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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
不滅の六文銭
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第九十話 最後の敵、そしてリーデ様の決意の巻

「西方に続き北方と南方の平定…大儀であった!」


 皇帝陛下の賞賛と共にリーデ様は恭しく傅き、その後に謁見の間へと参列した各地方の将たちが頭を下げる。

 初めてお目にかかった時は失礼ながらただの子供、お飾りの皇帝という印象であった陛下も今は年若くも王の風格を漂わせている。

 それもその筈、俺たちが片っ端から各地方を平定していく傍らで、陛下は回復した権威と共に再び一つの国となるべく政務を取り纏めていた。

 おそらくお飾りであった今までとは比較にならない激務だったことだろう…しかしその経験が陛下を一回りも二回りも成長させたのだ。

 その陛下がリーデ様を見る目は熱い…どこか個人的な思慕の情が感じ取れるのは俺だけではないハズだ。


「今や東部を除く大陸全土は再び一つの国へと復興しつつある!これも全てお前のお陰だ、ヨルトミア公!」

「勿体なきお言葉ですわ、陛下の天下に平穏をもたらすという素晴らしき理想…私はそれに突き動かされているだけですもの」

「はははっ!そういうことにしておくとしよう!」

「うふふふ…」


 朗らかに笑う皇帝陛下と、上品に笑うリーデ様…どの口が言うか、と思わないことはない。

 ともあれもはや最初に訪れた時のアウェーの空気はどこにもない。瞬く間に北と南の平定を成し遂げた文句なしの英雄がここにいる。

 陛下に軍を預けられた時は半信半疑だった大臣連も今や畏怖と敬服の眼差しでリーデ様を見ている。

 その後に各勢力それぞれの代表者の謁見を終えた皇帝陛下は満足げに頷き、身を乗り出した。


「さて…残るは東方、ジークホーン公国か…かの国にも“転生者”がいるのであろう?」

「ええ、それについてはユキムラがよく知っているようですわ」

「そうか…ユキムラよ、聞かせて貰えるか?」

「承知いたした、では…―――」


 皆の視線が喋り出そうとするユキムラちゃんに集中する中、ゴホンと咳払いして水を差す者がいた。

 カンベエだ。空気も読まず皆の視線を一手に集めたカンベエは陰気にじろりと睥睨し返し、静かに語り始める。


「…その前にまず…“呪術教団”…此度の戦乱の裏で暗躍する勢力について明らかにしておきたい…」


 ざわり…

 その唐突な提案にざわめきが拡がる。

 “呪術教団”…リシテン教の暗部として遥か昔に追放され、歴史上から姿を消したとされている謎の勢力。

 だが今この場にいる“転生者”の多くはその呪術教団によって召喚された者たちばかりだ。

 何故遥か昔に消えた勢力がこうして今も暗躍しているのか…そしてその目的は一体何なのか…

 話を切り出したカンベエは懐から取り出した瓢箪の口を開けると、逆さにひっくり返してシェイクする。

 その次の瞬間、まるで吐き出されるようにして大理石の床にローブ姿がへばりついていた。


「ったた…乱暴ですね君は…」

「…白状してもらうぞ…果心居士…」


 カシン…先の戦いでカンベエに捕らえられた呪術教団司祭にして各地の戦乱で暗躍していた者。前世の名を果心居士。

 警戒する衛兵たちを皇帝陛下が手を振って抑え、その場の全員が突如として現れた謎の存在を凝視した。

 今までフードによって覆い隠されていたその貌は、男とも女ともつかないどこか人間離れした雰囲気を漂わせている。

 カシンはきょろきょろと周囲を見回すと観念したかのようにへらへらと笑い、その場に胡坐をかく。


「ええと…呪術教団でしたか…それを話すにはまずリシテン教についてご説明せねばなりませんねぇ…」


 カシンは将たちの中に混じるシア様を見つけ、にぃっと笑う。

 ドクン…シア様の心臓が一度高く跳ねる音が側にいても感じ取れた。


「そもそもリシテン教とは私が作った宗教です、あれは…そうですね、ざっと三百年ほど前に」


 その場の空気が凍りつく。

 “転生者”であるカシンがリシテン教を作った…?三百年前に…?

