第七十五話 双軍、丁々発止!の巻
火牛の計によって陣形が崩れた海賊連合本隊目掛けて第三軍は突撃…
奇襲で総大将をそのまま討ち取ってしまうという展開にはならなかったが、防御力の高い雁行の陣を崩せたことは僥倖。
敵に陣形を整えさせる間もなく接近して乱戦状態に持ち込むことに成功した。
こうなったら最早カンベエがどう鬼謀を働かせようが策は関係ない。純粋に戦力と戦力のぶつかりあいとなる。
その上、部隊の配置的には第一軍と第三軍で挟撃の形となっている…戦況は此方が優勢だ。
「よぉし、見えたぞ!行けえっ!!」
一丸となって突き進む俺たちはリボン付きドクロの大海賊旗の直下…総大将であるシュカ=ソーンクレイルを発見。
ヴェマが声を張り上げて号令をかけると一気に討ち取るべく士気を上げて打ちかかった。
だが本陣である敵の守りは相応に堅い…敵も総大将守るべしと奮戦し、激しい剣戟音が辺りに響き渡る。
「むう…おかしいぞ…!」
「こ、今度はどうしたんスかユキムラちゃん…!?―――危ねっ!」
激しく飛び交う矢弾を俺はギリギリ躱しつつ後ろで呟いたユキムラちゃんを振り返る。
ユキムラちゃんは敵の陣容を確かめながらやはり首を傾げる。
「さっきまでわしらを撃っとった連中…あの妙な訛りからして多分島津じゃ、島津が居らん!」
言われて見ればあの陣頭指揮を執っていた“転生者”と思しき少女がいつの間にかいない。
まさか伏せられて背後に回られたか…?俺とユキムラちゃんは同時にその発想に達し、思わず背後を振り返る。
だがその答えは前方、意外なところから返ってきた。
「…安心しろ、イエヒサ殿には前方の騎兵の迎撃に回って貰った…故にここにはいない…」
いつの間にかまるで幽鬼のような少女が眼前に立っている。
死人のように白い肌にウェーブのかかった黒髪、双眸下の隈が色濃い陰気な視線…その聞いていた通りの風貌、こいつが…
「黒田官兵衛…カンベエ殿か…!」
「…左様だ、真田幸村…ユキムラ殿…まずは私を出し抜いた計略、見事と言わせて貰おう…」
激しく斬り合う乱戦の中、二人の間だけがまるで凪いだ海のように静まり返る。
まさかこうして乱戦の最中に見えるとは…ユキムラちゃんはくっくっと喉を鳴らして笑った。
「その割には随分と侮られておるようですのう!よもやこうしてわしの前に出てくるとは!」
「…いや、侮ってはいない…―――そうだな、侮ってはいた…だが今は貴公を全力で排除すべき敵と認めている…」
「では、後ろに下がっておるべきでしたな!カンベエ殿…お主はここで討ち取らせて頂く!」
ユキムラちゃんは懐に手を入れ、赤く輝く魔晶を取り出した。そしてそれを高く掲げて叫ぶ。
「“再転生”!!」
轟!
ユキムラちゃんの足元から火柱が噴き上がり、その身体を大人の戦闘形態へと作り変えて―――
「…解除…」
霧散。
火柱は忽然とかき消え、子供の姿のままのユキムラちゃんが驚いた顔で目を瞬かせる。
手にした赤い魔晶からはシュウシュウと紫の煙が立ち上るのみ…やがて次第に輝きを失っていった。
「ばっ…莫迦なっ!“再転生”が…!?」
「…言ったはずだ…もう私は貴公を侮らない…そして…―――」
殺気!
俺は咄嗟にユキムラちゃんの前に出、カンベエの傍から斬りかかってきた一撃をギリギリ防いだ。
その剣の主は顔に傷を持つ屈強な壮年の男…一度打ち合っただけで分かる。こいつは凄まじい達人だ!
