第9話 獅子丸愛友
「あースッキリしました」
個室から女王が出てくる。公衆トイレでも平気で使えるこの女王様は、少し庶民的過ぎるような気がする。
「じゃあ出ましょうか」
「はい。その前にちゃんと手を洗って……あれ? なんか外が騒がしいですね」
「そういえば……」
公衆トイレの外がざわざわと騒がしい。なにかあったのか?
「まさか刺客が来て、勇策さんが外で戦ってるんじゃ……」
「っ! 私は外の様子を見てきます! 女王様はここに!」
まさか人の多い城下で堂々と狙ってきたのか? そうだとしても、あのパンツ男ならそう簡単にやられはしないだろう。変態だが、こういうときは頼れる強さを持っている。刺客などあっさり倒しているはず。
私はそれほど不安には思わず外へ飛び出た。
「あ……」
見えたのは、うつ伏せに倒され、警官の手で後ろ手を掴まれている英雄であった。
た、逮捕されてるぅぅぅ。
当たり前と言えば当たり前だが、変態パンツ男は警官によって逮捕されていた。
…………
「大変、申し訳ありませんでした!」
警官がパンツ男に深く頭を下げる。
「パンツを被った男が公衆トイレの前にいるとの通報を受けたので駆けつけ、変質者と思って逮捕したのですが、まさか女王様のお知り合いとは知らず、失礼を致しました」
変質者だと思って、じゃなくて本当に変質者だからね。君は悪くないよ。悪いのは公衆の面前でパンツ被ってるこの変態だよ。謝らなくていいから。むしろ安心したよ。ちゃんと変態が通報されて逮捕に至ってくれる国で。
「まあ間違いは誰にでもある。気にするな」
「偉そうに言うな! 間違ってるのはお前だよ!」
パーンとパンツ男の頭を叩く。本日、三度目のどつきツッコミである。
警官は謝りつつ去っていき、また暗愚と変態と私だけになった。
「すいませんでした勇策さん。不快な思いをさせてしまって」
「いや、たいしたことはない。こういうのは慣れっこだ」
そうだろうね。常時、パンツ被ってれば通報され慣れちゃうよね。
「まあ、だからひとりにならないほうがいいと言ったんだがな」
「おめえがひとりになると危険って意味だったのかよ!」
「もちろん女王をひとりにするのも危険って意味もあった。俺の言葉には二つの意味が隠されていたってことさ。おわかりいただけたかな。ふふふ」
「ふふふ、じゃねーよ!」
「おごっ……」
鳩尾に肘鉄を食らわせた。
まったくこいつといると疲れる。早く帰りたい。
鳩尾を女王に撫でられながら、はあはあ言ってる変態を横目に、私はため息をついた。
「――あれー? 蛮奈じゃん。こんなところでなにしてんのー?」
ギク……。
精神的にぐったりしていたそのとき、聞き覚えのある声に名前を呼ばれて私は戦慄する。友人だ。変態と一緒だなんて知られたらまずい。なんとか誤魔化さなければ。
「ハア? バンナッテダレデスカ? ワタシハチガイマスヨ」
「そうかな? 人違いだった?」
よし! こいつは馬鹿だ。人違いってことで誤魔化し通せ……。
「蛮奈はお前だろう。なに言ってるんだ」
「なんでこんなときだけ名前覚えてんだよ!」
手刀を振るが、スイっと避けられる。たまに避けるのなんなの?
