第五話 ユキムラちゃん、反乱にほくそ笑むの巻
「さっ、山賊に騎士称号をっ!?何を考えているのですかアナタはァ!ダメダメ!絶対ダメですっ!!」
半ば、というか完全に予想していた通りの反応をナルファス様は見せてくれた。
びりびりと城ごと揺れ動きそうなヒステリーにもユキムラちゃんはどこ吹く風、耳クソをほじって知らんぷりしている。
ノーザンテ山の砦を引き払った山賊たちを連れて戻ってきた時はあわや大騒動になりかけたが、今では領内はのどかな空気を取り戻している。
この領民の順応の早さは褒めたものか呆れたものか…最も、山賊の被害にあっていたのが主に領外の裕福な商人ばかりだったというのもあるだろう。
ただしやっぱりナルファス様のように順応できない人もいるわけで…―――
「あら…別にいいじゃないナルファス、騎士称号でも何でも与えてあげれば」
「ひっ、姫様…!どうかお考え直しください!山賊を騎士にしたとあってはヨルトミアの名は地に落ちますよ!」
「それは敗戦して私の首が地に落ちるのとどっちが早いのかしら?」
さすがは姫様。こう言われてはぐうの音も出ない。
悶絶するナルファス様を捨て置き姫様はユキムラちゃんへ向けて小さく笑いかける。
そう、笑いかけてはいるのだが…どこか背筋が凍るような冷たい微笑だ。
「山賊を配下に加えた手腕、お見事でしたユキムラ…いささか勝手な口約束もしたようですが…そこは大目に見ておきましょう」
対してユキムラちゃんは大仰に跪いて見せる。どこかお道化ているように。
「寛大な処置、感謝いたしまする」
「ヴェマと言いましたか…あの者たちには期待しています、働きが悪ければ騎士称号も恩赦も無しと言っておきなさい」
「それはそれは…武働きに一層力が入ることでございましょうなあ!」
そうして二人が目を向けるのは城の中庭…兵たちの訓練場。
その中央では練習用の木槍を構えたサルファス様とヴェマが対峙している。一騎打ちの形だ。
事の発端はおそらくサルファス様だろう、血気盛んなあの方が山賊上がりに突っかかるのはこれまた想像に容易い。
ひりついた殺気が訓練場に満ちる中…先に動いたのはサルファス様だ。
「でぇいっ!!」
気合の雄叫びを上げ、サルファス様は連続突きで一気に畳みかける。
ヴェマは軽やかなステップを踏んで一突き一突きを躱し、あるいはいなして無効化する。
やがて有効打が出ないことに苛立ったサルファス様は力で仕留めようと大きく振りかぶり…―――
「オラァッ!!」
後の先。懐に潜り込んだヴェマの渾身の一撃がサルファス様の分厚い胸板の正中を捉え、その馬鹿力で叩きつける。
場外まで吹っ飛ばされもんどりうって倒れたサルファス様はしばらく激痛にもがき苦しみ、しかし唸りながらも立ち上がってくる。
「ぐぅおおお…おっ、おのれ山賊風情が…!!」
「あ?今ので気絶しねえの?弱ぇえけど無駄にタフだな、坊や」
「許さん…!!」
満身創痍ながらも肩を怒らせてのしのしとヴェマに再び向かっていくサルファス様。
しかし不意に後ろからコツンと小突かれ、そこで緊張の糸がぷつりと切れたのか前のめりに倒れて動かなくなる。
救護兵にサルファス様が担架で運ばれていく中、後ろから木剣の柄で小突いた犯人は悠然とヴェマの前に歩み出た。
「選手交代だ、私もお手合わせ願ってもいいかな?」
「ふん…別にいいけどよォ…オレは女にも手加減するつもりは一切ねえぜ」
「それは僥倖、いざ尋常に勝負といこうか」
ロミリア=カッツェナルガがこんな面白そうなイベントを見逃すはずがない。
最初は女と見くびっていたヴェマだが(ヴェマも女だけど)その爛々と輝く瞳に宿った闘志に気を引き締めなおしたのが遠目からでも見て取れる。
ロミリア様は長い木剣を正眼に構え、ヴェマは大上段に木槍を構える。ただそれだけで息苦しいほどに訓練場の空気が張り詰めた。
そして、二人の間を一陣の風が木の葉を伴って吹き抜けたその瞬間…弾かれたように二者は同時に打ちかかる。
「いや…無茶苦茶強いのぉ、あいつら…ちょっと引くわ…」
「片方はあなたが連れてきたのではなくて?」
「あ、そうでござった、はっはっは!」
片や電光、片や竜巻と化した二人がもはや目で追えない打ち合いを続ける中、ユキムラちゃんと姫様が能天気な会話をしている。
ともあれあの様子ならヴェマたちもヨルトミアに打ち解けるのは早いだろう、何よりロミリア様は三度の飯より強い相手が大好きだ。
屈辱を与えられたサルファス様が和解するのは少し時間がかかりそうだが、あの方はあの方で何より国を一番に考えている。
なんだか上手くいきそうな予感にわずかばかりポジティブになる俺だったが…残念なことにその気分は長続きしなかった。
「ひっ、姫様っ!大変です!一大事ですっ!」
会議室の扉を強めに開き飛び込んできたのは珍しく取り乱したラキ様と、少し遅れて息を切らして駆けてくるシア様。
「ラキ、騒々しいわね…一体何があったのですか」
「も、申し訳ありません…その…どうしてもお耳に入れておかねばならないことが…!」
「シア司教」
「はい…我が教会の信徒からの情報で、どうやら近隣の村々の民が集結し反乱を企てているとのことです…信じられないことですが…」
反乱…?
