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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
黎明のヨルトミア
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第六話 ユキムラちゃん、新たな決意の巻

 シア様に言われた通り教会前に向かうとそこには一人の女性がいた。

 金色の瞳と青髪をポニーテールでくくった活発そうな人だ。さらに気の強そうなキリッとした目と眉が印象強い。

 猟装を纏ったスレンダーな体躯はどこか野生の鹿を思わせる雰囲気で、常日頃山で猟をしているであろうことは一目で見て取れた。

 彼女はかなり遠い位置からこちらの姿を確認すると近づいて来、途中ぎょっとして足を止めた。


「姫様っ!?」


 まぁ、妥当な反応だろう。

 慌てて平伏しようとする彼女を姫様は制し、相変わらず感情が希薄な視線でその顔をまじまじと眺めた。


「貴女が反乱を告発してきたという…―――」

「ア、アスト村のリカチと申します…まさか姫様自らが来られるとは恐れ多い…」

「よい、それよりも詳しい状況を説明しなさい」


 姫様がそう命じるとリカチはおずおずと現状に至った経緯を話し始めた。

 元々、領の軍が自由に動けない時に自分たちの身は自分たちで守るべく各村々から若者が集まって自警団を結成していた。

 リカチはアスト村きっての弓の名手ということでそのリーダーを務めていたのだが、ある時から自警団の様子がおかしくなっていったのだという。

 原因はおそらく先のダイルマとの戦い…正規軍が徹底的に敗北したあの戦ですっかり畏縮してしまったというのがリカチの見立てだった。

 それまでは自衛しようという気概のあった村人たちはあれ以来なりを潜め、ダイルマの侵略に恐れながら毎日を過ごしている。

 そんな時に彼らの耳に届いたのが姫様が徹底抗戦の準備をしているという報だ。

 奴隷に落とされるくらいなら先に反乱を起こして姫様を捕らえ、ダイルマに引き渡してしまおうという過激な意見まで出る始末である。


「ま、よくある話じゃな…むしろ城の内部からこういう話が出ないのが不思議なくらいじゃ」

「情けないよ…リーダーのアタシが団の暴走を止められないなんて…」


 ユキムラちゃんが物知り顔で相槌を打つとリカチは深くため息を吐いて肩を落とした。相当気に病んでいるのだろう。

 しかしそこで気になったことが一つ…


「リカチさんはビビッてないんスね、ダイルマのこと」

「ああ、雪が降ろうと嵐が来ようとなるようになるっていうのが山の民の信条だからね、畑持ちの連中はそうはいかないだろうけど…」

「豪胆じゃのぉ、わしの故郷の連中を思い出すわい」


 一部始終を聞いていた姫様は軽く思案した後、ふむと頷いた。心がお決まりになったようだ。


「話はわかりました…ではリカチ、その者たちの下へと私を案内しなさい」


 慌ててラキ様が止めに入る。


「お待ちください姫様!危険です!その者たちは姫様を捕らえようとしているのですよ!」

「そこで捕らえられるのならばそれまでのこと…この国がそこまでの国だったということです、不安ならばラキは留守番をしていなさい」

「そっ、そういうわけには絶対に参りません!姫様が行くのであれば私も参ります!」


 どうやら姫様の決意は固いようだ。最近になってようやくわかったが人形姫の仮面の下に隠されていた意思は非常に強固。

 ラキ様もそれを察しているらしく無理には引き止めない。自分も同行するという形で納得した。


「姫様が捕まるなんて事態には絶対にさせないよ、頼んだ以上何があってもアタシが守る」

「主君が身を張るというのであれば城でただ待っとるというわけにはいかんのう」


 さらに当然ながらリカチとユキムラちゃんが同行。

 軍を率いていけば警戒させるということもあり、危険な自警団の説得にはその四人で行くことに…―――


「おい、何をしとるサスケ、お主も早う来んか」


 ですよね!!