「…全力で排除する…ヴォーリ、やれ…」
「はっ!!」
二撃目…こいつと剣の距離で斬り合っていてはいずれ力負けする。
咄嗟に状況判断した俺はさらに一歩踏み出し、肩から背にかけて相手に叩きつける体術…鉄山靠で応酬。
体重の乗った一撃にヴォーリと呼ばれた男は不意を打たれ、数歩後ろに下がりつつも踏ん張る。
「ユキムラちゃん!下がっててくれ!」
「お…おう!すまんサスケ!ここは任せた!」
子供の姿のままならば率直に言って足手まとい…重々承知しているユキムラちゃんは素直に後方へと下がった。
カンベエはそれを見てフンと鼻を鳴らす。一体どんな手品を使ったというのか…今までにないタイプの敵だ。
対面のヴォーリは剣を構え直しながら低い声で俺へと話しかけてきた。
「乱波、そこをどけ…俺の標的は其方の“転生者”ただ一人…」
「どくわけないでしょ、アンタ後ろに主君が居るのにハイどうぞと通すんスか?」
「…愚問だったな、では貴様を斬って通らせて貰おう」
俺とヴォーリは互いに地を蹴り激しく剣撃を交錯させる。
おそらく真っ向から勝負すれば俺はコイツには勝てない…ヴェマやリカチ、サイゾーや他のサナダ忍軍も周囲で交戦中だ。
ユキムラちゃんの“再転生”が使えない以上、どうにかしてそれ以外の一手を見つけるしかない。
首筋に迫る死の一撃をギリギリ凌ぎつつ、俺は脳みそを高速回転させて打開策を探す…!
◇
「第三軍の奇襲は成功した…のでしょうか…?」
混戦の中、ラキが目を凝らしながら呟く。
盤石な雁行の陣に構えていた敵軍が大きく崩れたのは確認できた…が、どこか妙な崩れ方だ。
敵兵も混乱してはいるものの士気が下がった気配はない。これは奇襲そのものというよりもその手段に対する混乱か…
その理由はすぐに判った。もうもうと土煙を上げながら一群の暴れ牛たちが突っ込んでくる。
「う、うわあっ!?」
「まずい!全軍回避っ!!」
危うくその尾に火がついた猛牛群に轢かれかける寸前でロミリアが命令を出し《皇帝の剣》も魚鱗の陣を崩して回避。
怒れる牛たちはそのまま自軍の本陣をも掠めて走り抜け狂おしい咆哮を上げながら何処かへと去っていった…
何故突然暴れ牛が…一体何が起こったのか分からぬまま狐に化かされたかのように将も兵も皆目をぱちくりと瞬かせる。
その中で唯一事情を把握したであろうハンベエは軽く溜息を吐き、額に手を当てた。
「火牛の計…ユキムラ殿ですか…策が読まれたのをなんとかお茶を濁したといった所ですね…」
「よく分からないのだけど、奇襲は成功したということかしら…?」
「いえ、リーデ様…成功とは言い切れませんが、しかし配置は挟撃の形に成りました…ここは押しの一手です」
挟撃の形が取れるならば有利であることには変わりない。このまま挟み込んで戦力差で押し潰すまでだ。
ハンベエの判断にリーデは小さく頷き、全軍に号令をかける。
「第三軍が敵の尾に食らいついたわ、このまま一気に頭を潰してしまいなさい!」
応!!
一度崩れた《皇帝の剣》は魚鱗の陣に組み直し再度積極的に突撃を仕掛ける。
その先陣を切るのはやはりカッツェナルガ隊…死神騎兵が飛翔すれば敵先鋒は総崩れに…―――
「チェストォォォォッ!!」
大刀を担ぐようにして構えた小さな戦士が正面から激突するように突っ込んできた。
その動きには騎兵の突撃に対する恐れが一切存在しない。ロミリアはその太刀を受けようと白銀剣を構える。
「いけませんロミリア殿ッ!避けてください!!」
ハンベエの切羽詰まった叫び…彼女はそれを聞き咄嗟に剣を手放し手綱を返した。
渾身の一太刀を受けた白銀剣は根元から圧し折れ、そのまま振り下ろされた大刀は地面に亀裂を生む。
恐ろしい威力だ、仮にあのまま受けていたら剣ごと頭蓋を叩き割られていただろう。
その大刀の主…褐色肌の少女はにぃっと嬉しそうな笑みを浮かべ、高らかに名乗りを上げた。
「おいの名は“転生隼人”イエヒサ!一戦たのみあげもす!」
見れば分かる戦闘特化型の“転生者”だ。
剣神と出会い、もはや敵はいないと思っていたが異世界は広い…恐ろしく強い戦士がどんどん現れる。
危険な敵に警鐘を鳴らし続ける本能…ロミリアはぞくりと身を震わせた。
最高だ、これだから“転生者”との戦いは退屈しない…
「さあ、いっど!セキテのぼっけもんども!泣こかい、飛ぼかい、泣こよかひっ飛べ!」
猿叫!!
