英雄召喚というアビリティの真実なんですが?
設定吐き出し回――だったんだけど、加筆分はほとんど設定以外なので設定吐き出し回と言っていいのか微妙。
09
パリンと何かが割れるような音を聞いた気がした。
一瞬、斬られるっていうのはこういう感じなのか、意外と痛みもないし苦しさを感じることもないんだな、と間の抜けた考えが浮かぶ。
だが、継いで襲いかかってきたのはこの世界に来てから何度も襲われた頭痛すらもはるかに越える強烈な頭痛と堪えることなどできない吐き気だった。
「おぇ、うぉぇぇぇっ」
抱きしめていたムサたんを突き飛ばすように離し、その場に蹲って恥も外聞もなしに吐瀉物をまき散らす。
頭が痛くて死にそうだし、食道が焼け付くような痛みも感じる。
これ以上ないほどに最悪の気分だ。
「どう? 少しは気分が良くなったかしら?」
蹲って嘔吐いている俺を見下ろしながら、剣を鞘に収めたムサたんが問いかけてくる。
あぁもう、最悪ですよ。
そう答えることも出来ずに俺は胃の中が空っぽになってもまだ嘔吐き続けた。
「ねぇ……なんとか言ってくれないと分からないのだけど?」
いつまで経っても返事が出来ずに嘔吐いている俺を見て、ムサたんは呆れたようにそんなことを宣った。
お前は真性のドSか!? と、そう責め立ててやりたいが、そんなことも出来ない。
あぁ、もう。
分かってたことだけど、ムサたんは伊織以外にはこんな感じだよな。
「ねぇ、なんとか言ってくれないかしら?」
「な……なんとかぁ……」
蹲ったまま激しい頭痛に耐えつつ、絞り出すように何とか言葉を絞り出す。
俺の嫌みがよほど面白いのか、武蔵はクスクスと笑った。
「ふふ、嫌みが言えるぐらいには回復したみたいね」
お前絶対俺の状態分かってただろ!? と怒鳴りつけたいが、今の状態で、しかもムサたんを相手にそんなことを言えるはずもない。
理想のキャラクターだったけど、実物を見ると案外こんなもんなのか?
いや、理想は見ているだけだからこそ理想なのかもしれないな。
中学時代にアイドルオタクだった友人も、アイドルの私生活だとかのアイドルではない時間のことは知りたくないと言っていた。
彼も今の俺みたいな経験をしたのかもしれないな。
そりゃ現実は知りたくないと思えるのも納得だ。
「はぁ……はぁ……待たせたな。最高に最悪の気分にしてくれてどうもありがとう」
口元についた吐瀉物をぬぐいながら何とか立ち上がり、精一杯のやせ我慢で笑みを浮かべながら皮肉ってやる。
今なら彼女の言葉の意味が分かる。
気持ち悪い。
まったくもって彼女の言う通りだ。
ついさっきまでの俺は、どう考えても心底気持ち悪かっただろう。
何がお姫様の役に立つだ。
何が俺がこの世界を救うだ。
あの屑姫が俺たちを駒扱いした発言を耳にしたって言うのに、自分の身を犠牲にしてでもこの世界を救わないといけないと本気で思っていた俺は、まさしくどうかしていたとしか言いようがない。
たぶん精神操作って奴だろう。
元の世界に帰りたいとか、自分の命を危険にさらすことへの忌避感などをなくし、屑姫やこの国のことを第一に考えるような細工が召喚された時に成されていたようだ。
「あら、いいのよお礼なんて。その代わり教えてもらえるかしら。ここはどこで、あなたは誰?」
口の中に残った吐瀉物を唾と一緒に吐き捨て、まだ痛む頭に手を添える俺に武蔵は笑みを浮かべて問いかける。
まぁそりゃそうだろう。
今のムサたんであれば、持って当然の疑問だな。
彼女にとって、俺は屑姫たちと同じ存在だ。
相手の都合も考えず、自分の都合で彼女をこの世界に呼び出した。
やべ……もしかしたら、やっぱりここで死ぬかもしれない。
いや、ムサたんならムカつくからとかそんな理由で殺すようなマネはしないか……
しないよな?
