表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
南海のスーパー軍師大戦
78/120

第七十一話 南部戦線、激戦の予兆の巻

「…と、いうわけで第三軍はこれよりサウェスト山脈越えを開始する!」


 ヨルトミアから南、ラーハ平原に集まった俺たちにユキムラちゃんは宣言した。

 陣容は当然のことながら俺たちサナダ忍軍、さらに…


「ま、山のことならアタシだよね」

「うむ…土地勘のあるリカチ殿が頼りじゃ、よろしく頼む」

「任せといてよ!…でも、南部側の地理には自信ないからそっちはアテにしないで頂戴」


 元は山の民であったリカチ率いる猟兵隊、そして…


「ってオイ!オレもこっちかよ!」

「ヴェマ殿は元山賊なんだから当然じゃろう」

「山賊っつっても仕方なく山に住んでただけで元はダイルマの都会派だっつの!」


 ヴェマ率いる軽装歩兵隊…この三隊が山路を往く第三軍となる。

 ちなみに王都経由の陸路、第一軍の陣容はリーデ様率いる本隊にロミリア隊とトウカ隊、そしてハンベエ。

 海路を往く第二軍はマゴイチとイルトナ傭兵ギルド、そこへさらに協力者が加わる予定になっている。

 ブリーフィング通り、この三つの軍による三方面攻めにより海賊連合を包囲殲滅するのが今回の戦略だ。

 だが…第一軍、第二軍とは違いこの第三軍はまず南部に辿り着けるかどうかという所に問題がある。


「では最終確認を行う!まずは防具じゃ、鉄鎧なんか着ておれば体力が持たんぞ!」


 ユキムラちゃんが最後の確認にとそれぞれの要素を検め始めた。

 元々サナダ忍軍は軽装だが今回はさらに軽い。獣革と絹糸によって作られた前時代の防具である。

 山路を進むには体力の温存が必要不可欠。さらに保温性にも優れ、いざとなれば獣革を非常食にすることもできる。(本当に最後の手段だが…)

