第八十三話 セキテ城攻略戦、開始!の巻
南征を開始した《皇帝の剣》は瞬く間に多数の海賊拠点を陥落。
まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いで各領を南部連合に奪還し、海賊連合軍は追い立てられるようにこのセキテ城へと退いてくる。
その快進撃の裏には各拠点と海賊将たちの弱点を知り尽くしたカンベエの影があることは言うまでもない。
大船団長、ボルチ=ソーンクレイルは苛立ちながら手元のゴブレットから酒を煽り、傍に控えたミツヒデに当たる。
「ミツヒデ!何故神兵部隊を動かさねえ!ここのところやられっ放しじゃねえか!」
「うん…確かにね、しかし神兵は造り出すのに時間がかかる…まだ十分な数が揃っていないのだよ」
「今ある手持ちだけで奪われた城を奪還できねえのか?」
「できるにはできるさ、神兵は無敵だからね…しかし出撃させればこのセキテ城の守りが手薄になる」
今の限られた数の神兵が釣られて本拠を離れればそれこそ敵の思う壺、守りが手薄になれば奴らは即座に狙ってくるに違いない。
恐ろしい想像にボルチは身震いする。自分の身が危機に晒されるくらいなら末端の城や領土などはいくらでもくれてやる。
今は亡き長兄ブンダならば勇敢にも賭けに出ただろうが自分はそんな愚は冒さない。結果として兄たちは戦死したのだ。
だがこうも敵に好きにされると精神的に堪える…顔を曇らせるボルチにミツヒデは笑いかけた。
「案ずることはない、奪われたものはまた奪い返せばいいだけさ」
「…神兵はどれくらいで十分な数揃いそうなんだ?」
「三月…三月で揃えて見せよう、反撃開始はそこからだ…何、それまでは亀のようにこのセキテ城だけ守っていればいい」
神兵の戦闘能力は圧倒的だ。加えて奴らには補給も休眠も必要としない。
数さえ揃えば一月とかからず奪われた領地を再び奪い返せる…ミツヒデはそう解説した。
ボルチはその言葉を全面的に信頼し、再び王座へとふんぞり返る。コイツに任せておけば間違いはない。
彼を納得させたミツヒデは視線を移し大船団長室に控える二人の“転生者”を見遣る。
「そういうわけだ、君たちもしばらくはこの城の守りに徹して頂きたい」
その言葉にイエヒサはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「いたらん、ないでミツヒデどんが仕切っちょっど」
「…気に入らないかな?今の私は大船団長ボルチ様の参謀役に任命されているのだけど…」
「おいたちは対等のはずじゃ、最初に顔合わせた時に約束したじゃろう」
「勿論、勘違いしないで欲しいが今でも我々は対等だよ、ただ作戦立案は私に任せて貰いたいんだ」
ダメかな?とミツヒデは小首を傾げて見せる。
その無邪気な仕草の裏にイエヒサは冷酷な本性を悟った。ここで逆らえば次は己を投獄する気だろう。
ボルチも此方を睨んでいる…ここで逆らうのは得策ではない。イエヒサは黙して一歩下がる。
次いで、ミツヒデはテルモトの方を一瞥する。
「テルモト殿も、よろしいか?」
「あ、はい…ええと…それでいい、です…」
視線に晒されたテルモトはびくりと身を震わせて縮こまる。
こっちはカンベエが居なくなって以来すっかり大人しくなってしまった。イエヒサのように逆らう気概もないように見える。
ミツヒデは一度咳払いして仕切り直すとその場の海賊将たちに告げる。
「じきに《皇帝の剣》はこのセキテ城に攻め寄せてくるだろう…皆、三月だけ耐えきってほしい!」
三ヶ月…セキテ城と付随する港を三ヶ月守り切れば大量の神兵が東の果てより到着し反転攻勢に移る目論見である。
それまで海賊兵たちと“転生者”三名、そして現在所持している神兵部隊で奴らの攻めを食い止めなければならない。
(とはいえ、容易い戦なのだがね…何せ包囲される危険性がない…)
ミツヒデは冷静に戦況を俯瞰する。
南海のレクリフ城は落ちたが未だ制海権は奪われていない。海賊たちの防衛船団を掻い潜って南面から攻めるのは不可能だ。
そして東面と西面は海に面しており海賊船団の砲撃射程内…海上からの火砲に軍側面を晒しながらここから攻めてくる可能性も極めて低い。
つまり必然的に攻められる面は北面しかなくなる…しかもここには天然の要害たる二つの高台が攻めてくる者を待ち受けているのだ。
いくら敵が大軍勢であろうと全面包囲できなければ城を落とす難易度は格段に上がる。神兵部隊も控えている今、ミツヒデは勝利を確信していた。
そうなると、だ…―――
(そろそろお二人には謙虚になって頂きたいところだな…)
島津と毛利…この二者は“真の主”の理想世界に不和を齎しかねない存在。
特にイエヒサは自分が海賊連合の中核を担っていることに明確に不快感を示している。放置しておけばいずれ必ずや反旗を翻す。
それが個人での反逆ならば何の問題もない、たった一人の力でどうにかなるほど海賊連合という組織は甘くはないからだ。
だが彼女らの手勢の海賊兵は大船団長であるボルチよりもそれぞれ直属の部隊長に忠誠を誓っている。それがあまり望ましくない。
捨て置けば例のカンベエ隊のように丸ごと離反する可能性も十分にありえる…カンベエを逃した失策はまさしくその忠誠心を失念していたからだ。
「城門は私と神兵部隊が守る…イエヒサ殿とテルモト殿、二人は北方の二丘陸に布陣してくれ」
「…承知」
「りょ、了解です…」
ここは次の戦いで最も激戦区となるだろう。何せ敵側とて無視できない要所…壮絶な戦いになること必至だ。
いくら彼女らの部隊が精強と言えどこの最前線で戦えば激しく消耗…あるいは壊滅すらあり得る。結果として反乱を起こす気など消えてなくなるだろう。
その上で《皇帝の剣》を少しでも消耗させてくれれば重畳…ミツヒデはそう考えていた。
当の二人はミツヒデの意図を知ってか知らずかその指示に逆らうことはない。どちらにせよ現状は従うしかないことを悟っているのだ。
優秀な参謀の指示にボルチは気分を良くし、部下たちに割れ鐘のような怒鳴り声を響かせる。
「よォしお前らァ!西部のアホ女どもに人ん家の庭先荒らすとどうなるかたっぷり教えてやれェ!!」
応!!