「俺の名前は、柳野葉太。平和な日本からラグヘンズとか言うこの世界に召喚された哀れな被害者ってやつだ。それと同時に、キミをこの世界に呼び出した加害者でもある」
下手な誤魔化しは彼女の不興を買うだけなので、一切嘘も吐かずにはっきりと答える。
「ラグヘンズ……召喚……ね。どうやったのかしら? 私は帰れるの?」
「悪いけどわからない。この世界のことも俺の能力のこともまだまだ分からないことだらけなんだ。もしかしたら帰れるかもしれないけど、帰れない可能性もある」
「分からない? それはどういうことかしら?」
さすがはムサたんだ。
帰れないかもしれないと言われて取り乱すこともなく、ただ淡々と情報を集めようとしている。
クラスメイトや自分の時は取り乱していただけに、人間としての差のようなものを突きつけられた気分だ。
これが本物のムサたんなんだな。
「この世界に来たことで、俺は英雄召喚とか言うアビリティってのを手に入れたんだ。過去に実在した英雄を召喚する能力らしいんだけど、少なくとも聞いていた話とは違うこともあるし、まだ完全に能力のことを把握しているわけじゃないんだ」
「なるほど……つまり、あなたは私にとって未来の人間って事かしら? 未来だと全身タイツみたいな服を着るの?」
全身タイツって……ムサたん、あんたそりゃ昭和ぐらいにあった未来のイメージじゃないのか?
自分でも呆れたような表情を浮かべてしまったことがわかったが、ムサたんはそのことにツッコミを入れたりはしなかった。
もしかしたら、彼女なりの冗談だったのかもしれない。
「いや、俺にとってキミは漫画のキャラクターだ。聞いていた話だと実在した英雄を召喚するって話だったのに何故かキミが召喚できたんだ。もともと俺が召喚できたのは、俺の世界の歴史に実在した宮本武蔵って男の剣豪だった」
俺がそう答えるとムサたんはそれ以上質問を続けず、顎に手を当ててなにやら考え始めた。
あぁ……くそ。
現実を知ってしまって悲しいって思いはあるのに、やっぱり一番好きな漫画の一番好きなキャラクターが目の前にいるって言うのはすごいな。
正直、感動するって言葉しか出ない。
「あなたの能力にはどんな制限があるのかしら?」
「制限?」
考えをまとめ終えたらしいムサたんの問いに首をひねる。
英雄召喚の制限っていうと、アビリティを強化しないと召喚できる人数が少ないことか?
それ以外になにかあるかな……
「えっと……今の俺が召喚できるのは2人、板垣退助と宮本武蔵だけってのが制限だと思う。それ以外には思いつかないな」
「聞きたいのはそこじゃないわ。召喚にはどんな対価が必要なの? それと私が話しかけた時に驚いていたみたいだけど、私以外に召喚した人間には意志がないのかしら?」
あぁ、なるほど。
対価とかそういうのも制限と言えば制限だな。
さりげなく質問が追加されたけど、聞きたいことをピンポイントに聞いてくれた方がこっちは助かる。
「召喚の対価は俺の魔力ってやつらしい。それ以外には特にないと思う。それと板垣退助と俺の世界の方の宮本武蔵は俺の知ってる名言を口にするだけで意志とかはないみたいだ」
聞かれたことには答えているのにムサたんはどうにも難しい顔をしている。
知りたい情報が聞けないことに焦れているというか、自分の意を酌むことが出来ない相手の馬鹿さ加減に呆れているというか、そんな顔だ。
悪いが、俺は空気を読むとか相手の意を酌むような能力は低いからそこを責められてもどうしようもない。
俺は俺に出来る範囲で精一杯努力しているのだ。
ん? 待てよ?
「そう言えば、あれも制限って言えるのか? 召喚する英雄の能力は、その英雄のことをどれだけ知っているかで決まるんだ。生憎と俺は歴史が嫌いだから、もともと召喚できた2人は使い物にならないぐらい弱いよ」
「それね」
どれ?
