第六十二話 双龍、相見える!の巻
「オイオイオイ…」
「なんだありゃあ…」
トリバー平原はもはや戦どころではなかった。
剣神を中心に白い風が吹き荒れ、敵も味方も散り散りになって逃げ惑う。
その様子をサナダマルの城壁上から俺とマサムネは唖然として眺めていた。
その時である…
「っ!!避けろ、サスケ!!」
「うおおっ!?」
白い風が俺たちのいる城壁に吹きつけ、先ほどまで立っていた場所に巨大な霜柱が出現する。
あとコンマ数秒でも遅れていたらあれに貫かれて死んでいただろう…否、凍りつく方が先だったか。
とにかくここにいるのはヤバイ、急ぎ離脱しなければ…
俺は城壁下にいるリカチへと叫ぶ。
「リカチさん!ここも危険ッス!川の向こうに避難しましょう!」
「了解だよ!ったく、何が起こってんだか…捕虜にした獣人たちはどうするの?」
「これは敵味方と言ってる場合じゃないでしょ!皆で逃げましょう!」
そこでマサムネが思い出したかのように立てていた大長槍を下ろす。
そして吊り下げていたウサミの縄を切った。ウサミは驚いたようにマサムネを見る。
「お、お前…助けてくれるんでち?」
「テメエにゃ和睦後の獣人どもを纏めて貰う大役がある!ここで死なれちゃ困るんだよ!」
「…“転生者”は何考えてるのか本当にわからんでち!」
ともかく、ウサミも捕縛した獣人たちも解放し俺たちは退避を開始した。
城壁から下りる前、剣神立つ場所のさらに先…モーガン城の方角に一度振り返る。
何が起こっているのか分からない…分からないのだが、どうか皆無事でいてくれ…!
◇
「退けっ!退けぇっ!!」
ヴェマ殿が声を張り上げて混乱する兵たちを撤退させる。
少しでも遅れて吹きつける白い風に触れれば瞬時にその身は氷像と化す。
我らは戦線を放棄して退避しながらゆっくりと此方に歩いてくる剣神を見遣った。
「まいったな…さすがにあれとやりあって戦いになる気はしないぞ…」
「ユキムラ、あれは一体何なの…?」
ロミィ殿が困ったように頬を掻き、さすがのリーデ様も動揺を隠せず問うてくる。
思い当たるフシはひとつある…あれは信長と同じ妖術の類、即ち“真の転生者”の能力だ。
だがあの時とはまるで規模が違う。信長は確かに強かったがここまで理不尽な力はなかったはずだ。
「“真の転生者”…の、そのさらに上…じゃろうな」
そうとしか言いようがない。
だが最早あれは“転生者”というよりも天変地異の化身そのものと言う方が正しいだろう。
「どうすんだよっ!ここから後ろはもうモーガン城しかねえぞ!?」
ヴェマ殿が焦って叫ぶ。
今の超常現象と化した剣神に攻められれば城などひとたまりもない…
そこに住まうありとあらゆる生命は氷雪の猛威に晒され命を落とすだろう、そうなれば北部連合は壊滅だ。
剣神はゆっくりとだが此方へ向かってきている…何としても止めなくてはならない。
トウカ殿が縋るように問う。
「…何か手はないのですか、ユキムラ殿…?」
「ない…ことはない…!」
全員の視線が集まった。
わしはずっと考えていた…“再転生”は魔晶に貯蓄された魔力で肉体を再構築する技術。
その際の肉体強度や身体能力は魔力量に比例して上がり、信長のような妖術まがいの技も使えるようになる。魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど強くなれるのだ。
だがその強化形態は時間制限式…ただ肉体を維持しているだけでも魔力は消費され続ける。その維持時間は強くなれば強くなるほど短い。
まさに一長一短の術であるのだが、もし仮に複数の魔晶を使って“再転生”が可能ならば…
再構築に使う魔力源とは別に、肉体維持に消費する魔力源を増設できるとしたならば…
理論上は最大出力を発揮し続けながら長時間の戦闘継続が可能になる。ツェーゼンとの戦いで僅かに発露した炎の力も自在に操れるようになるだろう。
「あの大人形態のユキムラちゃんよりも…さらに強くなれるということか」
