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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
南海のスーパー軍師大戦
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第八十七話 月下の決着、光秀散るの巻

 月夜の下…十文字槍と名刀備前近景が閃いて激しく交錯し、金属音と火花を散らす。

 光秀は敵の得物が槍と見るや横に跳んで道を外れて竹林に入る。その判断により等間隔に立つ竹が薙ぎの攻撃を阻害。

 敵の手を封じる老獪な戦術に幸村は舌を巻きつつ突き主体の戦法に切り替え、相手の動きを先読みし鋭い刺突を繰り出した。

 唸りを上げる刺突を光秀は回避しようとするも其れは十文字槍…本来の矛先に加えて鎌刃が横に大きく拡がっている。

 その広い攻撃範囲の避けきることは不可能…備前近景で受けた結果、剛力に弾かれて大きく態勢を崩してしまう。


「もらったッ!!」


 大きく隙を晒した光秀に、幸村は距離を詰めるべく踏み込む。

 だがそれは罠…光秀は後ろに倒れ込みながら虚空に手をかざすとそこには一丁の鉄砲が召喚される。

 驚きに目を見開いた幸村に対して光秀は目を細め、その眉間目掛けて鉛玉をブチ込むべく引き金を引いた。


「あっぶ…ねえッ!!」

「ちいいっ!」


 間一発…幸村は飛来する鉛玉目掛け敢えて前進、頭突くようにして鉢金で受けて衝撃に仰け反る。

 なんという無茶…なんという反応速度…受け身を取りながら後方に倒れ、即座に態勢を立て直した光秀は思わず舌打ちする。

 いや、瞬時の判断であのようなことができるはずもない…予め、此方の手をある程度読んでいたか…

 思わず安堵の溜息を吐く幸村に憎々しげに光秀は訊ねる。


「つくづく嫌な敵だな…私が鉄砲を使うことも読んでいたのか?」

「明智光秀といえば音に聞こえし鉄砲の名手…必ずどこかで狙ってくるとは思っていた」


 成る程、最後の戦国武将にとっては明智光秀の情報は筒抜けという訳だ…

 これまで多くの“転生者”たちが敗れ去った理由も頷ける。幸村は予め敵を知りながらにして戦術を構築することができる。

 しかし…だからこそ理解できないことがある。互いに構え直して睨み合いながら光秀は問うた。


「やはり解せないな」

「…何がだ?」

「対転生者戦における絶対的優位を持ちながら何故自分で天下を取らない?何故上にヨルトミア公を立てる?」


 ふぅ…と、幸村は一息吐く。そしてきっぱりと答えた。


「前にも言ったはずだ、俺はリーデ様という主君の描く天下が見たい…ただそれだけの話だ」

「…リーデ=ヒム=ヨルトミアが天下を取ったとしてもそれは一時的なものだ、死すれば再びこの世は乱世となろう」

「重々承知している、その上でだ」

「いいや分かっていないな…今こうして君が奮戦したとしても、時が経てば何もかもが無意味になるのだぞ?」


 幸村は笑った。どこか悟ったような、それでいて爽やかな笑いだった。


「それも分かっている…俺にとってこの世は夢の続き、ならば夢から醒めた後のことはこの世界の者たちに任せるさ」


 光秀の脳裏にまったく同じことを言った過去の英雄の顔が去来する。

 “あの男”も…タイクーンもそう言って自分が提示した永劫の管理計画を拒絶し、リシテン教を封印した。

 だが結局タイクーンが天下を譲り渡した異世界人たちは彼の遺言を都合の良いように捻じ曲げ、すぐに乱世を再開してしまった。

 古き肉体を封印され魂だけの存在と成り果てながらも光秀はそれを見続けてきた…タイクーンは間違っていたのだ。

 その積年の想いが、怒りとなって噴き出す。


