54.飛行補助装置と使い魔
空を飛ぶ練習を始めた7組のメンバー。
まだ高い所を飛ぶのが怖いウィンのために、フリッドが用意したものとは。
果たして、ウィンはまた自由に飛ぶことができるだろうか──────。
「………あ、あれ?アタシ、どうなったの?」
突然、どこからともなく出現した謎の風が落下していたウィンの体を包み込んだ。
それにより、落下するスピードが大幅に減速したことで、安全に柔らかい泥のクッションの上へと落ちることができたのだった。
「ウィン、怪我はない?」
「う、うん。どこも痛くないみたい!」
「……………よかった」
「上手くいったみたいですね」
「フリッド、今のって………」
「この機械は、"飛行魔法補助装着"。どうやら、落ちそうになった時に自動で風を展開して、落ちるスピードを急激に弱めてくれるようですね」
「じゃあ、これがあれば落ちるのなんて全然怖くないじゃん!!」
ウィンはそう言うと、クランが作った泥のクッションから勢いよく起き上がった。
「よーし!アタシ、もう一回飛んでくるね!」
「あ、ウィン。その展開される風はウィンの魔力を使っているので、魔力切れには気をつけてくださいね!」
「わかったー!!」
ウィンは、もう一度飛ぶために大きな木が植えられている地点まで勢いよく登っていくと、そこかから助走をつけて飛び上がり、先ほどと同じ高さまで舞い上がったのだ。
それからウィンは何回、何十回と飛び続け、回数を重ねる毎に少しずつ高度を増していった。
「………フリッド、今何回目?」
「三十回………いや、三十一回目だった気がします」
「………ふぁああ〜〜〜」
そして、それは日が落ちる間際までひたすらに続けられたのだった。
「おー、やってるな」
ふと、聞き覚えのある気怠い声に振り返ると、相変わらず眠そうな顔をしたレイヴンが、薄暗い林の奥から顔を出した。
しかし、いつも着ているトレードマークの黒いコートの至る所に木の枝やら、葉っぱやら蜘蛛の巣などが沢山付いており、彼がすんなりとこの場所に辿り着いたのでは無いことを物語っていた。
「先生!?どうしてここに?」
「クランから場所は聞いてあったからな。そろそろ終わる頃だろうと思って、迎えに来たんだよ」
レイヴンは、そう言いながら体のあちこちについたままだった枝や、蜘蛛の巣を手で払いながらファイたちの方へと向かってくる。
「順調そうじゃないか。あれが、"ハル坊"が作ったって言う"飛行魔法補助装置"か?」
「そうです。もう、三十回ぐらい飛んでは落ちてを繰り返しています」
「………あと、1回が限界か」
レイヴンは、そう呟くとたった今柔らかい泥のクッションの上に落ちてきたウィンの元へと歩いていった。
「ウィン、今日は次でラストだ」
「あれ!?なんで先生がここに?」
「お前らを迎えに来たんだよ。それよりも、次は高く飛びながら"コイツ"を捕まえてみてくれ」
レイヴンは、胸の辺りに手を添えながら魔力を溜め始める。
すると、手を添えていた箇所から紫色に輝く光の球が飛び出すと、みるみるうちに形を変えて、やがて真っ黒いカラスへと変身したのであった。
「俺の"使い魔"の一体で、"ブジーア"だ。果たして、捕まえることができるかな?」
「そのカラスを捕まえればいいんだね?そんなの楽勝だよ♪」
「言っておくが、こいつは意外とすばしっこいぞ」
レイヴンが、"使い魔"である真っ黒いカラスを自らの右腕に止らせながら、不敵な笑みを浮かべている。
一方、腕の上に止まっているブジーアの方は、ウィンの方を見ると面倒くさそうに一度だけ「カー」と鳴くのであった。
「こんのぉ〜〜!さっさと、捕まりなさいよーー!!」
「カァ〜!」
この空の鬼ごっこが始まる前までは、余裕だと高を括っていたウィンであったが、いざ始まってみると、すぐに考えが甘かったことを思い知らされることとなった。
「流石は先生の"使い魔"と言ったところでしょうか。駆け引きが上手いですね」
「まぁな。伊達に数多の戦じょ………じゃない、依頼を共にこなしてないさ」
先ほどから、ブジーアはウィンの手が届かないギリギリの距離を保ちながら、わざと体を捻ったりして余裕を見せつけている。
これは、単純にブジーアの使い魔としての"実力"を物語っていた。
「ウィンも、まだ高い所を飛ぶのに慣れてないから苦戦してるみたいだね」
「おーい、ウィン〜!直接当てたりしなかったら、攻撃魔法も使っていいぞ〜!」
「ぐぬぬぬぬ………絶対捕まえてやるんだから〜!!」
ウィンは、未だ恐怖感が拭えないであろう空の中で、必死にブジーアを追いかけて続けていた。
だが、どう追い詰めても既の所でヒラリと躱されてしまっているのだ。
「ただ、追いかけても捕まらない………だったら!!」
突然、何を思ったのか飛ぶスピードを緩めるウィン。それと同時に、右手に魔力を込め始めた。
やがて、その手に揺らめく黄緑色の魔力は風の球へと変化していったのだった。
すると、ウィンは右手に作り出した風の球をふわっと上空へと投げると同時に、体を空中で縦回転させながら、今まで乗っていたホウキを両手で思いっきり振りかぶったのだ。
「────スゥトォームゥーー…………!」
まるで、力を溜めているかのように今から放つ魔法の名前を叫ぶウィン。
そして、上空に放り投げていた風の球がウィンの目の前まで落ちてくると、迷わずその球を力一杯フルスイングするのだった。
「…………ストライクゥーーー!!」
ウィンがホウキでフルスイングした風の球は、地面に叩き付けられるとそこから強力な竜巻が発生したのだ。
その竜巻は、周囲に生えていた草本を巻き込みながら一気に成長すると、あろうことか上空にいたウィンまで飲み込もうとしていた。
しかし、ウィンは向かってくる竜巻から逃げようとせず、それどころか自ら荒れ狂う強風の渦に飛び込んだのである。
「ウィン!!」
必死に叫ぶファイの声も、ウィンにとどくことはなく、渦巻く風の中へと散ってしまうのだった。
ウィンは、閉じていた目をゆっくりと開ける。
目に飛び込んできたのは、夕焼けに染まる鮮やかな空と雲がどこまでも広がっている、この世のものとは思えない神秘的な景色だったのだ。
そして、"あの事故"以来ずっと諦めていて、だけど心の奥底では待ち焦がれていた、この場所にやっと帰ってこれたのだ。
そう、小さい頃に大好きだった"空の感覚"を感じることができる…………
─────"空の世界"に。
「…………そっか。アタシ、こんなすごいを景色を見るのが好きだったのに、諦めちゃってたんだ」
茜色が反射して輝く彼女の瞳に、もう空に対しての恐怖心はなかった。
「今だったら、何だってできる!だって、アタシは…………」
ウィンは、遥か下で未だ余裕綽々と飛び回っているブジーアに狙いを定め、まさに疾風の如くスピードで急降下していったのだった。
「────"暴風少女"なんだからっ!!!」




