第六十八話 マゴイチ、起死回生の一射の巻
一方、イルトナ防衛線は膠着していた。
未だ敵軍に上陸を許さず海上に押し留めてはいるものの、海上に布陣する敵に決定打が与えられない…
そしてそれは向こうも同様。互いに大筒と鉄砲で撃ち合いながら小競り合いをしつつ睨み合う状況が続いている。
こうなった場合有利なのは当然補給線が確保されている守り側の西部連合だ。
遠距離航行して攻めてきた海賊連合は攻めあぐねていればいずれ弾薬や兵糧が尽き、否が応にも撤退を余儀なくされるだろう。
それは重々承知している筈…だがそれであっても睨み合いが続いているのだ。
「やはり妙だ…攻めてきたにも拘わらず消極的すぎる…」
「ええ、私もそう思います…援軍を待っているのでしょうか…」
西部連合軍中心の本陣、会議机を囲ったサルファスとシアが釈然としない表情で言葉を交わす。
それは他首脳陣も同様だった。オリコー公、ハーミッテ公、フォッテ公、マゴイチ…皆が敵の動きに違和感を覚えている。
戦況が動いたのはその時だった…ひどく慌てた様子の伝令兵が駆け込んでくる。
「ご…御注進ッ!サウェスト山脈麓に突如として敵軍出現!ヨルトミアが攻撃を受けております!」
「何!?」
寝耳に水!
サルファスは思わず椅子を蹴倒して立ち上がり、首脳陣はあまりの衝撃に絶句した。
まさかあのサウェスト山脈を越えて攻めてくるとは…サルファスは瞬時に状況判断する。
おそらく今対面している軍は囮!全ては自分たちをヨルトミアから引き剥がすための陽動だ!
「いかん!今のヨルトミアは丸裸だ!急ぎ戻らねば!」
「ま…待たれよサルファス殿!今ヨルトミア軍に防衛線を抜けられては困る!今ですら五分五分なのだぞ!」
本陣から飛び出していこうとするサルファスをオリコー公が慌てて引き留めた。
サルファスは唸る…実際その通りだ。連合軍の中核であるヨルトミア軍がここを離れれば戦況は一気に傾く。
例えヨルトミアを救えたとしてもイルトナ…ひいては海路を敵に完全制圧されれば援軍は際限なくやってくるだろう。
「しッ、しかし自分はリーデ様にヨルトミアを任された身…!それに背くわけには…!」
サルファスから滝のような汗がしたたり落ちる。その場の全員も彼の忠誠心の強さはよく知るところだ。
だが防衛線とヨルトミア…片方を守れば片方が奪われる、どちらを奪われたとしても西部連合は危機的状況に陥る。
焦燥と困惑、誰もが言葉を失う中で次に口を開いたのはフォッテ公だった。
「構いません…ヨルトミアの救援に向かってください、サルファス殿」
かつては優柔不断の頼りない男だったがノブナガの一件以降彼はひとかどの君主に成長を遂げた。
その急成長ぶりはフォッテの旧臣たちだけでなく各国首脳からも一目置かれ、今やリーデ不在の西部連合の中核を担っている。
「し、しかしフォッテ公!そうすれば防衛線がだな…」
「わかっていますオリコー公…―――マゴイチ殿、少し厄介なことを頼んでもよろしいですか?」
急に話を振られたマゴイチは少し目を丸くし、次いでにやりと笑った。
「今更やな…まぁ状況が状況やし、ウチに出来ることならなんでも」
「ありがとうございます、では私に一つ考えがあるのですが…―――」
そしてラクシア=ギィ=フォッテは皆に意見を聞かせた。
その内容に一同は驚き、マゴイチは任された頼み事に苦笑する…そういうことか…