「なんで今までそんなもん隠してたんだよ!とっとと使えばよかったじゃねえか!」
ヴェマ殿が非難する。
御尤もな意見だ、確かにこれを最初から使っていれば剣神に苦戦することはなかっただろう。
そう、“使えていれば”…だ。
「これは非常に危険な賭けなのじゃ…何せ一度も試したことがないでのう…」
“再転生”は一度肉体を分解し再構築することから大きな危険を伴う。
ともすれば魂の状態で肉体を再構築できず消滅してしまう可能性すらある。
今回はそれをさらに二段階で実行するのだ…単純計算で危険性は二倍となる。
果たして成功するのか…成功したとして剣神を超える性能を引き出せるのか…
何もかもがぶっつけ本番だ。何せ“再転生”は試すことなどできない、文字通り最後の手段なのだから。
その危険性を知り皆が押し黙る中、リーデ様がわしの目を見る。
「でも、今はそれしかないのでしょう?」
「ええ…あれが“転生者”の業というならば、同じ“転生者”であるわしがケリをつけねばならん!」
どの道ここで退けば待つのは死だ。
何もやらずにただ死を待つよりも例え博打となろうとも少しでも目がある方を選ぶべし。
覚悟を決める中、リーデ様はわしの手を取った。
「わかったわユキムラ、ここは任せます…必ずや剣神を打ち倒しなさい」
「はっ!御意に!」
「それともうひとつ…必ず生きて帰りなさい」
我が主君、リーデ様はにやりと笑う。
「貴女は私の軍師なんだから、勝手に死んだら許さない」
心は決まった。
それが主君の命とあらば必ず勝ち、必ず生きて帰ろう。
わしは一度力強く頷くと軍の殿に立ち、遥か前方を歩いてくる剣神と対峙した。
完全に人外のものとなった金色の瞳と視線が交錯する。
わしは一度大きく息を吸い、紅く輝く双石…蓄魔晶を掲げ、叫んだ…―――
「“超転生”!!」
◇
天変地異に逃げ惑っていた者たちは思わずその光景に目を奪われる。
渦を巻く氷雪の嵐がまるで龍の如く矮小な人どもを襲う中、突如として一本の激しい火柱が立ち昇ったのだ。
炎もまた龍のように渦を巻き、その熱量によって吹きつける白い死の風を弾き返す。
紅と白の双龍は互いに食らいつき、びりびりと北の大地を震わせた…
その直下…二人の戦士が対峙する。
「もう終わりにしよう、剣神…庇護すべき獣人を手にかけた時点で貴殿の義は崩れ去った」
片や紅の鎧を身に纏った真田幸村…
全身からは紅炎が轟々と噴き上がり、襲い来る白い風をかき消している。
胸元には赤く輝く宝石が光り、長く伸びた白髪は空気に溶けるようにして炎と化している。
その姿はまるで冷気の暴威から人々を護る炎龍の如く。
手には十字刃の異形の槍、十文字槍…構えればパチパチと小さく火が爆ぜて散った。
「いいや、まだだ…まだだぞ晴信、我とお前の決着はまだついていない…」
片や全身に白の鎧を身に纏った上杉謙信…
その一挙一動に冷気が迸り、周囲に絶対零度の世界を形成し続けている。
艶やかな黒髪は氷雪の如き白銀へと変色し、金の瞳にはもはや人間性を欠片も浮かばせない。
その姿はまるで生きとし生けるもの悉くに凍てつく死を与える氷龍の如く。
手には大太刀・姫鶴一文字…抜けば玉散る氷の刃である。
「俺は信玄公ではなく真田幸村…といっても今の貴殿には伝わるまい」
幸村はまるで支離滅裂な謙信の言葉に軽く息を吐く。
多重神権を発動した精神負荷によるものか…前世の記憶と入り混じっているようだった。
そして彼女の見る相手はやはり武田信玄…もとい武田晴信。幾度となく生死をかけて戦った宿敵の姿だ。
正気を保っているのか失っているのか、謙信はくすりと笑う。
「そうとも…我とお前の間に言葉は不要…ただ武を以て語るまで」
僅かな沈黙の時間が二人の間に訪れる。
無数の火焔と氷雪が周囲を舞い散り、ぶつかっては蒸発して消えていく…
ほぼ同時に、二者は目を見開いた。
「一戦仕る…!」
「来い…!」
疾走。
一瞬後、十文字槍と姫鶴一文字の一閃が激突。
衝撃が雪に覆われた大地を揺らし、凍りつく大気を激しく震わせる!
【続く】