 悪い冗談にしても脈絡が無さすぎる。混乱するその場の者たちを置き去りにカシンは語り続ける。


「名前の由来は摩利支天からを取ってリシテン…フッフフフ…いささか単純すぎましたねぇ…」

「ちょ…ちょっと待て!ワケが分からんぞ!そもそもお主は三百年前から生きておるのか!?」

「ええ、我々“転生者”の肉体は魔力によって形成された依代…定期的に更新すれば何の不思議もありませんよ」


 ユキムラちゃんの問いかけにもカシンはさらりと答え、“転生者”たちは互いに顔を見合わせる。

 確かに考えてみればその通りだ。ようは“再転生”と同じ原理で肉体を更新し続ければ理論上永遠に生きることができる。

 それによってミツヒデはタイクーンの時代から現代まで生き延びて先の戦いで俺たちの前に立ちふさがったのだ。


「して…前世では幻術師であった果心居士殿が何故そのようなことを?」

「当時の王様に依頼されましてねぇ…尤も、私がこの世界にやってきたのは半ば事故のようなものなのですが」


 ハンベエの問いにカシンは隠し立てすることなくすらすらと答えていく。

 カシンがこの世界にやってきたのは当時異界から魔なる存在を呼び出す召喚術式を研究していた宮廷魔術師たちの手によるもの。

 この世界に最初の“転生者”としてやってきたカシンは魔法の存在する世界に強く興味を示し、異界の知識によって彼らの力となった。

 そして宮廷魔術師として権威を得たカシンは当時セーグクィン大陸を支配していた王にとある依頼を受ける。

 それはカシンの得意とする幻術・話術によって国家宗教を生み出して欲しいというものだった。


「当時の魔術師たちは皆恐れ知らずの実力主義者たちばかりでしたからねぇ…越えてはならぬ一線を引く必要があったのです」

「そうして生み出されたのが魔術を神からの授かりものとするリシテン教…そして女神リシテン…」

「ええ、自分たちの上に超常存在である神がいる…そう思わせることで力を持った魔術師たちの増長を防ぎたかったのでしょうねぇ…」

「そんなことが可能なのか…?異世界人の作った新興宗教に…」

「フフフ…私の術を以てすれば、リシテン教が元々この地にあったように認識操作するのは容易い話ですよぉ」


 だがそうしてリシテン教をこの地に定着させた後、カシンの所属していた魔術研究機関は解体命令を受ける。

 当然だ、都合の悪いことを知っている上にカシンのような得体の知れない存在を召喚する術式を開発している組織なのだから。

 そうして国を追われたのが後の“呪術教団”…リシテン教の暗部へと徐々に語り継がれていくことになる。


「ま…呪術教団とはそういう組織ですねぇ…ご理解頂けましたかぁ?」

「なるほど…つまりお主らは、“転生者”召喚を用いて再び権力中枢に取り入ることを狙っている…そういうわけじゃな?」

「いいえ、そのようなことは一切ございません」


 ユキムラちゃんの問いにカシンはくっくっと肩を揺らして笑う。

 そして大仰に両手を広げて芝居がかって言ってのけた。


「呪術教団の目的はただ一つ!我らの召喚術式の極致に現れるものは一体何か…それが知りたいだけでございます!」


 高らかに宣言するカシンの目には確かな狂気が宿っていた。

 気圧された者たちはその虚ろな眼光に身震いし、リーデ様やユキムラちゃんは傍迷惑な愉快犯に不快そうに鼻を鳴らす。


「神は…神に近しいものは喚ぶに能いました!ジークホーン公国に東照大権現・徳川家康…そしてその配下の十六神将!」

「な、何ッ!?十六神将だと!?」

「ええ!ええ!神権ちーと持ちの十六人…そして神兵ごーれむ三千機!まさしく神の軍勢と呼ぶに値する!」


 気が遠くなりそうな話だ。

 神権…即ち剣神のような超常能力を持った将が十六名、そして正攻法では敵う気がしない神兵が三千機…

 その恐ろしさはこれまでの戦いでイヤというほど思い知っている。


「あと少し…あと少し詰めさえすれば!次こそは完全なる神霊存在を…―――」

「…もういいカシン、戻れ…」

「あら…あららら…―――」


 カンベエが命ずると手にした瓢箪の中にカシンが吸い込まれていき、その場から姿を消す。

 後に残ったのは重苦しい沈黙だ…短い時間であまりにも多く事を知りすぎてしまった。

 最初に口を開いたのは崩れ落ちるように床に膝をついたシア様だった。


「ま、まさか…これまで信奉してきたリシテン教があのように作られたものだったなんて…」


 信徒たちに教えを説いてきた司教のシア様としては到底信じられない事実だったことだろう。

 だがカシンの説明通りだとすると納得がいく…初代タイクーンはリシテン教の生まれた経緯を知って封印を決意した。

 おそらくはこれ以上“転生者”が召喚されてこの世界を乱さぬようにするために…

 だが初代タイクーンの死後に支配基盤が揺らぎ始めた時に呪術教団が、そしてヨルトミアが、封じられていた釜の蓋を開けてしまった。

 そうして召喚されたのがユキムラちゃんを始めとする“転生者”たちだったのだ。