まさかこの国で聞くとは思いもよらなかったその報に一瞬頭の中身が真っ白になってしまう。
それはその場にいたナルファス様も同じ…むしろ現在内政を一手に担っている以上動揺はその場の誰よりもでかい。
「どっ、どうして!?あああ…思い当たるフシが多すぎる!でも仕方ないじゃありませんかぁ!今は全然手が回らなくて…!」
「その…ダイルマと徹底抗戦するという方針が民の耳にも入ってしまったようで…」
「お前のせいかーーーーっ!!」
取り乱したナルファス様は声を裏返らせながらユキムラちゃんの胸倉を掴み上げる。
よくよく考えてみれば民の不安も最もだ。敗戦すれば将兵は皆殺しにされるだけでなく民も全員奴隷に落とされるのだから。
だがユキムラちゃんはいつも通りニヤニヤと笑っている。まるでこの反乱も想定内だったというように…
「落ち着きなされナルファス殿、考えようによってはこの一揆…またとない好機でござるぞ」
「なっ、何をヌケヌケと…反乱が起きるかもしれないのに何が好機と言うのですっ!!」
ユキムラちゃんは悪魔的な笑みを浮かべ、大仰な手ぶりで言ってのけた。
「血気盛んな百姓衆、そやつらをそのまま戦力にできればこれほど頼もしいことはありますまい」
それを聞いたナルファス様はユキムラちゃんの胸倉を離し、ぐらりとよろめいて頭を押さえる。ついに頭痛が臨界点を突破したようだ。
戦と言えば生まれながらの騎士と志願して兵士になった者、そして戦を生業とする傭兵によって成り立っているが…そこに一般領民を加えるというのだ。
唖然とする一同を前にユキムラちゃんはくくくと笑って平然と乱れた服装を正す。
否…一人だけ唖然としなかった者がいた。
「山賊に次いでまた面白いことを考えるのね…でも今まで戦ったことのない人たちが戦力になるのかしら?」
「百姓を軽んじてはなりませんぞ姫様、体力だけならば正規兵をも上回りましょう!ただし敵を倒せるかは、工夫次第」
「ふぅん…それで、その者たちをどのようにして味方につけるの?」
「そこはまぁ…わしが口八丁手八丁で、こう」
つまりはノープランだ。
ユキムラちゃんならやれなくもないだろうが果たして次も上手く行くだろうか。
その懸念はその場の誰もが抱いていたらしく一時微妙な空気感が漂う。今回は交渉に失敗すれば即反乱の緊急時だ。
姫様は軽く目を閉じ、そして意を決したように開いて、言った。
「わかりました、では民を説き伏せる役は私がやりましょう」
「姫様!?」
ラキ様が思わず素っ頓狂な声を上げる。
さらに大きな反応をしそうなナルファス殿と言えば…すでに気絶していた。現実が思考をオーバーフローしたのだ。
この展開はさすがにユキムラちゃんも予想していなかったらしく、思わずもごもごと口ごもる。
「いや…姫様自ら出られるようなことでも…」
「いいえ、こればかりはこの国の問題…来て日が浅いユキムラに任せることではありません」
そして姫様は、ぞっとするような氷の微笑を浮かべた。
なんだか嫌な予感がバリバリするのだが…―――
「そいつらには個人的に言ってやりたいこともあるの…さあ、その場所に案内しなさい」
【続く】