俺の思い浮かべた疑問に答えることなくムサたんはようやく知りたかったことを聞けたらしいムサたんは満足げに頷いている。
まさか、俺が歴史嫌いってのが聞きたかったわけじゃないよな?
普通に考えれば、詳しければ詳しいほどに強くなる英雄召喚の特性が聞きたかったことだろう。
板垣さんと浮世絵武蔵の強さが知りたかったわけではあるまい。
「念のために確認するけれど、この世界はあなたにとっても異世界なのよね?」
「まぁな。俺は生まれも育ちも日本の土湖鹿野だし、外国にも行ったことないぐらいだ」
「そう。それならあなたの能力のことが少し分かったわ」
マジで!?
俺の知ってる情報に俺の知らない情報が眠っていたとでも言うのか?
あれ? でもなんでムサたんがこの世界のアビリティのことまで分かるんだ?
ムサたんはあらゆる意味で侍学園の作中最強キャラクターだった。
学力も優秀で、博識なのは間違いないけど、異世界のことまで詳しい理由には説明がつかない。
少なくとも俺の知っている設定の範囲で異世界のことをムサたんが知っているなんて情報はない。
「つまり、あなたの能力は実験世界群記録情報にアクセスして、自分の知っているそこに記録された人物を作り出す力があるわ」
「え? なにそれ?」
アカシックレコードって……あぁ、あれだ。
物語に良く登場する世界の記録とかそんなので、過去から未来までのあらゆる情報が記録されているとかいう代物だったと思う
そんなものが実在するのか?
「穴がふさがった後にこの世界であなたの世界の歴史上の人物を召喚できるのだから、世界間情報規制システムは働いていないことになるわ。だとすれば、あなたの能力は特定の世界の歴史を参照していないことになるわ」
何言ってるのかさっぱりわからん。
聞いたこともない言葉も出てきて難しそうなことを言われてもこっちはちんぷんかんぷんだ。
そんな俺の内心が表情に出ていたのだろう。
ムサたんは呆れたようにため息をこぼして言葉を続けた。
「あなた、世界がどういう形で存在するかは知っている?」
「丸い」
「…………そこからなのね」
頭が痛むのか、額にて当ててムサたんは首を横に振る。
世界は丸いだろう。
世界の大きさに触れる童謡でもはっきりとそう言ってるぐらいだ。
それ以外に表現する術があるとでも言うのだろうか?
少なくとも侍学園だって地球を舞台にしている作品だから、世界が丸いのは共通しているはずだ。
「物語がなんなのかもわからないわよね?」
「質問が抽象的すぎて説明は難しくなると思う」
「どうやって作られているかに絞ったらどうかしら?」
「それはあれだ。作者が自分の思いついた世界を描いてるんだろ?」
「それが実は間違いなのよ」
間違い?
そうだとしたら、何が真実だって言うんだ?
まさか何もない空間から突然漫画や小説が現れるわけでもないだろう。
誰かが自分の思い描いた世界を形にしているからこそ物語は他の誰かも知ることが出来る作品になっている。
「作家が描く物語は、自分で思いついたものじゃなくて、別の世界の記録をのぞき見ているのよ」
「まったく意味が分からん」
「たとえば、惑星とかの単位ではなく宇宙も含めてこの世界の全てが1つの箱に入っていると思いなさい。それがいくつも……それこそ人間の考えた単位では数え切れないぐらいに存在しているの。それらは全て狭間という世界によってつながっているわ」
宇宙も含めて全部が箱に入っている……
それはまたとてつもなく大きな箱だな。
って、あくまでもイメージの話か。
「作家は、狭間からわずかに漏れ出る異世界の情報を受け取って、それをあたかも自分が思いついたものだと勘違いして物語として描いているのよ。まぁ、無意識で行っていることでしょうから当然のことだけどね」
ダメだ。
もうなんか頭がこんがらがってきた。
「あなたでも分かるように簡単にまとめると、物語は作者が自分が思いついたと思っていても、実際は別の世界の歴史を描いているってことよ」
なるほど。
俺の理解が追いついていないこともお見通しですか。
「いやいや、それはおかしいだろ」
「なにがかしら?」
「だって、世界がつながってるとか、情報を受信とかそんなんあるわけがない……」
「だったらあなたは、どうしてこの世界に来ているのかしら? 世界は壁のようなもので遮られているけれど、そこに穴を開けたことであなたはこの世界に連れ込まれたのでしょう? 別の世界の歴史を垣間見るのは、霊能力や超能力の一種だと思えば理解できるんじゃないかしら?」
…………たしかにそう言われるとその通りだと納得できるような気はする。
俺が異世界に召喚されるとかアビリティなんてものを手に入れたのだから、俺の知っている現実とか常識ってやつは非常に狭い範囲の話だったんだろう。
だけども、聞かされる話が完全に俺の理解の範疇を外れすぎていて、どうにも俺の中の常識がムサたんの言葉を受け入れるようとしてくれない。
まぁだけど……漫画やアニメの世界が、俺たちのいる世界とは別のどこかに存在している?