「やっぱ蛮奈じゃーん。なにそのパンツ男、うけるんだけど。あんたの彼氏?」
「んなわけねーだろ!」
へらへら笑う友人にからかわれ、私は憤る。
ブレザータイプの制服を着たこの女の名前は獅子丸愛友(通称あゆしぃ)。年齢は16歳。金髪たれ目、小柄巨乳、身体中に変なアクセサリーを大量につけた、いかにも馬鹿そうな女だが、実際、馬鹿で、学校にも行かず、こうして朝っぱらからふらふらと遊び歩いているどうしようもない遊び人だ。
対して私は城に仕える武将。一見、私とこの女には接点など無さそうだが、唯一の共通点がひとつだけあった。それは……イケメン好き。
「じゃあなんでイケメン好きのあんたがこんなパンツ男と歩いてるのさ?」
「仕事だよ仕事。でなかったらこんなの連れて歩かないし。てか、イケメン好きはお前もだろ。私だけみたいに言うな」
「まーねー。あ、あーしこれから刀剣男子の舞台見に行くんだけど、あんたも行く? あーごめーんあんた仕事だったんだー。行けないねー」
「ちっ、うっぜーな」
そもそもこの女とは、一年前に刀剣男子の舞台で会い、意気投合して友人となった。どっちが先にイケメンの彼氏を作るか競争しているが、今だ決着はついていない。
「てかお前、刀剣男子の舞台は出禁にされたろ」
この女はある事情があって、様々なイケメン出演の舞台を出禁にされていた。
「変装してけば余裕っしょ」
「そこまでするか?」
「イケメンのためならあーし死ねるから」
こいつ馬鹿だな。イケメン馬鹿だ。
私は半笑いしつつ、獅子丸から目を逸らした。
「蛮奈さんのお友達ですか?」
「うん? なにこのちっちゃいの? あんたの子供?」
「馬鹿。女王様だよ。この国に住んでて顔知らないのかよ」
「あーしテレビとか見ねーし」
「ったく……あ、えっと、こいつは獅子丸愛友って言って、私の友達です」
「獅子丸さんですか。私は女王様の火鈴です。よろしくです」
「はーいよろしくねー火鈴ちゃん」
2人は握手する。
女王がこんな感じだからいいけど、下手したら不敬で打ち首だな。
「でーさ、こっちのパンツはなに?」
「あ――っと、こいつは……」
「俺は見ての通り、パンツを被った変態だ」
名前を名乗れ。どうでもいいけど。
「あー変態かー。なんで女王様が変態を連れて歩いてるの?」
「うむ。それはだな……」
「もーいいだろほら。仕事中だから、お前もう帰れよ」
「えーいいじゃん。なんでパンツ被ってんの? 趣味それ? うけるんだけど」
「帰れって」
「わーかったわかったよ。帰るから押すなよ馬鹿力」
「誰が馬鹿力だ!」
獅子丸を追っ払い、一息つく。
「変わった友人だな」
「お前ほどじゃないよ」
まだこの変態を連れ歩かなければいけないのだろうか。もういい加減、帰りたくてしかたない私であった。
……去っていく3人を、獅子丸はじっと眺めていた。
「ふぅん、あれが女王様、か」
目を細め、獅子丸愛友……またの名を龍の国、六剣鬼のひとり、ガーネットは呟く。
本国から女王殺害の指令を受けた。あれを殺さなければならない。が、
「面倒くさいな」
別に暗殺目的で倭羅の国へ潜入しているわけではない。いや、名目上はそういう理由も含め、倭羅の国への潜入調査なのだが、それは本当に建前で、実を言えば刀剣男子の追っかけをやりたくて獅子丸は倭羅の国への潜入調査を志願したのだ。
女子高生として倭羅の国へ潜入した獅子丸だが、調査報告もそこそこに遊び呆け、仕事はそっちのけ。そろそろやばいなと思っていたところに、女王殺害の任務が舞い込んできた。いろいろサボってきたが、これはやらなきゃまずい。無視したら刺客を送られてこっちが殺される可能性があった。
護衛は蛮奈ひとり。今ならやれるか? いや、蛮奈を相手している隙に、人に紛れて逃げられたら面倒だ。それにゴールドがやられたというのも気になる。まさか蛮奈ではあれを倒すことはできまい。ならば油断でもして、大勢に攻められ討ち取られたか。
なんにせよ、自分のやることは変わらない。女王は殺す。確実に。
……しかしあのパンツ男はなんだ? わかったのは変態ということだけ。それ以外は一切不明。帯刀しているのであれも護衛かもしれないが、なぜパンツを被っているのか?
考えても正体はまったくわからなかった。