 当然鉄よりも遥かに軽いのだがその分耐久力もかなり低い。鉄砲などで撃たれればひとたまりもないだろう。


「それから武器、鉄砲は弾薬がかさばるので今回はなしじゃ!遠間の攻撃は弓により行う!」


 鉄砲戦力は全て第一軍、第二軍に回した。

 天候の不安定な山路で火薬を持ち運べば突然の雨により湿気て使い物にならなくなる可能性が高い。

 火薬が失われれば鉄砲も鉛玉もただの余計な重量…であるならば最初から弓矢を使った方が無駄も重量も少ない。

 それに弓であれば山の木々から矢を作ることも可能だ。これも前時代の武器ながら非常に優れた点と言えるだろう。

 だが結局のところ弓は弓だ。鉄砲相手と撃ち合えば相手にならないことを留意しておかなくてはならない。


「最後に輸送じゃが…悪路ゆえに牛より物資を輸送する!馬は役に立たんので置いていけ!」


 そして…今回俺たちが連れて行くのは勇壮な軍馬ではなく荷運び用の畜牛…ヤックだ。

 軍馬は賢く戦闘に向いている反面、悪路に弱く脚を折ってしまえば即使い物にならなくなるという欠点を抱えている。

 その点ヤックは頑丈で力が強く、崖だろうがすいすい登っていく。山越えする際に物資を運ばせるにはまさに打ってつけという訳である。

 欠点といえばやはりパワーはあるが足が遅く騎戦には向かないことだろう。つまり向こうでの戦闘は徒歩になる。


「ふっふっふ…これで山越え準備は完璧よ、上田の野山を駆け回っていた頃を思い出すのう!」


 とても現代の装備とは思えない軍団を睥睨しユキムラちゃんは満足げに頷いた。

 いや、ここまでやれば確かに山は越えられると思うのだが、何か大事なことを忘れてはいないだろうか…


「あのぉ…山越えできるとは思うんスけど、この装備でマジで戦う気なの…?」


 もし、そのつもりならとても正気の沙汰とは思えない。

 騎馬の機動力も鉄砲の火力もないこの軍で一体どうやって奇襲を仕掛けるというのだろう。

 そんな俺の素朴な疑問にユキムラちゃんは軽く笑い、肩をすくめた。


「サスケよ、お前もだいぶ成長したがまだまだじゃのう」

「いや…でもこれじゃ敵軍との装備の差が…」

「一度初心に返りダイルマとの戦いを思い出してみよ、戦というものは装備の善し悪しで決まるものではない」


 ユキムラちゃんはにやりと笑い、こつこつと自らの額を突いて見せた。


「戦というのはここでするものよ」



 ◇



 所変わって南部地方…海賊連合海上要塞レクリフ城。

 ソーンクレイル四兄弟の長女、ショカ=ソーンクレイルの怒号が響き渡った。


「じゃあ何!アンタらは兄貴が撃たれたってのにロクに反撃もせずおめおめ逃げ帰ったというわけかい!」


 テルモトはびくりと体を震わせたがカンベエは微動だにしない。

 怒りに髪を逆立てる彼女に対し、陰気な視線でじろりと視線を返す。


「…あれ以上戦い続けていればいたずらに被害が拡大するのみ…合理的な判断を下したまでです…」

「カンベエ!元はといえばアンタが立てた策だろうが!」

「…ええ、しかし此度の我々は敵を知らなさすぎました…此度の敗因はそこでしょう…」

「兄貴を殺しといてその言い様かいッ!?」


 激昂。ショカはカンベエに詰め寄ってその胸倉を掴み上げた。

 兵士たちに動揺が走る…それに制止をかけたのは王座に座る虎のような髭を蓄えた大男だ。


「もうよしな、ショカ!おめえもカンベエの判断が最善だってことくらい分かってンだろうが!」

「で、でも大兄貴…」

「ハサックのことは残念だった…だがよぉ、あいつも覚悟の上で西部に攻め込んだんだ…悲しいが受け入れるしかねえ」


 海賊連合総大将、ソーンクレイル四兄弟長兄のブンダ=ソーンクレイルはそう言って深く息を吐いた。

 何より南部の形勢に見切りをつけて西部攻めを決行したのは己の判断。カンベエは成功可能性の高い策を提示しただけだ。

 ショカは行き所のない怒りにわなわなと肩を震わせながらもカンベエを離す。彼女は掴まれた襟首をぽんぽんと払った。

 ブンダはそんなカンベエを見据えて問いかける。


「して…次は《皇帝の剣》が反撃してくる見立ては確かだろうな?」

「…必ずや、あの騎士女公はやられっ放しで黙っていられるほど大人しい気性ではありますまい…」

「確かにな…敵の攻め手は読めるか?」


 問われたカンベエは少し思案する。

 本来ならば王都経由の陸路で攻めてくるだろうが敵にはハンベエがいた。そんな安直な手で済ますはずがない。

 しばらく目を伏せて考えを巡らせた後、彼女は小さく頷いた。


「…陸路での総攻撃で我が軍を引き寄せ、海路で裏回り本拠を突く…私が彼奴らめならばそれを狙います…」


 その返答を聞いたブンダは唸る。

 大陸最強の海軍である自分たちに海戦を挑んでくるとはにわかには信じがたい…信じがたいがカンベエの読みは本物だ。

 当初はただの一海賊でしかなかったソーンクレイルが南部地方の半分以上を手中にできたのも全ては彼女の鬼謀あってのこと。

