34.思い出と覚醒
レイヴンにより倒したと思われていた"合成獣"が、なんと立ち上がりクランへと襲い掛かろうとしていた。果たして、レイヴンはクランを助けることができるのであろうかーーーーー。
思い出の中のお母さんの顔は、いつも笑っていた。
私が初めてプレゼントした時の喜んだ顔。
森で迷子になった時に、傷だらけになりながらも探し回って見つけた時の安心した顔。
寝付けない時に、寝るまで見守ってくれた時の優しい顔。
お母さんにもう一度大切な人ができて、3人で暮らし始めた時の少し照れ臭そうにしている顔。
そして、そんなお母さんが笑って言ってくれたあの言葉がいつも心に残ってる。
『クラン。あなたは、いつだって一人きりじゃないのよ………」
レイヴンに倒されたはずであった”合成獣"の太い前脚から伸びる鋭く尖った爪が、一人孤立してしまったクランに向けて振り下ろされようとしていた。
ファイたちも、レイヴンとあれだけ激闘を繰り広げていた”合成獣”の恐ろしさを身をもって知ってしまっているため、体が震えて思うように動けなかったのだ。そして、こんな時に恐怖で動けない自分たちの無力さを悔やみながら、目の前で大切なクラスメイトであるクランが”合成獣”に切り裂かれてしまう様を、ただ見ていることしかできなかったのだ。
「…………助けて………レイヴン!!!」
クランの必死の叫びを掻き消さんとばかりに、”合成獣”の爪が降りかかろうとしたその時であった。
最期を悟り反射的に目を瞑ったクランの体に、不意に横から誰に押されたような感覚があった。
クランは瞑っていた目を恐る恐る開けて見ると、なんと先ほどまで絶対届きそうにない距離にいたレイヴンが、目の前に現れたのだ。
どうやったかはわからないが、十数メートルは離れていた位置から一瞬でクランの傍へと来たレイヴンは、咄嗟にクランを横から押し退け“合成獣“が繰り出した攻撃から遠ざけたのであった。
「離れてろ、クラン!!」
そう言うとレイヴンはその手に握る“魔法剣“で、今まさに眼前にいる敵を切り裂くべく容赦なく振り下ろされようとしている“合成獣“の鋭い爪を受け止めようと、重心を深く構えながら力を込めようとしていた。
「来やがれッ!!………この“怪物“やろ…………ッッ!!?」
しかし、そう上手くはいかなかった。
力を込めようとした次の瞬間。“合成獣“の傷口から流れた血でできた大きな血溜まりが、足元にあった事に気付けなかったレイヴンは、それで足を滑らせてしまい大きく体勢を崩してしまったのだ。
「し、しまっ………!?」
体勢を立て直そうとしたが、もう遅かった。なんとか“合成獣“の爪を“魔法剣“の腹で防いだのだが踏ん張りが効かず、そのまま腕を振り下ろした“合成獣“の力に負けてしまったレイヴンの体は、まるでゴムボールのように軽々と吹き飛ばされてしまったのだった。
「ぐっ…………ガハッ!!!」
吹き飛ばされたレイヴンの体は、10mほど離れた場所にあった硬い大きな岩に、背中からぶつかり、そのままうつ伏せの状態で倒れてしまった。岩にぶつかった瞬間、すごい音を立てていたことから、かなりのスピードだったことがわかる。
そしていう、おそらく"合成獣"の爪による攻撃を防ぎきれず傷を追ったのだろう。
うつ伏せで倒れたレイヴンの体の下からは、傷口から流れてくる血が地面を赤く染めていった。
「…………レイ………ヴン?………そんな………うそだよね………?」
クランの目に映るレイヴンの様子が、子供の頃に起こった忌まわしい悲劇の記憶と重なる。
体中傷だらけの母が、真っ赤な血の海に浮かんでいる。
駆け寄る私の心配そうな顔を見て、必死に笑おうとする母の顔が今でも頭から離れない。
