変わらず心配そうに俺を見る門番さんに日本人の得意技である愛想笑いを浮かべながら答える。

 きっとこの門番さんはお人好しなんだろう。

 普通なら、ものすごい速さで門の前に来たかと思えば、いきなりその場で嘔吐し始める奴は気味悪がるもんだと思う。


「それで……お前らは何者だ?」

「不幸な旅人……ですかね?」


 ……これはないな。

 自分で言ってて、なんだそれはって思う。

 町に入る時に門番にこんな感じで質問されるとは思っていたけど、どうやって説得しようかは歩きながらでも考えようと思っていたのだ。

 それが、いきなりの武蔵ジェットコースターのおかげでそんな余裕は吹っ飛んでしまった。

 案の定というか、門番さんは訝しげな表情を浮かべている。


「王都に来た目的は?」

「…………か、観光?」


 これも失敗だろうか?

 やっぱりここは、物語で定番の田舎から仕事を探しに来たとかそっち系の方が良かっただろうか?


「賊ではなさそうだが……」


 そりゃ、王都の前でいきなり嘔吐するような盗賊とかはいませんよね。

 お人好しの門番さんにすら、もう完全に不審者を見るような目を向けられてしまっている。

 どうすれば良かったというのか……


「とりあえず、ちょっと詰め所で話を聞かせてもらおうか?」

「………………はい」


 職務質問タイムですね。

 今度は失敗しないようにしないと……

 門番さんの先導で王都を囲む壁の中・・・にある部屋へと案内される。

 朝も早い時間だというのに先導している門番さんと同じで、皮鎧に鉄のヘルム姿の人たちと何度もすれ違った。

 国の首都たる王都なだけあって、24時間体制で警備が成されているんだろう。

 門番さんは途中ですれ違う1人に声をかけ、取調べるからと同行をお願いしている。

 取調べは2人でやるのだろう。

 刑事ドラマとかで良くある、優しい警官と怖い警官でもやるのかな?


「この部屋だ」


 門番さんが立ち止まったのは取調室という札のかけられた扉の前だった。

 まぁ、当然だな。

 不審者の取調べに談話室サロンを使う馬鹿はいない。


「む? どうしたのだ?」

「ん? ちょ、チョローイン様!?」

「な、なんであなたがこんなところに!?」


 門番さんが扉を開けようとしたところで後ろから声をかけられた。

 声をかけた人を見て門番さんはずいぶんと驚いているようだが、この人は誰だろう?

 なんか金髪縦ロールのお嬢様みたいなのに鎧姿ってなんともまぁアンバランスな人だ。

 門番さんが様付けするってことは偉い人なのか?

 まぁ、あの髪型で貴族じゃなかったら嘘だろ。

 あんなに見事な縦ロールは初めて見た。


「いや、なに……たまには初心に返って門衛の仕事でもしようかと思ってな。陛下からの許可は得ているから問題はないぞ」

「そ、そうですか……」

「それで? こんな朝早くから取調べなんてどうし――た?」


 ん?

 なんか縦ロールさん、一瞬言葉に詰まらなかったか?

 大きく目を見開いて見ている先は……武蔵?

 赤い髪が珍しいってことはないよな?

 フールン王国の城でも緑や青なんてファンタジックな髪の色をした人は普通にいたし……


「いえ、問題はないと思いますが、どうにも挙動不審だったので念のために話を聞こうかと思いまして……」

「ふむ……なるほどな。それならせっかくだ、私が話を聞こう」

「え!? チョローイン様自らですか!?」

「久しぶりに門衛らしく不審者から話を聞きたいのだ。何か問題でもあるのか?」

「い、いえいえ、そんなことはありません。よろしくお願いいたします。お前は戻っていい、俺がフランシーヌ様と取調べる」

「いや、私1人で構わんぞ」

「で、ですが……」

「構わんと言っている」

「わ、わかりました。では、私も門に戻らせていただきます」

「うむ。そうするといい」


 鷹揚に頷いた縦ロールさんはいたく恐縮した様子の門番さんたちを見送ると、取調室の扉を開けて入室を促した。

 中に入ると中央に机が置かれ、置くと手前に2脚ずつ椅子が並んだだけで、部屋の中は至ってシンプルな作りをしている。

 縦ロールさんの指示で武蔵は烏丸を両方とも扉の横に置き、俺たちは奥の椅子に並んで座る。


「さて……では話を聞こうか」


 縦ロールさんは武蔵の対面に座るとさっそくそう切り出した。


「まずは自己紹介と行こうか。私は近衛第二小隊隊長のフランシーヌ・ワ・チョローインと言う。名前の通り、貴族だが畏まる必要はない。今この部屋にいる私は先ほどキミ達を案内した男と同じただの門衛だ」