そうだとするなら、是非とも行ってみたい。
なんで俺はこんな世界に召喚されてしまったんだ? どうせならアニメや漫画の世界に行きたかった。
……って、よく考えれば英雄召喚があれば少なくとも俺の会いたいキャラクターに会うことは出来るのか?
その筆頭だったムサたんがこれなのだから会わない方がいい気もするけれど、それでも会ってみたいキャラクターは他にもいる。
これはまた夢が広がるな……
「話が少し逸れたわね。アカシックレコードは、そんなあらゆる世界の情報を記録しているわ。あなたの能力はそのアカシックレコードにアクセスして、自分の知っている人間を条件としてこの世界に構築する。あなたの知識は言わば鍵になっているわけね。より詳しい知識がアクセス権限の代用として強い効果を発揮するんでしょうね。それなら知識量によって再現される能力が強くなるのもこれで説明がつくわ」
「構築とか再現って……つまり、キミは俺の知っている漫画のムサたんとは別人ってことになるのか?」
「ムサたんって……あなた、私のことをそんな風に呼んでいたの? まぁいいわ。あなたの言っている通り、私はあなたの言う本物の宮本武蔵とは別人ってことになるわね。あなたがアカシックレコードにある宮本武蔵の情報から私を作り出した存在ということになるわ」
人間を作った?
俺のアビリティはそんなことが出来る能力だって言うのか……
何て言えばいいのか、ムサたんの言っていることの全てを理解できたわけじゃないけれど、すごい能力だと言うことは間違いないだろう。
「そもそも、あなたにとって私のいた世界が漫画の話だというのなら、いつの話が取り上げられているのかしら? 主人公は?」
「主人公は伊織だな。伊織の入学から初めての決闘編、期末試験孤島編、刀舞祭編と順々に続いて小次郎との戦いがラストで、エピローグで卒業式だったな」
「あら。作者はなかなかいいチョイスの話を受信したのね。だったら、伊織が大学で神閃組と戦う話は知らないのかしら?」
「なにそれ?」
そんなん初耳ですけど!?
続編ってワケでもない――あぁ、なるほど。
ムサたんたちはムサたんたちの世界で生きていたのだ。
そりゃ、高校入学時に生まれて、卒業したら死ぬってワケじゃないよな。
当然のようにその後の人生を過ごすわけだ。
「まぁ、それはいいわ。もしもあなたが私をこの世界に召喚したのだったら、伊織のためにも元の世界に帰らなくちゃならなかったけれど、そうじゃないのなら困ったわね。伊織には会いたいけれど、そんなことをしたら伊織のいる世界に私が2人いることになってしまうから伊織が混乱してしまうわ……私はこの世界で私の人生を歩まないとダメね」
あ、やっぱり伊織が中心にある考えなんですね。
そこはさすがのムサたんだ……
下書き版でも触れましたが、この実験世界群の設定(世界はつながっている、作家は別の世界の情報を受信して物語を書いている等)は、ししだの書く作品全てに共通する設定です。
本編に関係ないので詳しくは書きませんが、実験世界郡内での設定であるため、私たちのいるこの世界が実験世界群の中にある世界でない限りは他の作者様の作品がこの設定の中にあるものとは見なしておりません。