 ◇


 田舎道を行くこと馬車で数十分。アスト村はそこに存在する。

 行商人以外外からの客もめったに来ないその村では中央広場に屈強な若者たちが渋面で寄り集まっていた。

 そんなところへ突如として高級そうな馬車が乗り入れ突如として姫様が現れる。そんなサプライズがあった際の心中は察するに余りある。

 村人全員が地べたに這いつくばる中、俺とラキ様は腰の剣に常に手をかけ、リカチは矢束に手をやって警戒態勢を維持する。

 ここで姫様に何かあれば何もかもが終わりだ。それだけは命に代えても阻止しなくてはならない。


「面を上げなさい…皆、私に何か言いたいことがあるのではなくて?」


 一部の若者の視線が姫様の隣にいるリカチに刺さる。よくも密告しやがったなという意思がありありと感じられた。

 言い出しづらい空気が流れる中、若者の一人がおずおずと切り出した。


「あ、あの…姫様…ダイルマと本格的に戦をするってぇのは本当ですかい?」

「本当です、ヨルトミアの誇りをかけてダイルマには徹底抗戦いたします」


 どよめきが村全体を包んだ。

 噂は本当だったのか…だとしたらここで止めなければ…そんな穏便ではない気配が漂い始める。

 もはや俺もラキ様もリカチも気が気ではない、三人では絶対にしのぎ切れる数の相手ではないからだ。

 村人がさらに声を上げる。


「お、おやめくだせえ!ダイルマに負ければオラたち全員奴隷にされちまうって話じゃあねえですか!!」


 そうだ!だの、領民のことを考えろ!だのとついに野次が上がり始めた。

 相手が権力者であろうと数の差から強気になる。非常に良くないパターンだと脳内で警鐘が鳴り響き続けている。

 姫様、どうかここは一度村人たちを落ち着かせて…―――


「そんなこと、私が知ったことではありません」


 ぴしり。

 今確かに空気が凍る音がした。

 沈黙の中、村人たちの怒気が渦巻いていくのを見かねたユキムラちゃんが前に出ようとしたのを手で制し…姫様は言葉を続ける。


「そもそも…私がダイルマに降伏したとして、支配下に置かれたヨルトミアの村々が搾取されるのは変わらぬこと」


 鈴の鳴るような声で凍てつくような言葉が紡がれていく。

 村人たちは怒っている…怒っているが、姫様の言葉に耳を傾けている。

 そうせざるを得ない空気がそこにあるのだ。


「ハーミッテのことはご存じかしら?降伏したあの国は今も蹂躙され続けている…ダイルマは一度歯向かった国には容赦しません」


 事実だ。

 先の戦後、ハーミッテは領主の一人娘を差し出し服従したがその領民はペナルティとして信じられない重税をかけられている。

 その様はまるで奴隷と変わらないとの噂だ。その圧政の恐怖をチラつかせ各属国の服従の意志を強めている。


「どうあっても圧政の前に貴方がたは苦しめられるでしょう…いえ、貴方がただけでなく子々孫々永きに渡り苦しみ続けることになる」


 かつん。

 姫様のブーツが中央広場の石畳を高く鳴らす。

 村人たちが聞き入る中、姫様は畳みかけるように言葉を紡いでいく。


「貴方がたはそれを黙って受け入れるというのですか?」


「戦わずして敗者になったと…子や孫に語り継いでいくおつもりですか?」


「子や孫たちは思うでしょう…“何故自分たちの先祖は戦わなかったのか”と」


「例え負けたとしても自らで選んだ未来ならば納得はできます…」


「ですが、ただ来たる強き者に媚び諂い環境に流されるだけの未来ならば…」


「それは生きているとは言いません…ただ死んでいないだけ、魂の宿らぬただの肉人形としての未来です」


 そこで姫様はくるりと村人たちの方向へと向き直り、大きく両手を広げた。

 大仰に芝居がかったその動きはその場のあらゆる者の目を引き心を惹く。天性のカリスマだ。


「私はそんな未来を認めるつもりはありません!リーデ=ヒム=ヨルトミアは徹底的に戦います、私たちの明日を勝ち取るために!」


 蒼天の下、姫様の宣言が高らかに響く。

 そこに人形姫と揶揄された頃の姫様の姿はもうない。まだ幼さ残る身ながらも立派な君主としてそこに立っていた。

 蓄積した村人たちの怒気は解消されていない…むしろ渦を巻き膨れ上がっている。だがその標的は姫様ではない。

 自分たちの領を土足で踏み荒らし理不尽を押し付けんとする侵略者への怒りだ。姫様の言葉が怒りの矛先を操ったのだ。

 短いながらも演説の効果は絶大…それを感じ取った姫様は張り詰めた気を緩め、ふっと笑みを浮かべる。