「分かっていない…!この世界の者たちは天下を任せるにはあまりにも幼い…支配する絶対的存在が必要なのだ!」

「光秀殿…貴殿は…―――」

「邪魔はさせない…今度こそ神に等しき“転生者”によって天下を治め、この地に永劫の平穏を齎す…!」


 膨れ上がる殺気に幸村は警戒…次の手は備前近景による斬撃か、それとも鉄砲による射撃か。

 だが実際に攻撃が来ったのはそのどちらでもない。光秀が両の手で印を結べば幸村の周囲を取り囲むように複数の謎の梵字が浮かび上がる。

 まずい…!咄嗟に跳び下がった幸村だが謎の攻撃に反応が一瞬遅れた。梵字より勢いよく飛び出した紫光の鎖が四肢を力強く絡め取ってしまう。


「しまった!これは…!」

「明智光秀は既に捨てた名…我が名は呪術教団テンカイ…前世の名を南光坊天海!この世を泰平に導く者なり!」

「な、何ッ…南光坊天海!?ではやはり貴殿の背後に居るのは…―――」


 ギリリッ…

 絡みついた魔力の鎖が幸村の五体を引き千切らんばかりの力で締め上げられる。


「ぐおおおッ…!!」

「泰平の世にはお前のような乱世の亡霊が最も不要だ!ここで肉体無き魂に還れ、真田幸村!」


 これは魔術…本来“転生者”が持っているはずもない力だ。

 信長や謙信のように膨大な魔力を有した存在が起こす超自然の黒靄や吹雪とは違う、明確な意図を持って組み上げられた術式。

 魔力量によるパワーこそは劣るものの人の技である其れは力任せに振るわれる前者よりも遥かに細密に制御可能。

 拘束を抜けようと足掻く幸村を完全に封じ込め、発される瘴気によりじわじわと体力を奪っていく。


「ぐ、ぐぅ…っ!!」

「無駄だ…この魔縛術は力任せでは絶対に解けない、百年前に編み出された高等魔術だからな」

「ひゃ、百年前…貴殿は…やはり…!」

「そうだ…タイクーンの時代に召喚されたもう一人の“転生者”…それが私だ」


 天海を名乗る光秀は語り始める。

 タイクーン…即ち秀吉がこの世に召喚され、旧王国によって支配されたこの異世界をひっくり返していた頃…その対抗馬として光秀は召喚された。

 当時の光秀は異世界の戦術に加えて魔術を深く理解し習得することで前世よりもさらに強化。秀吉と熾烈な戦いを繰り広げた。

 だがそんな光秀は便利な戦闘兵器感覚で召喚した魔術師たちにとって疎ましい存在…やがて裏切られ、無実の罪で投獄されてしまう。

 いくら戦いに通じそして魔術に通じようとも人の心までは読むことはできなかったのだ…そんな光秀に対し秀吉は手を差し伸べた。

 前世のしがらみを水に流し、共に天下を取ろうと誘いかけてきたのだ。


「前世のことを捨て去り、我武者羅に天下万民のために戦う…あの時はタイクーンがまさしく理想の主君に見えた…だが…」


 全ての国を討ち倒し秀吉がタイクーンとなり光秀が宰相となった時…その関係は終わる。

 光秀はそれまでの戦いを経てこの異世界の民が旧態依然とした固定観念に囚われた救いがたい存在であると看破していた。

 故に絶対強者による徹底的な管理社会…南光坊天海としての知識・経験で前世の江戸幕府の再現をこの世界に再び作り上げようとしたのだ。

 だがタイクーンはそれを否定…彼は永劫の支配存在となることを拒み光秀の計画を阻止、後の異世界の民たちに天下を託して没した。


「その結果が今の戦乱の世だ…あの男はやはり無責任…天下を一統する能力はあれど、天下を治める能力はない」


 討ち滅ぼされ肉体を失い魂だけとなった光秀は輪廻には還らず、協力者であったカシンによって仮初の器に保管された。

 やはりこの異世界の者たちは救いがたい…タイクーンが喪われたその瞬間にそれまで作り上げたもの全てを無にし戦乱の世を再開した。

 呪術教団として俗世の闇に潜みながら其れを見続けてきた光秀の胸中は如何ばかりか…計り知るべくもない。