ビリビリと大気を震わせる甲高い雄叫びを上げながら、イエヒサの部隊が真正面からぶつかってくる。
セキテ城で“転生隼人”直々に鍛え上げられたその将兵は他の海賊兵たちとはまるで質が違う。
担ぐような型から振り下ろす一撃は防御ごと敵を斬り斃し、兵数差を物ともせず死を恐れず敵へと襲い掛かる。
まるでバーサーカーのような戦いぶりに、優勢だった第一軍はじりじりと気圧され始めた。
「いけない…!一度距離を離して射撃戦で対抗を!」
「はっはっはー!敵は怯えちょっぞぉ!それ、一気に攻め立てい!」
崩れかける先鋒にラキは一時後退命令を出す。
だがその隙をイエヒサは見逃さない。地を蹴って一気に距離を詰めるとラキ目掛けて大刀を振り下ろした。
しかしそれをインターセプトするのはロミリア、部下から投げ渡された剣を手にイエヒサと剣閃を交錯させる。
「おおっ!?」
「くっ…さすがに持たんか…!」
激しい金属音…結果は双方の武器破壊、イエヒサは驚き目を丸くする。
連中の攻撃を受ければ防御が持たない…ならば敢えて攻撃には攻撃を交え迎撃する。それがロミリアの下した状況判断だ。
両者は即座に部下から替えの得物を受け取り、視線と笑みを交錯させる。
「やっぱい強かねぇ、カッツェナルガどん!おはんと出会えて嬉しか!」
「それは此方こそだ…しばらく付き合ってもらうぞ、イエヒサ殿!」
突如として最前線で互いに武器を破壊しながら激しく打ち合う死闘が幕を開けた。
二人を中心として《皇帝の剣》と海賊連合の衝突は均衡し、激しい消耗戦が繰り広げられる。
拮抗した戦況を険しい顔で見ながらリーデとハンベエは軽く唸る。
「イエヒサ…島津家久、厄介な駒を隠し持っていましたね」
「あの将の部隊、寡兵なのに妙に強いわね…魔法か何か使ってるのかしら」
「いえ、あれが薩摩隼人なんです…おそらくイエヒサ殿がこの世界で育て上げたのでしょう…」
薩摩人の特異な精神性に異世界人を染めるのに一体どのような鍛錬を行ったのか…
考えるだけでも恐ろしくなるが、それはさておき第一軍は兵数差にも拘わらず完全に足を止められてしまった。
ここから再び戦の流れを生むには第三軍…ユキムラたち側での行動が必要になってくる。しかし…
(こっちにイエヒサ殿が当てられたということは、カンベエ殿もユキムラ殿を意識し始めたということですね…)
ハンベエは黙して思案する。
カンベエがユキムラを意識した…即ち油断を突いた足元掬いが通用しなくなったということである。
そうなった時のカンベエは厄介だ…おそらくあらゆる手を使って第三軍の攻め手を潰し、徹底的に封じ込めにかかるだろう。
対して此方は決定力不足…敵地に乗り込んだ以上仕方のないことだが、攻めている筈が後手に回りつつある。
兵法において後の先を取られることだけは避けなくてはならない。ともすれば痛み分けで退く判断も必要になる。
「此方も万が一の時のために手を打っておきますか…トウカ殿、少しよろしいですか?」
「はい!なんなりと!」
本陣付近に控えるトウカにハンベエは次なる策を告げる。
《皇帝の剣》優勢で進んでいたカオーフ平原の戦況は徐々にだが膠着状態に陥り始めていた。
しかし…その戦況は遥か南、海賊連合の本拠・レクリフ城から大きく揺るがされることになる…―――
◇
「黒い鉄甲船…ハァ、嫌でも上様の顔を思い出してしまうなぁ…」
レクリフ城の見張り台の上、海賊船団先鋒と交戦するイルトナ船団を遠眼鏡で見ながらミツヒデは溜息を吐く。
その主軸は黒い鉄甲船、その巨艦はこちらからの砲撃を一切受け付けず、逆に反撃の砲火で海賊船たちは次々と沈められている。
織田信長…かの者が召喚され既に倒された事実は知っている。あの船団を率いるのはまったくの別人だ。
だがそれであっても敵船団を見るとミツヒデの心はひどくざわめく…召喚されて前世のことは踏ん切りをつけたはずなのにだ。
憂鬱な想いに再び溜息を吐くと、ちょうど部下が見張り台へと上がってきた。
「ミツヒデ様、大船団長から出航の要請です」
「ああ、そろそろ来ると思っていたよ…勝てないか、あの鉄甲船には…」
「お恥ずかしながら…我々の浅知ではまるでお手上げです」
その海賊らしからぬ言い様にミツヒデはくすりと笑う。
初めて訪れた時は目も当てられないならず者たちばかりだったが、こうして正しい教育を施せば人は変わるものだ。
ならば変えて見せよう…この戦乱の世も…
「では、私たちが出るとしよう…何、どんなに堅牢な守りに見えても必ず綻びはあるものさ」
【続く】




