第七十三話 相剋!異世界の両兵衛の巻
ピューローロロロー。
サウェスト山中の野営地…高らかに鳥笛を吹き鳴らすと僅かな間を置いて俺の腕に勇壮な梟が舞い降りた。
この梟の名はイデウラ、とても賢く勇敢なサナダ忍軍の一人…もとい一羽。
イデウラはある時は空からの偵察役、またある時は別動隊との伝書役と今までも活躍してくれたかけがえのない仲間だ。
今回はその後者…第一軍の状況報告を届けてくれた次第である。俺はその手紙を受け取り、彼に報酬の餌カエルを渡した。
「伝令!第一軍は予定通り南部連合と合流!既に先制攻撃としてガザ城とタイアー城を落としたとの由!」
「ほう、さすがじゃ!リーデ様は相変わらず手が出るのがお速い!」
「さすがに連中も泡食ってるみたいッスね!ヨルトミア名物、風火戦法!」
疾きこと風の如し、侵掠すること火の如し。
相手の態勢が整う前にまずは挨拶代わりに一撃、それで戦の流れを作るのがヨルトミアの基本戦術だ。
海賊連合も到着早々奇襲を受けるとは思っていなかったようで戦の形勢はまずは上々…
ラキ様からの伝書にはそう書かれていた。
「しかし先手は打ってもここからが問題じゃぞ、敵は何せあの黒田官兵衛じゃからのう…」
「言ってる場合かよ、そいつを背後から突くためにオレたちはこんな山奥に居るんだろ?」
「まさか山中行軍がここまで遅れるとはね…アタシたちも急がないと…」
盛り上がる俺たちを尻目に呆れたようにヴェマが肩をすくめ、リカチが少し顔を曇らせた。
山路を進む第三軍の進行は順調とは言い難い…既に南部地方の側に入ってはいるものの慣れない地理に苦戦している。
とはいえ急いで遭難などしてしまえばそれこそ元の木阿弥だ。笑い話にもなりはしないだろう。
ここは遅れてしまっても慎重に進むしかない…到着するまでに戦の形勢が決まってしまわないことを祈るばかりだ。
「せめてこの付近の地理に詳しい山の民と出会えればいいんだけどね」
「ん…いるみたいだ、すぐちかくに…」
物憂げに言ったリカチに対し、サイゾーが鼻をひくひくと動かして呑気に言う。
一瞬遅れて俺も何となく感じ始めた。とても友好的とは言えない害意と欲に塗れた視線、気配…
山に入った時点である程度覚悟はしていたが、やはりどこの山にも居るものなのだろう。山賊は。
「へっ、軍相手に命知らずな連中だ…嫌いじゃねえぜ」
「泣きっ面に蜂とはこのことかなあ…戦前に消耗したくないんだけど」
「いいやむしろ渡りに船じゃ、案内役になってもらおう」
ヴェマ、リカチ、ユキムラちゃんとそれぞれ武器を構えれば臨戦態勢が兵たちに伝わっていく。
俺とサイゾーは言葉も音もなくその場を発ち、茂みに隠れていた山賊の偵察をそれぞれ手裏剣と苦無を投擲し始末する。
その二殺を皮切りに山々が殺気にざわめいた。まずは先手…これで怖気づく相手ではないようだ。
やがて怒号と足音が野営地に押し寄せて来、山賊との遭遇戦が始まった。
◇
一方、南部に到着するなり二つの城を落とし《皇帝の剣》は破竹の勢いでそのまま南下。