軽く手を上げ、マゴイチは質問した。
「もし読まれてたらどうする気や?相手はあの毛利元就かも知れんのやで?」
「そうですね…その時は…」
ラクシアは少し考えて、力強く頷いた。
「是非に及ばず、その時はその時です」
その言葉を聞いたマゴイチは思わず顔をしかめる。
まったく…真田も信長も異世界の人間に影響及ぼしすぎや…―――
◇
イルトナ海上、海賊連合大将船『ゴールデンスタッグ号』…その甲板上。
大海賊ソーンクレイル四兄弟が次男、ハサック=ソーンクレイルは燻製肉を咀嚼しながら敵陣を睨みつけた。
ガイコとネイカ、そして“あやつ”がヨルトミアに攻め入った報告は既に受けている。
だとすればそろそろ防衛線を敷いている敵軍にも反応があるはずだ…ヨルトミア救援に退くか、それとも見捨てて守りを固めるか。
前者なら攻め入る隙が生まれる…後者ならヨルトミア側からとの挟撃が行える…どちらにせよ待っていればウマい状況が転がり込む筈だ。
「フフフ…!あやつは薄気味悪いが切れ者よなあ…こんな策を思いつくとは!」
「あ…はい…そうですね…」
傍に置いた気弱そうな少女が曖昧に相槌を打つ。
ハサックはそんな様子を見てフンと鼻を鳴らす…自分が召喚したこの“転生者”はハッキリ言って外れだ。
弟が召喚した“あやつ”は元より、兄と妹が召喚した“転生者”もそれぞれが類稀なる長所を持ち非常に優れている。
だがコイツと来ればどうだ…海上戦術眼はそれなりだが気性は穏やかで戦自体を好まず、献策も基本的に守り一辺倒。
一文字三つ星の毛利の旗…それが対“転生者”に与える威圧効果は大したものだが、それだけである。
「まったく…何故もっと良い“転生者”を女神は寄越してくれんのだ!」
「…申し訳ありません」
「ええい、謝るな鬱陶しい!そこは悔しがるところだろうが!」
同じ“転生者”だというのにどうしてこうも違うのか…
苛立つハサックの下、斥候役の海賊兵が甲板を駆けてくる…どうやら戦況が動いたようだ。
「親父!ヨルトミア軍が撤退を開始したぜ!」
選ばれたのは前者、つまりこの港は頂きだ!
気分を高揚させたハサックは銅鑼を打ち鳴らすような大声で号令を飛ばす。
「おおしッ!野郎ども、攻め時だあッ!!一気に上陸して穴の開いた戦列を叩き潰してやれい!!」
応!!
停滞していた武装船団が前進を開始、波が引くように後退していく西部連合軍を追って次々と上陸していく。
ハサックはそれを満足げに眺めながら自らも上陸すべく操舵手に命じる。
号令を受けて大将船はゆっくりと動き出し、船団に少し遅れて港へと迫っていった。
これで西部地方進出への足掛かりを得た…いくら《皇帝の剣》が強かろうが本拠を抑えればそこまでだ。
騎士女公だろうが何だろうが南部最強のソーンクレイル兄弟の前では敵ではない。
ハサックがそう悦に入っていた時だった…―――
「むおっ!?」
近くの岬から海鳥が飛び立ってガァガァと耳障りな鳴き声と共にハサックの頭を掠めながら沖へと去って行った。
なんと無礼な鳥だろうか…気分を害された彼は舌打ちし、ふと海鳥が飛び立った岬を見遣る。
太陽の光に照らされて何かが一瞬チカッと光った。一体何の光だ…彼は目を凝らして岬を注視する。
注視して漸く見えたのは、銃口だった。
「―――…え?」
ドパァン!
