第4話 敵の刺客
まあ、いくら夜中で人通りが少ないとはいえ、宙に穴が開いてたら不思議がって見ちゃうよねぇ。邪魔だし追い払うか。
「おいそこの奴……」
近づいて私は気付いた。その男の背に刀が背負われていることに。
「……倭羅の国の剣乙女と恐れられる女武将、風紀蛮奈。戻ってきたのはお主だけか?」
「何者だ?」
「拙者は倭羅の国女王の命をもらい受けるため、龍の国から来た刺客、ゴールドだ」
「ほう、龍の国には剣鬼と呼ばれる剣の達人が六人いると聞く。そのうちのひとりが確かゴールドと言ったか。その纏う空気からして、どうやら貴様がそのゴールドのようだな」
「いかにも。せっしゃがその六剣鬼がひとり、ゴールドだ」
ゴールドが立ち上がる。立ち上がってみてわかったが、なんとも背の高い男だ。これでもかと言うほど、身体中の筋肉は盛り上がっており、まるで山のようであった。
「女王様を殺せばわが国の占領が容易になると考えたか」
「それは拙者の考えることではない。拙者は宰相殿の命に従い、女王の命を頂戴するのみ。さて、その女王はどちらにおわすか?」
「言うと思うか?」
「いずれにせよ、ここに戻って来ざる負えなかろう。待っておればよいこと」
「その必要は無い」
私は腰の刀を抜き放つ。
「拙者とやるか。ふふふ……暇つぶしには丁度良いか」
ゴールドが背中の刀を抜く。
でかい刀だ。刀身だけで私の背と同じくらいはある。
「先に攻めさせてやろう。好きにかかってくるがよい」
「っ……舐めやがって!」
刀を正眼に構え、巨刀を片手に構えるゴールドへ攻めかかる。
「ふん」
「くっ!」
早い。こいつ……こんなでかい刀を素早く動かしやがる。
こちらの斬り込みをゴールドはことごとく、巨刀で弾く。
「ぬるいな。剣乙女もこんなものか」
「あっ!?」
強く弾かれ、あとずさる。
「死ねい」
「ぐうううっ!」
いかずちのような斬り下ろしを刀で防ぎ、つばぜり合う。
「ほう、丈夫な刀だ。しかしいつまで持つか」
少しずつ押されていく。
くそっ……力が違いすぎる。分が悪い。
このままでは異世界の地で命を散らしてしまう。私はかなり焦った。
「――うーん、パンツの鮮度が落ちて、元気が無くなって来たぞ」
「大丈夫ですか?」
そのとき、2人の声が聞こえた。
パンツと暗愚だ。横目に映る二人は、私の必死な状況も知らずに、パンツの鮮度がどうとかどうでもいい話をしながら、こっちへ向かっていた。
「あ、蛮奈さんがなんかやってますよ」
「えっ? 蛮奈って誰だっけ?」
なんでもう忘れてんだよあのパンツ! 幼女以外は記憶に残らないのか! いや、忘れてくれてもいいけどさ! 私のほうが覚えてるから腹立つわ!
「うん? あれは女王か」
……まずい!
「パ、パンツ! 女王様を連れてここから逃げろ!」
「なに? 女王様のパンツをいただいてここから逃げろ?」
「ちっげーよ! おめえパンツのことしか頭にねーのか! 女王様を連れてここから逃げろって言ってんの! 状況わかってねーのか! このパンツ!」
「いくら夜中とは言え、外でパンツパンツと大声で叫ぶな。破廉恥女め」
「外で女児用パンツ被ってるお前に言われたくねーよ!」
もーあいつほんと腹立つ! なんなのあいつ! 女王殺しに来たこいつよりも、あのクソパンツ野郎を殺したいよ!