そして、そんな状態でも母は、ただ泣きじゃくるだけの私にいつものようにこう言うのだ。
『クラン。あなたは、いつだって一人きりじゃないのよ………』
「…………やったぞ!一番厄介な"あの教師"を片付けられたッ!!アヒャハハハハッ!!!」
ブルートは、レイヴンに頬を殴られた時に口元から垂れていた血を、袖で乱暴に拭き取る。
そして、少し離れた所で倒れて動かなくなっているレイヴンの様子を見て思わず高笑いをするのであった。
自信作であった"合成獣"もやられ、もうダメだと絶望していた矢先に、こんな逆転劇が起きてしまったのだから、ブルートが歓喜するのも無理はなかった。
「…………さぁて、あとはアナタたちに消えてもらうだけですね?」
ブルートはニヤけた笑みを浮かべながら、レイヴンが"合成獣"にやられたことを受け入れられず、パニックに陥っているファイたちを舐めるように見つめた。
「くっ………!!ウィン!クランをお願い!フリッドは、アレーナさんを連れて町まで逃げるんだ!」
そう言うと、ファイは剣を鞘から抜き"合成獣"へと向ける。だが、その剣を握る手は小刻みに震えており、それが強者を前にしての武者震いなどではなく、"合成獣"に対する恐怖心がそうさせているのは明らかであった。
「な、何を言ってるんですか!あんな"怪物"に、僕たちが敵うわけないじゃないですか!?」
「………あぁ。フリッドの言う通り、あんなのに敵うわけがない。だから、俺が出来るだけ時間を稼ぐから、その間に逃げるんだ!」
「………作戦会議は終わりましたか?では、そろそろ幕引きの時間にしましょう!いけ、"合成獣"!!」
「やらせるかぁああああ!!!」
ファイが"合成獣"を迎え撃つべく気合いを入れて剣を構え直した。それで、体中の震えは治りはしないが、出来るだけ相手のペースに飲まれまいとする、ファイの精一杯の苦肉の策であった。
しかし、ここで不思議なことが起きたのであった。ブルートの命令により、いつ襲いかかってきてもおかしくない状況にも関わらず、当の"合成獣"は、その場でただ唸っているだけであった。その"合成獣"の様子からして、何かに怯えているようであった。
「何をしているんです!さぁ、早くアイツらを…………ヒェエエエッ!?」
なぜか命令を聞かない"合成獣"に苛立ちを隠せないブルートであったが、こちらを見た瞬間、叫びながら尻餅をついてしまったのだ。そんなブルートの顔は青ざめており、距離があるせいかハッキリとは聞き取れないが、何かを繰り返し呟いているようであった。
突然、ファイの身に悪寒が走る。これは、"合成獣"に対する恐怖からではなく、それよりもっと"恐ろしい者"の存在を感じとったからに他ならなかった。
ファイは、悪寒が指し示す方を恐る恐る振り向くと、そこに居たのはレイヴンがやられてからずっと震えながら俯いてしまっている"無口なクラスメイト"であった。
だが、そのクランの様子がいつもと違っていた。
クランの体からは、地属性特有である山吹色のオーラがはっきりと見えるほど濃く滲み出ており。さらに、そのオーラの中からは、時折赤い2つの眼光が睨み付けていた。
「………………レイヴン………………いやぁあああああああああああ!!!!!!」
悲しみと怒りの交じり合った叫びにより、クランの足元に体から滲み出ていたのと同じ山吹色の魔法陣が現れ、さらにクランの体を纏うオーラがより大きくなり、その膨大な魔力の増加により発生した衝撃波が地面を割り、森の木々を揺らし、ファイたちを含むその場にいる全員を吹き飛ばしそうなほどの突風を生み出したのだ。
「……………返せ………….私の大切な人を……….……返せッ!!!」