泡を食って退いていく海賊軍を追い立てながら敵領と化していた各城・各集落を次々に奪還していく。
だがそのまま本拠まで退いてくれるほど海賊たちも甘い相手ではない。彼らはただのならず者ではなく南部一統に王手をかけたれっきとした国軍。
すぐに集結し、レクリフ城を出たショカ・ボルチ軍とカオーフ平原にて合流。大軍勢にて《皇帝の剣》を迎え撃つ構えだ。
「敵軍確認!雁行の陣を取っています!」
「ふむ、なかなかの数ね…陽動は成功かしら?」
ラキから上がってきた報告にリーデは軽く思案する。
敵はこの第一軍を迎え撃つべく各城から軍団を集結させて布陣した。その兵力は西部・王都・南部の軍を集結させた此方に並ぶほど。
だが此方はさらに第二軍が海路を、第三軍が山路を進んできている。もし気付いていないのならばこのまま包囲殲滅が可能だ。
リーデの隣に控えたハンベエは珍しく顔をしかめ、軽く唸る。
「…トウカ殿、敵の海賊旗は何種類見えますか?」
「えっ…えーっと…リボン付きに角付きの二種類ですかね」
「ではやはり兄弟いずれかの軍が本拠に残りましたか…どうやらボクの策はカンベエ殿に読まれていたようです」
悔しいがユキムラの言う通り、第二軍がガラ空きの本拠を容易く奪うという展開にはならなかった。
だがそれであっても第二軍は海戦力で海賊に引けを取らないまで増強してきた。後はマゴイチの采配に任せるしかない。
ともすれば戦の形勢を決めるは第三軍…ユキムラたちの軍だ。彼女たちが山路を越えて眼前の敵軍勢の背後を突く。
今、第一軍がすべきはその奇襲が成功するまでの陽動、及び時間稼ぎとなる。
「軍師代理殿、ここはどう動けばいいか策を願いたい」
「代理ですか…まぁいいですが…」
「ああ、私たちの軍師はユキムラちゃんしかありえないのでな…君には悪いが」
そう言ってロミリアはくっくっと笑う。
ハンベエは意外そうな表情をした後、どことなく嬉しそうに笑う。そして雁行の陣で待ち構える敵軍を一瞥した。
「第三軍の奇襲を成功させるには敵の目を此方に釘付けにする必要があります」
「成る程…つまり?」
「まずは先手を取って敵軍の出端を挫いてください、戦の主導権を握る…それが初手です」
それを聞きリーデとロミリアは軽く笑った。風火戦法…つまりはいつも通りだ。
リーデはすらりと腰の剣を抜き放ち、高らかに全軍へと号令をかける。
「勇猛な戦士たちよ!これより海賊討伐を開始!南海の平穏を我らの手に取り戻します!」
応!!
魚鱗の陣を取った《皇帝の剣》と南部連合軍は待ち受ける大軍勢へと突破攻撃を開始した。
先陣を切るのはラキ率いる鉄砲隊…ぱしりと采配を振るえば一糸乱れぬ統率の取れた動作で火縄銃を一斉に構える。
当然、銃口を向けられれば海賊連合もただでやられる訳はない…両軍最先端の銃口が睨み合う。
「放てぇっ!」
二つの轟音。
無数の空を切る高い音を立てて鉛玉が交錯し、もうもうと硝煙が上がった。
第一射の結果は如何に…両軍の兵士が目を凝らす中、煙を突き破りながら一騎の騎馬が翔ぶ!