 先の戦いでは不覚を取ったがブンダは彼女を全面的に信頼している。そのカンベエの言ならば疑うべくもない。

 ブンダは覚悟を決め、ばしりと右拳を左掌に強く打ちつけて立ち上がった。


「よォし、分かった!ならば海路を攻めてくる身の程知らずはブンダ船団が直々に叩き潰してやろう!」

「大兄貴!アタイはどうすりゃいいんだい!?」

「ショカ、おめえは陸路で騎士女公どもをお出迎えしてやれ!セキテ城の連中を使いな!」

「アイアイサー!兄貴の仇討ちだよ!気合入れないとねえ!」


 色めき立つショカ、続けてブンダはもう一人の男に目を向ける。

 末弟、ボルチ=ソーンクレイル…図体はデカいが今までの険悪な雰囲気に声も出せずに縮こまっていた臆病者だ。


「ボルチ!おめえもショカと協力して敵の本隊を足止めしろ!」

「お、おいらも…?ふ、不安だなあ…騎士女公ってとっても怖い人なんだろ…?」

「バカが、海賊が何言ってやがる!しかもおめえはカンベエを召喚した主だろうが!」

「で、でも…おいらは戦なんて…」


 血を分けた兄弟でも血気盛んな他三人とはまるで気質が違う。

 カンベエは軽く息を吐き、渋るボルチの傍に傅いた。


「…ボルチ様、御安心を…私がお導き致します故…」

「カンベエ、そのグズを頼んだぞ…とんだビビりだがおめえがいりゃ安心だからよォ」


 ひとまず、それで方針は決定した。

 ブンダはすぐさま南部全域の部下たちに号令をかけ軍団の編成に取り掛かる。

 カンベエはずっと成り行きを見守っていたテルモトを伴って一礼、大船団長室を後にした。

 扉を開けて廊下に出るとそこには二つの小さな人影…そのうちのひとつが軽く手を上げ、気さくに話しかける。


「クロカンどん!大戦おおいくさが近かようじゃなあ!おいも待ち遠しかじゃ!」

「…“イエヒサ”殿…此度の相手は今までの連中とは訳が違う…気を引き締めてかからねば貴公でも危ないぞ…」

「よかよか!今までん敵は弱すぎじゃ!手ごてがある方が面白おもしてか!」


 そう言ってよく日に焼けた蜂蜜色の髪の少女は白い歯を見せて笑った。その訛りはきつい。

 彼女はイエヒサ、前世の名を島津家久…島津四兄弟の一人にして軍法戦術の妙を得し者。

 ショカが召喚した“転生者”であり、まさしく鬼の如き強さで主君を助け南部全域にその名を轟かせた。

 今回も彼女の下で働き《皇帝の剣》を散々に苦しめるだろう…海賊連合にとっての切り札の一人だ。

 そしてもう一人は…


「ブンダ様がここに残るということは私もここで敵海軍を迎え撃つことになるだろうな…」

「…“ミツヒデ”殿、敵はおそらく雑賀になる…ご注意召されよ…」

「心配御無用、連中の手口はよく熟知している…すぐに片付けて其方に合流するよ」


 カンベエの陰気な視線に、黒髪の少女が涼やかに笑って言葉を返す。

 ミツヒデ…そう、彼女の前世の名は明智光秀。本能寺の変で信長を討ち、ひと時の天下人となった者。

 秀吉の軍師であったカンベエとは因縁浅からぬ関係だったが勢力を同じとする今は互いに前世の怨恨を水に流した。

 彼女はブンダによって召喚された“転生者”というわけではなく、亡びた南部何処かの国から流れてきた所謂“はぐれ転生者”。

 その国で学んだのか転生者召喚の法に深く通じており、ブンダと契約を結ぶと同時に召喚法を海賊連合に伝授した。

 それによってハサック、ショカ、ボルチが各自一人ずつ召喚、カンベエたちは海賊連合へと組み込まれたわけである。


「…ともあれお二人方…何度も言うが敵は強い、くれぐれもぬかりなく…」

「任せちょけ!クロカンどん!」

「其方も、健闘を祈る」


 三者は軽く言葉を交わすとそれぞれ踵を返し、戦の準備に向かっていった。

 カンベエの一歩後ろで控えていたテルモトは溜息を吐く…海賊連合の“転生者”は凄い将ばかりだ。

 それに比べて自分は…―――


「はぁ…私は何故ここにいるのでしょう…」

「…テルモト様…」


 その独り言にカンベエが突然振り返った。テルモトは思わずぎょっとして身を引く。


「な、何…」

「…御身には元就公の血、吉川殿の武勇、小早川殿の知略…あらゆる毛利の要素が集約されている…」


 身を引いたテルモトにカンベエは一歩詰め寄る。

 その陰気な視線は相変わらず感情を露にしないが、その瞳の奥には熱い炎が燃え盛っていた。

 テルモトは思わずごくりと唾を飲み込む。


「…おそらく素質は誰よりも持っている…前世では能わなかった覚醒、どうか今世で成就されよ…」


 それだけ言うとカンベエはすたすたと歩き去っていった。

 テルモトはしばらく立ち止まってその言葉の意味を反芻し、それでも答えが見つからず思い悩みながら歩き出す。

 《皇帝の剣》と海賊連合…それぞれ過去最多規模の“転生者”同士の戦いが今まさに始まらんとしていた…



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