「故に必要なのだよ、他のどの“転生者”でもない…天下を治める能力を持つ“あの御方”が…!」

「くくくっ、天下泰平のためにか…」


 鎖に締め上げられながら、額に脂汗を浮かべながらも話を聞いた幸村は笑う。

 術式を一切緩めずに光秀はじろりと幸村の顔を見遣った。


「…何がおかしい…?」

「分からないか?光秀殿、貴殿は泰平の世に強く拘られるが…それは誰がための泰平だ?」


 当然、天下万民のため…

 そう答えかけた光秀ははたと気付いて口を噤む。幸村はその動揺を看破し、先回りした。


「天下万民のため…しかし本当にそれをこの世界の民たちが望んでいるのか?」


 ―――やめろ…


「望んでいるならば“転生者”などに頼らずとも成せるはずだ…そして光秀殿もそんな民たちを信じられるはず」


 それ以上言うな…


「押し付けがましい泰平の世など真の泰平であるものか…貴殿は結局のところ民たちを自分の良いように縛りつけたいだけだ」


 ぶつり。

 その言葉を聞いた光秀はかっと目を見開き、術式に込める魔力を全解放させる。


「黙れッ!!」


 知った風な口を利く若造が…召喚されて僅か数年の貴様がこの世界を…この光秀の何を知る、ここで砕け散るがいい…!

 紫光の鎖はもはや締め付けるという生易しいものでなく切断する刃となって幸村の皮膚に食い込んだ。裂傷が生じ血が噴き出す。

 だがここだ…!術式を束縛から攻勢に転じるこの瞬間、この瞬間にこそ“此方の術式を介入させる隙が生じる”。


「おおおっ!!解除りばーす!!」


 魔術を行使するには些か力が入り過ぎた裂帛の気合。

 次の瞬間、紫光の鎖が魔力の粒子となって四散…光秀は驚きのあまり数歩後ずさる。


「か、対抗魔術カウンターマジックだと…!?何故貴様が…!!」


 魔術はこの世界固有の技術…“転生者”である目の前の存在が使えるはずもない。

 幸村は満身創痍ながらもにやりと笑い、不敵に答えた。


「異界の天下を狙うならば…俺も変わらねばならぬということよ…!」


 思い返されるはカオーフ平原での戦い…

 あの時“再転生りびるど”を阻まれたユキムラは子供の身でも戦力となっているカンベエの姿を見、考えを改める。

 前世での戦術だけではない…策に組み込めるならば、前世の固定観念に囚われず積極的に魔術ですら習得していくべきなのだ。

 それから戦の合間に独学で魔術を学び始めた…当然、一朝一夕で光秀のような高等魔術を習得することは不可能だ。

 だが、解除りばーすなどの簡易な術式ならば一朝一夕で十分。カンベエという師が加わったなら猶更容易である。


「ぬぅっ…!」

「うおおっ!」


 十文字槍と備前近景が再び閃く。

 激しい火花が散り、後方に跳び下がった両名は互いの得物を構え直し…視線がぶつかりあう。

 刹那の瞬間に光秀は高速思考する…幸村はもはや満身創痍、あの流血量では魔力が流れ出しそう長くは戦闘形態を維持できまい。

 冷静に考えればこのまま時間を稼いで封殺するもよし、競り勝って首を落とすもよし…此方の圧倒的優勢だ。

 しかし…先ほど見せた対抗魔術のような想定外の策を隠し持っているならば…―――


「これで決着だ…いくぞ、明智光秀」

「くっ…来い、真田幸村!」


 幸村は十文字槍を構え、限界まで姿勢を低く落とし…バネ細工で弾かれたように一直線に駆けた。

 光秀は備前近景を正眼に構え、真っすぐに突っ込んでくる赤き炎将を迎え撃つ。

 何のハッタリも効いていないただの突撃だ…回避すれば容易に対処可能。だが、もしこれがブラフで二の手が本命だったとすれば…

 そんな葛藤の最中にも幸村は眼前に到達…光秀は覚悟を決め、その首目掛けて横薙ぎに刀を振るう。

 月明かりの下、今長きに渡る戦いが決着する…!