 相も変わらず氷の微笑だが、それが今は妙に頼もしい。


「…そして、私には勝ちを確信する理由がここにあります…それは“転生者”の存在」


 目配せと共にユキムラちゃんが民衆の前に一歩出る。

 そこにはいつもの飄々としたお道化た空気は存在しない…子供の身なれどどこか風格の漂う、只者ならざる空気を纏っていた。

 “転生者”と聞いてハッと息を呑む者も数名居た。リシテン教の信心が色濃く残るこの地では伝説を聞いたものも少なからずいるだろう。


「シア司教が召喚した“転生者”…彼女は私たちに約束してくれました、必ずやヨルトミアを…我々を勝利へと導いてくれる、と」


 おお…と感嘆の声が上がる。シア様が失われた魔術を操るのはこの村でも公然の事実だ。

 視線を一手に受けたユキムラちゃんは泰然と笑って低く、しかしよく響く声で村人へと宣言する。


「ダイルマ何するものぞ!ヨルトミアを侵す大悪はこの“転生者”ユキムラちゃんが悉く打ち破って御覧に入れよう!」


 大仰なその宣言は完全なパフォーマンスの其れだったがドッと歓声が沸いた。

 もはや反乱の気配は微塵もない。皆二人に心酔し、ダイルマに対する怒りを胸の内に宿らせた。

 これで上手くいくだろう…呼びかければ自警団も軍に加わるはずだ。

 俺とラキ様とリカチはようやく警戒態勢を解き、お互いに顔を見合わせ…思わず安堵の笑みを浮かべてしまった。

 姫様も歓声を受けながら悠然と微笑し帰りの馬車へと乗り込んでいく。

 そろそろ俺たちも撤収する頃合いだ。俺はどこか表情が引き締まったままのユキムラちゃんの隣に立つ。


「いやー…なんとかなってよかったスね…―――…ユキムラちゃん?」

「ああ…まあ、な…」


 その返事はいつもの軽妙さがなく、ちょっと心配になった。


 ◇


 その夜…

 ヨルトミアに戻った俺たちは状況を皆に説明後、解散となった。

 報告を聞かされた反応は様々…領民同士の争いを回避できたことにシア様はほっと胸を撫で下ろし、ヴェマは何故連れて行かなかったと怒っていた。

 ロミリア様は姫様が領民を説き伏せたと聞いてしばらく驚いていたが、今の姫様ならばさもありなんと納得もしていたようだ。

 一方でナルファス様は怒れる領民の前で姫様が演説を行ったと聞いて再びぶっ倒れた。今夜は看護室でサルファス様とベッドを並べることになるだろう。

 そしてユキムラちゃんは…―――


「…サスケ、ロミィ殿の屋敷に帰る前に少し寄り道せんか」


 よく夜空の見える小高い丘の上、俺たちは二人きりで月見酒をしていた。

 見た目子供のユキムラちゃんが酒を飲むのは若干躊躇われたがどうやら転生前は成人などとっくに過ぎていたからノーカンなのだという。

 安いブドウ酒をちびちびと飲みながらユキムラちゃんはおもむろに語り始めた。


「わしはのう…いずれはこの国を乗っ取る気だったんじゃ」

「…聞かなかったことにします」

「まぁ聞け、お主だけに聞かすんじゃから」


 突然の物騒な発言に思わず耳を疑ったがどうやら聞き間違いではないらしい。


「お飾りの君主とまだ若い臣と将、一目見た時は容易く盗れる国と思うておった」


 それはわかる。先の戦いのあれこれで上の世代がごっそりいなくなったのだから。

 わかるが転生していきなり国を乗っ取るなどと一体どういう発想なんだろう。

 若干引いている俺に構わずユキムラちゃんはにひひと軽く笑い、独白を続ける。


「だが…今日の一件で気が変わった、わしはあの姫様に天下を取ってもらいたくなったんじゃ」


 て、天下…?


「てんか…天下って何?」

「んー…まぁそうさのう…」


 思わず問い返した俺に、ユキムラちゃんからはとんでもない答えが返ってきた。


「ひとまずは、この大陸全土」


 耳の次は正気を疑う。

 ダイルマに勝つだけでも夢のような話なのに、タイクーン以来誰も成し遂げていない大陸征服をユキムラちゃんは目論んでいるのだ。

 しかも姫様を…覇王の血を引くリーデ=ヒム=ヨルトミアをタイクーンの後継者にする形で。


「ま、姫様次第じゃがのう!夢はデカくなければつまらんて!」


 唖然茫然と口をぱくぱくさせている俺の間抜けな顔を見て、ユキムラちゃんは月夜の下呵々と高笑いするのだった。



【続く】

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