66.火の雨と補助魔法
「──────さぁ、反撃開始だよっ!!」
ウィンはヒーティスに人差し指を突きつけると、自信満々な様子でそう言い放つのだっった。
一方のヒーティスは、ウィンによる風魔法を受けた挙句、吹き飛ばされた時のダメージが抜けきっていないのか、フラフラになりながらも愛用の高価そうな杖で体を支えるようにしてどうにか立っている状態であった。
「まさか、我が”フレイム・ボルト”を二度も避けるなんて……………ありえる筈がない」
「どうする〜?キミも、もうそんな状態だし降参する〜?」
「フッ…………この”ヒーティス・ハイスヴァルム”をたかが一度追い込んだ程度で調子に乗られては困るよ」
そう言うとヒーティスは、徐に腰のポーチから一本の細い瓶を取り出し蓋を外すと、一気にそれを飲み干したのだ。
すると、疲れ切っていたヒーティスの表情は徐々に生気を取り戻していくと共に、頬や手に付いた擦り傷などの怪我も消えてしまったのだった。
「流石は、カロール社が最近開発に成功した”ヒール・ポーション”。魔力も回復するとは、素晴らしい」
「ずるーい…………まぁ、いっか!追い込んでるのはこっちだし、関係ないもんね!」
「大した自信だね、でもそんな事を言ってられるのも今だけさ!!」
今まで体を支えるようにして床に突いていた愛用の杖を、今度はウィンに向けて突き出すと、ヒーティスの体の周りに火属性独特の真っ赤なオーラが漂い始めたのだ。
やがて、その真紅のオーラは次第に球状へと形を変えていき、気がつくと彼の周りは燃え盛る火の球で埋め尽くされていったのだった。
「”ファイヤー・ボール”、連続発射!!」
ヒーティによって作り出された無数の火球が、ウィンへと迫っていく。
しかし、彼女はその襲いくる数多の火球に怯むどころか、自信満々に腕を組みながら立っていたのだ。
「─────"クイックネス"!!」
ウィンがそう呟くと、彼女の体を黄緑色のオーラが包み込んでいく。
そして、まるで一陣の風の如くスピードで駆け抜けると、ヒーティスが放った火球の連続攻撃は、誰もいなくなってしまった床に次々と撃ち込まれていったのだった。
「どうやら、上手くいったようですね」
「フリッド、ウィンが使った魔法って…………」
「ウィンが使ったのは、”補助魔法”の一つで”クイックネス”…………自身の俊敏性を上げる魔法です」
「風属性の"補助魔法"か。なるほど、ウィンと相性が良さそうだな」
「覚えたてで、まだ付け焼き刃レベルですが相手が同じくらいの強さであれば…………」
「………………十分、通用する」
「フンッ、まさか"補助魔法"で私の魔法から逃れるとは…………まぁ、そんな事だろうと思っていたけどね」
恐らく今のいままで気づいていなかった筈なのだが、それを観客たちに悟られないようにするためか、ヒーティスは臙脂色の前髪を軽く手で払うのであった。
「キミが風のように速く駆け抜けると言うのであれば、私は火の雨を降らせるまでだ!!」
ヒーティスは、腰のポーチから先ほど飲んだものと同じポーションを素早く取り出し、一気に飲み干すと空になった容器をやや乱暴に投げ捨てたのだ。
そして、愛用の杖を前ではなく真上に向けると、杖の先に装着されている赤い宝石から眩い光が放たれたのだった。
「見るがいい。これが、私の中で最も強力な魔法!その名も…………」
やがて、眩い赤い光は大きな火の球へと姿を変えるや否や、杖の先から勢いよく跳び上がると、床と天井の丁度中間ぐらいの高さで浮いたまま止まっていたのだ。
「──────"バーニング・レインッ!!」
ヒーティスのその言葉に反応したかのように、上に浮かぶ大きな火の球の中から小さい火の球が次々と飛び出し、彼が今し方言った通りにフィールド中に"火の雨"を降らせるのだった。
「"クイックネス"!!」
ウィンは、再び補助魔法を使うと降り注ぐ無数の火球を次々と避けていくのだが、いくら小さいと言っても威力が小さい訳ではなく、ウィンが避けた火球が落ちた床には決して大きくはない傷跡がしっかりと残されていた。
「さぁ、いつまで避けていられるかな!?」
ヒーティスは、まるで逃げるウィンを追いかけるように杖の先でなぞっている。
すると、がむしゃらに飛んできていた火球が彼女が通り過ぎた直後の床へと落ちていることから、かなり命中制度を上げてきているようであった。
「…………だったら!!」
このままでは、襲いくる火球に捕まってしまうのも時間の問題。
そう判断したウィンは、上空へと逃げるために手に持っていたホウキに素早く跨ると、低空飛行でフィールド内を駆け抜けていく。
そして、上昇するために十分な加速が出来たのか、火球を避けながら徐々に高度を上げていったのだ。
「上に飛んでも無駄なこと!私の魔法からは決して逃げ切れないのさ!!」
ヒーティスは、フィールドの上を旋回するウィンに杖の先を向けるようにして狙いを定める。
すると、彼の真上に浮かぶ大きな火の球から発射された幾つもの火球が、まるで追尾ミサイルのように彼女の元へと飛んでいったのだ。
ウィンは、迫り来る火球を前にして"ある言葉"を思い出していた。