「なんだあの変態は。剣乙女よ、お主の知り合いか?」
「んなわきゃねーだろ! ぶっ殺すぞ!」
パンツへの怒りを力に変え、少しだけ押し返す。だが、圧倒的な不利は変わらず、巨刀に押し潰されるのは時間の問題であった。
「た、大変です! 勇策さん! 蛮奈さんを助けてあげてください!」
「幼女の頼みとあらば承ろう」
パンツが腰の剣を抜く。
その途端、今までと少し雰囲気が変わったような気がした。
「おいそこのでかいの。そこの……えーとパンナコッタさんから離れなさい」
「蛮奈だよ!」
「そう蛮奈だ。離れなさい」
「……断ると言ったら?」
「力ずくで……あふん!」
パンツはゴールドに蹴られて飛んでった。
弱い。思ってた以上に弱いよあいつ。なにあれ。なにが副業で暗殺者やってるだよ。やってるのは本業の変質者だけだろ。
「なんだあの変態は?」
「私が知るか」
「……まあいい。おぬしを早々に片付けたあと、ゆっくり女王を仕留めるとするか」
「ぐ、ううううっ!」
ふたたび強い力が巨刀に込められてくる。
も、もうだめだ。女王様……申し訳ありません。
チラリ見た女王様は、仰向けに倒れるパンツの傍らに屈んでいた。
「大丈夫ですかっ! 勇策さんっ!」
「うう……パンツの鮮度が落ちて力が出ない」
「パ、パンツの鮮度ですかっ!」
「うむ。新しい幼女の脱ぎ立ておパンツがあれば力を回復できるのだが……」
「幼女の脱ぎ立ておパンツ……うう、わかりました!」
女王様はおもむろに着物の裾をたくし上げ、パンツを脱ぐ。
「こ、これあげます! ですから、蛮奈さんを助けてください!」
「お、おお……女王様の脱ぎ立て水玉柄おパンツ。……クンクン」
「うう……恥ずかしいです」
「こ、これは……この匂いは、およそ半日ほど幼女の股で熟成された三等級クラスの脱ぎ立て幼女おパンツだ! これなら!」
パンツは素早くパンツを被りかえる。そして……
「うおおおおおおっ! 元気百倍! ロリパンツ! とう!」
跳ね起きたパンツは空高くジャンプし、ゴールドの顔面に飛び蹴りを放つ。
「ぐおっ!」
ゴールドが衝撃で吹っ飛ぶ。
劣勢のつばぜり合いから解放された私だが、女児用パンツを被った男に助けられたという事実は、末代までの恥であった。この場で腹切って死にたい……。
「ぬ、ぬう……貴様っ!」
起き上がったゴールドがパンツを睨む。
「やめておけ。幼女の脱ぎ立ておパンツを被った俺は無敵だ」
「ぬ、ぬかせ! この変態めが!」
巨刀を振り被り、ゴールドがパンツに攻めかかる。しかし斬り下ろされるその巨刀はパンツを斬り伏せるには至らず、
「な、なにっ!?」
片手で刀身を掴まれ、受け止められていた。
「な、なんて力だこの変態! 刀が……動かん!」
「だから言ったろう。幼女の脱ぎ立ておパンツを被った俺は無敵だと。だが今さらやめたいと言ってももう遅い、俺は幼女のおパンツをもらうための土下座は何度でもするが、忠告は一度しかしない。俺の忠告を聞かなかったこと、あの世で後悔しな」
巨刀を離す。
「この……死ねい! 変態が!」
先ほど私に振るった、いかずちのような斬り下ろしが放たれる。だが、
「――ロリパンツ流一ノ剣……水玉」
「ぐおあ!」
一瞬の出来事であった。斬り下ろしをかわし、パンツが刀で突いたと思ったその刹那、ゴールドの巨体に無数の丸い穴が開き、そこから血が噴出した。
「おごああ……ああ……ばが、な……こんな変態に……このせっ……しゃ、が」
断末魔を上げ、巨体が地面へと崩れる。
パンツは懐から懐紙を取り出し、刀身を拭いて刀を鞘へと納めた。