「おおおおおおおっ!!」


「はああああああっ!!」



 二閃、交錯。



「ガふッ…!!」


 ―――…一瞬の迷いが、勝負の明暗を分けた。

 最後まで二の手を疑った光秀の太刀よりも早く十文字槍がその胸元へ到達、胴体を貫いて背中から飛び出している。

 光秀は血塊を吐きながら致命傷を悟る…魂器、この肉体における核ともいえるその器官を打ち砕かれたのだ。

 一方で体力が尽き果てた幸村もまた槍の柄から手を離して崩れ落ち、地面に腰を下ろした。

 光秀は憎々しげに一手及ばなかった敵を睨み下ろす…


「腹立たしい…また私は負けるのか…、いつもだ…いつも肝心な時に勝ちに恵まれぬ…」


 其れを聞き、幸村は獣の如く荒い息をひとつ吐き…光秀の顔を見上げる。


「恐れながらそれは…貴殿が最後まで己のために戦えなかったからでしょう…」

「何…?」

「理想と建前の鎧を剥げば最後に残るのは己の欲…土壇場で頑張れるのはその欲のためにござる…」


 呆気に取られる光秀の顔に、幸村はからりと笑って見せた。


「己の欲を後回しにする者がどうして最後に己自身を信じられましょうや…勝負を分けたのは、そこだ」


 嗚呼、そういうことか…

 山崎の戦い(あのとき)もそうだった。大志を掲げ理想を語って聞かせても天下人の座を狙うあの男には及ばなかった。

 否、欲深き者を醜いと見下し同等に落ちることを嫌ったのだ。人は人であって獣ではない…そんな矜持のためにだ。

 だが最後に頼れるのは己自身のみ…極限まで追い詰められた時に己を律し続けてきた者が必死になれるだろうか。

 欲の強さは力なのだ。三度目の生を終えるこの瞬間…ようやく理解した。


「まったく…本当に嫌な奴だ…こんな僅かな時間で己自身ですら気付かなかった性分を見抜かれるとは…」

「…そうせねば真田は生き残れませなんだが故」

「そうか…そうだったな…くくくっ…」


 光秀は可笑しそうに笑いながら己の身体を見下ろす。

 核となる魂器を破壊された肉体は構築を維持できず魔力の粒子となって大気中に散り始めている。

 長かったこの異世界の戦いもこれで終わり…解放された魂は再びあの世へと還るだろう。

 志半ばで無念、しかし最期の光秀の表情はどこか爽やかだった。


「“あの御方”は強いぞ…何せ惑わない、私のように心の隙を突いて倒せるとは思わないことだ…」


 幸村は真っすぐに見返し、きっぱりと言葉を返す。


「倒してみせる、今度こそ…おそらくそのために俺はこの世に召喚されたのだ」


 光秀は再び笑う。この者もまた迷わない。

 なればこそ、少しだけ信じてみたくなるというものだ…前世で負けた者がこの世界で逆転を果たせるのかを。


「ま、せいぜい頑張るがいいさ…果たして人の欲が神に通じるか、あの世で楽しみにしておこう…―――」


 霧散。

 光秀の肉体は魔力光の粒子となって大気中に消滅した。

 幸村は大きく息を吐き、いつしか固唾を飲んで見守っていたサナダ忍軍と海賊連合残党の前でよっこらせと立ち上がる。

 そして十文字槍を掲げ…宣言。


「明智光秀、討ち取ったり」


 南部地方の戦乱に終わりを告げる鬨の声が、月下に響き渡った。



【続く】

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