 真実を知ったシア様のショックは計り知れない…と、思いきや―――


「まぁ、それは置いておくとして…」

「置いておくのか!?」

「リシテン教の教義自体は素晴らしいものです、作られた経緯はどうあれ今更疑う気はありません」


 確かに素晴らしい教義だからこそ西部地方では信徒が増えて徐々に広まりつつあるわけだが…

 しかし旧王とカシンによって作られた為政利用のための宗教と知ってもその信仰は揺らがないのだろうか…


「信仰は心の持ちようひとつ…例え偽の教えでも信じていれば真の教えとなりましょう」

「し、しかし…前タイクーンの権威によって廃滅を命じられた以上は…」

「では国を脅かしかねない教えの部分を改めましょう、その新リシテン教を皇帝陛下には認めて頂きとうございます」


 まるで聖職者とは思えない割り切りぶりに皆は呆れとも感嘆ともつかない溜息を吐いた。

 その中でユキムラちゃんだけは可笑しそうに笑っていた。過去に何かあったのだろうか…

 呆気に取られた空気を引き締めるようにロミリア様が咳払いして仕切り直す。


「…ともかく問題はジークホーン…もといトクガワとやらの戦力になるな」


 重苦しい沈黙が再び場を支配した。

 カシンが嘘を言ったとは思えない。あの手のタイプはハッタリをかます等の正常な思考は持ち合わせていない。

 しかしだとすれば西・北・南全ての戦力を結集してもまるで敵う気がしない戦力…それが東部地方に居るということになる。

 その上、本拠は魔城オダワラ…日に日に増築と改修を繰り返すあの巨大要塞の防衛力は計り知れない。

 大臣連のシンリヴァー卿が呻くようにして言葉を発する。


「穏便に…事は済ませられぬのか、そのトクガワとは…」

「…無理でしょうな…あの男は綿密かつ着実に天下を取りに来ます…手を拱いていれば王都が攻め落とされるかと…」


 カンベエの身も蓋もない言葉に大臣連に怯えと動揺が走る。

 今度の敵は僻地で叛乱を起こしているだけではない…既に東部を制圧しいつでも攻めて来られる状況にあるのだ。

 “転生者”たちも互いに顔を見合わせその名を確かめる。彼女らの反応は様々だ。


「徳川家康…我もその名は記憶している、織田についていた三河の小倅だろう?」

「せやで剣神はん、アンタが死んだ後に信長が死んで、秀吉が天下取った後に死んで、そんで天下取ったんが徳川や」

「藤吉郎さん…もとい秀吉様が天下人になるのは当然としてその後を継いだのが徳川殿ですか…意外というかなんというか」

「おいも知っとるのは秀吉の時代までじゃなあ、義弘兄貴が派手にやりあっとったとは聞いたが」

「…維新斎殿は徳川を恐れさせた男の一人であろうな…願わくば彼の戦力も欲しかった所だ…」

「ケッ!そうは言うが島津は関ケ原で負けてんじゃねーか!オレ様の方がもっと徳川を狙える位置にいたぜ!」

「はん!徹頭徹尾家康に尻尾振っとった伊達がよう言うわい!」

「うるせえ真田っ!表出ろ!」

「ま、まぁまぁ皆さん…前世の話はそこまでにしておきましょう…ほら、陛下の御前ですし…」


 動揺による喧騒は皇帝陛下の軽く手を上げる仕草によって鎮まった。

 とんでもない話を聞かされても堂々たる王の風格を保ったままの陛下は、リーデ様の顔を真っすぐに見据える。


「ヨルトミア公…否、新たなタイクーンよ…改めて問いたい」


 打って変わったような静寂…リーデ様もまた真っすぐに陛下の瞳を見返した。


「敵は今までとは比較にならぬほど強大…お前はそれを打ち破り東部平定を成すことができるか?」


 僅かな沈黙が場を支配する。

 リーデ様とて戦力差は承知の筈だ。兵力で勝っていても今回ばかりは敵個々の戦力が高すぎる。

 戦わないという選択肢もある…東部の統一を諦め、この大陸は二つの国によって治めていくという路線だ。

 だが俺たちの主君がそんな弱い選択をするはずもない。そしてその心を後押ししたのはユキムラちゃんの燃えるように熱い視線だ。

 一瞬、声も視線も交わすことなく二人の心が繋がったのを俺は感じ取った。心に宿った不屈の炎が伝播する。

 リーデ様は不敵な笑みを浮かべ…―――


「ええ…勝ちます、必ずや陛下の…そして私の夢である天下一統を成し遂げて御覧に入れましょう」


 言い切った。

 厳格な表情の皇帝陛下は僅かに頬を緩めて頷き、参列した者たちはそれを見て覚悟を決める。

 例え相手が何であろうと天下の形勢をリーデ様に賭けて集った者たちだ…この勝負を途中で降りる道理はない。

 皆の反応を一瞥して探ったユキムラちゃんはわざとらしく明るく声を張り上げ、ポンと手を打つ。


「さて!となれば策が必要でございましょうな!―――このユキムラに考えが一つ二つあるのですが、よろしいか?」


 最終決戦に向け、今まさに大きな流れが生まれようとしていた。



【続く】

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