今後の方針を考えるんですが?
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「いつまで一緒にいられるかは分からないけれど、私の人生を決めるまでは創造主たるあなたに付き合ってあげるわ。私を剣として上手く使いなさい」
「あ、はい……」
ありがたいけど、ムサたんは世界が変わってもムサたんである。
自分の意志を持っている以上は、俺の言うことに必ず従うとは限らない。
今後、英雄召喚で新しく召喚できる人数が増えた時、物語のキャラクターを召喚するなら交渉が必要になるのは注意しないといけないな。
少なくとも今はムサたんが一緒に来てくれることを素直に喜ぼう。
伊織相手に限った話ではなく、ムサたんは基本的に面倒見がいい。
俺の状況を知っている以上は、俺がよっぽどバカなことをして見捨てられでもしない限り3人目が召喚できるまではついてきてくれるはずだ。
「それで? これからどうするつもりなのかしら? あなたを操っていた相手に復讐でもする?」
「あぁ……っと、どうするかな?」
いきなりムサたんは物騒なことを言う。
恨みがないと言えば嘘になるが、だからと言って即座に復讐しようと思えるほど酷いことはされていない――いないよな?
少なくとも、死人どころか怪我人も出ていないので、そんなイメージがないだけで実際の所、俺たちは誘拐されたわけだ。
正直な話、俺は何事もなく元の世界に帰らせてもらえさえすれば復讐しようとまでは思わない。
まぁ、あの屑姫には嫌がらせしたいとは思うが……
しかし、そうするとどうすればいいんだろうか?
精神操作をされていた時なら、一も二もなく城へ戻っていただろう。
当たり前の話だが、その選択肢はなしだ。
今の俺は、俺たちを世界を救うための駒扱いする屑姫の役に立ちたいとは思わない。
それに屑姫の話がどの程度事実なのかもわかったもんじゃない。
精神操作なんて汚いことを平気でやるようなあの屑のことだから、実際は魔族は何も悪くない可能性もある。
もしかしたら、単純に自分たちの国が世界の覇権を得るためなんてくだらない理由で俺たちを召喚した可能性だってある。
事実がどうであれ、俺たちが協力するような謂われはないのだから、問題となるのはクラスメイトのことぐらいか?
クラスメイトたちも俺と同じように精神操作をされているはずだ。
そんな状態で魔族との戦いに駆り出されれば、どんな被害が出るのか分かったもんじゃない。
操作されていた時の記憶もはっきり残っているのでわかるが、精神操作されている時なら間違いなく自分の命よりも屑姫の利益を優先しただろう。
間違いなく自分が死ぬ状況でも、屑姫の命令があれば喜んで命を捨てるはずだ。
そんなクラスメイトたちを見捨てて自分だけのうのうと生きていくのは気が引ける。
なんとか自分の安全を図りつつクラスメイトたちを救出し、元の世界に帰る方法を探す。
やるべきことはこんなところか?
さて……そうすると、この目標を達成するにはどうすればいいのか、だな。
「なにかしら?」
「なんでもないです」
どうしたものかと考えて、ムサたんに目を向ける。
今の俺が持つ唯一の手札であり、最強のカードだ。
作中の能力を全て使えるとすれば、ムサたんは最強である。
だが、それはあくまでも侍学園という作品の中野はなしであって、この世界でも最強だという保証はない。
俺はこの世界のことをまともに知らないのだ。
まずはこの世界のことを知ることが先決ではないだろうか?
まさか今日の明日で魔族との戦いが始まるわけはない。
数週間は訓練を重ねるような話をしていたので、少なくとも数日程度で状況が変わることはないはずだ。
幸いにもこの世界には冒険者のシステムがあるらしいので、俺とムサたんの生活費は冒険者として魔物を狩れば十分に賄え――あ……
「魔石!」
「どうかしたの?」
突然叫んだ俺にムサたんは何事かと首を傾げているが、俺にはそれを気にしている余裕はない。
なにせ、ゴブリンを倒してからはそれなりの時間が過ぎている。
もしかしたら、血の臭いにつられた他のゴブリンやコボルトに食い荒らされている可能性があるのだ。
物語で、コボルトなんかは犬系統の魔物だけあって鼻がいいことが多いのだ。
この世界でもそうだとしたら、ゴブリンの魔石がコボルトに奪われてしまう。
だが、問題はオーガから逃げるのに必死で、ゴブリンたちとどこで戦ったのか正確な場所が分からないことだ。
「あぁ……くそっ……」
もったいないけどゴブリンの魔石は諦めるしかないか。
まぁ、ゴブリンは魔物の中では最弱なのだから魔石の売却価格も安いだろうし、オーガは目の前にいるんだ。
こいつだけでも2人の1日分の生活費にはなる――と、思う。
「ねぇ。さっきから1人で黙ったまま百面相しているけれど、言葉にしてくれないと私には分からないの。なにか言ってくれないかしら?」
「あぁ……悪い。えっとムサた……えぇ……宮本さん? よろしいでしょうか?」
「武蔵でいいわよ。ムサたんは辞めて欲しいわね」
「あ、はい。じゃあ、武蔵さん、とりあえず今後のことを考えたので聞いていただいてよろしいでしょうか?」
「えぇ、いいわよ。それと……そうかしこまらないで、さっきまでみたいに普通に離せばいいじゃない。気分が悪いわ」