乾いた音と共に銃弾が飛び来たり、ハサックの左目から後頭部へと突き抜け脳漿を甲板にぶちまけた。
◇
「命中、ビューティフォー」
イルトナ港から突き出た岬…ゴールデンスタッグ号からおよそ200mほどの距離。
その小さな森林地帯に伏せた二つの人影がある…マゴイチとイズマだ。
観測手のイズマは双眼鏡を覗き込みながら敵大将の即死を確認、小さく呟く。
突然即死した大将に甲板上は蜂の巣を突いたようだ大騒ぎだ。大勢の船員が理解も及ばず右往左往している。
「南無阿弥陀仏…」
首の数珠に触れてマゴイチは念仏を唱える。
そして異様なまでに銃身が長く二脚のついた特殊な火縄銃…その照門から顔を上げて一息吐いた。
大鉄砲“やたがらす”…ミスリル製特殊弾丸を用いた戦国と異世界のハイブリッド狙撃銃である。
特殊弾丸の飛距離は従来の鉛玉よりも遥か遠くまで届き、炸薬を増やしても精度を損なうことなく発射される。
その分コストも鉛玉とは比較にならない。一発撃つだけでイズマの月給程度は軽く吹っ飛んでいる計算になる。
しかし今は弾薬費のことは言っていられない。開発途中の代物だったが威力は十分に発揮できたようだ。
「にしてもフォッテ公…なかなかえげつない作戦思いつくやないか…」
「ご不満ですかい、ギルド長?」
「まさか!元々ウチの本分は内政やのうてこっちやしな」
フォッテ公の提案した策は有り体に言うと敵大将の暗殺だった。
敵の分断策に乗ってわざと戦線を引き下げて敵船団の上陸を促し、移動させる。
そうすると配下の船が先に上陸していくほんのわずかな一瞬のみ船団の囲いが崩れ、大型船である大将船が丸裸になる。
そこをマゴイチが狙撃、甲板上にいる指揮官あるいは“転生者”を仕留めてしまおうという魂胆だった。
「しかし…こんなに容易いなら最初からやっときゃ良かったですね」
「アホか…今回上手くいったのはたまたまやたまたま、大将射ちがそう何度も通じるかい」
大将狙撃の厳しさはマゴイチは熟知している。
部隊の動きや風向き、狙撃対象の配置、周辺の地形、そして距離…あらゆる要素が合致して初めて狙撃は可能になる。
今回も思い返してみれば成功率は三割以下だっただろう。それでも蓋を開けてみれば御覧の有様だ。
フォッテ公の慧眼を褒めるべきか、はたまた運命の女神の祝福に感謝するべきか…
「ま、一番はウチの腕前が天才的ってことやろけどな」
「はあ…それは否定しませんけど…」
ともあれ船団大将を突如として失った未曽有の大混乱はすぐに海賊連合全軍へと伝播していく。
当然だ、海賊連合にとっての主君は船団長であるハサック=ソーンクレイル…国主一人が狙撃されたに等しい。
その混乱は攻めかかっている上陸部隊にまでも伝播し、指揮系統が致命的に停止してしまった。
この際、代役となって指揮を執れる参謀の存在が重要なのだが…―――
「…あいつ“転生者”ですかね、妙に頼りない感じだけど…」
大将船の甲板の上、オロオロと慌てふためく少女の姿。
あの姿でハサックの傍におかれていたということは十中八九“転生者”なのだが…とてもそうは見えない慌てぶりだ。
やがて判断を求めて殺到する配下たちに揉みくちゃにされその姿は見えなくなってしまった。
「あれは元就ちゃうな、誰や…」
マゴイチは直感する。
戦国最強の智将として名高い毛利元就にしてはあの様子はあまりにもお粗末。
策略を使ってくる様子もなければ判断も遅い。弾込めが完了していれば殺せる機会は軽く数えて四度はあった。
一文字三つ星を掲げているということは安芸毛利家に連なる者で間違いはないのだろうが…
「まぁ、ええわ…帰るでイズマ!この隙にイルトナから敵を追い出すんや!」
「合点承知!」
どうにも釈然としない思いを抱えつつも、マゴイチとイズマはその場から踵を返した。
【続く】