「ロミリア=カッツェナルガ、推して参る!」
両軍の銃火交錯する死線を一切の迷いなく突き抜けてきたその騎兵は、名乗り上げながら白刃を抜き放つ。
ただそれだけでいくつもの首が宙を舞い、血飛沫が渦を巻く。突如とした死神の来襲に悲鳴じみたどよめきが上がった。
その士気の乱れをロミリアは、そしてカッツェナルガの騎兵隊は見逃さない。死と恐怖を撒き散らしながら敵陣を食い破る。
味方ながら恐ろしいまでの強さにトウカは思わず生唾を呑み、若干引き気味にリーデへと語りかけた。
「ロミリア殿…北部での戦いを経てますます強くなられましたね」
「ええ、あの剣神と何度もぶつかって成長してきたもの…今や大陸中にロミリアに敵う騎士がどれほどいるか」
「おっかないなあ…私、無神論者ですけどヨルトミアの敵に回らなかったことだけは神に感謝します」
トウカが苦笑しながら呟く最中もロミリア隊は二段、三段と次々に敵陣を突き破っていく。
その直後に槍と鉄砲で武装したラキ隊と南部連合軍が続いて突撃、まるで疵口を裂き拡げるかのように敵陣を壊乱せしめる。
まずは善…ハンベエはじっと戦況を見据えながら敵軍の動向を窺う。
「さてカンベエ殿、勝負と行きましょうか」
今は優勢。だが宿敵がこのまま容易く勝たせてくれるはずがない。
不謹慎にも弾む気持ちを落ちつけながら、ハンベエは口元に軍配を遣って小さく呟いた。
◇
「かぁーっ!強か!わっぜ強か!あいがカッツェナルガかぁ!」
軍団最後方の海賊連合本陣、目をきらきらと輝かせながらイエヒサがはしゃいだ声を上げる。
その熱い視線の先には怒涛の勢いで防陣を突き崩してくるロミリア隊。鍛え上げられた屈強な海賊兵たちがきりきり舞いだ。
彼女はウズウズと猛る身体を押さえる。南部にあれほどの敵はいなかった…ようやく出会えた戦い甲斐のある敵だ。
「イエヒサ!気を引き締めな!はしゃいでんじゃないよ!」
「じゃっどんショカどん!あげん強さを見せられたや我慢できもはん!」
「フン、相変わらず狂犬だねぇ!ならアタイらも仕掛けるとするか!アンタの強さを見せてやんな!」
だが気合を入れるショカに対しすっと遮るように軍配が突き出された。カンベエだ。
彼女は苛立ちを隠さずに陰気なその表情を睨み下ろす。
「まさか怖気づいたってのかい、カンベエ!」
「…いえ…しかしあの騎兵の前に無策で飛び出すはただの自殺行為…若しくは兵を消耗するだけの愚行…少しは頭を使って頂けるとありがたい…」
「テメエ…!」
「ま、まあまあ姉貴…ここはカンベエの話を聞こうよ…」
殺気立つショカを控えめに止めるのはボルチ、戦場に怖気づいているが故に彼は冷静だ。
こつりと杖で地面を突きながらカンベエは話を続けた。
「…ここよりやや南西にマモン湿地帯がありますな…」
「だから何だってんだい?」
「…騎兵を相手取るならばまずは機動力を殺すべし…足場の悪い湿地帯に誘い込めばあの騎兵も今のように自在には動けませぬ…」
「ふむ…」
「…如何に強い騎兵と言えど機動力が死なば鉄砲の的も同じ…ここは退却に見せかけ湿地まで軍を下げることを献策致す…」
ショカは鼻を鳴らす。気に入らない…気に入らないがカンベエの戦術眼は本物だ。
彼女は舌打ちするとその献策を受け入れた。突き進んでくる敵軍の勢いに抗わず、南西へと向けて軍を後退させる。
先手はくれてやる…カンベエは勢いに乗って押し込みにかかる敵軍を見据えながら僅かに笑う。
「…勝負だ、ハンベエ殿…あの時の続きを、今…」
そう呟くカンベエの傍…ハサック軍の残党を率いて参陣していたテルモトはふと嫌な予感を覚える。
南西のマモン湿地帯はサウェスト山の麓…もし敵が誘い込まれるように見せて我が軍をそこへ追い立てようとしているのだとしたら…
もし敵が山を越えて我が軍の後方を取ってきたとしたら…こちらも移動範囲の制限される湿地帯で挟撃を受ければ致命的だ。
半ば未来視めいた危険察知したテルモトは居ても立ってもいられずに駆け出し、カンベエの前に立つ。
「カ…カンベエ殿っ!す、少しよろしいですか…?」
「…何か、テルモト様?」
「あ、あのぅ…杞憂だと良いんですけど…―――」
しどろもどろになりながらも先ほど見えた光景をカンベエへと伝える。
一度は決まりかけていた戦の流れ、其れは再び乱れ戦場を混沌へと誘っていく。
【続く】