「ごめんなさ……いや、悪い」
いつかはいなくなると明言されているから少しでも下手に出て、出来るだけ気に入られたいだけです。
でもまぁ、ムサた――武蔵の性格的には小判鮫キャラみたいにへこへこしている奴は逆に嫌われるか……
ダメだな。
武蔵の性格を知っているつもりでも、どうにも緊張していてそこまで頭が回っていなかった。
性格は知っているんだから、気に入られるように振る舞わないとな。
とりあえず、かしこまるなと言われたのだから砕けた感じで話そう。
少なくとも名前で呼ぶことを許してくれるあたり、嫌われてるってワケではなさそうだ。
「じゃあ、武蔵。俺の最終目標は元の世界に帰ることだ。だけど、その前に俺と一緒に召喚されたクラスメイトを救い出さないといけない」
「あら、召喚されたのはあなただけじゃなかったのね?」
「あぁ。一クラス丸ごと召喚されて、俺の他に39人いる」
「そう。いいんじゃないかしら? クラスメイトはすぐに助けにいくの?」
武藏の言葉に俺は首を横に振る。
そうしようかとも考えたが、やはり武蔵よりも強い相手がいる可能性がほんの僅かにでもある以上、危険な橋は渡れない。
「いや。最低限教わったけど、本当に最低限のことしかこの世界のことを俺は知らないんだ。この世界の人間がどれくらいの能力を持っているのか……ないとは思うけど、武蔵よりも強い人間がいるかもしれない」
「あら? 私より強い人間?」
クスリと武蔵は笑みを浮かべた。
何ですかその笑みは……
もしかして、俺より強い奴に会いに行くとか昔のゲームのキャッチコピーみたいなことを考えているんじゃないだろうな?
「ごほん……万が一のことを考えたら慎重を期す必要があると思う。今すぐクラスメイトたちが危機的状況に陥るなんてことはまずないだろうから、まずは情報収集から始めるべきだと思うんだ」
「そう。孫子ね」
「そんし?」
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず殆し。聞いたことないかしら?」
「なにそれ?」
全然聞いたことないんですけど?
「敵の情報と自分の情報をしっかりと把握していれば100回戦っても負けない。敵のことを知らずに自分のことだけ理解していれば勝ったり負けたりを繰り返す。そして、敵のことも自分のこともわかっていなければ必ず負ける。そういう意味の言葉よ」
「へぇ~」
そんな言葉があるのか。
でも、それがなんでそんしなんて言葉になるんだろうか?
略したとしても頭の言葉は「そ」も「ん」も「し」もないよな?
まぁ、いいや。
「情報を集めるなら人のいる場所に行く必要があるわね。どこに向かうつもりかしら?」
「最寄りの町は俺が逃げ出した城があるからやめておいた方がいいよな? とりあえずこの森を出て道を探して、別の町に向かうべきだよな……できるだけ遠くの町がいいけど、この世界の地理とかわかんないしどうすればいいのか……」
ん?
武蔵さんや、なんですかな? その顔は……
ものすごい意外そうな顔をしているんですけど、何か言いたいことでもあるんですか?
「さすがに私も初めて来た世界の地理はわからないわね。迷っていても仕方がないし、行きましょうか?」
「あ、ちょっと待って。そのデカ物、魔石があるハズなんだ」
「魔石?」
「あぁ。この世界の魔物は体内に魔石ってもんがあるらしい。俺も実物は見たことないんだけどね」
「それがなんなのかしら?」
「いや、売ったら金になるんだってさ。先立つものもないし、金になるものを捨ててはいけないよ」
「あらそう。それじゃあ、さっさと取り出しましょう。どこにあるのかしら?」
いや、それは知らん。
そう言ったら何度目になるのか分からない呆れ顔をされたが、知らんもんは知らんのだ。
「はぁ……仕方ないわね……」
そう言って武蔵は烏丸を1本抜くとスタスタとオーガの死体に歩み寄った。
「魔石というぐらいだから骨と同じぐらいには硬いのよね?」
「それもわからない」
武蔵はまたため息をこぼした。
ほんと、何も知らなくてごめんなさい。
「まぁいいわ」
武蔵はそう言うと、オーガの死体を滅多切りにした。
構えた状態から動いているようには見えないけれど、オーガが骨だけを残して肉が徐々に消えていくのだから武蔵が斬って肉をそぎ落としているんだろう。
「あったわ。これね」
血の一滴すらも消え、見事に骨だけになったオーガの骨格標本の中から、武蔵はハンドボールみたいな大きさのキラキラと光る石を手に取った。
それが魔石か……
「さ、これでもういいでしょ? 行きましょう」
「あぁ。俺は正直戦闘力皆無だから、守ってください」
「えぇ、任せておきなさい」
俺の情けないことこの上ない言葉に武蔵は微笑みを浮かべて応えた。
侍学園で何度も描かれていた自信満々の笑みだ。
月明かりに照らされる武蔵の微笑みはこれ以上ないほどに綺麗だった。
この目で彼女を見ることが出来たのだから、この世界に召喚されたのも悪いことばかりではないんじゃなかろうか?
武蔵がいれば、すぐにクラスメイトを助けて元の世界に帰ることになりそうだけど、それまでは役得だと思って彼女との度を楽しもう。
これからなにが起きるのか知らない俺は、なんとも呑気にそんなことを考えるのだった。