神兵という強力な兵器を得た海賊兵たちの士気は高い。すぐに騒々しく防衛戦の準備に取り掛かっていく。
それを眺めながらミツヒデは密かにほくそ笑むのだった。
(せいぜい今は粋がっているといい、《皇帝の剣》…君たちの夢はここで終わりだ、夜明けの時はもう近い…)
◇
海賊連合に奪われていた各領を解放しながら《皇帝の剣》は破竹の勢いで進軍。
南征開始から数日…いよいよ敵の本拠であるセキテ城の目前へと俺たち本隊は迫っていた。
ハンベエとカンベエはというとそれぞれ兵を預られ別行動。セキテ城周辺の支城を攻略し、のちに合流する手筈だ。
二人の隊からはまるで落とした敵拠点の数を競い合うかのように次々と拠点攻略の報が舞い込んでくる。
伝令兵から矢継ぎ早に告げられるその内容にリーデ様やロミリア様、ヴェマたちは思わず驚きの声を上げた。
「凄まじいものね、両兵衛…城攻めに限って言えばユキムラ以上なんじゃないかしら」
「ええ、万全の守りを敷いている相手にこの速度は恐ろしいものです…一体どんな策を使っているのかご教授願いたいものだ…」
「ユキムラの城攻めはだいたい忍頼りの潜入破壊工作だからなあ…」
少し離れた場所でユキムラちゃんがゴホンと咳払いした。三人は素知らぬ顔で口を噤む。
不機嫌そうにふんと鼻を鳴らしたユキムラちゃんに傍にいたマゴイチがにひひと笑いかける。
「それにしても随分似て来はったと思わへんか、真田?」
「…似る?何がじゃ?」
「リーデ様や、リーデ様、両兵衛に加えてリキューまで従えて…まるで秀吉みたいやないか?」
「そういえばそうじゃのう…」
秀吉…ユキムラちゃんから聞けば初代タイクーンの前世での名は其れだったのだという。
即ち今のリーデ様は初代タイクーンの前世と似てきているということだ。天下一統に手が届きかけている今、猶更それを実感する。
だがしかし今の俺がタイクーンと聞いて思い浮かぶのは王都に飾られていた例のサル顔の青年像。
見目麗しいリーデ様があれに似ているとはどうしても…―――
「…いや、全然似とらんじゃろ」
「…すまん、自分で言っといてウチもないと思ったわ」
どうやらタイクーンは前世でもあまり見た目が良かったとは言えないようだ。
そんな他愛のない話をしていると偵察に出ていたサナダ忍軍のコスケが本隊に帰還してくる。
コスケはユキムラちゃんの前に膝をついて報告を上げた。
「敵先鋒二部隊、例の丘陸地帯へ既に布陣しております!」
「やはりか…」
ユキムラちゃんは表情を引き締める。そしてコスケへと問い返した。
「して、どの隊が布陣したかは分かるか?」
「はっ!紋章が見えましたので写してきております―――…ここに!」
コスケが恭しく差し出した周辺地図には二つの丘陸地帯上に紋章がスケッチされていた。
西側は一文字三ツ星…モーリ紋、東側は丸に十の字…シマヅ紋である。つまり“転生者”二人が最も厄介な地点に陣取っているのだ。
だがそれを見たユキムラちゃんは悪い笑顔を浮かべ、ぱちりと高らかに指を鳴らす。
「くくくっ…やはりのう、やはりのう!“ここ”に置くならばこの二人しかないと思っておったわ!」
ユキムラちゃんの言葉に本隊の空気が一気に引き締まる。
前提となる読みが当たった、あの厄介な高台二地点を攻略する目処がついたという訳だ。
リーデ様とユキムラちゃんはほぼ同時に視線を交錯させ、頷く。
「攻め時という訳ね…ユキムラ、策を」
「承知いたした、ではわしの考えた策をお聞きくだされ…」
ごくり…
その場の全員が固唾を呑んで聞き入る中、ユキムラちゃんは指を一本立てて大真面目な顔で策を発表する。
「わしの考えた策…それは“何もしない”」
―――…はい?
思わず誰もが意味を捉えかねて首を捻る中、自信満々にユキムラちゃんは胸を張っている。
“何もしない”…何もしないとはどういうことだ?何かの哲学だろうか…
さすがのリーデ様でも理解しかねたのか、怪訝な顔でユキムラちゃんに問い直す。
「その…どういうことかしら、その“何もしない”というのは…」
ユキムラちゃんは今一度にやりと笑い、言ってのけた。
「申し上げた通り…一切の策を捨てて前進するだけでござる」
な…
「「「なんだってぇーーーーーっ!!??」」」
【続く】




