幕間その7 カシン、年貢の納め時の巻
サナダ忍軍とカンベエ隊、それに対する海賊連合残党。
激しく剣戟が交わされる中でカシンは幸村と交戦を開始した光秀を一瞥し、フードの奥で思案する。
適当に兵士をけしかけて逃げればいいものを…武将というものはどうにも度し難い。
(まあ、いざとなれば私だけでも逃げさせて貰いますがねぇ…)
光秀…もといテンカイは古くからの同朋ではあるもののその思想はまったく違う。
彼女は召喚術と転生術を以てこの天下に永劫の泰平を齎そうとしてきたがカシンにとってそれは研究対象に過ぎない。
むしろその志によって一体どんな力がこの世に顕現し、どんな混沌が巻き起こるのか…それしか興味がない。
だからここでテンカイと心中する気はない。適当に行方をくらませて…―――
「…そうはさせぬ…」
「あらぁ…私狙いですかぁ…」
逃走を謀るカシンの目の前に、カンベエと側近の兵士が立ち塞がった。
てっきりテンカイを討つべくユキムラを案内したのかと思っていたが、どうやら狙いは此方にも向くようだ。
カンベエはフードの奥の表情を見透かすようにじろりと陰気な視線を向ける。
「…ミツヒデ殿から聞き出せぬ以上…貴様から聞かねばならぬことがたくさんある…」
「フフフ…聞いてくだされば何でもお答えしますのにぃ…」
「…この状況では信用できぬのでな…捕えてからじっくりと尋問してやる…」
フルフルとカシンはフードを震わせる。笑っているのだ。
捕える…この呪術教団司教カシンを前に捕えると言ったか、随分と甘く見られたものだ。
「私を捕らえるですかぁ…できますかねぇ、たかが“転生者”風情にぃ…」
カシンが纏ったローブが風に煽られるようにして拡がり、裾からボトボトと無数の“何か”が零れ落ちる。
目視した兵士たちはぎょっとして跳び下がった。其れは無数の蟲…ムカデのようでいて異なる、禍々しい姿をした毒蟲だ。
無数の蟲たちは赤い目を光らせて鋭いアギトを開き、威嚇しながらカンベエたちへと這い寄り襲い掛かってくる。
見たこともない恐ろしい光景に兵士たちは悲鳴を上げて恐慌状態に陥った。ヴォーリですら脂汗を浮かべ、恐怖を必死に堪えている。
だが、カンベエは動じず言葉を紡ぐ。
「…くだらぬ幻術はやめろ…貴様も“転生者”であろうが…“果心居士”…」
「なっ…!?」
蟲の動きが止まる。初めて動揺した様子を見せたカシンが思わず呻く。
「何故その名を…」
「…やはりな…そうではないかと思っていた…そして…―――」
カンベエは懐からごそりと一個の瓢箪を取り出す。
フードの奥…カシン、もとい果心居士の目が見開かれた。瓢箪にではない、その瓢箪に貼られた札にだ。
「ま、まさかそれは…!」
「…もう遅い…お前は返事をしたぞ…“真名封印術”…!」
真名封印術…標的の真名を呼び、其れに返事があれば器物の中に封じ込めてしまうという東から伝わってきた古の魔術。
本来この術は肉体を持って存在する者に対しては効果が薄い。物理法則を無視するほどの力ある術ではないからだ。
だが妖しげな術で魂と肉体の境界が曖昧になっているカシン…こういった者に対する効果は絶大。特効術式と成り得るのである。
「こ、こんなバカなっ――――!?」
慌ててカシンは身を翻し飛行魔術で逃亡を図ろうとするも、カンベエの術式発動の方が早い。
瓢箪は凄まじい力で吸引を開始し、術の標的となったカシンは抵抗虚しくその口へと吸い込まれていった。
見届けたカンベエは即座に瓢箪に蓋をし、さっさと懐にしまってしまう。これにてカシン討伐は完了だ。
呆気に取られた兵士たちを代表し、ヴォーリが呆然と呟いた。
「カ、カンベエ様…魔術を学んでおられるのは知っていましたが…いつの間にあのような術を…」
「…《皇帝の剣》につく以上、いずれ呪術教団との戦いになると思ってな…念のため覚えておいた…」
「念のため覚えておいた、って…」
とてもじゃないが一朝一夕で身につくような術式には思えない…一体いつからどこまで計算済みだったというのか…
改めて己の主君の鬼謀に兵士たちは戦慄しつつ、辺りに漂う魔力光の粒子に我に返る。
どうやら幸村と光秀の戦いにも決着がついたようだ…海賊連合残党たちが次々と抵抗を止めて降伏の意を示し始めた。
カンベエは珍しく陰気な無表情を崩し、笑う。
「…ミツヒデ殿まで倒したか……本当に底知れぬヤツよ、ユキムラ殿…」
鬨の声が響き始める。
こうして南部地方は新たなタイクーンの旗の下いよいよ統一へと動き始めるのだった…
【続く】