 縦ロールさん、フランシーヌさんはそう言って敵意がないと言うように微笑んだ。

 部屋の前で話してた時も思ったけど、縦ロールなのにですわ口調じゃないんだな……なんかそっちの方が似合いそうなのに……

 それにしても近衛って言うと物語なんかじゃエリート集団みたいなイメージだけど、門番の仕事をするなんてそうでもないのか?

 いや、門番さんは驚いていたし、王様から許可をもらってわざわざ来るぐらいだから、この人が変わり者なだけかもしれない。

 っと、こっちも自己紹介しないといけないのか。


「柳野 葉太です」

「宮本 武蔵よ」


 咳払いで先を促され、慌てて自己紹介する。

 俺たちの名前を聞いたフランシーヌさんは満足げに頷いた。


「見たところキミはジャポネの出身だろうか? 姓がヤナギノで間違いないかな?」

「ジャポネってのがどこだかは分からないですが、柳野が姓で葉太が名前なのは合ってます。彼女も宮本が姓で武蔵が名前です」

「ふむ……赤髪のジャポネ出身者は珍しい。さぞ苦労したのだろうな」


 なんだか知らないが、フランシーヌさんは武蔵を見て同情的な感じになっている。

 髪の色だけで苦労するなんて、ジャポネってどんな国だよ……

 語感的には物語でよく見かける日本っぽい国なんだろうけど、いくらなんでも排他的過ぎるだろうに。


「では、改めて――」

「失礼します」

「――む? エリー、何故お前がここにいる」


 フランシーヌさんの言葉を遮るように扉が開かれ、1人の女性が部屋に入ってきた。

 サラサラとしたストレートの金髪で、豪華な頭のフランシーヌさんとは対照的な女性だ。

 しかし、彼女はなんだか歓迎されていないみたいだな。

 フランシーヌさんは入ってきたストレートさんに胡乱うろんな視線を向けている。


「あなたが1人で取調べをしようとするからでしょう。取調べは二人一組で行うのは新人にも教える常識ですよ?」

「私は1人で問題ない」

「近衛の小隊長を務める人間が何を言っているんですか! 騎士だけでなく兵の規範ともならねばならないのですよ? そんなあなたが率先して規則を破るなど何を考えているんですか! そんなことだから、陛下に咎められて1ヶ月も下級兵のような仕事をすることになったんですよ!?」

「おまっ!? 言ったな!? それを取調べ相手の前で言うか普通!?」


 なんか、部屋の前では自分から志願したみたいなこと言ってたけど、ただの懲罰なのかよ……

 そう言えば、なんでここにいるのか聞かれた時、微妙に言い淀んでたな。


「言いますよ! 副官だからと巻き込まれた私に少しでも悪いと思っているんですか!? あなたのせいで私まで3ヶ月も減給されたんですよ!? 貴族のあなたと違って私は実家に仕送りもしてるんです! それが減給って、来月から生活が厳しくなるんですよ!? 私は何もしていないのに! 監督責任って、なんで私が上司のあなたを監督しないといけないんですか!? 監督するのはあなたでしょうが!」

「え、エリー、ちょっと落ち着け……」


 …………ストレートさん、苦労してるんですね。

 なんかもう、ストレスで爆発したのがこのやり取りだけで分かる。

 よっぽど普段からフランシーヌさんに苦労をかけられているのだろう。

 ふぅふぅと肩を大きく上下させるストレートさんをなんとか落ち着かせようとフランシーヌさんも立ち上がって、必死で宥めている。

 なんだか置いてけぼりにされてしまったな。


そういえば、異世界に来てからもとい物語が始まってから2日(実質24時間経っていない)という短さで、2回も嘔吐する主人公ってコイツ以外にいるのか?

ゲロインならぬゲーローってやつだ……ヒーロー要素がなくなってただのゲロになってるw

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